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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
3章 帝の檻

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 一先ずあげはさんの追放が解けたところで響の都について瑚白が説明してくれた。

「響は元々魑魅魍魎の跋扈する土地だ。そこを切り開き都を築いたのが帝の祖先。ひいては我らの血族でもある」

 え。瑚白は帝と親戚なの?

「始祖帝の血筋を汲む八家が東西南北・北東北西南東南西の八方の各門を守っている。我が月読家は一番力が強いため鬼門とされる北東を守護する一族だ。この門が一番妖の出現率が高い」

 そんな危険な門を一人で!?

 私は血の気が引くのを感じた。そんな私に気付いた瑚白はふっと安心させるように微笑んだ。

「我が一族の者が術で妖の足を止めていたんだ。それに他の家の者たちも応援に駆けつけてくれることになっている。その前に仕留めることが出来たので手間が省けたが」

 どうやら瑚白一人で戦っていたわけではないらしい。そのことに少しほっとする。そういえばあの時どこかから矢が飛んできたのだった。

「あの矢は後方支援ということ…?」

 私の問いに瑚白は何故か顔を顰めたがすぐににっこりと微笑んだ。

「まぁそういう事だ」

 ……?なんかはぐらかされた気がするのは気のせいだろうか。

 それにしても、あんな妖がしょっちゅう湧いて出るのだろうか。討伐するのが瑚白や各門を守る家の務めということらしいけど…。

「あの…。妖は大丈夫なの?」

「天人の示現があったからな。響は浄化された。暫くは大丈夫だろう」

 なんと、あの光の梯子にはそんな効果もあったのか。


 私が驚き過ぎて呆然としていると、瑚白がふっと眉根を寄せて言った。

「……これにより帝が動いた」

 瑚白の言葉にあげはさんの肩がびくりと跳ねた。

「……瑚白さま」

「あげは。そのことを弁えよ。夢月が夢月のままであれば、平穏に暮らせたのだ」

「…………」

 瑚白の言葉にあげはさんは戦慄いた。顔色は蒼白を通り越して土気色だ。

「あげはさん!?……瑚白、あげはさんに何か温かい薬湯とか」

 私には瑚白の話の意味や重大さはよくわからないけれど、あげはさんの様子を見るとただ事じゃない感じで不安をかきたてられる。


「…夢月さま、申し訳ございません。私は……」


 でも今は彼女を落ち着かせるのが先だ。瑚白に頼んで薬湯を持って来てもらいあげはさんに飲ませる。

 あげはさんの顔色が少し良くなった、その直後。



「香紅夜さまがお目覚めになられたようですね」

 聞いたことの無い女性の高い声が凛と響いた。

入口を見ると、やはり見覚えのない顔の女性がいる。年頃は私と同じくらいだから少女というべきか。ややつり目の勝気そうな薄茶色の瞳の少女だ。少し子リスっぽい。彼女の瞳が私を捉えた途端、眦が吊り上がった気がした。

え?私嫌われている?

「香紅夜さま。主上がお待ちであらせられます。そのままで構いませぬゆえ、今すぐわたくしと共に参内して頂きます」

「え……?」

「香紅夜は目を覚ましたばかりで快復しているわけではない。そんな状態で連れ出そうなど、非道をこの俺が許すはずがないだろう」

 私がいきなり何処かへ連れて行かれそうな事態に驚いていると瑚白が憤りを露わに吐き捨てた。だが女性は意に介さずむしろ挑発的な眼差しを瑚白に向けた。

「……瑚白さまがどう思われようと、主上の思し召しは絶対です。逆らえばいかに瑚白さまといえど、無傷ではすみませんよ」

「そのような脅しに俺が屈するとでも?」

 バチバチっと火花が散ったように見えた。

 ちょっと待って!主上って言ったら、確か帝のことだよね。そんな人に逆らって本当に大丈夫なの!?

 というか帝が私を呼び出したのは……あの歌のせい?

「屈して頂かなくては困ってしまいますね」

 そこへ突如第三者の朗らかとさえいえる優しい声が割り込み、振り返った私は蒼白になった。

 私には見覚えのない男性が矢をつがえて弓を構えていたのだ、瑚白に向かって。その後ろには数人の衛士が同様に弓を構えていた。

「瑚白さま。屋敷の者たちは既に押さえてあります。援軍は見込めません。俺も瑚白さまを血塗れにしたくはありません。ですから……香紅夜さま」

「……はい!?」

 いきなり名を呼ばれてびくりと肩が跳ねた。そんな私に男性はにっこりと微笑んだ。

「貴女がご自分の意志で我々と共に来て下されば、瑚白さまには傷一つ付けないとお約束いたします。貴女もご自分のせいで瑚白さまが死ぬのはお嫌でしょう?」

 死ぬ…?

 というか、彼が穏やかに提案している内容は私が行かなければ瑚白を殺す、ということだよね。

 恐ろしいことをとても穏やかに言うから理解が追いつかないのだけど、目の前に並ぶ衛士たちが矢をつがえているのは紛れもなく事実で。

「香紅夜さま。腕が疲れてきました。間違えて矢を放ってしまいそうです」

 困ったように目尻を下げる男性に私は唖然とした。

 今すぐ決断しないとうっかり矢を射るという脅しですか。

「ふざけるな、橘!」

 瑚白の怒りを孕んだ声が低く響く。私は橘と瑚白が呼んだ男性を見つめた。優しい笑顔を浮かべているが、甘さのない瞳から完全に本気なのだと察せられた。私が首を横に振れば躊躇いなく瑚白を射る。そういう人だと直感した。

 瑚白を仰ぎ見ると、彼は油断なく橘さんを睨み付けていた。

 ……あぁ、ダメだ。

 瑚白は自分が殺されてもきっと私を守ろうとするだろう。針鼠のように背中を矢でいっぱいにして。そして橘さんは顔色も変えずに私を帝の元へ引っ張ってゆくのだろう。

 ……そんなこと、させられるわけないじゃない。

 私は瑚白の前に出た。

 橘さんはおや、という風に微かに眉を動かしたが弓は構えたままだ。

「香紅夜!?危ないから後ろに」

 瑚白が私を引き戻そうとするが私は腕を上げてそれを止めた。そして顔だけ動かして橘さんを見る。

「……帝さんは私に何の用なのですか?」

 こんな強引な手段で人を呼びつけようだなんて、やっぱり帝という地位は人を傲慢にさせるのだろうか。

 あの歌のせいで目を付けられてしまったのだとしたら。

 あの力を利用、されたりするのだろうか。

 利用するも何も、私自身どうやったのか全く分からない状態なんですけどね。

ふるりと震えが身体を走る。……自分の中に眠る得体の知れない力が怖かった。

 私は身構えて橘さんの答えを待った。

 橘さんは涼しい顔でにこりと笑んだ。腕が疲れた様子など微塵も感じられない。

「香紅夜さまのご無事なお姿を確認したいとの仰せです。お倒れになられたことに酷くお心を痛めておられました」

「……え?」

 予想していた理由とはかけ離れていたため、すぐには理解出来なかった。

 パチパチと瞬いてしまう。そんなことのためにこんな弓で脅す真似をするの?

「……随分熱烈な歓迎ぶりですね?」

「その点は暑苦しくて申し訳なく思います。ですがそれだけ主上の香紅夜さまへの想いがお強いのだとご忖度頂ければよろしいかと」

 まったく申し訳なさを感じさせない橘さんの飄々とした態度に呆気にとられる。

 いや、暑苦しいって……。

 私の中で最早帝に対する印象は最低だった。武力で人を脅して呼びつけるだなんて横暴で尊大だ。まぁ、実際尊いご身分ではあるのだろうけど。でもそれが私の無事な姿を確認したいが為、という点を私はどう解釈すればいいのだろう。尊大で横暴な帝像が少しぐらついた。

 普通に呼んでくれればいいのに。

 そんな私の気持ちを読んだのか、橘さんは申し訳なさそうに微笑んだ。

「初めは書にて面会の申し込みを。けれど返事を頂けず、使者も会わせて頂けず門前払い。……このような手段を取るより他になかったのです。ねぇ?瑚白さま」

 ……瑚白がすべて堰き止めていたということ?私が瑚白を見つめると、瑚白はしれっと頷いた。

「帝の戯れに付き合う義理はない」

 い、いいのかなぁ、それで!?

 私は冷汗が背中を流れるのを感じた。

 一番偉い人を敵に回しちゃって瑚白は本当に大丈夫なのだろうか。

 私としては確かに瑚白の配慮は有難い。そんな偉い人にいきなり会いたいと言われてもどうしていいかわからないし、緊張する。でも、瑚白の立場を考えればそんな我儘は許されないのではないだろうか。

「瑚白さま。これは主上のご命令です。拒否は許されません」

 橘さんは聞き分けのない子供に言い聞かせるように軽く眉根を寄せて窘めるように言った。

 その時だった。

 私はどん、と突き飛ばされて倒れそうになったところを瑚白に抱き留められた。

「香紅夜さま、瑚白さま!お逃げください!」

 あげはさんだった。彼女は瑚白の前に立ち両手を真横に広げて文字通り矢の盾になろうとしている。

「あげは!」

 瑚白が叫ぶが、あげはさんは前を向いたまま強く言った。

「どうか香紅夜さまを幸せにして差し上げてください」

 ちょっと待ってよ!まるで今生の別れみたいなこと言わないで。固まる私の肩を瑚白が強く掴む。あげはさんの向こう側で橘さんの表情が硬くなったのが見えた。

「…正気ですか、瑚白さま」

 ぎし、と弓を引き絞る音が妙にはっきりと聞こえた。私は頭の中が真っ白になるのを感じた。ダメだ、これは。挑発や脅しの段階を通り過ぎてしまった。このままではあげはさんが死ぬ。

 気付いたら勝手に身体が動いていた。

 まろぶようにあげはさんの前に出る。

 ダメ、ダメ。

 あげはさんの瞳が見開かれる。瑚白が動くよりも先に私は口を開いた。


「……瑚白、私行く」

「香紅夜!?」

 瑚白が物凄く怖い顔をした。

「橘さん…でしたよね。弓を下ろして下さい」

 私が真っ直ぐに橘さんの目を見て言うと、橘さんもじっと私の目を見た。見極めるように数秒、そしてふっと笑うと弓を下ろした。

「……助かりましたよ、香紅夜さま。実は腕が限界だったのです」

 冗談めかしてそんなことを言う。でもまだ後ろの衛士たちは緊迫した状態を保ったままだ。

「衛士たちを下がらせて」

「香紅夜さまがこちらへ来て下されば」

 その言葉と同時に先ほどの子リスみたいな少女が私の前に立ち、私の腕を取った。

「動かないでくださいね、瑚白さま。香紅夜さまだけでなく、屋敷の使用人すべての命がかかっているのですから」

 少女は勝ち誇ったように笑った。後ろにいる瑚白から殺気が放たれたのがわかった。

「……葵。やめなさい」

 橘さんが少女を窘めるように言う。

「瑚白さまも。香紅夜さまに危害を加えるつもりはありませんから」

「よく言う。弓で脅しておいて」

 瑚白は苦々しく吐き捨てた。私もそう思う。橘さんは私たちを困ったように見ているが、内心は全然困ってなどいなさそうだ。

 葵と呼ばれた少女に手を引かれて私は橘さんの正面に立たされた。葵さんは容赦なく私の手首を掴んでくれて、手首には赤い跡が付いている。それを見て橘さんは溜息を吐いた。

「……申し訳ありません、香紅夜さま。葵が乱暴で」

「兄さんが愚図愚図しているからよ。――行きましょう」

 葵さんは橘さんを睨み付けて、くるりと踵を返すとさっさと一人で行ってしまった。

……橘さんの妹だったのか。

 私が橘さんを見上げると、橘さんは今度は本当に困ったような表情を浮かべた。

「……妹が失礼しました。ですが貴女に危害を加えることは絶対にあり得ません。そこだけはどうか信じてください」

 失礼なのは葵さんだけじゃなくて橘さんもだけどね。穏やかな物腰だろうと私を脅して連れ出そうとしていることは事実だもの。

 でも帝の指示で私を迎えに来た彼が私を傷付けるつもりがないということは恐らく本当なのだろうと思う。帝の真意がどこにあるのかはよくわからないけれど、私の無事な姿を見たいということだし、一応瑚白の親戚だというから。

「瑚白、ちょっと挨拶したらすぐ帰ってくるから」

 私は敢えて軽い口調で言って微笑んだ。この緊迫した空気を霧散させたい。

 弓を構えたままの衛士たちの前を通って私は屋敷の外へ連れ出され牛車に押し込められた。

 






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