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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
1章 胡蝶の夢
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 頑なに食事を摂らない私に、瑚白さんは苦しそうに顔を顰めた。

「……夢月」

「……行かせて」

 平行線だ。でもそれもあと数日で均衡は崩れるだろう。私の身体が保たない。

 私も、本当は自力で脱出するためにも食べ物はしっかり食べたい。でも食べてしまったら一縷の希望も潰えてしまいそうで、食べられない。

 四日目、私の絶食に瑚白さんが終に折れた。

「一度だけだ。一度だけ連れて行く。……それ以上はダメだ。……夢月、それで納得してくれ」

 私は頷いた。私もそろそろ限界だったからだ。頭がくらくらする。

「……わかった」

 でも条件を出した。

 私が竹から出てきた時と同じ格好で行くこと、同じ時間帯に行くこと。それまでは何も食べないこと。

 瑚白さんは困り果てたように眉根を寄せたが、全部承諾してくれた。

 ……ごめんね、瑚白さん。



 私が竹から出てきた(?)のは夕方の六時ころだったという。

 それまでに湯浴みをして身を清め、着物を着て準備を整えた。

 夢の中で侍女さんが着付けてくれた十二単のような豪華な衣裳だ。でも一枚一枚は薄絹で軽いため、見た目ほど重くはない。私が以前着ていた服装よりは重いけれど。

 …以前着ていたものはもっと短い丈の、袖も腕にぴったりとそった着物とは全然形の異なる意匠だったとぼんやり覚えているけれど、日毎に記憶が薄れてゆき、細部までは思い出せない。

 もう一度、夢に見られたらいいのに。


 あげはさんに長すぎる髪を切りたいと切り出したら、蒼白になっていけませんと叱られた。

「瑚白さまが哀しまれます」

 瑚白さんはロングが好きなのかな。でもちょっと長すぎなのだけれど。あげはさんや他の侍女さんたちは背中の中ほどまでの長さだ。私は踝まである。この平安時代のような世界観で、流石にショートカットにしたいなどとは言わないけれど私も背中までくらいにしたい。私が困った顔をすると、あげはさんはきりっと眉を上げた。

「私たちと香紅夜さまは立場が違います。髪は女の命、切るなどとんでもないことでございます」

 どうやら軽々しく切ってはいけないらしい。そういえば、この辺の時代は髪を切るのは出家するときだと勉強した覚えがある。この世界が、私の知る平安時代と同じかはまだよくわからないけれど。

 というか、私が竹から出てきた辺りで微妙にファンタジー世界の香りがする…。ここは私の知る世界とは異なる別次元の世界なんじゃないかって思う。

 …そういえば、初めて瑚白さんに会った時、彼は意味深なことを言っていた。今頃になって思い出した。


――異界に行って、記憶が混濁しているのだろう――


 …異界。やはりあの竹は異世界と繋がっていたということだろうか。

 考えても答えは出ない。…まあ、いい。もうすぐその場所へ行けるのだから。

 出来ればそこで何か食べる物をお願いしたいな、などと私は暢気に考えていた。もうすぐ帰れると、少し浮かれていたのだ。




 夕方の四時過ぎ頃、私は瑚白さんに抱き上げられて牛車に乗せられた。瑚白さんも一緒だ。私は空腹のため、何も考えられずぼんやりしていた。

 そんな私を瑚白さんがじっと見つめていることには気付いていた。でも何を言えばいいのかわからなくて、気付かない振りをした。

 私は目を閉じた。闇に落ちるように意識が黒く塗り潰された。



「夢月」

 ふと名を呼ばれた気がして目を開けると、心配そうに私を見つめる瑚白さんと目が合った。

「…竹林に着いた」

 その一言に私はぱちりと瞬いた。

「え…もう?……私寝てた?」

 一瞬で着いたとしか思えない。瑚白さんは頷いた。

「なかなか起きないから心配した」

「…ごめんなさい」

 私が謝ると、瑚白さんは苦笑して私の頬を撫でた。

「…夢月は謝るけれど意見は変えないな。素直だが強情だ」

「……う」

 私は目を泳がせた。そして気付いた。

 …何か私、瑚白さんに膝枕されている気がする。

「…あの」

「なんだ」

 瑚白さんの指が私の髪を梳く。どこまでも優しい手つきだった。

「お…起きます」

 私が言うと、瑚白さんは私を一瞥してすっと、いとも簡単に私を抱き上げてくれた。

「自分で」

「力が入らないのだろう。いいから俺に身体を預けろ」

 ……。瑚白さんの言う通り、私は自分で立つことも出来ないほど衰弱していた。ちょっと限界かも…。自分でやっておいて、やり過ぎたと後悔している。でもそうするしかここに来る手段はなかったんだ。

 それに、やっぱり空腹に負けて食事を摂ってしまっていたらそれはそれで後悔していただろう。それこそ死ぬほど。

 だからもう開き直ってここは瑚白さんの言葉に甘えることにした。


 瑚白さんはしっかりと私を抱き上げて竹林へと足を踏み入れた。

 牛車は竹林の入口に置いて、そこからは少し奥まで歩くようだ。数人の男の人が松明を持って先導してくれている。


 辺りは既に薄暗い。日が落ちるまでまだ猶予はあるはずだが、生い茂った竹が空を遮っているせいだ。

 ざくざくと笹を踏みしめて一行が竹藪の奥へと移動する。

 暫くすると、竹林の中にぽっかりと穴が開いたように空間が現れた。その中央に一本の太い竹があった。ただしその竹はスパッと斜めに切り落とされており、巨大な虚を覗かせている状態だ。――私はこの中から出てきたのだ。

 そこで私はふと気付いた。

「…待って、切り落とされたってことは…異空間と繋がっていた部屋が壊されて…既にその機能を失っているってことじゃないよね…」

 言いながら段々顔が蒼褪める。あり得る、物凄く。

 だって部屋の扉を蹴破られて、私は着替えの途中でこの竹藪に引っ張り込まれたというか、落とされたというか。原理は全然分からないけれど、つまりはそういう事だろう。

 瑚白さんを見上げると、悪戯に成功した悪ガキのようににやりとされた。

「!!」

「…言ったはずだ。何もないと。行くだけ無駄だと。…これでわかっただろう?」

 そんな―!!

「降ろして」

 私は諦められなくて、転がるようにして瑚白さんの腕から抜けると、竹の中に入った。

 でも何も起きない。

「…そんな、待ってよ、…あの侍女さんの名前は…」

 私は動揺して頭の中が真っ白になっていた。侍女さんの名を呼べばあの部屋と繋がるような気がして、でも肝心の侍女さんの名前を聞いていなかったことに思い当たる。

 万事休す。そんな私を後ろから瑚白さんが抱き寄せた。

「気が済んだか?…帰ろう、夢月」

 待って、まだ何か道が。あるんじゃないかと、頭の中で考えを巡らせるけれど、焦るばかりで何も思いつかない。瑚白さんが私を抱き上げる。

「瑚白さん、待って」

 私は降りようと身動ろぐけれど元より極限まで体力の失われた身体だ。少し動いただけでぐったりとしてしまう。

「夢月。これ以上はおまえの身体が保たない。…だから赦せ」

 瑚白さんは私を抱えたまま元来た道を引き返した。

 待って、待ってよ。

 気持ちは焦るのに、何も言葉が出て来ない。

 ただ、あそこには何もないことだけは不思議と分かった。あそこに居ても無駄だと。それでも私は他に何か方法があるんじゃないかと思えてならなかった。

 でも瑚白さんの言う通り、私は最早限界だった。口を開くのさえ億劫だ。

くったりと身体の力を抜くと自然と瑚白さんの胸に凭れる。疲れた。…ちょっと休ませて。

私はそのまま意識を失ってしまった。






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