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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
3章 帝の檻

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 牛車には葵さんが待ち構えていた。私が中に入ると唇の端が不満げに歪んだ。

 ……私は望んで行くわけじゃないのにな。少なからず葵さんに対して理不尽だと怒りを覚える。嫌われている理由も分からないから余計に。私を、というよりは香紅夜さんに対する感情なのだろうと思うけれど別人だと言えない立場なのでどうしてとも聞けない。

 橘さんは牛車には乗らずに馬に跨り、牛車を守る騎士のように付き従うようだ。どちらかというと騎士というよりは監視役なのだろうけれど。



 屋敷の外に出るのは妖を見たあの夜以来だ。昼間に出るのは初めて。でも誘拐されているも同然の状況なので全くわくわく出来ない。

 同乗している相手は不愛想だし。

 牛車は気まずい沈黙を乗せてゆっくりと動き出した。

私は小窓から外を眺めることで憤りと不安をやり過ごすことしか出来なかった。


 響の街中は賑わっていた。商店の並ぶ通りを横切るときに垣間見えたのは活気溢れる人々の営み。

 ……こんなにも沢山の人がいたのかと少し驚いた。瑚白の屋敷では瑚白とあげはさんの他は侍女さんたち数人としか接していなかったから。

 街中の人々の服装は動きやすさを重視した簡易の着物だった。色は渋めの茶色や濃い藍色など。

 物珍しい景色に少しばかり気分も紛れた。


 響の街中を通り抜けて暫くすると、堀に囲まれた広大な敷地が見えてきた。あれが帝の坐す御所だろうか。

牛車はそのまま石造りの橋を渡って巨大な門を潜った。


 建物の横に寄せられ、車が止まると、橘さんが御簾を上げた。

「ここで降りて頂きます」

車から降りるとそこにはずらりと同じ衣装を着た女性が並んで頭を下げていた。大層なお出迎えだ。

少し怯みそうになるも、後ろには葵さんが控えている。後ずさることも叶わず立ち竦む僅かな間に女性たちに取り囲まれ、退路は断たれてしまった。

私は彼女たちに挟まれて建物の側廊を延々と歩かされた。

 内裏は恐ろしく広かった。

 


「この中へお入りください」

 漸く目的地の部屋に辿り着いたようだ。女性たちは立ち止まり、私だけ中へ入るよう促された。

 私だけ?途端に緊張が走る。

 ……うう、行かなきゃダメですかね。

 入口の一番近くで橘さんがにっこりと有無を言わせない笑顔を浮かべている。

 ここまで来て引き返す選択肢などあるはずがなかった。私は腹を括って室内に足を踏み入れた。


 私が室内に入ると同時に妻戸が閉じられた。……閉じ込められた感が半端ない。

 部屋は縦長で広かった。四十畳程はあるだろうか。奥は一段床が高くなっており、御簾で囲われていた。…あれは玉座ではないだろうか。

 私が立ち尽くしたまま御簾を凝視していると、御簾がするすると巻き上げられ、玉座に座っていた人物が露わになった。

 うわ、ちょっと待って!立ったままでいいのだろうかと今更ながら焦っていると、聞き覚えのある声に名を呼ばれた。


「よく来たね、香紅夜」

 にっこりと爽やかに微笑むその人に私は目を見開く。

「…青焔、さん?」

 正装だろうか。紺青地に金の刺繍が施された豪奢な衣裳に身を包んだ青焔さんは青い髪を梳き流し、宝石のついた冠を被っていた。

 と、いうことは。

「つまり…青焔さんが……帝?」

「そうだよ、香紅夜」

 そう言って青焔さんはくすっと楽しそうに笑う。

 み、帝だったんだ!びっくりして呆然としてしまう。

「瑚白がなかなか君に会わせてくれないから少々強引に事を運んでしまって悪かったね」

 あぁ、そういう事か。

 私は瑚白と青焔さんが睨み合っていたことを思い出し、すんなりと納得した。

 青焔さん相手だから瑚白は傍若無人だったのだ。いや、それが正式に許されていることなのかは分からないけど。でも今目の前にいる青焔さんからは虚仮にされたとか侮られて憤慨している、という感じは受けない。

 初めて会った時と同じ、穏やかで柔らかな物腰のままだ。

 なんだ、よかった。帝ってもっと怖い人だと思っていた。

「…あ、帝だから青焔…さま?」

 私が慌てて言い直すと青焔さんはふわりと微笑んだ。

「畏まる必要はないよ。記憶喪失になる前の香紅夜は呼び捨てだったし」

 あ、そういえばそんなこと言っていたような。……というかもっと酷い呼び方だった気が。

 香紅夜さんもすごい傍若無人だったのだな、と感心するような、冷汗が吹き出すような心地になった。

 青焔さんは立ち上がるとゆっくりと私に近付いた。見知った人が帝だと知って驚いたけれど何か気が抜けるというかむしろホッとする方が大きかった。私が油断したその隙にすっと音もなく伸ばされた青焔さんの腕に引き寄せられ、気付いたら私は彼の胸に抱きしめられていた。

「…え」

「香紅夜。私の花嫁」

 …………え?

「体調がよくないと聞いて心配していたけれど、この間の夜の活躍を見ればもう大丈夫みたいだね。延期になっていた婚礼をやっと挙げられる。嬉しいよ」

 えぇ――――――!?

「ちょっ、待って青焔さん!?私の夫は」

 というか「香紅夜」さんの夫は瑚白じゃ…。私が顔を上げると青焔さんの綺麗な藍色の瞳が優しく細められた。

「まだ記憶が戻っていないのかな。でも焦らなくていいよ。ゆっくりと思い出せばいい。私たちは生まれた時から婚約していたんだよ」

 私は絶句した。

 ……どういうこと?香紅夜さんは瑚白の妻ではないの?

「香紅夜。思い出せないならそれでもいいよ。出会いから始めよう。君は少しずつ私のことを知っていけばいい。……だから今日からここで一緒に暮らそう」

 ぎゅうっと、青焔さんの腕に力がこもる。

 私は思考が麻痺したように何も考えられなかった。

 ……いや、ちょっと待って。

「……一緒に、暮らす……?」

 呆けていてもとても聞き流せない爆弾発言をさらっとしませんでしたか、この人!?

 青焔さんは蕩けるような笑みを浮かべた。

「うん、互いの距離を縮めるにはやはり時間を共有するのが一番かなって」

 照れたようにはにかむ青焔さんはとても可愛いけれど、言っていることが一足飛び過ぎる!ちょっと待ってほしい!

「わ、私は貴方のこと、本当に何も覚えてなくて」

 言いかけた途端、青焔さんが物凄く哀しそうな顔をした。

 うっ。

「……分かっているよ、香紅夜。……でも私はずっと君のことが好きだったし、君が私の花嫁になってくれる日を心待ちにしていたんだ」

 青焔さんは切なそうに微笑んで綺麗な指で私の頬を撫でた。

「……君が私を忘れても、私は君を愛している。……だからもう一度初めましてからやり直させてくれないか?」


 青焔さんの言葉はどこまでも誠実で真摯で、私は胸が苦しくなった。

 だって私は香紅夜さんじゃない。

 それに瑚白のことがどうしても気にかかる。

 青焔さんが嘘を言っているようには見えないけれど、香紅夜さんは瑚白の妻のはずで。

 だとすると瑚白か青焔さんのどちらかが嘘を言っているのだ。でも瑚白が嘘を言っているとは考えたくない。

 ああ、もうわけがわからない。

「青焔さん、私…一度月読の…瑚白の屋敷に帰りたい。瑚白と話したい。じゃないと私……何が何だか」

 混乱する頭を抱えて私は青焔さんにお願いした。くすっと頭上に笑声が落ちた。私は未だに青焔さんに抱きしめられていたことを思い出した。

「…それは出来ないよ、香紅夜。折角君を手に入れたのに。帰したら二度と会えなくなりそうだ」

 私はぎょっとして慌てて青焔さんの腕から逃れようとした。

 ちょっと待ってよ。それって私を帰さないってこと?

 けれど青焔さんは離してくれない。私も二日間も眠っていた後に目覚めたばかりで思った以上に身体が弱っており、力が出ない。

「大人しくして、香紅夜。君の気持ちが私に向くまで無理強いはしないから。だけど……瑚白には会わせない」

 どうして。

 私が非難の眼差しを向けると、青焔さんは少し拗ねたように眉根を寄せて横を向いた。

「……君は瑚白を慕い過ぎだよ。私の花嫁なのに。……だからダメ」

 ……いや、「ダメ」って。

 美しい人が拗ねるってなんというか超絶可愛いな、と私はその破壊力に慄いた。……だけど惚けている場合ではない。花嫁と言われても、「香紅夜」さんは既に瑚白の嫁のはず。まさか青焔さんはそれを知らないのだろうか。

「青焔さん、瑚白は私のお…」

 夫、と続けようとした私の唇に青焔さんの指が押し当てられた。

「香紅夜、瑚白のことは忘れるんだ。いいね」

 深い藍色の瞳が憂いを湛えて私を哀しげに見つめる。どうしてそんな瞳を私に向けるの?

「……瑚白のことを忘れるために、異界へ渡ったのだろう?」

「――え……?」

 青焔さんは優しく微笑んで私を深く抱きしめた。

 私は胸の奥から何かがざわざわと全身を駆け巡るのを感じた。

 ……瑚白を、忘れる……?

 胸の奥の一番深いところから埋もれていた感情の箱が浮上してくる。

 待って、これは何……?

 唐突に涙が溢れる。わけがわからない。嫌だ、怖い。知りたくない、思い出したくない。

 無意識に暴れる感情を抑え込み、さらに厳重に箱ごと新たな箱に入れて鍵をかける。

 封印の札も貼る。……なんで私が封印の札をイメージ出来たのか謎だけど、それは自然と現れ、私に安心感を与えた。これでもうだいじょうぶ。

 でも精神の疲労が半端ない。私は眩暈を感じ、意識を失った。







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