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終わる世界で龍は唄う  作者: シャリ・クラゲ
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第二節 存在の理由 ③

はい、という訳でございまして予告通り、日常パート最後でございます。

次回、第三節からは戦闘に入り、物語も動き始めます。

まだ少しだらだら進んでいる感じはしますが、今しばらくお付き合いください。


では、第二節三回目、どうぞ。


 カイが墓参りに来た頃にはまだ微細な程度であった空の赤みも、今ではすっかり全天にかかり、美しい夕空へと変わっている。

 山の向こうには、せっかちな一番星がきらりと光を放ち。

 床へと急ぐ日輪は〈レィミア〉を、それを取り巻く灰の海を、空に浮かぶ鰯雲を、秀麗なる茜色に染め上げる。

 巣へと飛び行く黒鳥の群れを仰ぎ見て、カイは灰の海へと視線を移した。

 ――生物の寄り着かない。

 既存生命の一切を育む事の無い、枯れた世界の具現。

 そしてアヤカシを生み出す、厄災の元凶とも言える死の世界。

 そんな灰海でも、今この一時だけは。

 破滅を届ける世界であっても、白い粒砂に茜色を映したこの瞬間だけは、とても美しい。

 紅葉を散りばめた様な紅の海が、そこに広がっていた。

「綺麗、だね」

「――うん。あんな怪物の棲む場所だなんて、思えない位……」

 多言は、いらない。

 この景観に、雑把な演出なんて必要無い。

 沈黙の中に、遥かな高層を行く鳥の鳴き声だけが木霊する。

 ゆっくりと足を進めながら、二人は静かに優艶なるその景観を見つめていた。

(あ――)

 ふと、シエラの目にあるものが留まる。

 それは彼女らの歩く道よりも少し下の方。

 灰海の岸辺近くで肩を並べる、一組の男女。

 この太陽の沈む西の海岸際は、〈レィミア〉でも有数の絶景スポットに数えられている。

 天を、地を、死の領域さえも、目に映るもの全てが、遮られる事の無い茜色に染まるこの光景を目当てに、この時間この場所に足を運ぶ者も少なくない。

 大陸全体がお祭り騒ぎとなっているこの時期であれば、なおの事だ。

 そして今、シエラの目に留まった男女も、そんな集団の一つだった。


 既にその輪郭の半分程を地平線の向こうに沈めた太陽の光が、岸辺に腰を下ろした二人の姿を影絵の様に映し出す。

 左に座る男の指先が、そっと女の左手に重なる。

 手を重ねた両者の指先が、互いを離さぬ様にと言わんばかりに絡み合う。

 遠巻きにも感じ取れる、不可侵の甘い空気。

 やがて、両者の身体がゆっくりと近付いて。

 互いを見詰めるその顔が。

 互いを求める物寂しい唇が、夕焼けの中で交わった。

(わ……わあぁぁぁぁぁ……)

 艶めかしく絡み合う唇が。

 抑えの効かぬ身体の火照りを発散させんばかりに、情愛を交わすその光景が。

 思春期真っ盛りであるシエラの視線を釘付けにして、離さなかった。

 たっぷり十秒程、その光景に見入った後、はっと唐突に我に返ったシエラは強引に、視線をそのカップルから引き剥がした。

(わた……私は何を考え……)

 上気した頬。

熱を帯びる思考。

 僅かに俯いて、フルフルと首を左右に振って。

 その視線を、すぐ目の前を歩く昔馴染みに――その細い背中に向けた。

 ――力強い隆々とした筋骨とは程遠い細身の体躯。

 その気になれば、今すぐ後ろから蹴りを入れて難なく倒せそうな背中。

 ………………。

(~~~~~~っ!)

 ぼふん。派手に自爆した。思わず俯く。

 思春期相応の羞恥がその顔を朱に染め、その結果、歩行しているのにも関わらず前方への注意を欠いた。

「うわっぷ⁉」

 何かにぶつかる感触。

 可愛らしい悲鳴の後に顔を上げると、カイがいつの間にかその足を止めて視線を明後日の方向に固定したまま立ち尽くしていた。

「カイ? ちょっとどうしたの……」

 抗議の色を含んだ声をシエラが上げる。

「…………」

 しかし、その声に対するカイからの返事は無い。

 不思議そうに頭を傾けるシエラ。

「……カイ?」

 もう一度、呼び掛ける。

 ……やはり応答が無い。

 視線も、何処か一点に固定したまま微動だにしない。

 不審に思ったシエラが、その顔を覗き込む。

「……?」

 石像の様に固まった表情。

呼吸すらも読めない位に動きの無い身体。

 そして一点を見詰める彼の翡翠色の瞳を覗き込むと、その瞳孔が縦長な獣のそれへと変化しているのが見て取れた。

(え?)

 瞳孔の変化は、事カイに限ってはさしたる問題ではない。

 龍への変化(へんげ)の際にいつも起こり得る事象なのだから、それ自体はおかしい事ではない。

 だがそれでもシエラは、何かがおかしい、と直感した。

 そこに根拠も確信も無い。

 ただの勘。確固たる確証の欠片も無い、不確定かつ曖昧な感覚。

 しかしシエラ自身は、その感覚に何の疑いの余地も持たなかった。

 それはまるで、『カイ』という存在そのものが消え去ってしまい、別の何かに上塗りにされてしまう様な――、

「カイ⁉ ちょっとカイったら!」

 そこからの決断と行動は早かった。

 カイの肩を掴んで、一心に呼び掛ける。

 二、三度とその身体が揺さぶられ、

「……ん。え、あれ、シエラ?」

 カイの瞳に色が戻った。

 いつもと変わらない口調。

 いつもと変わらない表情。

 いつもと変わらないヒトの瞳が、至近距離で自身を見上げるシエラの視線と交錯する。

 彼女の知っている昔馴染みの『カイ』が、そこに居た。

「わりぃ、何か呼んでたか?」

「あ、いや……。また急にぼーっとしちゃってたから……。大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。……すまん、最近こういうの多くてな……」

 心底申し訳なさそうな声。

 大丈夫だ――カイはちゃんと此処に居る。

 此処に在るのは、本物のカイだ。

 途端に湧き上がる安堵感が、大きな溜め息となってシエラの口から漏れ出た。

「良かった……何だかいつもと様子が違った感じだったから……」

「違う?」

「うん。変化もしないのに龍の目になってたり、その……雰囲気がいつもと違ったり……」

 どうにかあの違和感を口で説明しようと頭を捻るも、いざ表現しようとなるといい言葉は出て来ないものだ。

 結局――、

「まぁ、私の勘違いだったかもしれないしね! ごめん忘れて! 今何ともないんだったら大丈夫よ、きっと!」

「……? お、おう」

 捲し立てる様に言葉を綴って、強引に話題を締める事にした。

 表情の端に疑問符を浮かべながらも、とりあえずカイも頭を縦に振る。

「さ、綺麗な景色も見て気分も晴れたし、早く戻ろう! 今日はヴェネトの獲って来た特大の黒猪があるっていうのに、早く行かなきゃ皆に取られちゃう!」

「え? あ、ちょっと待てって!」

「ちなみに私がカイより早く帰れたら、カイの分の猪肉は私が半分貰うからね!」

「何それセコい⁉」

 オレンジ色の夕暮れの下、突然駆け出したシエラをカイが追う。

 やいのやいのと騒ぎながら、二人は集落奥地の神殿へ――先刻、カイの視線が向いていた方向へと駆けて行った。


ありがとうございました。

滅茶苦茶尺が短いのは気にしないでください。

作者自身この投稿作業をしている最中に

「あ……これくらいならもう一息にやればよかった……」

と今更過ぎる後悔を抱いている所なんです。


新年早々何かミスっちゃいました☆


……はい、という訳で今年もこんな作者でやっていきます。

皆様お察しの通りのアホではございますが、どうぞ今年も変わらぬ応援をよろしくお願いいたします。


ではまた明日の更新――終わる世界で龍は唄う 第三節 灰の彼方より災いは来りて――どうぞお楽しみに!

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