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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第一怪 妖刀 リア充殺し
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第一怪 その1

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 古今東西、武器の伝説には事欠かない。


 元来、人間という生物が武器、というか道具を使用することによって、様々な環境や外敵を克服し、征服し、拡大してきたのだからむべなるかなといものだ。


 しかしながら、その中でも剣にまつわる伝説というものは特に多い。

 剣、それは象徴なのだと思う。

 人間の残酷性の。


 なぜならば、剣が切り裂く対象は人間なのだから。


 日本ならば、刀になるだろうか。

 芸術品としての価値さえも有するようなその外見からは想像も付かないような凶悪性を秘めている刀という存在は、なんとも恐ろしい。


 日本なんていう狭い土地に、数え切れないぐらいの伝承・伝説の類いが玉石(ぎょくせき)混淆(こんこう)と残っているあたり、その神秘性が(うかが)われるというものだ。


 これは、そんな刀にまつわる話。

 白刃のきらめきと、こめられた想いにまつわる話。



 1



 「さあて、本来ならば高校生は出入り禁止の時間帯なんだが、ちょっとばかり融通を利かせてもらっているから遠慮することはないぞ。ああ、学校にバレることもない。周りは全員キミ達なんかに目もくれないだろうからな」


 まあ、そりゃそうだろう。なんと言ってもクリスマスイブの夜だもの。

 そして、夜も八時を過ぎている現状となってしまうと、周りにいるのはカップルだらけだ。

 むしろ僕達みたいに三人以上でいる割合は圧倒的に少ない。


 さて、簡潔に現状を説明しないといけないだろう。

 てんやわんやの末に室長の拘束指定が解除されて百怪対策室に戻った後、せき立てられるように僕と笠酒寄(かささき)は期末テストと対峙していた。

 もちろん、僕は文系科目にぼこぼこにされてしまったし、笠酒寄は理系科目にぼこぼこにされてしまっていた。


 こういう時、足して割ったらちょうど良くなるんじゃないかという突っ込みがはいりそうだけど、それはある程度ハイレベルな成績にある人間同士に言えることであって、僕と笠酒寄程度の学力では中途半端なのが二人できるだけだ。しかも、学力には関係ないこととはいえ、二人とも人間じゃない。


 そんな風に幾分か気落ちしつつも、僕は恋人がいる状態でのクリスマスという初めての行事を迎える時分になってしまった。

 もちろん、バイト代が出ているとは言っても学生の身分。

 大した事も出来ないけれど、多少のぜいたくでもしようかと笠酒寄と話し合っていた時に室長が提案してきたのだった。


 「私の解放祝いだ。ちょっと良い場所を知ってるからそこでささやかにパーティとしゃれ込もう」


 二人だけで過ごしたいという思いが全く無かったのかと問われれば否定するしかない。 

 もちろん、笠酒寄だってそうだろう。……そうだったと信じたい。


 だけど、せっかく百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーが解放されて、戻ってこられたことをお祝いしたい思いのほうが勝ったのだ。

 室長に押し切られたようなものなのかもしれないけど。


 ともかく、僕と笠酒寄はそういう事情でこの、十年ぐらいは足を踏み入れるには早いと思われるレストランにやってきていたのだった。

 もちろん、制服で来るような愚行は犯していない。

 僕はわりときっちりとした格好だったし、笠酒寄もけっこうおしゃれなスカート姿だ。


 ……ただ、室長だけはいつものようにジャージに白衣という頭のネジが異次元方向に大回転をかましたかのような格好だったのだけど。

 しっかし、やはり僕達のような未成年にはまだまだ早い雰囲気のレストランだ。


 山の上に建っている上に、大きなガラス窓によって周りの景色が一望できる。そのうえに、照明はほんの少しだけ薄暗さを覚える程度に絞られており、高級感を演出していた。


 (やっばい。今更になって緊張してきたとか言い出せる雰囲気じゃないな)


 初体験の場所なんてそんなものなのだろうけど、レストランと言われてもファミレスのほうが真っ先に浮かんできてしまうような一般庶民にはいかにも『それなりには高級ですよ』みたいな場所は、やっぱりお門違いに感じてしまう。

 それって、結局は僕が卑屈なだけなのかもしれないけど。


 ぶんぶんと頭を振ってそんな考えを追い出す。

 せっかくのお祝いの場で気後れていてどうするんだ。

 せっかくのお祝いなんだし。

 慣れた様子で室長はウエイターに氏名を告げると、窓際の席に案内された。


 『予約席』の札が取られ、「どうぞおかけください」という指示に従って席に着く。

 言われるがままになっているが、初めてなんだからこんなもんだろう。本来ならば、せめて成人してから来るような場所だ。


 「もう料理は頼んであるから心配するな。ま、追加で注文するなら自由にしてくれ」


 ウエイターが置いていったメニューを開いてみるが、ものの見事にアルコールばかりが並んでいた。未成年だっての。


 「……室長、日本では未成年の飲酒・喫煙は法律で禁止されているんですけど」

 「ノンアルコールは最後のページだ。私はもう決めているが、ゆっくり選んで良いぞ。予約で未成年二人っていうのは言ってあるからキミ達にはアルコールは出ない。安心しろ」


 流石に今日はタバコを控えているだけあって、その辺の気配りぐらいはやってくれているようだ。

 それでも、えらく長ったらしい名称のソフトドリンクが多いのは参ったけど。


 結局、僕とスープが運ばれてくる時まで僕と笠酒寄は飲み物に悩む羽目になった。

 コース料理なんて初めてだったのだけど、迷った時にはその都度(つど)室長が教えてくれたのでまごつくことはなかった。次々に料理が運ばれてなんてのは初めてだったから焦って皿をウエイターに渡そうとしてしまったりしたけど、(おおむ)ね何事もなく食事は終わった。


 とりあえず、あんなに少量ずつ料理が運ばれてくるのも初めてだったし、フルコースなんてものを味わうのも初めてだった。


 「どうだ? 中々上質なサービスを提供してくれるだろう? けっこう穴場なんだ」


 口元をナプキンで拭きながら、デザートを平らげた室長はどや顔で言ってくる、

 むかつく。が、この料理はおいしかったし、雰囲気も静かで僕の好みだったのも確かだった。


 笠酒寄のほうは多少落ち着かない様子だったのだけど。お前はどっちかというとお嬢様系の人間だろうが。人間じゃないという言い訳は要らない。

 さて、食事も終わったとなれば語らいの時間になる……なんて(なご)やかな感じに室長がするはずもなかった。


 趣味嗜好はインドアの癖に、一度外に出るとやたらにアクティブになってしまうのが、百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーという人物だ。


 「展望台があるんだ。そこに行こう。冬の夜空は格別だし、なにより今日はきれいに晴れ渡っているんだからな。見ないともったいない」


 すでに決定事項だよ。室長には人の意見を尊重しようというつもりはないらしい。

 いや、別に僕も笠酒寄も室長に連れてこられただけだから特にやりたいことがあるというわけじゃないんだけど。


 そんな風に、再び押し切られながら僕たちは展望台に向かった。


 ちなみに、会計はカードだった。戸籍が偽造であってもカードは作れるらしい。もしかしたら何かしらの悪事に関わってしまったのかもしれない、という危惧(きぐ)を抱きつつも、展望台に向かう。

 なぜかレストランからは遠くない上に、クルマが通れるだけの幅の道がないので。

 もしかしたらこのレストランは展望台に合わせて作られてしまったのかも知れない、なんてしょうもない考えを抱きつつも、僕は刺すような冬空の下に出た。


 室長の言ったとおり、空は綺麗に晴れ渡っていた。

 こんなにも、美しいモノが頭上に広がっているだなんてことは意識したこともなかった。


 「空木君、ヴィクトリアさんが行っちゃうよ?」


 柄にもなく感傷的になっていると、笠酒寄が声を掛けてきた。

 どうやら心配されるぐらいにぼうっとしてしまっていたみたいだ。


 「ああ、今行く」


 このときの僕は、もしかしたら今日は素敵な夜になるのかも知れない、なんて希望的観測を持つだけの余裕があった。

 これまでの傾向から考えてみたら自明の理を見落としていた。


 すなわち、僕が夜に出歩くとろくな事にならないと言うことを。



 


 

 寒さで音さえも身を縮めてしまったいるような静寂の中、スマホの着信音が響いた。

 僕のやつでも、笠酒寄のやつでもない。

 となると、消去法で残りは一人だ。


 「……ん、んん? 珍しいな」


 着信の相手を確認して、室長はそんな声を漏らした。


 「統魔関係じゃないですよね?」


 統魔が関わってくると一気にシリアス度合いが高まってしまう。こんな日まで権力争いやら、血なまぐさい闘争に巻き込まれるのは勘弁してほしい。


 「いや、統魔の関係者……じゃないとは言い切れないが、限りなく関係性が希薄な人物だ」


 安心できるような、できないような。


 「先に行ってろ。もしかしたらナイショ☆の話かもしれないからな。キミ達にも関係があったら後で教えてやるから。……先に展望台に行って二人きりでいちゃついてろ」


 いたずらっぽく言った後、最後の邪悪な笑みに変化していく様子は撮影しておきたいぐらいに見事なものだった。


 「あのですね、室ちょ――」

 「はい! 先に行ってます! 迅速(じんそく)に! 可及的速やかに!」


 抗議しようとした僕の台詞は大声で笠酒寄に(さえぎ)られてしまって、そのまま僕はコートの袖を引っ張られながら展望台に向かう羽目になってしまった。


 いやいや、袖破れるからやめてくれ。っていうか、お前ちょっと人狼モード入ってないか? 生地がイヤな感じに(きし)んでいるんだけど。

 そういう風に、茶化すことも出来けど、僕には出来なかった。


 だって、笠酒寄はとても真剣な表情をしていたのだから。






 

 展望台。

 街が一望できる。


 言ってしまえばそれだけの場所だ。夜景というほどに立派なものでもないし、ロケーションとしては今一つだろう。

 しかし、クリスマスイブの夜ともなると、そして、隣には彼女がいるとなると意味合いが違ってくる。


 人生初めてぐらいにはロマンチックな状態なんじゃなかろうか? 

 やばい、ちょっと脈拍早くなってる。落ち着け僕。この程度で取り乱すような性格じゃないはずだろ? もっとクールでニヒルな感じだったはずだ。


 いや、室長に関わってからはちょっとキャラ変わってきてしまっているか? もしかして、これがアイデンティティクライシスとかいうやつだろうか? となると、早急に手を打たないとならないだろう。現代社会において、自分という存在が揺らいでしまうという事態は非常にまずい。なぜって? それは――。


 「空木君」

 「は、はい」


 テンパってぐるぐると変な方向に思考がぶっとびそうになってしまっていた僕の意識は笠酒寄の静かな呼びかけによって戻ってくる。助かった。

 背中を見せていた笠酒寄はくるりと振り返る。

 ふわりと広がった厚手のスカートが、花のように僕には感じられた。


 「今日は何の日か知ってる?」


 唐突だった。っていうか今更訊くのか、それ。


 だけど答えないわけにはいかないだろう。だって、笠酒寄の手がほんの少しだけ震えているのを見てしまったのだから。

 女子がここまで勇気を振り絞っているのだから、ここは男を見せるとこじゃないか。


 「知ってる知ってる。クリスマス・イブ、日本中の浮かれカップルが今日ばかりはいつも以上に羽目を外して大ハッスルする日だろ?」


 おばあちゃんごめんなさい。貴方の孫はヘタレでした。


 心の中で、すでに他界しているおばあちゃんに謝ってしまっているあたり、僕もかなりの悪手を打ってしまったことぐらいは理解している。問題は笠酒寄がどういう反応をするかだ。

 怒りの余りに、人狼パンチが飛んできてもおかしくない。


 むしろ飛んできてくれ。今のは怒られてしまったほうが気も楽だ。

 しかし、そんな僕の願いも空しく、笠酒寄は怒るどころか思い詰めた表情で距離を詰めてきた。いや、間合い的な意味じゃなく。

 目と鼻の先に、笠酒寄の顔が来る。


 なり損ない吸血鬼の視力は夜でもしっかりと見えている。

 だから、僕には笠酒寄の表情を読み間違えることはない。


 「……いつもヴィクトリアさんが一緒だったし、今はわがまま言っても良いよね?」


 いっつもわがままいってるじゃねえか、とは口が裂けてもいえなかった。いや、そもそもそんなことを言うつもりもなかったのだけど。


 ほんの少しだけ体重を預けるように笠酒寄は僕に寄り添ってきた。

 何枚も着ている服を貫通して体温が伝わるはずもない。でも、僕には確かに笠酒寄のぬくもりを実感する。


 ……こ、これは抱きしめる場面なのか⁉ そういうシチュエーションか⁉ 恋愛経験なんて小学校以来だぞ! 片思いだったけど!

 やれ! という指示と、やるな! という指示が同時に脳内から発せられる。どっちだよ! 僕の脳みそしっかりしろ! 


 完全に、僕は行き詰まっていた。どうしたらいいのか全くわからない。

 こんなことなら小唄(こうた)あたりにでも女子の喜びそうな対応でも聞いてればよかった。いや、あいつじゃ参考にならない。くそ。


 「……ねぇ、抱きしめて」


 笠酒寄は僕よりも身長が低いので、自然と下から響くはずなのだけど、まるで耳元でささやかれたかのようだった。

 甘い、誘惑のようなその指示に従って僕の両腕はゆっくりと笠酒寄の背に回る。


 ふわり、と抱きしめた分だけ笠酒寄から押し出されてしまった香りが広がる。

 うわ、超良い匂い。女子って体臭から違う!

 もはや僕の理性は小学生レベルまで退行している。そんな状態で本能に逆らえるだろうか、いや、ない。


 笠酒寄が顔を上げて、潤んだ瞳が僕を見る。

 黙って、笠酒寄はその目を閉じた。

 (かす)かにまつげが震えているのが見て取れる。


 数秒、僕の中ですさまじい葛藤(かっとう)があったことは割愛する。述べてもしょうがないことであるし、そもそも形として成り立たないような感情の奔流(ほんりゅう)ともいえるようなモノだったからだ。

 覚悟を決めて僕は笠酒寄の顔に自身の顔を近づける。


 あと、数センチ。


 絹を裂くような女性の悲鳴が響いたのはそのときだった。



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