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近親婚は神々の世から当たり前に行われてきた。けれど神代の時代は終わりを迎えようとしていた。
神の血を受け継ぐ八家。響の都を護る氏族。
人の世が長くなるにつれて神から授かりし力は年々弱まっていた。
だからこそ都の要たる帝は濃い血を残さねばならなかった。けれど近親婚を繰り返したせいで血が濃くなりすぎていたのだ。
強い力を残す必要はあるが、なるべく血縁は避けねばならない。
青焔のご生母さまのご実家は南西の「裏鬼門」家だ。うちの「月読」家は表の鬼門に当たり、真逆の位置にあるため血の繋がりは最も薄い。そのために私に白羽の矢が立ったのだ。
現在姫がいる家は南と西とうちの北東のみ。南と西は青焔の母方の実家に近いため忌避されたのだ。
ちなみに葵は西の分家筋の娘だ。幼い頃から青焔に憧れ、青焔の妃になりたいと願っていたが血が近いため叶わず、せめて青焔に仕えたいと後宮に上がり侍女となったのだ。
私は青焔の妃になどなりたくなかったから幼い頃から青焔に冷たく当たった。それが葵には許せなかったようだ。そのため擦れ違う時はいつも敵愾心剥き出しで睨まれる。まぁ仕方ないよね。
葵のことは理解出来る。好きな男に冷たくする女なんて憎くて当然だろう。
反対に青焔が理解不能だ。
私がどれだけ罵倒しても全然堪えないどころかむしろ嬉しそうなのだ、あの男は。
「寄るな、馬鹿青焔!うざい」
「ふふ、香紅夜、照れているの?可愛い」
あにさまと同い年の青焔は五歳上。五歳の私を易々と囲い込んで抱き上げる。バタバタ暴れてもびくともしない。全然離してくれない。細身なのに結構力は強いのだ。それはあにさまも同じだけれど。
青焔は無礼な私を咎めるどころかむしろ興味を持ってしまったみたいだった。
こんな反応をする相手は初めてだったようだ。それはそうか、いずれ帝となるやんごとない身分の青焔にバカとか言ったら普通は殺される。私はこどもで、しかも貴重な近親外の姫だったから許されたのだ。
「やだやだ、離せー!わたしはあにさまのお嫁さんになるの!!」
その一言を言ったらにこにこしていた青焔が急に真顔になった。
「……それはダメ」
そしてぎゅっと強く私を抱きしめた。
「香紅夜。……君は私のお嫁さんだよ。私の悪口でも何でも好きに言っていいけどそれだけは譲れない」
私は何も言えなくなった。青焔がいつになく真剣だったから。
…でも、そんなの。私の望みじゃない。私はむくれてそっぽを向いた。きゅうっと胸が痛む。幼心にも自分の望みが叶わないことを理解していたけど、納得なんて出来ていなかった。
青焔はずっと私を抱きしめたまま、あやすように頭を撫でてくれた。
……青焔のことは、嫌いじゃないんだよ。でも、どちらかというと実の兄のような感覚で、どうしたってお嫁さんになんてなれそうになかった。兄じゃない青焔を兄のように想って、実の兄のあにさまを愛しているなんて錯乱もいいところだけど。
近親婚が繰り返された弊害なのだろう。より血が近い相手を求めてしまうのは私に限ったことではなかった。
他の家でもいとこ同士の婚姻はよくあることだったし、母親違いの兄妹ならば問題はないとされてきた。
でも青焔の父親である前帝の代辺りからその風潮に変化が現れ始めたのだ。
少し前まで当たり前だったことが許されなくなった。
十四歳になった私はいよいよ結婚も本格的に視野に入る年頃となり絶望感に打ちひしがれていた。
響の貴族社会では十五歳で成人と見做される。女性は十五歳から十八歳までに結婚するのが一般的だ。
私の気持ちなど無関係に順調に、私は十五歳で青焔に嫁ぐ手筈となっていた。
けれどその年、青焔の父帝が亡くなられたため、青焔は一年間の喪に服することとなり、私たちの結婚は延期となった。
不謹慎だけれどそれは神様が私に与えて下さった最後の機会だと思えた。
私はあにさまに想いを打ち明けることにした。
勿論子供の頃から大好きだと言って憚らなかったので皆私があにさまを好きなことは知っていたけれど、それは子供の戯言のように扱われていた。あるいは微笑ましい兄妹愛だと。
違う、そんなんじゃない。私は本気なの。
昔は確かに子供だったので本気にされていなかったかもしれないけれど、今は私も十五歳になった。十分大人だ。
兄妹同士の恋愛を防ぐために最近では男女を幼いうちから別々の屋敷で育てることが一般的となっていたが私たち兄妹は響の防衛というお役目を共に担う同士でもある。必然的に共に過ごす時間は多くあった。
「あにさま。今夜の宿直は一緒に碁をしましょう」
八家は響の防衛のため交代で宿直を受け持つ。何かあればすぐに出動するために。
表と裏の方角で対の当番制だ。今頃は南西の裏鬼門家も眠らずの番をしているはずだ。
眠るわけにはいかないが、すぐに出動出来れば別に宿直中はどう過ごしても構わない。見張りは部下に任せて私たちは大抵寛いで過ごす。
いつでも出動出来るように下は袴姿で、打掛は羽織らず袖は襷を掛けて動きやすいよう工夫している。髪も後頭部で一つに括り、足には厚手の足袋を履いている。このまま外へ飛び出せるようにだ。
打掛を羽織っていないといってもきちんと三枚は重ね着しているのだが、あにさまには下着姿同然に見えるらしい。
「香紅夜、もう一枚羽織れ」
いつも眉を顰めて自分の上着を私に被せて来る。あにさまの匂いのする上着に包まれるのが好きだ。抱きしめられているみたいなのだもの。だから私はいつも三枚しか着ない。
夜が更けて来るといつもより大胆な心地になる。夜の暗さは何もかも包み込んで飲み込んでくれるような気がするのだ。
「あにさま、眠い」
大好きなあにさまと一緒にいて、眠くなるなどあり得ないのだが私はわざとそう言ってあにさまの隣に座り、肩にこてんと頭を乗せる。あにさまは仕方のない妹だなというように微笑んで好きにさせてくれる。
「起こしてやるから少し寝ていろ」
あにさまの大きな手が優しく私の髪を梳く。ああ、それだけで私は蕩ける。幸せだ。




