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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
4章 夢月と香紅夜

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 大きな手が私の髪を梳くように撫でている。優しい感触。

 それが不意に止まった。


「香紅夜…」


 掠れた声。……あにさま?

 薄っすらと目を開けると、入口で凍り付いたように立ち尽くすあにさまの姿が目に入った。

「ん…ああ、おはよう、瑚白。宿直明けご苦労様」

 真横から気だるげな声が聞こえた。はっとして横を見ると、青焔が無造作に髪をかき上げていた。私は片腕で青焔に抱き寄せられ、彼の胸に凭れるようにして眠っていたらしい。そしてそれをあにさまに見られている。現状を把握して私は凍り付いた。

「香紅夜、おはよう」

 青焔が私に顔を寄せてにこりと微笑んだ。彼だけがこの状況に頓着していない。

「せ、青焔!離れて!!」

 私は慌てて青焔から離れようとした。けれど彼は反対に私の腰を引き寄せ、首筋に顔を埋めた。

「香紅夜…もう少しだけ…」

 こらー!ここで寝惚けるなー!!青焔はさらにぎゅっと私を抱きしめて、私に圧し掛かってきた。直後、ドスっと物凄い音がして横を見たらあにさまの拳が布団を突き破って床にめり込んでいた。一瞬前まで青焔が寝ていた場所だ。

 青焔は私の上に覆いかぶさるようにしてその場から避けたらしい。

「あはは、瑚白は朝から元気だね」

 暢気に言っている場合か!

「退け」

 今まで聞いたこともない程低い声であにさまは呟いた。

「…香紅夜から離れろ」

 思わず震えそうになるほどの殺気が迸った。けれど青焔はまるで気にせず軽々と私を抱き上げた。

「ちょっと青焔…!?」

「何故?香紅夜は私のお嫁さんだよ。むしろ君こそ兄といえども夫婦の閨に踏み込んで来るのは控えて欲しいな」

 藍色の瞳を細めて挑発するように笑う。

「香紅夜は連れて行くよ。半年早まるだけだ、構わないだろう?」

 元々は半年前にとっくに夫婦になっている予定だったしね、と青焔は笑った。

「――君が選択したのはそういうことだよ、瑚白」

 不意に笑みを消して青焔は鋭い眼差しをあにさまへひたりと当てた。

 あにさまは縫いとめられたように動きを止めた。

 青焔はふっと唇の端に小さく笑みを刷いて私を見つめた。その表情にはとてつもなく色香が滲んでいて、くらくらした。

「香紅夜。行こうか」

「青焔、待っ…」

 私は慌てた。いつかは青焔に嫁ぐにしても、こんな風に突然攫われて行くなんて嫌だ。あにさまとまともに顔を合わせていない。

「あにさま!」

 私は青焔から逃れるように身を捩りながらあにさまの目を見つめた。

 あにさまの琥珀色の瞳が真っ直ぐに私に向けられた。

 それだけで心臓が痛い程逸る。幸せだと感じてしまう。でも。あにさまの表情が苦痛に歪むのを見て、私はもう無理なのだと悟った。

 私はここにいるべきではない。

 私は精一杯の笑顔を浮かべた。

「あにさま…困らせてごめんなさい…。私、ちゃんと妹に戻る…。今まで守ってくれてありがとう。側に居てくれてありがとう。……あにさまも、どうかお幸せに」

 愛しているとは、もう言わない。それをあにさまが望まないから。

 これ以上はダメだ。泣いてしまいそう。でももうあにさまの前では泣かない。泣いてはいけない。

「青焔、連れて行って」

 私は小声で青焔に懇願した。

顔を隠すために青焔の胸に顔を伏せる。

 そうやって必死に虚勢を張ってあにさまを忘れようと努めた。それなのに。

 肩を掴まれ、気付いた時には馴染んだ腕の中に囚われていた。

「香紅夜、行くな」

 あにさまの低くて滑らかな声が体中に響く。

「あにさま」

 どうして。せっかく決意したのに。心臓を貫かれるほどの痛みを我慢したのに。

 あにさまは何も言わずただ私を抱きしめた。

「瑚白」

 青焔が咎める声音であにさまの名を呼んだ直後だった。

 あにさまは私を抱きしめたままその場に頽れた。

「あ…にさ、ま…?」

 その時になって漸く私は異変に気付いた。

 あにさまの背中が紅く染まっている。

「瑚白…!っの、馬鹿が…‼」

 青焔が血相を変えて家令を呼び付けた。

 私はただ呆然とあにさまの背中を見つめていることしか出来なかった。

「怪我を…」

 包帯はきちんと巻かれていた。けれどあにさまが暴れたため、傷が開いたのだった。

 あにさまが来た時、青焔はなんて言った?


――宿直明けご苦労様――


 宿直、だったんだ。昨日。私は、なにを、していた?

 この一週間の記憶が曖昧だ。

 日々ただはらはらと涙を零していた。

 悲嘆に暮れていただけ。悲劇の自分に酔って、被害者ぶって。

 ……ほかでもない、大切なあにさまが一番助けを求めていた時に!


 私はぎりっと音が鳴る程奥歯を噛みしめた。自分で自分が許せない。

 でも今は心を静めて平常心を呼び戻す。自分を罰するのは後だ。


あにさまの怪我を治すために私は心を込めて歌う。神に祈りを捧げる。祝福を願う。



『 春ちかき御まえの見るにめでたき花の色、

   乙女が袖には月さし宿る あけぼのの 雲路に返す折から雪をめぐらす面影 』



 歌い終わったとき、淡い光があにさまを柔らかく包み込んだ。恐らくこの屋敷全てが私を中心に天からの光に包まれていることだろう。他の術者たちの怪我も癒えたはずだ。

 あにさまの顔色も血色がよくなりその表情も心なしか穏やかで、私はほっと安堵の息を吐いた。その直後、私は朱色の屋根と白い壁の建物の前に立っていた。

 


 私は知らなかったのだ。神の加護を得るということは、神の寵愛を受けるということは。

 私の声は遙か見えない世界へと響き、この世ならざる場所と繋がり、人ではない者に届いた。

それは即ち神に召され、この世においては死ぬ危険性を孕んでいたのだということを。

 









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