僕らの青春にさよなら
屋上への階段を駆け上がった。昼休みが終わってからポケットで鳴りっぱなしのLINEの着信は無視し、ひたすら走る。
予め先生から渡されていた鍵を差し込もうとするが、焦って手が震える。鍵束で渡されたため一つ一つ試していかなければいけない。手汗がじっとりと湧き出て鍵がつかみにくい。
「くそっ…なんで」
次の鍵を差し込もうとすると、後ろから肩を叩かれた。ギョッとして振り返る。
染めたての、居心地が悪そうな茶髪が跳ね上がる。良太だ。昨日染めたってLINEが来てたことを思い出す。
振り返った僕に良太はいささかオーバーに驚いた。いや、それぐらい僕の顔が鬼気迫っていたのかもしれない。
「うおっ!お前屋上行くの早すぎだろ…つか、さっきからLINEしてんだろ」
「あ、わりいわりい、気づかなかった」
そう言いながら、携帯を取り出し一瞥してポケットに戻す。
内容は「いまどこ?」とか、そんなものだった。
向き直って鍵をガチャガチャさせながら、教室で待ってろと返信するべきだったと考えていた。
「お前昼飯持ってきてねえじゃん。今日おかしくね?教室でもそわそわしてたしさ」
「それよりさ、一回教室戻って僕の弁当とってきてくれよ」
僕は質問には答えずに、こう返した。語気に少しイライラが混じっていたかもしれない。良太はムッとしていた。
振り返るとあいつは階段を下りて行った。直し切れていない寝癖がぴょんぴょん跳ねた。
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扉を開けると、一人の少女が屋上の柵に手を掛けていた。
空を見つめているようだったが、やがて振り返ってこちらを見た。
「遅いよ。呼び出しといてこれですか?健司君?」
加代さんは階段を上がって屋上に着いたばかりの僕を見るなりこう言った。からかうような口調は俺をイラつかせることはない。
加代さんは、澄ました表情と地味だが整っている顔が最高に似合っていた。
「ごめん。委員会があって」
呼び出しといた癖に言い訳をするのは我ながらどうかと思ったが、加代さんの心証を落とさないためにこう言った。今思えば逆効果だったかもしれない。
「で、何の用かな?」
「えーと、僕は加代さんが好きです。最初見たときから好きでした」
棒読み気味に早口で読む。声が震えるよりはいいかと思ったのだ。これも後々考えてみると逆効果だった。
「いきなりだね」
加代さんは同じクラスの女子だ。成績は普通、容姿は好みによっては可愛いと言える。ショートカットの女子バスケ部。よく笑う人だった。
「いきなりだよ、ごめん」
好きな人を前にして、意味も分からず謝る。振り返ってみると僕はバカみたいなことばかりしてる。
「なんで謝るのさ。健司君面白いね」
「ああ、あ、そう?」
けらけら笑う加代さんに合わせて僕も笑う。汗が止まらない。
この反応ならいけるか、駄目だったか、無理か、頭を中をそんな言葉が駆け巡る。
加代さんはまだ笑っている。手をぶんぶんと振るかわいらしい動作で、動くたびに柔軟剤の臭いが鼻にすーと入ってくる。
その姿は陽をバックにしているからなのか、ただ可憐なだけなのか、とにかくまぶしく感じた。
「で、好きだからなに?どうした?」
流石にこの言葉には面食らった。
加代さんは天然気味だ。普通の人間なら察せるレベルのことも理解できない。勉強は普通にできるのだが、まあそういうところも好きだった。
「え、付き合ってくれないかな?って」
さっきのやりとりで緊張感が崩れてへらへらしながら言ってしまった。
だが、相変わらず汗は止まらないし、心臓はドキドキしている。
いっぽうの加代さんは全く動じた様子はなかった。
「まあ、嬉しいよ」
普通に微笑んでこう言った。
可もなく不可もなくって感じの態度。
でも、目は僕ではなく僕の先を見てた。
「でもさ、健司君ってさ。私のこと知ってる?」
さっきの嬉しいという発言について考えていたら、こんな曖昧な質問を聞いてきた。
知ってる?知ってるとは?君の心の中?君の恋愛事情?彼氏の有無?
「知ってるって何?なんのこと?」
思わず聞き返した。じっと加代さんの目を見る。加代さんは微笑んだまま目を逸らさない。
雲が動いて頭上の陽を隠しながら、流れていく。
「そのまんまの意味だよ。私がファーストキスなんて済ましてるとか、セックスは経験済みとか、いろいろ?」
「加代さんが処女だとか、非処女だとか、関係なく好きだよ」
「うーん、だからさ。君は知ってた?このこと?」
風が僕たちの間を通り抜け、唇を乾かした。
風のせいなのか、焦っているせいなのか、それともここに来る前にリップを塗ってこなかったせいなのか。
加代さんの微笑みは相変わらずだ。
「好きになられてしまった責任としてさ…ね?こういうことは伝えとこうかなって」
身振り手振りを交わしながら、幼稚園児に説明するように丁寧な口調で喋る。
俺はその間、黙ってうつむいていた。
「うん」
振り絞って出た言葉はこれだけ。
これだけしか言えない自分が情けないし、なんだか悲しかった。
でも、加代さんのことは諦められない。
加代さんとデートしたいし、一緒にいろんなことをしていきたい。
「恋は盲目だからさ。君も気づくよ、私の性格の悪さに」
「そうやって自分を卑下して断ろうとするの?好きな人に向ける言葉じゃないけどそれって卑怯じゃない?」
頭を上げ、感情的に言葉を吐く。感情的にならない恋なんて無いが言葉は選ぶべきだったと思っている。
夏の暑さが僕らを包んで、それから、
それから、
「私のことをよくわからないなら付き合っても意味ないかなって」
加代さんは余裕って感じで言い放った。僕はそれを聞いてなおも食い下がる。
「これから、わかっていくじゃ駄目かな?」
僕がそう言ってから、加代さんは口元の笑みはそのままに、眉をしかめて困ったような顔を見せた。
僕は再度うつむき、加代さんは口元に手をあてて考えている風な素振り。
「わかった!」
手をパンと合わせるその動作はあざとい。他の女子が見たら、批判ものだろう。
でも、そのわざとらしささえも愛おしかった。
僕は声も出せず、その動作を見つめていた。
「明日までに断る理由考えてくるからそれでいい?私が考えられなかったり、君がそれでも納得できなかったらつきあってもいいよ」
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「ほーん。それで?」
良太は昨日の加代さんみたいな反応をした。自分の髪が気になっているようで、しきりに手で弄っていた。
良太は昨日の加代さんと同じ位置で、同じように柵に手を掛けていた。
「それで今に至る。うん、今に至る」
「冷静にしてることはできなかったん?」
「いやあ…ね」
できるわけないじゃないか。無神経な奴だ。馬鹿な奴だ。
まあ、普段は無神経で馬鹿なところに助けられている部分もあるけど。
「…告白、しない方がよかったかな」
焼きそばパンを頬張って、僕は昨日のことを思い返して、呟く。
今思い返しても後悔で身が震える。
「加代さん、多分お前のこと嫌いではなかったぞ?多分、納得されないこと前提に断る理由を考えてきたかもしれないし。」
「うん。でも」
「やらかした感はあるよな」
「だよね」
そうして、笑っていた良太が急に真剣な表情に変わる。
真剣なときの良太はいつも親しい僕でも少しひくぐらい、なんというか気持ち悪い。
「このことは俺以外の誰かに話したか?」
「言えるわけないじゃん。お前だけだよ」
「ははは。信頼されてるんだか、されてないんだか」
真顔のまま僕の方に向き直り、良太は言う。
足元のブルーシートに包まった何かを見やりながら。
「警察に行け。お前ならまだやり直せるはず」
昨日までは隠し通せると思った。
後でゆっくりと、誰の邪魔も入らず、処理できると思った。
「友情ドラマならこの後一緒に埋めたりするんだろうけどよ。正直言うと今でさえも手が震えてる」
言葉が耳に入ってこない。いや、正確に認識できない。
「な?警察行こう?途中まで一緒に行ってやるから」
今にも泣きそうな顔だが、良太は言葉をつっかえずにはっきりと言い放った。
しかし、言葉の弱弱しさは授業中でも快活な良太らしくなかった。
「良太は友達だろ?なら、これ忘れてくれないか?」
口に出した言葉は自分でも無茶苦茶な論理だ。
良太はあきれを通り越して、失望の顔を見せた。
僕たちの間を風が吹き抜ける。昨日もこんな風を感じた。
「友達だからな。だから、警察を勧めるんだよ」
唇が渇く。ペロッとなめる。リップの香りが鼻を突き抜ける。
良太は腕を組んでいる。グッと握った袖は汗でぐしょぐしょに濡れている。
照らす太陽に、僕は眩暈を感じた。
隠したナイフを持つ手に力が入る。
息抜きに短編
本当はもっと長くなる予定だったけど、これぐらいのスピード感のほうが読みやすいかなと。
個人的にファンタジーより現代が舞台のほうが書きやすいしこちらにシフトしていくかも。