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2話

 裕太は大きく欠伸をして授業とは別の思考にふけっていた。今朝のニュースには数週間前から相変わらず報道され続けていたこの街の失踪事件の最新情報ばかりが流れ、昨日の電車で出会ったあの男のことについて何か報道されたりしてはいないものかと僅かな期待を抱いていた裕太は余計に男のことが気になってしまっていた。

 窓の外に目を遣り、校庭の向こうの住宅街を一通り眺めた。


 (世界を救う……ねえ)


 男から受け取った銃は机の側にかけてある鞄の中に入れてある。それを駆使して世界を救うことは誰かを殺してこの街並みを守るということになるのだろう。それをするのが何故自分なのか? 罪を重ねることは人生の重荷になる。どうすべきか。


 「木野、聞いてるの?」


 担任の梶梢(かじこずえ)の声が裕太を思考の世界から現実に引き戻した。授業はもちろん聞いていなかった。


 「ああ、すいません。聞いてませんでした」


 薄く笑みを浮かべながら申し訳なさそうに頭を下げた裕太に梶は困ったように教科書の読んでもらいたい箇所を指示した。ぼーっとしていたり居眠りをしていたりすることが多い裕太の授業態度は教師間で割と知れ渡ってしまっているが、そういった生徒は自分だけではないため裕太はあまり気にしてはいなかった。


 その他の授業も上の空のまま聞き流すように終え、放課後を迎えた。裕太にとって問題はこれからの予定だ。宣言通りあの男は昨日別かれた駅に現れるのか? だとしても本当に会いに行くべきなのか? ずっと考えてはいたが、明確な答えは出せなかった。


 「木野君さー、ちょっと屋上行ってきてくんない?」


 荷物をまとめ終えたところでそう声をかけてきたのはクラスメイトの宮島結衣(みやじまゆい)だった。典型的な女子高生。四六時中誰かと群れていて疲れないのか? という印象を友人の少ない裕太は宮島に抱いていた。


 「……何で?」


 「昼休みにそこで忘れ物しちゃってさ。あそこ放課後は何か怖い人いるからあんまり顔合わせたくないんだよね」


 「怖い人?」


 「転校生の子だよ。女子のくせに不愛想で何考えてんのかわかんないからぶっちゃけ嫌いだし」


 本当にぶっちゃける人だ。裕太は女子社会の一面が垣間見えた気がした。


 「僕はやだよ」


 「おーねーがーいっ!」


 完全に使い走らすつもりだと感じた裕太は口で抵抗するのは諦め、さっさと済ませてしまおうと思い大人しく屋上へ向かった。怖い人がいるくらい何だというんだ。無視して忘れ物を取りに行けばすぐに済むだろうにと不満を覚えながら、屋上へつながる少し重い鉄の扉を押し開けた。


 少し湿り気のある風が首筋を通る。屋上には校庭にいる運動部の活気に満ちた掛け声が響いていることと、隅の方に背の高い女子生徒が鉄柵に体重を預けて外を眺めているのが見えた。後ろからではあるがよく見るとうっすらと煙のようなものが口元から空に上がっている。きっとタバコだろう。宮島が言っていた怖い人とは彼女のことかと思った裕太は、意外にも彼女の醸し出す雰囲気に興味を惹かれていた。それと同時に、一切着くずしていない制服を着てタバコを吸う女子高生となると、周りから浮いて怖い人呼ばわりされるのもわかる気がした。


 徐に彼女がこちらへ振り向いた。彼女は火の点いたタバコを咥え、片手には双眼鏡が握られていた。それももちろん目を引くが、裕太はこんな生徒が転校してきていたのかと感心するほど整った彼女の容姿にしばらく目を奪われていた。裕太も一人の男子高生なのだから。


 「何してんの?」


 彼女が声をかけてきた。薄く開かれた目は裕太にあまり興味がなさそうな印象だった。裕太はそんな印象を感じながらもカッコつけたり強がったりすることもなく自然に答える。


 「忘れ物を取ってきてくれって頼まれたんだ」


 「パシリか」


 さぞ興味なさそうに彼女は答え、目の先に双眼鏡を構えて再び外へ視線を戻した。その様子にムッとすることもなく裕太は質問する。


 「あの……君は何してるの?」


 「あー……観察だよ。観察」


 「観察って、何の観察なのさ? ……鳥とか?」


 「何でもいいだろ」


 どうやら教える気はなさそうだ。人にはそれぞれ趣味があるんだし、あまり干渉しすぎるのはよろしくないと考えている裕太は少し惜しい気もしつつ目的のものを見つけ、屋上を後にした。


 裕太が去った屋上にはタバコを咥えた女子生徒だけが残った。彼女は大きく煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして、レンズ越しに見える男を凝視した。


 「あのオッサン……ずっといるな」


 校庭よりもさらに向こう側の道にサラリーマン風のスーツを着込んだ男が放課後になってからずっと生徒が出入りする門を凝視していたのだ。

 男は誰かを探しているように見える。ただの変質者かもしれないが、彼女には常に誰かを疑い続けるだけの理由があった。本来は他の人物を監視しておく必要があったが、今日の予定は変わるかもしれないと思い始めていた。そして、その予感は早速当たることになる。


 男が動き出した。男の視線の先には、ついさっき屋上へ使い走らせられていたあの頼りなさそうな男子生徒、木野裕太がいた。



 

 学校の最寄り駅に向かう途中、裕太は常に言い知れぬ違和感を感じていた。視線を常に感じる。まるで監視されているかのような感覚だった。昨日の今日でまた変な人間に出会うのか? だが、今まで感じていた視線はただ「変」だなんてぬるい言葉で片付けられるようなものではなかった。

 違和感の正体であるスーツを着た男が自分の前に立っていることに、裕太は底知れぬ危機感を肌で感じていた。目の前にいる男は昨日、自分に銃を渡したあの男を追っていた男なのだから。


 「僕に何か用ですか?」


 平静を装いきれているかは不安だったが、それでも裕太は何も知らない風を装って質問する。

 

 「昨日、黒いコートを着た男から何かもらったろう?」


 「えと……何のことですか?」


 間違いない。この男は銃のことを知っていると直感した。


 「僕はね、今とてもストレスが溜まっているんだ」


 男はそう言って徐に上着を脱いだ。


 「上司からは毎度の如くどやされては昨日は男を取り逃がしてしまうわで……腹が煮えくり返っているところなんだよ」


 ワイシャツのボタンを外し、男の胸部が露わになる。その胸には、痣にしては黒すぎるほどの歪な形をした痣のようなものがあった。


 男の指先がその部位まで運ばれる。


 「ヤツのことを話せば、命は助けてやろう」


 裕太は男から発せられる殺気を覚えていた。忌まわしきあの日に強い殺気を向けられた経験がこんな形で活かせるとは自分でも思ってもみなかっただろう。


 裕太は一目散に男の前から駆け出した。


 しかし、目の前には……バッタのような姿をした怪物が降ってくるように立ちはだかった。


 「な……!?」


 「久しぶりに……楽しめる」


 怪物からさっきの男の声がした。振り返ると、男がいた場所には男の上着と衣服の破片が散らばっていた。


 裕太は悟った。世界を救えとは、この化け物たちを根絶することなんだと。

 非力な自分が目の前の怪物を始末するにはコートを着た男から渡された銃が必要なんだと直感し、鞄から取り出そうとする。


 だが、その瞬間には怪物の爪が甲高い奇声と共に目前に迫っていた。


 「っ……!……?」


 死ぬ直前、時間がゆっくり動いているように感じるのはどうやら本当だったらしいと場違いなことを裕太は考えていた。

 頭では避けなくてはならないことをわかっているのに身体が頭に追いつかない。流石にこれは助からない。だが、それを受け入れることはしたくないという気持ちがせめぎ合っていた。

 

 ゆっくりと怪物の爪が迫ってくる。本当はとてつもなく素早いはずなのに、ゆっくりに見える。身体は動かない。そろそろ死ぬことを覚悟する余裕も―――


 「ギュッ!」


 どこからか乾いた銃声が響き、怪物の絞り出すような声がした。その時、裕太の狂った時間感覚が元に戻り、次の瞬間には怪物が仰向けに気味の悪い色合いをした血を流して倒れていた。


 「怪我してないな?」


 「……君は」


 声がした方向を振り返ると、屋上にいた女子生徒がいた。口元にタバコは咥えられておらず、右手には自分に渡された銃と同じ形の銃が握られていた。


 「怪我、してないよな?」


 彼女の神妙な面持ちから発せられる声色は心配しているというよりは警戒に近いものだった。


 「あ、うん……」


 「ならいい。今あったことは全部忘れて、誰にも言わないでいてくれ。言ったら、本当にキミを殺す」


 少しだけホッとしたように裕太に口止めの旨を話し、そのまま彼女は去っていった。

 あの怪物を始末した彼女なら、本当に自分のことを殺すだろうと裕太は感じた。それだけ彼女の言葉には嫌な生々しさがあった。


 裕太は倒れた怪物を振り返った。しかし、そこにバッタのような奇怪な姿をした怪物の姿はなく、塵の山が風に飛ばされていた。


 「これが……死骸なのか?」


 銃を授けた男、怪物に変貌した男、その怪物を倒した少女、塵となった怪物。


 裕太はこの街で何が起こっているのかを知るために、昨日の男の元へ急いだ。

 再び怪物に出会うかもしれない恐怖を抱きながら、走り出した。

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