第二怪 その1
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自分が二重人格、いやさ、多重人格じゃないのかと錯覚したことはないだろか?
僕、空木コダマは……ある。
具体的に述べると、夏休みに対峙した超能力者……キスファイアと戦ったとき。
あのとき、僕はとても残酷だった。
人間に対して、容赦なく能力を行使して、ボコボコにした上ですっきりした気分を得たことを否定できない。
こんなにも残忍な部分が僕にあったのかと戦慄したものだ。
その上で断言する。僕は多重人格者ではない。医学的に言えば、解離性同一性障害じゃない。
高度な社会生物である人間は、色々な想いを己の内に閉じ込めて、言い換えれば我慢しながら生活しているのだ。
当然、僕だってそうだし、笠酒寄もそうだ。
そして、僕からしてみたら自由奔放に振る舞っているように見える室長だってそうなのだろう。
だからこそ、今回の妖刀は恐ろしかったのだけど。
1
元日、つまりは一年最初の日。
僕はとある神社にやってきていた。
言うまでもなく初詣にやってきているのだ。しかし、例年とは多少事情が違ってきていた。
「見ろコダマ、こんなにも新年早々から人々は密集したがっているぞ。なんとも寒々(さむざむ)しいじゃないか。この中のどれだけが本心からここの祭神に祈りに来ているんだろうな? ふん、私は神を信じない。なぜならネット上に沢山いるからな」
うっぜえ。いきなり矛盾しているじゃねえか。
「ねえねえ空木君、お願いは何にするの? 教えて。わたしはねぇ……空木君と一緒にいられますように、って」
こっちもこっちでうぜえ。
僕の隣にいるのは家族ではなく室長と笠酒寄。
そう、百怪対策室の面々で初詣に来ているのだった。
昨日まで室長はどこぞに出かけていたのだけど、山ほどの荷物と一緒に戻ってきていた。
そして、早朝から僕と笠酒寄を呼び出したかと思うと、そのまま初詣に行くと言い出したのだ。
そういうわけで、僕は不承不承といった有様でこうやって知りもしないちょっとばかり遠い神社までやってきているという次第。なぜ近くの府明道神社にしなかったのかがわからない。
寂れすぎていて御利益とかありそうにないからか? バチが当たってしまえ。
しかし、わざわざやってきたはいいものの、この神社もそこまで大きいというわけでもない。
言い方は悪いけど中小、いや弱小という形容が当てはまるぐらいには小さな神社だ。
それでも、人はあふれるぐらいにはいるのだけど。新年効果ってすごいな。一年に一度のかき入れ時なのだから当然と言ってしまえばそうなのだろうけど、普段はまったく参拝なんてしない神社にこういう時だけはきっちりやってくるのだから、日本人は非常に強い宗教を持っているのではないのかと考えてしまう。
「こらコダマ。その顔はまたぞろ難しいように思える事を考えている顔だぞ。新年早々そんなつまらんことはするな。日本人なら新年ぐらいは清々(すがすが)しい気持ちで過ごすべきだろうが」
……僕は思考が顔に出てしまうタイプらしく、容赦なく室長は突っ込んでくる。っていうか、アンタは日本人じゃないだろうが。なにを日本人面してるんだ?
「もう五十年以上は日本に住んでいるんだ。キミよりもよっぽど日本に詳しいぞ、私は」
屁理屈屋め。
「はいはいわかりましたよ。じゃあ、その日本にお詳しい室長と一緒に初詣にいかないといけないんですかね、僕は?」
「そりゃ私は雇用主だからな。従業員の福利厚生を充実させるのは使命だ」
福利厚生だと言い切っている感じからして、どうやら室長の中では僕が喜んでいるのは確定してしまっているらしい。
「言っときますけどね室長、新年早々呼び出されて、そのまま理由の説明もなく連れ回されることを世間一般でなんて言うか知ってますか? 誘拐ですよ、誘拐。未成年誘拐の罪で警察に逮捕されたいんですか?」
「ほう……キミは私のこの心遣いがわからないと見える」
んなモン端っからないだろうに。
「近場に初詣に行ってしまって、知り合いに遭遇してしまったらどうする? どうせキミのことだ……私に誘われなくても笠酒寄クンに連れ出されていただろう? 高校生カップルが新年早々から友人に遭遇してしまったらどういう事態になってしまうのかは、想像に難くないな」
僕は想像する。最悪の事態を。
笠酒寄と一緒にいるところを、五里塚辺りに見られる。もしくは、彼女がいない運動部の連中にでも発見される。
……うん、絶対にいじられる。っていうか、最悪学校が始まってからの扱いがひどくなってしまう。
それは避けないといけない。僕はあくまで平穏が欲しいのであって、決して妬みそねみの対象になるような目立ち方はしたくないのだ。
あくまで僕は、表上は平々凡々とした高校生。そういうスタンスなのだ。……奇妙な事件を解決してる人物の助手だという噂が立っている時点で手遅れな気もしないでもない。
「……お心遣い感謝しますよ、室長」
「ふふん、いいだろう。私は寛大だからな。日本海よりも広い心で許してやろう」
あんまり広くないな。しかも、よく荒れそうだ。
「空木君、甘酒配ってるよ! もらいに行こう!」
きらっきらした瞳でそんなことを言いながら笠酒寄は僕の腕を引っ張る。
「適当にな~」
砕けた調子で言うと、そのまま室長は喫煙所に向かっていった。
やっぱり口先だけでも感謝するんじゃなかった!
2
「甘酒ください!」
「はい、どうぞ」
お前は小学生か。
大学生か、社会人なりたて、といったぐらいの美人な巫女さんに笠酒寄は甘酒を要求していた。
同性としては目に余る行動だったにも関わらず、巫女さんは優しく微笑んで紙カップ入りの甘酒を笠酒寄に渡してくれた。……すいません、この子アホなんです。
「二人分ください!」
「……はい、どうぞ」
今度は流石に多少の躊躇が見て取れた。……すいません、この子かなりのアホなんです。
「ほら空木君空木君! 甘酒!」
見りゃわかるわ。っていうか、お前……いつの間にそんなに残念な頭になってしまったんだ?
人狼の影響か?
かなりひどい考えが僕の頭をよぎったのだが、口には出さない。言ってしまったら不興を買うことぐらいは僕の貧相な想像力でもカバーできた。
「ありがと。……ただ、他にも人がいるんだから多少静かにしていこう」
「うん、わかった!」
わかってねー。
振る舞われていた甘酒はとても美味しかったことは述べておかないといけないだろう。
かろん、がらんがらん。
賽銭を放り投げて(奮発して五〇〇円玉だ)、名称不明のでかい鈴を鳴らしてから二礼二拍手一礼。目をつむってから願う。
(どうか今年こそは、僕がバイオレンスな事になりませんように! いやホント切実に!)
心の底から願う。今年はもっとほんわかしたハートフルな感じにしてほしい。
目を開けると、隣で笠酒寄はまだお願いをしてるようだった。
一秒、二秒、……最終的には二〇秒ほど。
終わった笠酒寄は静かに目を開いた。
ドキッとしてしまったのは、きっと顔を見続けていたせいだろう。きっとそうにちがいない。
「他の人も待ってるし、いこ、空木君」
「あ、ああ……」
僕の手を引くその瞬間の横顔が、とても大人びて見えたのは気のせいだろうか?
「……小吉」
「大吉」
願い事を済ませたのならば、あとは当然おみくじをやる。
そして、複数人でやってきているのならば、結果を開示し合うのは当然の帰結だった。
まあ、僕の圧勝だったのけど。
いや、おみくじで勝ち負けをつけるっていうのはなんとも本末転倒な気がしないでもないのだけど。
「むぅ~。もう一回引いてくる!」
お前は負けず嫌いか。
頬を膨らませてわかりやすくむくれると、笠酒寄は再びおみくじを引きに行ってしまった。
僕を置き去りにして。
いやいや、お前。彼氏にこの扱いはなくないか? 仮にも元日というハレの日に一緒にいるというのに、ひどくない?
脇目も振らずに笠酒寄はおみくじの販売所に突撃すると、じっとりと眇めるような目つきでおみくじの吟味を始めていた。
……これは長くなりそうだ。
ちょっとばかりの意趣返しというわけではないけど、選別に夢中の笠酒寄を置いて、僕は神社の境内を少しばかり見て回ることにした。
初めての場所だし、あまり神社なんて来ることはないのだから。
……それに、たまには僕だって一人になりたい。百怪対策室に集合してからずっと笠酒寄と一緒にいると疲れる。いつにも増してテンション高いし。
そういう風に言い訳しつつ、僕は黙って神社の裏に向かったのだった。
境内裏にまでやってくると、流石に人がいない。
一年で一番人口密集度の高くなる元日にも、こちら側は不人気らしい。
だけど、今の僕にはちょうどいい。
ちょっとばかり、一人になりたくなってしまっている僕には。
タバコでも吸うのならば、ここで一服なんてこともできたのかもしれないけど、生憎と僕は未成年。そんな危ないものは持っていない。
ただ、突っ立っているだけだった。
ぼんやりと真冬の寒さに当てられている顔の感覚を味わっていた僕は、唐突に気づいた。
僕以外に、人がいる。
いや、正確には小さな社のような場所から出てきたわけだから、いるのではなく乱入してきたという表現の方が正確なのかもしれないけど。
まあしかし、問題があった。
その人物はさっき甘酒を配っていた美人な巫女さんに違いない。あの特徴的な泣き黒子はかなり印象に残る。
それだけなら問題じゃない。まったく問題じゃなかった。
問題なのは、その巫女さんは抜き放った日本刀を持っていることと、悪鬼のごとき形相をしているということだった。
……なんかの余興である可能性に賭けたい。
「……どいつも、こいつも、うるせえんだよ……普段はまったく来やしねえくせにこういう時ばっか来てはしゃぎやがる!」
吐き捨てるように呟かれたその言葉はきっと僕の聞き間違いだったに違いない。
別に、美人が皆、性格が良いだなんて妄言を吐くつもりはないのだけど、日本刀を持った状態でのその発言は危険性が高すぎる。
「恥知らずの不信心者どもが……あたしがぶっ殺してやる!」
……今度は疑いの余地もなく聞こえてしまった。
この場に僕以外に誰もいないことは幸いだったのだろう。これからの犠牲者が減る。
おっそろしく目がつり上がっている巫女さんと目が合う。
「ど、ども」
「しねぇぇぇぇえぇえええ!」
化鳥のように飛び上がりながら、巫女さんは僕に斬りかかってきた。
やっぱこうなるのな!




