第三怪 その2
3
「ヴィクトリア・L・ラングナーだ」
「はい、お待ちしておりましたラングナー様。一番の部屋でお待ちください」
入って早々に室長は受付の女性(今度こそ女性だろう。じゃないと僕は誰も信じられない)に名前を告げる。即座に反応が返ってくる辺り、向こうも待ち構えていたということなのだろう。あんまり良い気分じゃない。
部屋の番号を確認すると、いつもの早足で室長は向かっていく。
相変わらず一礼もないので、代わりに僕が頭を下げておく。……普通逆だろ。
一、と大書してある金属製のドア。
以前入った部屋とはちょっとばかり雰囲気が違う。
いかにも頑丈そうだし、なんというか、威圧するような雰囲気を感じる。
つうか、ドアノブがない。
ならばどうやって入るのか? 答えはごっついハンドルを回してから入室するというものだ。
……ここは潜水艦の中か何かか?
そこまで気密性を重視してどうするんだ、という疑問を差し込む暇も無く、室長はすごい勢いでハンドルをぐるぐる回してロックを解除する。
重たげな開閉音を立てるドアをくぐると、中は思った以上に狭かった。
人が十人も入ったらいっぱいいっぱいになってしまうだろう。
その程度の広さなのに、机と椅子がおいてあるものだから拍車がかかっている。
そして、更には先客がいた。
「よう八久郎」
「久しぶりね、ヴィッキー。そしてコダマちゃん」
以前見たときよりも、多少顔色が悪くなってしまってはいたのだが、その人物は間違いなく八久郎さんだった。
どうやら自動的に閉まる仕組みだったらしく、僕の後ろでごうん、とドアが閉まる音がする。
だけど、僕はそんなことよりもなんと返答したものかを思案していたのだ。
八久郎さんは、確かに室長とバトる羽目にはなったのだけど、それは仕組まれた物であって、しかしながら、僕達はその室長を解放するためになんやかんやと統魔を引っかき回して、結果的に日本支部の最高責任者をぶっ飛ばすことになってしまっている。
統魔に所属している八久郎さんからしてみたら、今の僕がどういう風に映っているのかが予想できない。
今この場で戦闘が始まる可能性だってあるんだ。
心境としては複雑。そして、立場としても複雑。
そんな状態で僕は頭をぶん回すのだけど、正答は出てこない。当然だ。こんな場面に遭遇したことなんてない。参考になる状況もない。
「とっとと座れコダマ。それともキミは立っている方が好みだったか? それなら今度から百怪対策室でもずっと立っているんだな」
気付けば室長はすでに椅子にかけていた。
くそ、これじゃあ座る一択じゃないか!
半ばやけくその心境で僕は椅子に座る。
「さて、わざわざ私を呼び出しての用件なんだ。それなりには厄介なんだろう?」
本題。そう、僕は詳しいことを知らないのだけど、こうやって統魔にやってきている以上、何かしらの呼び出しがあったと考えるのが自然だ。
以前やってきたときには、思い出したくもない大根退治をやることになった。
今回はなんだろうか? 僕は当然のようにミッションが用意されていると考える。
「ムシが良い話とは思うんだけど、妖刀を回収してきて欲しいのよ」
登場した単語に、思わず背筋がざわつく。
妖刀。ここ最近で立て続けに関わることになってしまってる。
そんな状態で反応するなと言うほうが無理な話だ。
「妖刀……ねぇ。それなら統魔の回収班にやらせたらいいだろうが。給料分ぐらいは仕事してもらわないとな」
室長はどこか皮肉げだ。まあ、関わった妖刀は、本来ならば統魔の回収班の仕事だったので当然だろう。あのおかげで僕達はクリスマスも新年もぶっ潰されてしまったような物だ。
特に、事情説明のために留まったりしている室長は、恨み骨髄とまではいかなくともかなり面倒くさく感じているのだろうと僕は推測する。
年末年始限定はただでさえイベントが立て込んでいるのだし。
「当然、回収班は向かわせてるのよ。……でもね、あたしの直感が告げてる。回収班の手に負える代物じゃないわ」
「だったら始めからお前が動けばいいだろうが。少なくとも純粋な戦闘でお前に勝つことが出来るヤツは少ないだろう?」
室長も実際に負けてる。いや、あの時の八久郎さんは準備万端で、室長のほうは不意を突かれたようなものだからノーカンだろうか?
それでも、この人がすさまじく強い魔術師だっていうのは間違っていない。あんなとんでもない力を行使されたら僕なんかじゃとても太刀打ちできないし、ましてや単なる道具でしかない妖刀なら尚更だ。
「……あたしは日本支部から離れられないのよ。木角利連の失脚で評議会の人員も大幅に刷新が決まってる。陰陽師の系列からも出したいけど、土御門やら賀茂は統魔に非協力的。となると、ほとんど唯一陰陽師の家系に連なってるあたしが次の評議員の末席っていうわけよ」
権力闘争っていうモノは何処の世界でもあるらしい。
そして、その渦中にある人物が全員ソレを望んでいるわけではないというのも共通しているようだ。
「万が一にでも評議員が負傷したら大問題、か。ふん、だから私は統魔には所属しない。自由に外出も出来なくなるからな」
「そういうことよ。そして、回収班はもう到着して報告を上げてもいい頃なのに、反応はなし。戦力の逐次投入よりも、あたしは解決出来る人物に頼むわ」
まっすぐに八久郎さんは室長の目を見る。
切れ長のその目は、男性であることを忘れてしまうぐらいにはきれいだった。
「…………ち。報酬は弾んでもらうぞ」
渋々といった様子ながらも、室長は依頼を受けた。自動的に僕もそのミッションに参加させられることが決定してしまったのだけど、最早この時点で口を挟んでもどうにもならない。
挟むなら最初に挟むべきなのだ。
「で、私に回収して欲しい妖刀はなんだ? まさか、草薙の剣とかいうなよ?」
「それは妖刀じゃないでしょ。……回収して欲しいのは『圧し切り長谷部』よ」
ぴくり、と室長の眉が上がる。
「また厄介そうなヤツを持ってきたな」
室長はどうやら知っているようだけど、僕は知らない。どういう刀なのだろうか? つうか、今回は先に能力とかを解説してもらいたい。
「……圧し切り長谷部、かの織田信長が所有していた刀の一振り。異能は『怒りの増幅と、増幅した怒りに比例した切れ味の強化』。まさしく妖刀の名がふさわしい刀よね」
室長ではなく八久郎さんがものすごくざっくりとした説明をしてくれた。
いや、しかし。
「織田信長って、戦国大名のですか? そんな大層な刀なら美術館にでも展示されてるんじゃないですか?」
小学生でも知ってるような歴史上の人物の持ち物となると、そういう扱いがふさわしい。まさか、展示品を持ち出せなんて言われるのか? そういうのは百怪対策室じゃなくて、怪盗とかに頼んで欲しいのだけど。
「表向きの圧し切り長谷部は偽物だ。統魔……いや、日本支部の前身となった陰陽寮が隠蔽するために製作したんだ。まがい物だが、良い刀だから見破られる心配はない。問題は本物のほうだ」
偽物まで作ってるのか。となると、曰く付きの一品とかはそのうちに統魔が全て偽物にしてしまうのかもしれない。いや、もうなってるのか?
「えっと、つまり、僕達はその……本物を回収しに?」
「ああ。しかも、多分封印が解けて暴れてるヤツをな」
……なんてこったい。




