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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
4章 夢月と香紅夜

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 幼い頃からずっと兄が好きだった。

 大人になったら結婚するのだと当たり前のように思っていた。

 大人たちからは青焔の妃になるのだと言われていたけれど、そんなこと知ったことではない。青焔の妃になりたい女はいくらでもいる。その中から選べばいいと思っていた。



 響の都は結界に守られているとはいえ常に妖の攻撃に晒されており、決して安全とはいえない。人は弱く、皆で協力して妖の跋扈する世界の片隅にやっとの思いで小さな土地を手に入れそれを守ってきた。

 妖にしてみれば今まで自由に通行できた場所に突如立ち入り禁止区域を作られて迷惑というところだろう。そのため時折苛立ち紛れに結界を攻撃し、我が物顔にそのまま通行しようとしたり、あるいは結界内にいる人間を餌と見做して攻撃してくるのだ。


 私の能力は歌で神の力を借りるというものだ。

 いい歌が歌えれば神は力を貸してくださる。それは守護の力だったり攻撃を高める力だったりする。歌の種類によって神々から与えられる恩恵はいろいろあるのだ。

 私は七歳くらいからあにさまと共に戦場に立っていた。といっても私の力は他の人の力を高めるものなので後方への布陣となり比較的安全だ。

 一方のあにさまは剣の達人だ。

 その能力故に立ち位置は常に最前線となる。


 まだ幼かった頃、数百という妖が一週間続けて出現するという大災害が起こった。それは稀に見られる現象で百鬼夜行と呼ばれているが、その被害は甚大だ。

 私たちの両親が主導して都の防衛に当たったのだが連日の攻防に怪我人が続出し、あと数日続いたならば響は滅んでいたかもしれないぎりぎりの状態だったという。

 百鬼夜行が始まって数日後、主だった守備隊の面々が殆ど倒れてしまい、まだ幼い私までが駆り出される事態となったのだった。


 幼い私の歌は拙く、まだ神の加護を得られるような技量に到達していなかった。出来ることは精々小さめの妖の攻撃を防ぐ結界を創ることと、味方の攻撃力を多少上げることくらい。それでもないよりはいい。

 だが私は初陣の緊張と恐怖のためすっかり萎縮していた。門を隔てたすぐ側に妖の大群がいる。そしてその中であにさまが一人孤軍奮闘していたのだ。

私はあにさまの身が心配で歌に集中できず守護結界を作ることに失敗してしまった。そのせいであにさまは妖を押し返すことが出来ず、門を破られてしまった。

「あにさま!」

 あにさまは命を賭してでも門を守ろうとして妖の前に立ち塞がった。巨大な蟷螂のような姿の妖を前にあにさまはあまりにも小さく無力に見えた。蟷螂が、振り上げた鎌をあにさまへと振り下ろすその瞬間、私は無我夢中であにさまの元へと駆けた。

 あにさまが危ない!

 やだやだ。いやだよ。

「香紅夜!?来るな!!」

 あにさまの制止も耳に入らなかった。ただただあにさまを守りたかったのだ。

 蟷螂はまろび出た小さな私に興味を示した。私はその時漸く自分が妖の前に飛び出してしまったことに気付いた。妖の巨大さに瞬時に恐怖を感じ、愚かにも凍り付いたようにその場に立ち止まってしまった。

「香紅夜!!」

 蟷螂の鋭利な鎌が振り下ろされる。私はそれを時間が止まったようにただ見つめることしか出来ない。

 鎌に切り裂かれる、と覚悟した直後、どんっと衝撃が私を襲った。

 あにさまが飛びつくように私を抱えて一緒に転がったのだ。

 直前まで私が立っていた場所に蟷螂の鎌がざくりと突き刺さる。

「香紅夜、立てるか!」

 素早く身を起こしたあにさまに手を引っ張られ、立ち上がる。

「あ、あにさま」

 泣きそうになる。あにさまの片方の腕の袖は肩のあたりでざっくりと裂け、血が筋状に垂れ流れている。

「大丈夫だ、香紅夜。おまえは俺が守る」

 あにさまは何も心配いらないというように鮮やかに笑った。こんな時だというのに私はその笑顔に見惚れた。太陽のように眩しくて温かいその笑顔に私は心を奪われたのだ。

 あにさまは私を抱えて走り出した。その横顔に迷いはなく、私を抱える腕は温かかった。


 その後すぐ大人たちが駆け付けてくれてなんとか封印を結び直し、妖の侵入を防ぐことが出来た。

 あにさまが時間を稼いだお蔭で響の滅亡を凌ぐことが出来たのだった。……私が余計な真似をしなければあにさまが怪我をすることもなかったのだけど、その時の私は無我夢中で冷静な思考など持ち合わせていなかったのだ。

「香紅夜を守ろうとして自分でも驚くほど勇気と気力が湧いたんだよ。一人だったら持ちこたえられなかった」

 妖への恐怖心とあにさまの怪我への罪悪感から泣きじゃくる私にあにさまはそう言って優しく慰めてくれた。

 あにさま、あにさま。

 ごめんなさい。ありがとう。言葉は胸に痞えわぁわぁと泣き声しか出せない。

 そんな私をあにさまはずっと抱きしめてくれたのだった。



***


 あにさまを護りたい。

 でも歌おうとすると蟷螂の妖を思い出してしまい、恐怖で声が出せなくなった。

 そんな私をあにさまは毎晩抱きしめて背中をあやすように撫でて一緒に眠ってくれた。

「香紅夜、大丈夫だよ。無理して歌わなくていい」

 あにさま。大好き。

 あにさまの腕の中は世界で一番安心できる場所だった。


 私が自然に歌えるようになったのはそれから一月ほど経った頃だろうか。

 胸の底からあにさまを護りたい気持ちが泉のように湧き出して、口から歌が溢れ出た。

 あにさまはとても喜んでくれた。

「香紅夜の歌はとても美しい。香紅夜の歌を聞くと力が湧く。……本当は危険な戦場に連れて行きたくないけど、香紅夜がいると心強いよ」

 私はあにさまのために歌おうと決めた。


 毎日欠かさず歌を歌った。あにさまが喉にいいからと蜂蜜生姜湯を作ってくれて、私はそれが大好きになった。



 それから程なくして私は神の声を聴いた。


――よい声だ。褒美を遣わそう――


 天を覆う雲が切れて光の梯子が地上へと降ろされた。私は導かれるままに梯子に手を掛けた。すると瞬きした次の瞬間、私は朱色の屋根と白い壁の建物の前にいた。


「どこ…?」

「ここは天界だよ」


 先ほど聴いた声だと分かった。振り返ると純白の長い髪と真紅の瞳の綺麗な人が微笑んでいた。


「おまえの歌は私を酔わせた。滅多にないことだ。だから加護をあげる」


 また瞬きして目を開けた時には元の場所に戻っていた。

 一瞬の白昼夢。本当にあったことだったのかも定かではない程の刹那。

 それが神との邂逅だったのだと理解したのはその夜あにさまと話した時だった。

「香紅夜は神と見えたのかもしれないね」

 それが正しかったのだと分かったのは、その後の戦闘で私の歌が今までにない威力を発揮したからだ。

 結界はより強固となり、あにさまの剣撃は重さと鋭さを増した。

 大勢の術者が巨大な妖になぎ倒された時、私の悲痛な声を聞いた神が光の梯子を下ろして傷を癒してくれた。


 私はあにさまの力になれている。そう実感出来た。それが涙が出るほど嬉しかった。






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