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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第二怪 妖刀 地切り戸灰悪
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第二怪 その2

 「見せびらかしてやがったガキの片方だなぁ! 死ねえ!」


 ぎらりと輝く刃が一直線に僕の喉元めがけて伸びる。

 確かに喉は急所ではあるのだけど、命中させるのは中々に難しい。

 飛びかかってくる巫女さんに対して弧を描くように僕は剣閃を躱す。


 ここまで接近を許してしまっていたのは失態だ。この距離だと、能力を使うために集中した一瞬が文字通りに命取りになってしまう。

 ……致命傷には至らなくても、めちゃくちゃ痛い目を見ることになるし、そしてなによりも巫女さんが持っている刀から嫌な気配を感じたのだ。


 禍々しいオーラのようなものが、見えているわけではないのだけど、感じる。

 つい先日の妖刀での手傷は、なり損ない吸血鬼の回復力が通用しなかった。


 それに、いきなり我慢の限界に達してしまって刃傷沙汰に及んでしまったというよりも、妖刀の影響によってこんな凶行に走ってしまったという説明のほうが納得がいく。

 おそらく、彼女が持っているのは妖刀なのだろう。


 どんな性質を持っているのかがわからない以上、無闇に手傷を負ってしまうのは得策じゃない。毒性とか持っていたらなりそこない吸血鬼の再生能力も通用するかどうか怪しい。


 「くたばれっ! クソガキィ!」

 「あっぶね!」


 返しの刃を紙一重で躱す。何本かの前髪が宙に舞う。

 いやいやいやいや! 女性の細腕で出来る鋭さじゃないぞ!


 やっぱり何らかの影響を受けているのは確定みたいだ。

 となると……。


 「死ねぇ!」


 考えてる暇なんぞねえ! 

 次々に斬撃が襲いかかってくる。

 なり損ない吸血鬼の反射神経と運動の能力がなかったらとっくに(なます)になってるところだ。


 「避けるんじゃねえ!」


 避けるに決まってるだろうが! 誰が好き好んで斬られるっていうんだ。多分室長でもそんなことはしないぞ。うん、多分。


 次々に必殺の一撃が襲いかかってくるので、僕も躱し続ける。

 このままじゃあジリ貧になるだけだ。


 大振りの一撃。


 地面ごと僕を真っ二つにしそうなその一撃をすんでのところで避けて、僕は背中を見せて脱兎のごとく駆けだした。


 「逃げるんじゃねえ! ぶったぎってやる!」


 僕の思惑通りに巫女さんは追跡を開始してくれた。


 このまま境内の方に逃げるのはまずいだろう。あそこには参拝客が沢山いる。

 参拝客に意識を向けさせてその間に僕の能力で行動不能にする、なんて外道な案も浮かんだと言えば浮かんだのだけど、それは即座に却下した。


 ……新年早々刃傷沙汰になってしまったら大変だ。僕みたいな『怪』に片足突っ込んでるような人間ならともかく、一般人の人々には少々刺激が強すぎるし、なにより今現在妖刀の影響を受けている巫女さんが社会的に死んでしまう。


 妖刀なんぞに関わってしまったがために、これから先の人生を棒に振ることなんて馬鹿らしいじゃないか。

 そんなことを考えながら、僕は玉砂利を巻き上げながら走り続けた。



 



 境内裏は弓道の練習場につながっていた。


 人気(ひとけ)のないほうにやってきていたら、いつの間にか迷い込んでしまったのだけど。

 砂利から土へと、地面は変わってしまっている。

 そして、僕はここで決着をつけることにした。


 頼りになるのはなり損ない吸血鬼の身体能力と、くぐってきた修羅場の経験。能力自体は決定打にはならない。威力の調整がしづらいし、使う時間があるかどうか。


 違和感。


 今まで僕の後ろをぴったりと付いてきていた足音がなくなった。

 追跡を中止したのか? 振り返るけど、刀を持った物騒な巫女さんは僕の視界には映らなかった。


 悪寒(ぞくり)


 命の危機に何度も陥ったことがある僕だからこそわかった。『あの感覚』だ。


 「うぉっ!」


 みっともないけど、選択したのは前方に転がるというものだった。

 ざくん、と何かが地面に突き立った音が背後で鳴った。


 確認するまでもないのだけど、素早く立ち上がりつつ確認する。

 土を巻き上げながら妖刀を引っこ抜く巫女さんがいた。

 どうやらとんでもない大ジャンプをかまして僕の脳天にあれを突き立てるつもりだったらしい。えっぐい。


 ……つうか、しれっと身体能力が強化されてるし。 


 「クソガキがぁ! 逃げ回ってるんじゃねぇ!」


 よだれをまき散らしながら喚くその顔は、笠酒寄に甘酒を振る舞ってくれていた時とはまるで別人、いや別生物のようだ。ここまで人間の表情って変化するもんだな。


 「いいよ、ここで決着つけようじゃないか」


 半身に構える。

 肩の力は抜いて、リラックス。呼吸は乱さない。 


 相手は確かに凶器を所持してるし、尋常の凶器でもない。

 だけど、発火能力者(キスファイア)やら人狼(かささき)やら魔術師(そのたもろもろ)やらと比較したらその危険性は低いと言わざるを得ない。今まで僕が相手取ってきた奴らよりも次元は低い。


 集中。能力の行使のためじゃなく、相手の動きを見切るために。


 「い~い覚悟だぁ……おっ()ね!」


 醜悪な笑みを浮かべて、大上段に振り上げられた刀が僕を真っ二つにしようと襲いかかる。

 極限まで集中した僕の動体視力は、その動きをはっきりと捉えていた。

 そして、一歩踏み込む。


 一歩。人間がやったのならば刀の根元を叩き込まれていたことだろう。だけど僕はなり損ないとはいえ吸血鬼。 

 その一歩で手が届く距離まで入っている。


 振り下ろされる途中の右手を掴んで、そのまま振り下ろされる方向を変えるような感じで誘導。

 くるん、と面白いように巫女さんの体が反転する。

 後は簡単。そのまま僕は後ろから巫女さんの左脇の下から手を入れて固定する。


 「この……クソガキがぁ! 痛っ」


 掴んでいる右手の腱をぐりぐりしてやる。ここを攻められると手に力が入らなくなってしまうのは室長に何度も何度もやられたので身を以て知っている。

 流石に人体構造までは変化していなかったのか、巫女さんは妖刀を取り落とした。


 同時に、その体が一気に脱力する。

 慌てて僕は支えようとしたのだけど、バランスを崩してしまって一緒に倒れ込んでしまった。


 「……あたた、締まらないなぁ。っと、大丈夫ですか?」


 起き上がってから巫女さんの顔をのぞき込むと、どうやら気絶してしまっているようだった。

 呼吸はしっかりとしているので命に別状はないらしい。

 ほっと一息ついた、のと同時に僕は何者かの足音を聞く。


 「………………空木君、その人、だれ?」


 笠酒寄だった。


 多分、人狼の聴覚によってなにか起こっているのを察知して駆けつけたのだろう。

 まあいい。そこは別にいいんだ。


 問題は今の状態だ。

 気を失って地面に倒れている巫女さんと、その顔をのぞき込んでいる高校生男子。


 「待て笠酒寄、誤「浮気者!」


 怒りの人狼パンチを食らって、僕は巫女さんと同じように気絶する羽目になった。


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