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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
5章 神の遊戯

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 香紅夜が消えてから七日後の深夜、天空から一筋の強烈な光が弧を描いて地上に落ちた。今は厚い雲に覆われて見えないが、恐らくは月からと思われた。


 香紅夜が消えてから、世界は闇に包まれた。

 それは比喩でもなんでもなく、物理的に。突如天空は厚い雲に覆われ、月も太陽も姿を隠してしまったのだった。

 まるで香紅夜が失われたことを哀しむように。――世界から光が失われた。そんな中、暗闇に流れた光は凶兆か吉兆か。


 光が落ちた場所は響の外れの竹藪の中。

 流星を確認した瑚白は間髪入れずに動いた。予感が働いたのだ。あるいは虫の声を感じたのかもしれない。瑚白にとって幸いだったのは竹藪の位置が月読家から近かったこと。八家のどの家よりも真っ先に駆け付けることが出来た。

 供を連れて馬で闇夜を駆け、竹藪へ着くとすぐに林の奥に一際大きく光る竹を発見した。辺りが暗かったため、見つけやすかったのだ。

 その竹は中から光を発しており、内部が透けて見えた。そこには人がいた。

 瑚白は一目見て瞠目し、呻くように掠れた声でその人物の名を呼んだ。

「香紅夜……」

 光る竹の中には膝を抱えるようにして丸まり、あどけない表情で懇々と眠る愛しい少女、香紅夜がいた。

 まるで水の中にいるように少女の髪と衣はふわふわと舞い、身体は浮いているように光の中を揺蕩っている。神秘的で神聖な光景だった。

 瑚白は息を飲んだ。魅入られたように少女から目を離せない。吸い寄せられるように竹に両手を置き、こくりと唾を飲みこむ。その時ホゥと梟の鳴き声が響いてはっと我に返った。


 コン、と軽く竹を叩く。けれど香紅夜は目を覚まさない。

「……香紅夜」

 瑚白はもう一度、今度は少し強めに竹を叩いた。それでも香紅夜が目覚める気配は皆無だった。

瑚白は竹の堅さからもっと強く打っても中の香紅夜には響かないだろうと感じた。少し香紅夜を驚かせてしまうかもしれないが、声も張り上げる。

「目を覚ませ、香紅夜!」

 ドン、と竹を叩く。

 香紅夜は目覚めない。

 瑚白は焦燥を覚えた。目の前にいるのに、手の届く距離にいるのに、声は届かず、触れることは叶わない。

 不思議な光る竹が二人の間に横たわり、遮断する。

「…嫌だ……」

 声が聞けないのは、目と目を合わせられないのは、ただ見ているだけは嫌だった。

 瑚白はがむしゃらに竹に拳を叩き込んだ。鍛え抜かれた瑚白の拳は巨大な妖を屠る威力を持つ。そんな重い一撃にもかかわらず竹はびくともしない。



「香紅夜!戻って来い!!香紅夜!!」


 瑚白は堪らず竹に体当たりをかけた。ドン、ドンと鈍い音とともに竹が揺れる。

 微睡んでいた香紅夜の瞳が薄っすらと開いて瑚白を見た。

「――!香紅夜!」

 けれどすぐに気付いた。香紅夜の視線は瑚白を素通りしてどこか遠くを見つめている。

 香紅夜はゆっくりとした動作でくるりと身体を反転させ、瑚白に背を向けた。

「香紅夜!!」

 瑚白は焦燥感に苛まれた。今香紅夜を取り戻せなければ、永遠に喪う。――それは直感だった。

 瑚白は一つ瞬きすると、素早く腰の刀を抜いた。鋭利な眼差しで巨大な竹に視線を固定する。

 迷いはなかった。香紅夜を失うつもりは毛頭ない。瞬時に香紅夜に当たらない位置を見極め竹に刀を振るう。

 ざん、と斬撃音が響き、竹が真っ二つに割れた。






***



 すぅと浮上するように意識が覚醒した。目を開けると目の前には白い髪と紅金の瞳の美丈夫。「神様」だ。まるで夢の続きのよう。でも今彼に相対しているのは私、「夢月」だ。

 長い長い夢を見ていた。

 香紅夜さんの過去を追体験していた。

 だから初めて会ったという気はしない。それでも初めましてと挨拶するべきだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、「神様」はくすっと笑った。

「初めて、ではないよ」

 低くて艶のある声。私はその声に聞き覚えがあることに気付いた。

 夢の中で聞いた声だった。


――人の世は楽しかったかい?

――そろそろ夢から覚める時間だよ


 私が「夢月」として目覚めた朝、聞こえた声。

「私は香紅夜の歌が好きでね。香紅夜の願いを叶えてあげることにしたのだ」

 その言葉は稲妻のように私の脳内を駆け抜けた。


「……それが『私』なのね」

「神様」は正解、というようににこりと笑んだ。




 私の記憶は曖昧だ。

「私」とは夢月だろうか。それとも香紅夜?

 どちらの記憶も私の中にある。鏡に映したようにそっくりの二人の少女。


「瑚白が香紅夜を引きずり出さなければ香紅夜は完全に消えて夢月となっていたのだよ」

 真紅に金の混じった、人にはあり得ない色彩が面白そうに細められる。

 


 香紅夜は瑚白と兄妹であることを拒んだ。大好きで側に居たくて、でもそれは許されないことで。苦しくて辛くて。だからいっそ、忘れてしまいたいと願った。


 すべてを忘れて生まれ直したい。

 そう、願ってしまった。


 だから。


 ……私が生まれた。

 異なる世界に、全く別の人間、夢月として。夢月の一生は香紅夜が眠る間に見ていた泡沫の夢のようにあっという間に過ぎ去ってしまった。

 異なる世界故に流れる時間も違うのだ。香紅夜が亡くなってから夢月が生まれて成長するまでこちらではたったの七日間しか経っていなかったのだ。


 私は、夢月は、香紅夜の生まれ変わりだ。そして夢月の記憶を持ったまま、この世界で目覚めた。

「この身体は……夢月のまま?」

よく似ているけれど、髪の長さが違う。目覚めた時に覚えた違和感。けれど「神様」は頷いた。

「そうだ。夢月は異世界からその身体ごと転移した。その際、時空の歪みの影響を受け、肉体の時間が進んだ」

「神様」は香紅夜の魂を転生させた。別の世界に。香紅夜の記憶を持たない「夢月」として。

 そもそも夢月が香紅夜とそっくりなのは、神様が香紅夜を転生させたことが影響しているという。

 神に愛され天に召された香紅夜はそのまま転生した。そのため魂が色濃く香紅夜の姿かたちを引き継いでしまったのだ。寸分違わず再現されたといっても過言ではない程に。

「その身体は以前の香紅夜とそっくりだが同じではない。そして、中の魂もまた、生まれ変わりとは言え、香紅夜ではない。だが」

 夢月の魂には香紅夜の記憶が眠っていた。

 夢月の中には香紅夜の心が残っていた。そして香紅夜の歌も。


 寸分違わず再現された身体ならば香紅夜と同じ能力を有していてもおかしくはない。

 けれど本来「歌」とは修練を積まなければ会得できない技術であるはずだった。幼い頃の香紅夜には神の加護を得られなかったことがその証だ。

 なんの修練もしていない夢月が歌えたのは香紅夜の魂の残滓があったから。



 そして香紅夜の眠る魂を揺さぶる切羽詰まった声が私をこの世界に呼んだ。

「夢月は……あの世界でどうなったの?」

「行方不明であろうな。死してから魂が転生したわけではなく、身体ごとこの世界に引きずり込まれたのだから」

「神様」の無情な言葉に胸の奥が鈍く痛む。お兄ちゃん、お母さん、お父さん…。

 心配しているだろう。哀しませているだろう。

 申し訳ないと思う。突然の別離を辛く、淋しいとも思っている。

 それでも。

 ……私はこの世界に来たことを後悔していない。

 ずっと、この場所に、あの人に、呼ばれていたような気がしていたから。




「おまえは夢月として戻ってきた。そして瑚白と出会い、恋に落ちた。夢月は瑚白の妹ではない。だから結婚も可能だ」

「……!」

 瑚白と結婚、できる。その事実に心臓が痛いくらいどくりと高鳴った。頬が急速に熱を持つ。

「神様」は面白い余興でも眺めているような眼差しで私を見ていた。なんとなく不安な気持ちにさせられる。私は警戒して「神様」の言葉を待った。

「だが夢月として瑚白と結ばれるのならば、おまえはその能力を失う」

 ……能力。歌を、歌えなくなる…?

 夢月として生きるのであれば当然だろう。それは香紅夜の力なのだから。そう、納得しかけた。けれど「神様」の次の言葉で私の思考は停止した。

「生まれてくる子にも能力は引き継がれない。月読の家は永遠に力を喪うのだ」

 頭の中が真っ白になる。

 ……月読家は永遠に能力を、喪う…?

 夢月が、香紅夜が、恋に溺れて自分のためだけに生きるという選択をすれば、響は防衛能力の一つを失うというの?


「反対に香紅夜として帝と結ばれるのならば、生まれてくる子は史上最強の能力を授かることになる」

 ガツンと頭を打たれたような衝撃を味わった。

 ……青焔さんと結婚すれば、最強の能力を持った子どもが生まれる?

「……それは、神様の予言なの?」

 洒落にならない。私は頬が引き攣るのを抑えられなかった。

「神様」は慈愛に満ちた表情でにっこりと微笑んだ。


「どちらを選ぶかはおまえ次第だよ」

 …私には人を甚振る悪鬼の微笑にしか見えなかった。

 








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