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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第五怪 妖刀 かまいたち
16/51

第五怪 その1

 ※


 私が記憶する最古の私というものは、棒きれを拾う子どもの姿をしています。

 庭に生えていた桜の木。そこから折れ飛んできた細い枝。それを見ているのが、私が覚えている最初の“私”です。


 何の変哲も無いその枝をなぜ見ていたのかは定かではありません。 

 しかしながら、心のどこかで()かれるものがあったのは確かなことでしょう。なぜならば、私は迷うことなくその枝を拾い上げたのですから。


 おそらく、私は三つか四つなのでしょう。手は小さく、細い枝はなんとも言い(がた)いぐらいにしっくりとくる太さでした。


 本能的にそのときの私は枝を振りかぶり、そして、振り下ろしたのです。

 あのときの心境を正確に表現することは難しいと思います。

 なにせほとんどすり切れそうになってしまっている記憶の一番底、やっとのことで見ることだけが叶うようなそんな場所に保管されている記憶なのですから。


 しかしながら、私は覚えています。

 桜の枝が空気を割った感触を、手に返ってきた確かな実感を、頭頂から足裏までを走り抜けた電流にも似た感覚を。

 そう、それは確信と言うべきでしょう。


 拾った棒きれを振った、それだけで私は己の生涯における目標を悟ったのです。

 それだけの衝撃でした。


 この世に生まれ落ちてわずか数年。だというのに、私は自分の目指すモノを見つけてしまいました。

 今生(こんじょう)最大の不幸と表現してもいいですし、生まれながらにしての幸運と言ってもいいでしょう。どちらにしろ、それは他人が決めることなのです。

 私はただ、自分の生き方を見つけただけの話なのですから。

 その日、私は父に最初で最後のわがままを言いました。

 『剣を教えて欲しい』と。


 ※


 1


 「今回の……いや、ここ最近の妖刀騒ぎは人為的なものだ。偶発的に妖刀が活性化したわけじゃなくて、何者かの意思が絡んでいる。それも特上に厄介なのがな」


 妖刀水鏡(みかがみ)をどうにかこうにかやっつけて、その上で吸血をかますという死体蹴りを敢行した室長はそう切り出した。乱暴に拭われながらも、口元を染める鮮血が妙に生々しいので先にそっちをどうにかしてほしかったのだけど、そうもいかないらしい。


 いやまあ、この物騒極まりない反則アイテム共が計画的に運用されているというのは大事件だから、そっちを優先するのは当然なのだろうけど。


 「……なんとなく予想はしてましたけど、吸奪(ドレイン)したってことは確かな事実みたいですね」


 室長の能力、吸奪。

 血液を媒体にして、相手の能力、知識、経験、その他諸々有無を言わせずに奪い取ってしまうという超絶に凶悪な能力。


 一応、僕も食らってはいるのだけど、対象を異能に絞り、さらには程度もかなりの手加減に手加減を重ねている状態なので能力が抑えられる程度で済んでしまっている。本気で食らっていたら、今頃僕は廃人コース一直線らしい。


 そんな室長の能力は尋問に非常に適している。

 なにせ記憶やらなにやら根こそぎ直接閲覧できるんだ。これ以上の証拠はない。例え相手に偽装の意思があったとしても、それごと奪われてしまったら結果は同じだ。

 嘘はつけない。


 つまり、現在の室長は水鏡の所有者が持っていた情報をほとんど持っていると言っていい。

 『ほとんど』という言葉がくっついてしまうのは、水鏡の所有者がぎりぎりのラインで生き延びているからだ。

 完全に奪い去ってしまうと、同時に死亡する。


 それは絶対の法則らしく、それゆえに現在の室長はこの強力無比な能力の行使をあまりしない。……過去に何かがあったのは確実なんだろうけど、それを尋ねるのはあまりにデリカシーに欠ける。僕は、未だに室長のその部分には触れることは出来ない。


 「人為的って……なら、もしかしたら他にも暴れ回っている妖刀がいるって言うんですか?」


 事実なら絶望的。


 ただでさえ統魔は現在、()(かど)利連(りれん)の更迭によってゴタゴタしてる。その上に連日の妖刀騒ぎによって回収班はぼろぼろ。これ以上の負担はなんとしても避けたい時期だというのに、まだまだ厄介事は山盛りとなってしまえば、投げ出してしまう人間がいてもおかしくない。

 人間は、思っているよりも脆いモノだ。

 そして、追い詰められてしまった場合には、大抵破滅願望が顔を出す。


 「その通り。とは言っても現状で自立的に活動できているのはまだ少ない。水鏡はこの騒動の最初期から目覚めたみたいだからここまで活発化していたみたいだが、他のはそれほどでもない可能性が高いな」

 「そんなことまでわかるんですか?」


 水鏡の能力は太刀筋のコピーだけじゃなくて、他の妖刀の活動を感知するようなものもあるのだろうか? だとしたら詰め込み過ぎた。


 「そうだな、水鏡の所有者はそれを感じ取っていたらしい。本人的には『衝動』と表現したほうがいい程度の感覚だったみたいだが、ここ最近で明確に何者かの意思を感じ取っていたようだな」

 「何者か……」


 それは一体誰なのだろうか? 妖刀どもを開放し、一体何をやろうとしているのだろうか? こんな物騒極まりない危険アイテムなんぞ永久凍土にでも封印しておいたほうが世のため人のためだと思う。やっても発掘してしまうのが人間の業というやつだろうけど。


 「一応目星は付いている。が、そのためには一旦統魔に出向かないといけないな。独断専行してしまうと、またお叱りを受ける」


 どの口が言ってやがる。

 口が裂けても突っ込まないけど。


 「でも、ヴィクトリアさん。この人どうしますか?」


 人狼状態から人間状態に戻った笠酒寄が干物寸前になっている水鏡の元所有者を指さす。

 ……まあ確かに、このままの状態で放っておくとまずいだろう。人目に付いてしまったら事件だろうし、っていうか、放っておいたら死にかねない。


 「ふん、このまま統魔にご同行願おう。そのまま拘束指定だ。絞れるだけ絞って、あとは退屈に人生を消費してもらう」


 これ以上絞ったら何も残らない気がするのだけど。

 まあ、妖刀に首を突っ込んで、あまつさえその力を自覚的に行使していたみたいだから当然の報いと言えなくもない。


 「クルマを回してくる。ちょっと待ってろ」


 そう言い残して、室長は弾丸のように空を駆けていった。

 普通に向かってください。魔術使うな。



 


 というわけで僕と笠酒寄は現在、室長が運転するクルマに乗って統魔へと向かっている。


 笠酒寄は助手席に、僕は後部座席に。水鏡の元所有者はどうしているのか? 僕の隣に鎮座なさっている禍々しいオーラを放つスーツケースの中だ。


 以前、()()(がわ)(ぞう)()を回収するときに使った、とんでもない収納スペースと、突っ込んだモノを吸い込んでしまうという性質を(そな)えたなんともホラーな一品だ。正直、隣に置いていて欲しい物体ではない。いや、物体である保証さえもないのが室長の所有物の恐ろしいところなんだけど。


 ともあれ、三人(厳密には四人か?)で僕達は統魔に向かっている。

 すでに日は落ちかけているので、そろそろ暗くなってきてしまうだろう。

 これからノンストップでの強行軍で統魔に向かうつもりらしく、さっき僕と笠酒寄は家に電話している。……いもしない共通の友達の家に泊まるという嘘でだまされてくれたのだと信じたい。そうでないとしたら、後の問い合わせがかなりしつこくなってしまうのは確定的だからだ。無駄に精神的疲労はしたくない。ただでさえ、最近は物騒なバトルばっかりで神経すり減らしているのだから。


 暗澹(あんたん)たる気持ちでそんなことを考えていると、ゆっくりとクルマが停まる。


 ?


 別に信号に引っかかっているというわけじゃない。っていうか、今走っているのは農道みたいにまっすぐな道だ。交差点さえもない。


 「コダマ、キミはここで降りろ」


 は?


 「いや、なんですかその嫌がらせ。僕は走って統魔に行けと申されますか」

 「そんなんじゃない。この近くに妖刀がいる。キミはとっととぶちのめしてこい」


 いやいやいやいやいや! 緊急ミッション過ぎませんかね⁉ 


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ室長! なんで妖刀があるだなんて事がわかるんですか? いつの間にか妖刀レーダーでも搭載しちゃいましたか?」


 自分で言ってて意味がわからない。なんだ、妖刀レーダーって。そんなニッチなモノが存在してたまるか。妖刀集めてでっかい龍でも召喚するのか? 馬鹿な。


 「カンがいいな。持ってけ」


 ひゅん、と何かが投げ渡される。

 勢い自体は緩やかだったので、僕は見事にキャッチ、後に観察。

 それは、見た感じは水晶玉だった。ただし、中になぜか金属片が入り込んでいたのだけど。


 「なんですか、これ」

 「妖刀水鏡の破片を封入した水晶玉だ。さっき作った」


 なんかごそごそやってると思ったらそんなことしていたのか。いや、それはいいのだけど、こんなモノを渡してどうしろっていうんだ?


 「妖刀水鏡の性質として、剣士を求めるのは知っているな? 言ってなかったが、剣士の中でも妖刀を所持している人間にはとても強く反応するんだ」


 ああ、なるほど。これは――。


 「キミにもわかりやすく換言するならば、妖刀探知機みたいな性質を持ってるんだ、水鏡は」


 あったよ、そんなニッチな存在。まさか妖刀自身がレーダーと化してしまうとは。

 ちらり、と僕は隣のスーツケースをみやる。

 水鏡の元所有者は、もしかして妖刀と戦ってみたかったのかも知れないな。なんてらしくもない感傷的な思いをもって。


 「はあ、なるほど。妖刀探知機と化した水鏡の破片が反応したから、室長は僕に妖刀をぶっとばしてこいと言われるわけですね」

 「ああ、水鏡の所有者もこの辺りに妖刀が存在していることを感じていたみたいだからな。行きがけの駄賃だ、ついでに回収してこい」


 まるで、「コンビニ寄るついでにアイス買ってこい」みたいなノリで妖刀退治を命令されても困る。こっちは命がけになるんだから。

 どうやらその不満は過不足無く表情に出ていたらしい。


 室長はため息をつきながらバックミラーに視線を移す。

 もちろん、映っているのは不満げな僕だ。


 「一応私が持ってきた妖刀退治に役立つアイテムを渡してやる。あとは、私の座標に飛ぶマジックアイテムも貸してやるから、妖刀退治が済んだらそれで追いつけ」


 室長のアイテムとか関わり合いになりたくない。が、あんまり不満ばっかり言ってても進展はない。最悪、着の身着のままで放り出されてしまうよりも、多少は助けがあるほうがまだマシだ。

 くそう、やるしかないのか。


 「……わかりました。わかりましたよ、もう!」


 最後の抵抗として、勢いよくドアを開けながら僕は車外に出る。

 冷たい外の空気にさらされて、肌が引きつる。


 「……で、僕がぶっ飛ばす妖刀は一体どういう妖刀なんですか?」

 「かまいたち、妖刀かまいたち。それがこの町に潜んでいる妖刀だ」



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