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Meet you

 昔々のお話です。

 とある外国のとある国。


 産業革命さえも未だにやってきていない時代の、とある貴族の館。

 真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を、立派な身なりの紳士と薄汚れたぼろを纏った少女が歩いていました。


 いえ、正確には少女の首には金属製の輪がはめられ、紳士はそこから伸びる鎖を持っていたのですから、少女が連行されているといったほうがよかったでしょう。

 長い長い廊下を歩いている二人は一言も発しません。


 ただただ黙って、まるで処刑場に囚人を連行する刑吏と囚人のようです。

 やがて、二人は広間に続く扉の前に立ちます。 

 紳士が扉を押し開けると、そこには上品なご婦人と、ぼろを纏った少女よりもいくらか年上の女の子が二人いました。


 どうやらおしゃべりに興じていたようで、(かしま)しい声が上がっていたのですが、紳士が登場したことによって、それは収まります。


 「あら、あなた。珍しいですわね。ソレをここに連れてくるだなんて。絨毯を汚さないようにちゃんと見張ってくださっていたのかしら?」

 「当然だよ。私の財産を汚されては堪らないからね」


 少女の首輪に繋がった鎖を引きながら、紳士はご婦人の頬にキスをします。

 ぱっと見では仲睦まじい夫婦に見えるでしょう。その手に持った鎖さえなければ。


 「お父様、今日はなんのご用ですの? お母様も何をするのか教えてくださらなくって、わたくし達退屈していましたの」

 「そうですわ。お父様もお母様も大人だけで秘密を共有するんですから」


 見た目がそっくりの女の子達は交互に抗議の声を上げます。


 「ふふふ、お前達は本当に好奇心が旺盛だね。これは将来大物になるだろう」


 娘達の将来性を感じ取って、紳士は思わず頬を緩めます。

 そして、侮蔑(ぶべつ)の眼差しを未だに広間の片隅で所在なげに立ち尽くしている少女に向けます。


 「・・・・・・我がラングナー家の失敗作をいい加減に処分しようと思ってね。それに当たって、どうやって“処分”しようかと皆の意見を聞いてみようと思ったのだよ」


 紳士の姓はラングナーといいます。

 そして、ぼろを纏っている少女もラングナー姓を持っています。

 いえ、この二人だけではなく、ここにいる全員がラングナー姓なのです。


 「お父様、それならわたくしは丸焼きにしたいですわ。丸焼きにする間も悲鳴を聞き続けることが出来る拷問具があったはずですもの」

 「いいえお父様、わたくしは足から少しずつそぎ落としていったほうが良いと思います。自分の体を削られながら、絶望に染まっていくのを眺めていたいのです」


 双子の少女達は思い思いの“処分”方法を口にします。

 しかし、ぼろを纏った少女はまったく反応しません。その碧い瞳を濁らせて、ただ立っているだけでした。


 「お前はどう思う?」

 「・・・・・・そうですねぇ、わたくしは半分を挽肉(ミンチ)にして、半分を炭になるまで焼いてやったらどうかと思いますわ」


 とりあえずは全員の意見を聞いた紳士は、何かを考えるように腕を組みます。 

 愛する娘達と伴侶。全員の意見を採用したいのですが、それはできません。

 “処分”するのは一体だけなのですから。


 「・・・・・・どうしたものか、ね」


 思わず呟いてしまった紳士なのですが、とある閃きが頭に走りました。


 「そうだ! 一度丸焼きにして、一晩かけて再生させて、次にそぎ落として再生させて、半分潰して半分炭にして再生させて、最後に豚の餌にしてしまおう。それならば全員の意見が反映される」

 「まあ、素敵! 流石はお父様だわ!」

 「やっぱりお父様は切れ者ね!」

 「皆の意見を聞いてくださるだなんて・・・・・・貴方はやっぱり素敵よ」


 一番おぞましい意見が採用されてしまいます。


 家族の意思統一がされてしまい、さっそく準備が始まろうとしていまいした。

 そんな状態で、ぼろを纏った少女は――――。


 (わたしは、死ぬ、んだ)


 砂漠のように乾燥した心で、静かにそう感じました。


 少女は、今まで散々に虐待を受けてきました。


 ラングナー家は吸血鬼の一族です。

 吸血鬼と言ってもピンキリで、中には人間に退治されてしまうような弱小吸血鬼もいるのですが、ラングナー家は違いました。

 先祖代々、なんらかの強力な異能を発揮してきた一族です。

 しかし、少女にはその異能がありませんでした。


 精々、他の吸血鬼よりも多少マシな程度の能力しか無く、他のラングナーよりも明らかに劣っていました。

 ゆえに、彼女の父親である紳士はひどく少女を冷遇し、虐待し、そして今日、殺そうとしているのです。

 優秀なる存在しかラングナーには必要ない。彼女の父親はそう言いながらよく少女の爪を剥がしてきました。

 それも、終わりになります。


 少女の死によって。

 そう考えると、今まで味わったことのない気分になってきました。


 (わたしは、必要じゃなかったの? 生まれてきたらいけない子だったの?)


 疑問。


 少女が始めて抱いた疑問でした。

 ぐるぐると、その疑問だけが頭の中を回ります。

 回っている内に、疑問はある感情へと変化していきました。


 その感情を表現する語彙が少女にはありませんが、感じることはできました。

 その感情の名前は、殺意といいます。


 (そう、か・・・・・・わたしは必要じゃなかった、んだ。なら・・・・・・我慢する必要、ない)


 少女はずっとある衝動を抑えてきました。ずっとずっと、我慢してきました。

 体の中をずっと巡るソレを無理矢理に抑えこんで、しまい込んで、そして見ない振りをしていました。

 でも、もう死ぬことが決定してしまったのならば、抑えこんでおく必要があるようには思えません。

 最初で最後にするつもりで、思いっきり少女はその衝動に身を任せてみることにしました。


 (・・・・・・・・・・・・オイシソウ)


 「お父様! 最初は丸焼きでしょう? 焼いている間に暴れないよう、なるべく頑丈な鎖を用意してきました」


 双子の少女の片方がうれしそうに鎖を引いてきました。

 瞳は輝き、いまかいまかと急かしてきます。


 「ああ、まったくお前は本当に愛おしい子だ。じゃあ、父様が縛り上げてやろう。ふふ、まあ見ていなさアァ⁉」


 紳士が奇妙な叫びを上げます。

 なぜならば、その首筋にぼろを纏った少女が噛みついていたのですから。


 鋭い犬歯を突き立てて、(けい)動脈(どうみゃく)を的確に捉えたその一撃によって、一気に血液が噴き出します。

 自分の顔を染める血液に気を配ることなく、少女はあふれてくる血を、生命のしずくを飲み下していきます。

 恍惚(こうこつ)としたその表情はとても幸せそうで、全員事態を把握することができません。


 「・・・・・・こ、この痴れ者がッ!」


 最初に我に返ったのは婦人でした。

 ドレスに似つかわしくない俊敏な動きで紳士に噛みついている少女を殴りつけます。

 婦人の異能は『怪力』です。その細身の肉体には似つかわしくないほどの膂力はそんじょそこらの化け物程度ではかないません。


 少女も例外ではなく、顔面を砕かれながら吹っ飛びます。


 「貴方ぁ⁉ 貴方! 貴方!」


 婦人は必死に呼びかけます。

 紳士の異能は『超再生能力』。噛みつかれた程度の傷ならば瞬時に回復してしまいます。


 しかし、今はそうではありません。

 首筋に空いた穴からだくだくと血液は漏れ続けています。

 元々青白かった肌はさらに青白さを増し、もはや死人のようになってしまっていました。


 「どうなってるの⁉ 何が起こってるの⁉」


 想定外の事態に婦人は混乱します。

 その肩に、手が掛かりました。

 双子の少女のどちらかが心配してくれてのだろうと思って、婦人は思わずその手を取ります。

 ぶつり、と自身の頸動脈がちぎられる音を婦人は聞きました。


 いたのは、ぼろを纏った少女でした。

 殴られた傷はすでになく、浴びた返り血以外は元の状態になっています。


 「お、おま・・・・・・えぇ・・・・・・」


 婦人は自分の中から『何か』が奪われてしまっているのを感じました。

 今までに経験したこともない感覚。

 無理矢理に形容するのならば、官能的という表現が一番良いのかも知れません。


 しかし、その感覚も長くは続かず、全身の血液を絞り尽くされた婦人はからからのミイラのようになって死んでしまいます。

 かさかさの死体から口を離して、少女は立ち上がりました。


 「お、お姉様っ! あ、アレは何なの⁉」

 「わ、わからないわよっ! あんなの、あんなの知らないっ!」


 双子の少女はただおびえているだけです。

 そんな獲物を見逃すほどに甘いような現状ではありませんでした。

 ぼろを纏った少女は片方に飛びかかります。


 「く、くるなぁ!」


 双子の片割れは必死に自分の異能を発現させます。


 『硬質化』。そう呼ばれる異能です。

 肉体を鋼鉄以上の硬度に変化させるこの異能は、防御という観点から言えば、かなり強力な力です。

 実際に、首筋に突き立てられた牙はあっけなくへし折れます。


 しかし、瞬時にそれは再生してしまいます。


 「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!」


 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も同じ場所に牙が突き立てられます。

 何度折れても構うことなく。

 やがて、小さなひびが入ります。


 「や、やめてぇ‼」


 自分の中に侵入してくる牙の感覚は、今まで少女が経験した何よりも恐怖をかき立てました。


 「・・・・・・いや、いやよ。いやぁ! なんでアンタがそんなことッ⁉」


 最後の一人になった双子の片割れ。

 彼女にはすでに恐怖しかありません。

 わずかな間に自分以外の家族を葬ってしまった怪物。そうとしか言えないのです。


 「く、来るなぁっ! 来るな来るなくるなクルナァッ!」


 必死に異能を発動させます。

 『身体変形能力』。彼女が保有してる異能です。

 必死に腕を伸ばして、巻き付けるようにして首筋を守ります。


 ですが。


 ぶちん。


 あっけなく伸ばした腕は引きちぎられます。

 容赦の無い怪力によって。


 ぶちん、ぶちん、ぶちん、ぶちん。


 一本ずつ、順番に。

 最後の一本が引きちぎられると、残ったのは両腕を無くした少女でした。


 「お願い。お願いよ。お願いだからわたしは助けて。お願いッ!」

 「・・・・・・いただきます」


 最後に聞いた言葉は、とても残酷でした。





 廃墟のようになってしまった貴族の館。


 ここに住んでいた貴族は吸血鬼、という噂話がありました。

 しかし、数年前からその姿を見た者はいません。

 ただ、その代わりに虚ろな瞳の少女が徘徊しているという噂がまことしやかにささやかれているのです。


 やってきたのは、奇妙な服装をした男性です。

 髪を長く伸ばし、着ている服はまるで魔法使いのローブのようにゆったりとしたものでした。

 正面扉の前に立つと、男性は持っていた杖で数回ノックします。

 返事はありません。


 しかし、迷うことなく男性は扉を押し開けて中に入ります。

 ひどい有様でした。

 かつては壮麗であったと思われる内装も、調度品もすべてが劣化しているか、壊れているかの二択です。


 「・・・・・・ひどいな」


 ぽつりと呟くと、男性はそのまま歩を進めます。


 




 地下室。


 屋敷中を探し回った男性が最後に立ち寄ったのはその場所でした。

 じめじめとした地下空間はどこか退廃的な空気を孕んでいて、とても、イヤな感じです。

 最奥にやけに厳重な扉がありました。


 「解錠(アンロック)


 男性の静かな声と共に、ひとりでに扉が開きます。

 中にいたのは、少女でした。

 ぼろを纏った、金髪碧眼の少女が遠い瞳で虚空を見つめていました。


 「・・・・・・はじめまして」


 「・・・・・・・・・・・・」


 少女は答えません。ただ、視線を向けただけです。


 「私の名前はマヌゴリー・リトレッド・J・ローグアイゼンという。キミの名前を教えてくれないかな?」


 柔らかな笑みを浮かべてマヌゴリーは問いかけます。

 しばらく、少女は何かを考えていたのですが、やっと口を開きます。


 「ルーシー。・・・・・・ヴィクトリア・ルーシー・ラングナー」


 これが、ヴィクトリアとマヌゴリーの出会いでした。


 命の限りに愛し、そして殺すことになった魔法使いとの出会いでした。



ここまで空木コダマシリーズを読んでくださった方々には感謝の念が絶えません。

これにてシリーズは終了となります。長々と駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

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