悪役令嬢は白馬の騎士を夢見る
「アリス、君は王妃に向いていないらしい」
「えっ?」
そう、婚約者で次期国王である王子レイズに告げられたのは突然のことだった。
私、アリスストライドが1人で王宮の中庭を歩いている時、急に背後から声をかけてきたのだ。
だから、私は一瞬何が起きたのかわからず呆然とし、そして絶句した。
「何を、」
王妃に相応しくない、それはレイズが言外に私との婚約を破棄したいと言っているのであることを私は悟り、そしてなんとか掠れた声でレイズに尋ねる。
なぜ、レイズが急にこんなことを言い出したのか、私には全く見当もつかない。
実際、私の家であるストライド家は中々の名家で王族に嫁いだとしてもおかしくない家柄である。
その上、自分の言うのも何だが私は中々、容姿が良い方らしい。
そもそも王子の方から私へと婚約を迫ってきたのだ。
だから、何故こんなことを言い出したのか訳も分からないまま私は王子の方へと振り返り、
「なっ!」
「っ!」
王子の横に立っていた女性に言葉を失った。
そこに居たのは私が知っている女性、具体的に言うと少し前に王子にちょっかいを出されている時に助けたメイドだった。
その時、王子は権力をちらつかせ強引にメイドとの肉体関係を求めていた。
だが、正直なところあまりいい噂がないレイズの誘いをメイドの方は明らかに嫌がっていて私はやんわりとレイズに止めるよう諭したのだ。
確かに王族は一夫多妻が義務として後継の関係上定められている。
そのことは私も知っているし、納得もしている。
だが、明らかに嫌がっている女性にそういう行為を求めるのは間違っている。
さらにそのメイドの姿は前までの私を見ているような気分になり、私は王子を止めたのだ。
「そこの彼女、エミリーから聞いたよ。
アリス、君は僕に近づこうとする女性に対し不当な扱いをしていたようだね?」
「はっ?」
だから私は次に王子が語り始めた覚えのない罪に思わず、目を見開いた。
確かに王子は自身の不人気さのせいで女性を誘ってもあまり快い返事は貰えない。
だが、それは本人のせいであり私のせいではない。
「君は醜い。嫉妬だけでこんな酷いことを起こすとは」
「え、ま、待って下さい!」
だが、レイズはまるで私が悪いように語り、私はは思わず声を上げる。
「っ!」
そしてその私の声にエミリーと呼ばれたメイドが肩をピクリと反応させる。
「なっ!」
そのエミリーの罪悪感に満ちた顔を見て私はエミリーが王子に言われ、嘘の証言をさせられていることに気づく。
それは王子が私との婚約を破棄しようと理由を作っていることで、私は訳が分からず王子を見つめる。
すると王子は今までの芝居のかかった動きをやめ、私の耳元に口を寄せ囁いた。
「ことごとく僕が口説くのを邪魔してくる君は目障りだ」
「っ!」
その王子の言葉を聞いて私は悟る。
王子の誘いを嫌がる少女を見て、諌める私を王子が逆恨みしていることを。
ー そんな、ことで?
私はそう漏らしそうになって、必死に唇を閉じる。
王子は動揺する私を全く気にすることなく笑い、告げた。
「アリス、僕は君との婚約を破棄する」
「え、」
そして私はあっさりと王子に捨てられた。
私は王子との婚約など望んでいなかった。
何故なら、王子に婚約を申し込まれた当時私には好きな人がいたのだ。
その人の名はハイル。
家族でもない、平民のそれも牛飼いの息子。
だけど、私とハイルは将来を誓い合っていた。
だから私は王子の婚約を断り、
「へぇ、あのハイルって平民はどうなっても良いの?」
ーーーだが最終的に私はその脅しに屈した。
そして私は時期王妃として王宮に嫁ぎ、王子の婚約者になった。
せめてもの抵抗に、父を通じて正式に王妃になるまでは初夜を迎えなようにと国王に訴えたのだが、最終的に王子は強引に押し切られ私は純潔を失った。
その夜、私は人知れず涙を流しもう自分の望みが叶えられないことを悟った。
それは白馬に乗った騎士が迎えに来てくれるという乙女であれば誰もが夢想する夢。
だが、私は自分自らその想いを裏切ったのだ。
ー ごめんね、ハイル
その謝罪は誰の耳に届くこともなく、私はその時絶望した。
「何で、どうしてこんなにも、」
だが、その時さえも凌駕する絶望を私は味わい、号泣する。
王子の婚約破棄宣言に周囲に人々が集まってきているのが分かる。
しかし私は人目も気にせず泣きわめく。
ー確かに私はもう汚れてしまった。それでも、今度はこの人を愛するように努力しよう。
どうしようもない絶望の中、それでも前を向く為に隣の王子を見て誓った思いを思い出す。
それは最終的に果たされることのなかった思い。
いや、ただの現実逃避の一種だったのかもしれない。
ーーーそれでも、あの男に私の思いは2度も粉々に砕かれた。
一度めは愛しい人との関係を砕かれ、
そして2度目は前を歩こうとして、その足場を理不尽な理由で奪われた。
泣いて、泣いて、泣きわめき私の心に残ったのはどうしようもない虚無感だった。
「サリー……」
だが、それでも私は立ち上がった。
頭に浮かぶのただ1人の姉妹である妹のこと。
おそらく王子が有力貴族の娘である私との婚約を破棄したという情報はあらゆる場所に広まるだろう。
そしてそれは貴族を非難したと私の家だけでなく、他の貴族にも不信感を覚えさせる。
その状況を乗り切るための方法は一つ。
私の妹サリーを娶り、王子が非難したのは貴族ではなく、アリスという1人の女だと思い込ませるのだ。
「あの子を、こんな目には合わせない!」
だが、そんなこと許せるはずがなかった。
私はボロボロの心を引きずり立ち上がる。
そしてふらふらと蹌踉めきながら、歩き出した。
その日から私は王子を外見だけで誘惑した性悪の悪女、悪役令嬢と呼ばれるようになった………