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目を開けると薄暗い室内が視界に映った。私は自室の寝具にくるまっていた。
意識を失う直前の出来事が一気に蘇り、眦を涙が伝う。苦しい。切ない。……私は振られたのだ。
「……あにさま」
「……香紅夜」
真横から聞こえた声に思わずびくりと肩が跳ねる。人がいるとは思わなかったのだ。人というか、あにさまが。
「……あ」
頭を横に向けると、布団の横に胡坐を組んでいたあにさまが心配そうに私を覗き込んでいた。
「具合はどうだ?」
「……へいき、です」
普通に言おうとしたのに、掠れた声になってしまった。喉の奥が張り付いたように声がうまく出せない。
「……水を飲むか?」
「………」
あにさまの優しい声に胸が詰まる。私は首を横に振って布団を頭まで引っ張り上げた。
「……いらない」
あにさまの手がそっと私の頭に触れた。少しだけ布団からはみ出していたみたいだ。
「……香紅夜。蜂蜜生姜湯を用意しようか。好きだろう?」
……どうして。胸が痛い。あにさまがあまりにもいつも通りで、私は息が苦しくなった。あんなことがあったのに。あにさまにはなんでもないことだったんだ。妹の、少しおかしな行動くらいであにさまの態度は変わらないということなのか。喉の奥から込み上げてくるものを私は口を覆って堪える。
身体をぎゅっと丸めて泣き叫びたい衝動をやり過ごす。
あにさまの手から逃れるために深く布団に潜り込む。それなのにあにさまの手は布団の中まで追ってきた。
「香紅夜。顔を見せてくれないか?」
指先が頬を撫でる。濡れていることに気付かれてしまっただろうか。戸惑ったように指が揺れ、離れる。
離れる指を引き留めたい衝動に駆られる。けれどぐっと目を瞑って気持ちを押し殺した、直後。
ぱっと布団が剥ぎ取られ、私はあにさまに抱きしめられていた。
「!?」
「香紅夜、泣くな」
あにさまにしてみれば幼子を、妹をあやしているだけなのだろう。でもその優しさは今の私には毒だった。
「や、優しくしないで」
私は逃れようと腕を突っ張ってみるがあにさまの腕は緩まない。
「出来ないよ。香紅夜は大切な妹だから」
言葉と共にぎゅうっと抱きしめる力が強くなった。
妹。
「そんなの嫌…。妻になれないなら、優しさなんていらない」
「……香紅夜」
困ったような声。
「あにさま。お願い、私を愛して。あにさまは私のすべてなの」
性懲りもなく懇願してしまう。愛を希ってしまう。あにさま。
あにさまの腕が緩んだ。
――ああ、私は貴方を困らせることしか出来ない。
「香紅夜。……おまえを愛しているよ」
あにさまの声は苦し気に低く掠れていた。
――妹として。
……そう、続くはずの言葉を途中で止めたのはあにさまの優しさだ。けれど歪められた表情が苦悩を伝えてくる。
違う、私はあにさまを苦しめたいわけじゃない。でも、衝動を抑えられなかった。
「あにさま。……いいえ、瑚白。お願い、一度だけでいい。私を女として見て。一夜だけでいいから。そうしたらすべてを忘れて青焔に嫁ぐ」
「何を馬鹿なことを…!!」
あにさまの眉間にぐっと皺が寄った。私は腕を伸ばしてあにさまの頬に触れた。あにさまの肩が揺れた。
「お願い」
伸び上ってあにさまの唇に口付ける。
「香紅、夜」
あにさまの瞳が見開かれた。綺麗な琥珀色。声は喘ぐように掠れていた。なんて色気。ぞくりとした。
瞬間的に、他の女に渡したくないと思った。私だけのものにしたい。
一夜だけでいいなんて嘘だ。でも。
もう一度口付けようと近付いた私の腰を掴んであにさまはぐっと私を押し返した。
「――香紅夜。おまえは大事な……妹、だ」
これ以上ない程はっきりと拒絶された。
あにさま。
「おまえは家族愛を取り違えているだけだよ。例えそれぞれ結婚して伴侶が出来ても兄妹が大切だという気持ちは永遠に変わらない。心配する必要はないんだ」
優しく労わるように、宥めるようにあにさまの大きな手が私の頭を撫でる。けれど私の両の眦からは止めどなく涙が流れていた。
これ以上ない程、心が粉々に砕け散っていた。




