第三節 灰の彼方より災いは来りて ①
おはようございます。
終わる世界で龍は唄う、ここからが物語の佳境となってきます。
第三節はほぼ戦闘描写となります。
人外の姿をした獣の戦闘を書くのって本当に難しかったです……。
では、第三節――どうぞ。
それは、空白という名の絶望。
虚ろな闇。世界の虚構。
寂寞の灰海よりそれは現れ、世界を食らい、塵へと変える。
音も無い、静寂を湛えし厄災。
既存の世界を食い潰し、白く塗り替えるそれから逃れる術は無く。
呑まれたものが、蘇る事は無い。
失われたものが、戻る事は無い。
還されたものが、再び成す事は無い。
だからこそ人々はそれに抗い、ゆっくりと迫るその滅亡から逃れようと力を、知恵を、己が心血を絞る。
そうして掴み、手に入れる明日に。
新しい希望が、光射す未来が、安寧たる日々があると信じて。
終わりの見えない戦いであろうと、圧倒的な種族の差を目の前にしようとも、残酷な現実に行く手を阻まれようとも、種の限界という障害に行き着いても。
その歩みを止める事は無い。
その思考を凍結させる事は無い。
それこそが、人の持ち得る最たる能力――知識と創造。
人という存在が世界より与えられ、絶える事無く行使し続けて来た唯一の強み。
そしてその結果として最悪の悲劇をもたらす元凶となった、人の罪そのもの。
だからこそ、ソレは生まれた。
だからこそ、ソレは破壊をその本能に刻み付けられた。
幾許もの時を経た今でもそれは変わらず、その本能は壊滅をもたらす力として具現し、今も尚、この残された世界に牙を剥く。
白き灰にポツリと浮かぶ、〈レィミア〉の遥か先。
陽炎に揺れる灰の中で、ゆらりと蠢く黒い影。
悪意無き破壊の体現者が、灰の海より姿を現す。
『――――――――』
音にならない、小さな産声を一つ上げ。
それはゆっくりと、〈レィミア〉を目指して動き出した。
◇
その日も、いつもと変わらない一日が過ぎようとしていた。
蒼穹の空には白光を湛えた日輪が燦々と照り付け。
清流は止めどなく流れ、せせらぎが大地に爽涼たる霊気をもたらす。
鳥獣の囁きは深緑の大地に木霊して、風にさらわれる葉擦れ音と心地よく絡み合う。
人が、獣が、森林の草木が。
大陸に生きる生命の唄が、柔らかく交わり協奏曲となって、〈レィミア〉に響き、満たす。
この景観の最中、刻々と迫る惨劇の存在など、誰が知る由などあるだろうか――。
「……ん?」
高台から当直に当たっていた術士の一人が、怪訝な顔を浮かべる。
陽炎に揺らぐ灰海の中、地平線の近くに、何かが居た。
熱に揺らぐその輪郭は、正確には捉える事出来ない。
それでも、それが何か巨大な物質であるという事だけは、即座に判断出来た。
そしてその方向から――その白い世界の彼方から訪れるものなど、一つしかなかった。
「ア……」
アヤカシだ、とその声が発するよりも早く、熱線が空を薙ぐ。
男は咄嗟に口を噤み、高台より身を投げ出した。
恐らくは霊力による飛行での回避を図ったのであろうが――。
男の姿は、重力がその身を引くよりも早く、高台の頂部共々熱線によって消し去られる。
突然の爆音が、僅か数秒の内に神殿全体を喧騒と混乱に陥れた。
「敵襲だぁーっ!」
「総員、迎撃態勢を急がせろ!」
「準備ができ次第、直ちに飛翔! 本陣の直衛に当たれ!」
ほんの数刻前の雰囲気は、嘘の様にかき消される。
これまでに無い、超長距離からの先制攻撃。
しかも的確に神殿を狙ったその正確さ。
完全な不意打ちに、〈レィミア〉防衛団側は事態の把握も対処も間に合わず、必然的に次弾への反応も遅れる事となった。
「第二波、来ます!」
いち早く霊具を装備し、神殿の上空へと飛翔した術士の一人が叫んだ。
未だ黒点にしか見えない距離にあるアヤカシから、強烈なフラッシュが瞬間的に発せられる。
「っ!」
閃光が空を引き裂き、大気を焦がして飛来する。
それも、複数。
アヤカシの身体の各所から、同時に放たれた光の束が〈レィミア〉に――その平野部に展開された集落に迫る。
今スタンバイしている人数では、対処しきれない。
(集落に当たる――‼)
何名もの術士が、冷汗を滲ませる。
しかし、その熱線の束が人民を焼く事は無かった。
「カイ!」
突如その軌道上に展開された、翠白に輝く巨大な燐光の壁が行く手を阻み、熱線の奔流を纏めて相殺する。
『おおぉぉぉぉぉっ!』
爆発の黒煙を突き破り、煌く翠の白龍〈カイ〉が咆哮した。
それに応える様に放たれた、第三波。
先の攻撃の余韻である黒煙が晴れぬ内に繰り出される追撃。
しかしそんな見え透いた攻撃など、対処するのに何の苦も無い。
逆立った龍鱗が光を帯び、空中に寄り集まって、再び霊力の防壁を形成する。
二つのエネルギー体がぶつかり合い、爆煙が再び集落に影を落とした。
『俺が先行して奴を叩く! その間に皆の避難と迎撃の準備を!』
「すまない! 頼む!」
「カイ! 私も――!」
「待たせたな! 第一から第五部隊も行けるぞ!」
フォルトゥーナを携えて飛んで来た来たシエラが、〈カイ〉を呼び止める。
その背後には、ヴェネトを始めとした戦闘職の術士達の面々が、霊力を熾して待機していた。
「ヴェネト隊長!」
「カクル! お前の所の第九部隊以降の奴は、集落の防衛と神殿への避難誘導に当たれ! きっと雑魚共がそっちにも流れていく筈だから、キッチリ落とし切って見せろよ!」
〈カイ〉の近くに居た年の近い後輩に素早く指示を出し、遥か灰の世界に浮かぶ黒点を目掛けて、ヴェネトが飛翔した。
シエラが角に掴まるのを待ち、〈カイ〉もすぐさまそれに続く。
龍となった〈カイ〉の飛行能力は、封術士達のそれとは比にならない。
その速度も、滞空制御も、術士のものより遥かに優れている。
そんな自身の能力にものを言わせて、先を飛んでいた術士達の一団を追い越すや否や、〈カイ〉が鱗の壁を展開して、幾度と放たれる熱線の全てを防ぐ。
やがて点にしか見えなかった敵の全映が、彼らの視界に捉えられた。
(やっぱり……使徒型か……!)
舌打ち代わりの唸り声が、〈カイ〉の喉から漏れ出た。
元々純粋な生物であるかどうか怪しかったアヤカシの中でも、一段と生物らしからぬその姿。
全体的なシルエットは、全長百メートル近い巨大な楕円形。
宙に浮いたその卵の様な胴から伸びるのは、あまりにも不自然な形をした歪な翼。
そしてその翼の先からは、肥大化した前腕が体前に回され、まるで祈りを捧げる聖人の像の様に交錯させられている。
その胴と前腕部には、不気味な色彩の幾何学模様が絶えず揺らめく渦を巻き。
刺々しい冠に囲まれた胴の頂部では、本来眼球がある筈の場所に深い黒檀の穴を抱いた、髑髏の様小さな顔が此方を見据えていた。
幻獣型を超越する強大な存在にして、〈レィミア〉を襲う驚異の具現――使徒型。
最早普通の生物としての機能も姿も残してなどいない。
ただ壊す。ただ殺す。
幻獣型よりもより強力に、凶悪に、闘争と殺戮に特化した異形の怪物が、音の一つも立てる事無く〈レィミア〉へと迫り来る。
その周囲には、灰色の渦を巻く無数の影。
使徒型に従えられた幻獣型の群れが、耳障りな喧騒を奏で立てていた。
「いくよ、カイ!」
先手必勝と言わんばかりに、シエラのフォルトゥーナが光矢を放つ。
それに合わせる様に、一拍遅れて〈カイ〉が蒼炎を迸らせた。
しっかりと溜めを作って放つ、重く蒼い一閃の光。
巨影の頭部を目掛けて放たれた、二つの光条。
『ギィィィィィッ!』
しかしそこに割り込んだ鈍色の翼を持つ翼竜――何十匹もの幻獣型が、シエラの放った黄金の光を自らの肉体を肉壁として防ぎ止めた。
分裂していない極太の光矢が肉壁に当たって爆ぜ黒煙が巻き上がるが、間髪入れずに〈カイ〉の放っていた蒼炎がスモークを破り、肉壁の穴を貫通して使徒型に直撃する。
『……ちっ』
しかし〈カイ〉の口から漏れたのは、直撃の喜びではなく小さな舌打ち。
爆発の余波が過ぎ去り、煙幕が晴れたその場所には、まるで空間に薄い膜でも張ったかの様なエネルギーの壁――障壁が、使徒型の正面に重ねがけて展開されていた。
程無くして、霧散する障壁。
その奥で、悠々と佇むアヤカシの黒い眼窩が、嘲笑う様に防衛団を見据えていた。
「カイ、あれって……」
シエラの不安に、〈カイ〉が肯定を返す。
『多重防御障壁……か……』
「馬鹿な……! んなもんどうやって破れと……⁉」
ヴェネトが舌を打つ。
通常、霊力で形成された障壁が何重にも重ね掛けられる事は無い。
障壁とは、それ一つが高濃度に圧縮・固定化された膨大な霊力の凝縮体。
外部より迫るエネルギー――この場合は、霊力の様な非実体型のエネルギー体も、物体の移動による運動エネルギーも含む――をかき消す為の能力。
それを重ね掛けるという事が、一体如何なる状態を生み出すのか。
答えは簡単だ。
複数の強大なエネルギー体が、限られた狭い範囲に密集・密着する事により、互いが互いの構成に大きな干渉を及ぼし合う。
つまり、障壁同士のエネルギー反発により、展開した障壁そのものが跡形も無く霧散してしまうのだ。
故にアヤカシが――また霊具を用いた人間が、複数の障壁を重ねて展開する事など、前代未聞。
理論上は不可能と思われてきた技術だ。
しかし、現に目の前に居る使徒型はその多重障壁を易々と駆使して、こちらの攻撃に対処して見せた。
――つまり、このアヤカシは多重障壁による超防御能力を得る様に進化を遂げ、その結果、密着状態での障壁展開を実行しても相互干渉を引き起こす事の無い、新しい障壁の構造を創り出した、という事になる。
既存理論の限界を越える為に進化を遂げたなどと、何とも突拍子も無い話だが、そうでなければ目の前の事象の説明がつかない。
そしてその程度の適応と進化くらいは平気でやってのけるのが、アヤカシという生命体であった。
――超強度の多重障壁を破る手段。
そもそもこれまでは多重障壁などというものが無かったのだから、対抗策など既存の戦闘記録にも記されている訳が無い。
正真正銘、まっさらの手探り状態だ。
だがだからと言って、アヤカシがその侵攻を緩めてくれる事は無いし、現にこうして思案する間にも、〈レィミア〉の姿はどんどん近付いている。
加えて――、
『ギィィィィィィィッ!』
使徒型を取り巻く大勢の幻獣型が、黒牙を打ち鳴らして押し寄せてくるのだ。
長考に費やす時間など、ほぼ無きに等しい。
放たれた赤色の火球が、視界一杯に広がり防衛団に飛来する。
「くそっ……! 何か打開策は……!」
翼竜を正面から迎え撃ちに出たアルバが焦燥を滲ませる。
「向こうの霊力切れを待つか……⁉」
「馬鹿か! 俺達の霊力を総動員したところで、使徒型に持久戦を挑める訳がねぇだろ‼」
他の術士が漏らしたゴリ押し論に、槍を振るいながらヴェネトが即座に異を返す。
そんな渦中において、〈カイ〉は努めて落ち着いた声を投げ掛けた。
『どんだけ推測に推測を重ねた所でどうしようもないだろ。とにかく今はひたすら殴って、相手の能力を把握する事が先決だ!』
蒼炎の煌きが虚空を焼き、再び出現した使徒型の障壁が二度それを相殺した。
「でもカイ、私達の出せる火力じゃどうやっても、あの障壁の強度は越えられない筈でしょ? カイのブレスが一方的に相殺されるレベルじゃ、私達の霊具の威力なんて、とても通用するとは思えないけれど……」
フォルトゥーナの矢を放ちながら、シエラが〈カイ〉に問いかける。
返すのは、身も蓋もない首肯。
しかし――。
『でも、アイツだって生物だ。そして生物である以上は――』
――決して、完璧などというものを持ち得てはいない。
如何なる力を会得した生物であっても、やがて訪れる『死』には抗えない。
如何に優れた再生力と生命力を備えた自然とて、己が能力の範疇を越えた破壊活動には耐えられない。
そして何より――過去の人類の様に、如何に優れた知識や技術を以てしても、永遠の繁栄を得るまでには至る事はできなかった。
『生命』というものの不完全さ――それは遥かなる昔、命の誕生から絶える事無く変化を続けて来たこの世界の存在そのものが証明している、絶対の理。
――故に、
『必ず、何処かに付け入る隙がある筈だ。これまでだって、過去の術士達だって、そうやって格上の化物を相手に〈レィミア〉を護って来たんだろ? なら、今回もやってやれない事は無い。――だろ?』
確証と自信に満ちた〈カイ〉の声。
それに触発される者は、決して少なくなかった。
「へっ、カッコつけた事言いやがって、この野郎……」
ヴェネトが不意に笑う。
「聞いたな、お前ら! カイが言う通り、あの気持ちわりぃガイコツ卵野郎だって、俺達と同じ『生物』だ! 同じ存在って事は――俺達が超えてやれねぇ道理なんざ、何処にも無ぇよなぁ⁉」
「「おおおぉっ‼」」
「アヤカシが人間と同じ存在」など、冷静に考えれば馬鹿げた台詞である。
しかしそれに対して野暮なツッコミを入れる様な馬鹿は、この場にはただの一人としていなかった。
「いいな⁉ 全員、とにかく殴れ! 殴って殴って、ありったけの火力をあの卵野郎にブチ込んで――」
「クソ目障りなあのデカブツに、特大のボロを落とさせてやれ‼」
火付け役の咆哮に術士達の雄叫びが呼応する。
これで、彼らの意向は固まった。
「よぉし、行くぞお前らぁ‼」
反撃開始。
ヴェネトの掛け声を受けて、滞空している術士達が一斉に散開した――!
ありがとうございました。
今回の投稿文はおよそ5000文字――やっとバランスの良さそうな文字数で投稿出来ました。
え? その辺気にするんなら普段からもっと意識して書けよって?
仰る通りです。
でもね……一回書き出して筆が乗ってきたら止まらないんですよ。
考えるよりも先に書きたい事がポンポン浮かんできて気が付いたら、「あ、まだ半分しか書きたい事済んでないのにもう六千……やべぇ、また一万超す……」とか割とあるんです。
もっと短い尺でいい、などという声がありましたら……どうにか前向きに検討と善処はしてみます……。
では、また次回の更新で!




