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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
3章 帝の檻

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 目を開けると見知らぬ天井があった。

 ここは……。

 私がぼんやりしていると、女性の声がした。

「お目覚めですか、香紅夜さま」

 聞き覚えのない声だ。私が声のした方へ視線を向けると、三十代くらいの落ち着いた雰囲気の女性が微笑んでいた。

「貴女は……」

 私が上半身を起こしながら訊ねると、女性は丁寧にお辞儀をした。

「わたくしは穂積と申します。香紅夜さまのお世話をさせていただきます。どうぞ何なりとお申し付けください」

 世話係?

 私は少し混乱していた。

「あげはさんは?それにここは…」

 穂積さんは少し困ったように眉を下げた。

「こちらは内裏でございます。……香紅夜さまの新たなお住まいになります」

 私は状況を一気に思い出した。

 そうだった、青焔さんと話していて気を失ってしまったんだ。

 でも暢気に気を失っている場合じゃなかった。帰らなきゃ。

「私、帰りたい。瑚白のところへ帰らせて下さい」

 既に私の帰る場所はあの夢の世界ではなく瑚白の元だった。私は布団を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。けれど穂積さんは申し訳さなそうに頭を下げた。

「香紅夜さま。それはお諦め下さい。香紅夜さまは既に主上の妃となられたのです」

 ――――え…?

「主上は香紅夜さまのどんな望みもお聞き届け下さいます。ただし瑚白さまのこと以外は、です」

 私は呆然と立ち尽くした。

 また眩暈で倒れそうだ。――でもそれどころじゃない。

 私はお腹に力を入れてぐっと踏ん張った。

「――帝に会わせて」

 自分でもびっくりするくらい低い声が出た。穂積さんも少し慄いていた。でも構うものか。

 青焔さんに対するちょっとどころじゃない怒りに燃えていたため、私はいつになく強気だった。




「香紅夜。嬉しいよ、私に会いたいって――ぐっ」

 にこやかに室内に入ってきた青焔さんにつかつかと近寄ると、彼のお腹に思いっきり鉄拳を叩き込んだ。

 目の端に蒼白になっている穂積さんが映ったけれど構うものか。このくらいしないと私の怒りは収まらないのだ、ととことん強気だったけれど、青焔さんの後ろに付き従っていた衛士が殺気立って私に向かって来たところで我に返った。

 まずい、と思った――その時。

「控えろ」

 青焔さんが鋭く制した。

「――香紅夜」

「……私を帰して」

 若干後ろの衛士に怯みながらも青焔さんに対してはあくまで毅然と要求を伝えると、彼の手が私の手首を掴んだ。

「――思い出したのかい?」

「……え?」

 何故かぞくりと背筋が粟立ち、反射的に私が一歩下がると、青焔さんが一歩前に出た。その顔は妙にキラキラと輝いている。

「いい一撃だった。さすが香紅夜だ。惚れ直したよ」

 貴方、ドМですか――!!

 嬉しそうな青焔さんに私の頬が引き攣る。殴っておいてなんだけど。

「知りません、帰りたいって言っているでしょ!」

 私が青焔さんの手を振り払うと青焔さんは真顔になった。後ろに控えていた衛士に目線で命じて人払いすると私と向き合って立つ。

 瑚白程ではなくとも青焔さんも背が高い。真顔で見下ろされると少し怖い。

 な、何よ、負けないぞ。

 私が拳を握りしめた時だった。

「瑚白と契りを結んだ?」

 青焔さんはとても真剣な表情だった。

 ちぎり。私は何のことだろうと首を傾げそうになったが、婚姻のことかなと閃いた。やっぱり青焔さんはそのこと知らなかったのかな。

 私はこくんと頷いた。

「そ、そうよ…。だから貴方の妻にはなれません」

「瑚白…殺す……」

「え、……えぇ!?」

 青焔さんから物凄く物騒な言葉と冷ややかでどす黒い気が放たれる。怖い。空耳と気のせいだと思いたい。そのまま部屋を出て行こうとしたので私は慌ててその背中に飛びついた。

「待って!どこに行くつもり!?瑚白に何かしたら許さないからね!!」

 まさかとは思うけれど本当に瑚白を殺しに行くつもりなら阻止しないと!いや、冗談だよね?冗談だと思いたい。でも青焔さんの顔が怖すぎる!

 私は青焔さんを引き留めようと必死のあまり、形振り構っていられず彼の帯に手を掛けて力任せに引き解いた。これで縛り上げてやろうとまで考えていた。

「香紅夜」

「行かせないから!」

 青焔さんが振り返って私を見た。少し困ったような表情だけれど先ほどのどす黒さはない。

私が思わず肩の力を抜くと、青焔さんはくすっと笑った。

「私を誘惑しているの?」

「ゆ、誘惑!?」

 予想だにしない言葉に私が素っ頓狂な声を上げると、青焔さんはからかい混じりの声で私の手にある物を指さした。

「解かれてしまった。大胆だね、香紅夜」

 私の手にはしっかりと青焔さんの着物の帯が握りしめられていた。

「…!いや、これは!!」

 貴方を縛ろうとしていました、なんて言ったら余計彼を喜ばせてしまいそうだ。私が言葉に詰まっていると、一瞬のうちにくるりと反転した青焔さんに抱き上げられていた。

「青焔さん!?」

 そのまま寝具まで運ばれ、とさりと仰向けに倒される。覆いかぶさるように青焔さんの身体が私の身体を押さえ付けて動けない。

 これはまずい体勢な気がする!

「待って、違う!誤解!」

 私は必死に手足をばたばたさせて逃れようとした。でも全然びくともしない。細見に見えるけれどやっぱり男性には敵わない。

「やだ、やだ、こはく」

 恐怖と混乱から涙が零れる。

「――香紅夜」

 不意に優しい声で名を呼ばれた。青焔さんは私を落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でた。

「……泣かないで。何もしないから」

 そう言う青焔さんの方が泣きそうに見えた。切なげで、でもとても優しい表情。

……初めて青焔さんの瞳を正面から見た気がする。とても深い藍色だけれど、澄んでいて綺麗。

「……止まったみたいだね」

 目元を拭われて、いつの間にか涙が止まっていたことに気付く。青焔さんの瞳に見惚れていたのだと自覚して、狼狽する。

「…香紅夜。私のことが嫌い?」

 青焔さんの声はとても優しい。けれどその瞳は哀し気に伏せられ、秀麗な貌は憂いに翳っている。胸がぎゅっと締め付けられる。そんな顔をさせたのは私なのだろうか。

 ……青焔さんのことを嫌っているわけじゃない。……そもそも会ったのはこれで二回目だし、好きも嫌いもない。

 私が微かに首を横に振ると、青焔さんは劇的に元気になった。萎れた花が生き返ったかのよう。笑顔が眩しい。

「よかった」

 う、美しい。心なしか青い髪がきらきらと光り出したように見えてしまう。星を散りばめた夜空のよう。

 今なら聞いても大丈夫だろうか。

「青焔さん。……瑚白に酷いことしないよね?」

 途端に青焔さんが真顔になった。

 うっ。藪蛇だっただろうか。

 鼻と鼻がくっつきそうな距離で見つめ合う。

「香紅夜。瑚白の名ばかり呼ぶね」

 切なそうな苦しそうな瞳を向けられて私の胸がどくりと鳴る。青焔さんは何かを堪えるように一瞬きつく目を瞑った。

「――次に瑚白の名を口にしたらお仕置きするよ」

 ……は?

 彼は一転してにっこりと、少し意地の悪い笑みを浮かべて私を試すように見つめていた。

 

 お仕置きって何よ。

 聞きたいけれど今敢えてもう一度瑚白の名を口にして試す勇気は私にはなかった。だって何か青焔さんの雰囲気が妖しい。ぞくりとするような色気と狂気を宿した目に本気を感じる。ちょっと怖い。

 私が何も言えずにいると、青焔さんは顔を斜めに傾けて――私の頬に…口付けた。

「!?」

 思わず片手で頬を押さえる私を見て青焔さんは吹き出した。

「香紅夜、真っ赤になってる。可愛い」

「だ、誰のせいだと」

「私のせいだね?だとしたら嬉しいな」

「……!!」

 青焔さんは蕩けるような笑みを浮かべると気が済んだのか、身体を起こした。

 私はぼんやりと青焔さんを目で追う。青焔さんはちらりと私を見ると、腕を伸ばして私の前髪をくしゃりとかき混ぜた。

「香紅夜。いつも私のことを考えていて」

 そう言い残して青焔さんは退室した。







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