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4話

 目を覚ますと、白いカーテンに囲まれたベッドの上だと気づいた。見覚えのある場所だった。状況が呑み込めないが、これはレプリカを撃った後に意識を失って誰かに助けられたということなのか? 

 だとしたら何故、自分は『病院』ではなく高校の『保健室』のベッドの上にいるのかが裕太には疑問だった。

 身体中が痛い。傷の手当はされているし起き上がれない程というわけでもないが、できればこのままベッドの上で1日を過ごしたいところだった。


 「えらく早起きだね」


 緊張感を感じさせない声と共にカーテンが開かれた。早起きという言葉を聞いて時計を確認すると、まだ5時半であった。

 カーテンの向こうにいたのは裕太の通う県立S高校に今年赴任してきた生物担当の新人教師『百瀬凪(ももせなぎ)』であった。中性的な容姿で、人を引き込む……いや、引きずり込むような黒目の大きい瞳が印象的だった。また、いつもジャージの上に白衣を羽織っているので、裕太は『白衣の人』という印象でこの人物を記憶していた。


 「百瀬先生……?」


 「ナギ先生でいいよ。確か木野裕太君だったね、君のことは印象皆無でまったく覚えてはいなかったけど、昨日の活躍は見事だったんで見直した」


 「……見ていたんですか?」


 見られたということは裕太の素性がレプリカに知れ渡る可能性が広がるということ。神田が執拗に追い回されていたように、素性を知られることは死に直結するものだと考えていた。


 まるで絡みのなかった教師であるが、今のやり取りから裕太にとって敵になるのか味方になるのか重要な人物へと変わっていた。緊張を覚える裕太だが、保健室の扉が開かれ、間の抜けた声が入り込んだ。それは聞き覚えのある声だった。


 「こんな朝っぱらに呼び出すとか……何なんだよ」


 大きく欠伸をしながら入室してきたのはバッタの姿に酷似したレプリカを倒した少女だった。

 彼女は裕太を見るや否や、ナギに憤りを隠さずに声を出す。


 「何でこんなヤツがいる?」


 ナギは薄く笑いながら自分が助けたと答える。


 「神田のおじさんが死んだ今、レプリカの皆さんはもう敵はいないと思っているところだろう。そんな油断しきったところを叩くにあたって彼は最適の人材だ」


 「あたしだけじゃあ力不足だって言いたいのか」


 「木野君は言ってみればスパイスみたいなもんさ。こういうあからさまに弱そうな人間がレプリカという化け物をやっつける絵面は面白いでしょ? それでいて、表立ってしゃしゃり出ることもないだろう」


 少女は舌を打ち、「また暇つぶしとやらかよ」と毒づいた。


 ナギは裕太に向き直り、意気揚々と声を上げる。


 「木野君! 君は先生のことを信用してるかどうかはどうでもいいが、君の味方だということを一応断っておくよ。んで、こっちの夏川君っていう可愛い子は既に4、5体くらいレプリカを倒してるすごい子だから思い切り頼るといいよ」


 飄々とした様子のナギに対し、嫌悪感とまではいかなくとも苦手意識を覚えた。授業中のナギも似たような様子だったがあまり気にしてはいなかった。しかし、実際に前にすると奇妙な居心地の悪ささえ感じていた。


 「何者なんですか……あなた達は?」


 裕太が聞くと、2人はそろって口元に人差し指を立て、内緒だと言った。それ以上、2人について知ることはこの場ではできなかった。


 授業を終え、裕太は荷物を持って屋上へと向かった。夏川という少女に会いに。

 重い扉を開けると、昨日と同じように彼女はそこにいた。タバコを咥え、双眼鏡で何かを監視しているようだった。


 「また来たのかよ」


 煙たそうに夏川は吐き捨てた。


 「……昨日は助けてくれてありがとう」


 夏川は裕太の礼に答えることもなくタバコを携帯灰皿にしまい、ゆっくりと裕太の元へ歩み寄る。


 2人の間に距離がなくなった瞬間、裕太は突然の息苦しさを感じた。


 やがて、自分が何をされたか気づいた時には死の危険さえ感じていた。裕太は女子のものとは思えない握力で夏川に首を絞められていた。


 「気に入らないんだよ、キミ」


 裕太は首を絞められたまま壁に頭を叩きつけられた。自分の首を掴む夏川の右手を振り払おうと必死にもがくが、まるでびくともしない。


 「ナギに気に入られたみたいだが、あたしはアイツのことが嫌いなんだ。アイツの思い通りに事が運ぶのは面白くない」


 キリキリと力が込められていく。本当はちょっと脅かす程度で、最後にはちゃんとやめてくれるタチの悪い冗談かと思いたかったが、どうやら本気で自分を殺す気だと裕太は感じ始めていた。


 「レプリカを消すのはあたしだけでいい」


 女の子には優しくしよう。なんて生ぬるい言葉のせいで死ぬなどまっぴらごめんであった。裕太はなりふり構わずポケットからボールペンを取り出し、芯を出して夏川の右手首に思い切り突き立てた。

 思わず夏川は手を放し、痛みに苦悶の表情を浮かべた。手首に突き立てられたボールペンを引き抜き、怒りに任せてそれをコンクリートの床に叩きつけ、裕太を睨みつける。


 「ドチビが……」


 裕太は急いで夏川から距離を取り、鞄に忍ばせていた銃を構えた。


 狙いの先は夏川だ。


 「動いたら……本当に撃つぞ」


 「やってみろよ……死ぬ覚悟があるならな」


 一触即発。まさに今がそうだ。

 

 何故こんな場所で身の危険を感じなくてはならないのか、裕太はそんな理不尽さに怒りを覚えながらも頭は冷静だった。右手で銃を持ち、左手を添えて安定させる。当然、冷静とはいえ緊張もしている。自分に本当に人が撃てるのか? いや、撃てるだけの自信も経験も備えている。


 夏川は動かずにじっと裕太を睨み付けている。手首から伝う血がポタポタと無機質なコンクリートの床に色をつけていく。こんないかにも頼りなさそうなチビが人を撃てるのか? 撃てるはずがないと思いつつも、ひどく真剣になっている自分にわずかな戸惑いを感じていた。


 何の変哲もないただの公立高校の屋上には生ぬるい風の音と運動部の活気に満ちた声だけが響き、大量の血を流す女子生徒と、そんな彼女に銃を向ける男子生徒がいた。


 そして、静寂を打ち破るように響いた金属バットがボールを打ち返す音と同時に夏川は双眼鏡を投げ捨て、ポケットに忍ばせていた折り畳み式のナイフを構えた。

 本気だと感じた裕太は自分の身を守るために本当に発砲した。しかし、撃つと同時に動き出した夏川には命中せず、獣のような素早い身のこなしによってふたたび距離を詰められて頼みの銃を蹴り落された。


 「またペンでも刺そうとしてみろ。その時は……」


 裕太の首にはナイフの先端が当てられていた。裕太はその時間が何時間も続いているような錯覚を覚えた。


 「こ……殺さないでほしい」


 ようやくひねり出せた言葉は命乞いの一言だけだった。他に何をすべきかは裕太にはわからなかった。


 半ば死を覚悟し始めていた裕太であったが、意外なことに夏川はゆっくりとナイフを裕太の首から遠ざけ、折り畳んでポケットに戻した。

 夏川は何故か、薄く笑っていた。


 「本当に撃つとはな」


 裕太は夏川の笑みの意図がわからず、混乱する。先ほどのような素早い動きに対応できるかは別として、何をされても対応できるよう警戒は怠らない。

 

 「ただのヘタレじゃなさそうだ……キミを信じてみたくなった」


 「……僕は君を信用していいのか?」


 「その点はキミの裁量に任せるよ」


 いつの間にか身体中に嫌な汗をかいていたことに裕太は気づいた。こういった汗をかいたのは本当に久しぶりのことだった。今後はきっとよりハードな場面に遭遇し、乗り越えていかなくてはならないのだろうということを予感した。


 その場面はきっと、過去に自分を変えるきっかけとなった事件よりも遥かに厳しいものなのだろう。

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