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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
2章 世界の理

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 瑚白が蜘蛛の妖を倒した日から二日間、私は眠っていたらしい。



「夢月!」

 私が目を開けるとすぐ側にいた瑚白が私の名を呼んだ。一瞬の後、私は瑚白に抱きしめられていた。

「よかった…!」

 ちょっと混乱していて私は状況がよく分からなかったのだけれど、噛みしめるように零された言葉に胸がきゅんと締め付けられた。

「瑚白」

 えーと…、何があったんだっけと、記憶を辿って漸く蜘蛛の妖や瑚白が高いところから落ちた情景、天から光の梯子が現れたことなどが一瞬で脳裏に甦る。

「あっ、瑚白、背中!」

 私は彼が妖に背中を抉られたことを思い出した。慌てて腕から抜けようとするけれど、瑚白は離してくれない。

「大丈夫だ」

「嘘!」

「嘘じゃない。……光の梯子に触れて、傷は癒えた」

「……え」

 あの梯子にはそんなすごい効果があったのか。

 しばし呆然としていると、瑚白の指示で侍女さんが薬湯を持って来てくれた。

程なくして医師も呼ばれる。

 簡単な診察を受けて問題がないとお墨付きを貰った。疲れて眠っていただけだろうということだった。確かにぐっすり眠って起きた後みたいな爽快感がある。そして今はとても空腹だ。


 診察も終わって、軽く食事を済ませても、何かが足りないという違和感を覚えていた。ここにいるべき人が不在なのだ。

「瑚白。……あげはさんは」

 あげはさんの名を出した途端、瑚白から怒気が放たれる。うわ、怖い。

 私が少し怯むと瑚白は慌てたように気配を緩めた。

「………あれは追放した」

「……え!?」

 思わぬ返答に私が驚くと、瑚白は切なげに眉を寄せて私の瞳を見つめて言った。

「おまえを危険に晒した。俺はおまえを屋敷の奥へ連れて行くよう命じたのに……あれは侍女失格だ」

「!…違うよ!私が勝手に」

 待ってよ、追放ってそんな。私は夢中で瑚白の袖を掴んだ。

「あげはさんを戻して!あの時、あげはさんが教えてくれなかったら、私は…」

 胸がどくりと音を立てる。

 ……あの時、私の中に眠っていた何かが目覚めて歌をうたった。……私の知らない歌を。それに呼応するように現れた光の梯子。

 あれは本当に私がやったの…?

「夢月」

 瑚白の声にはっとして顔を上げると、心配そうに私を覗きこむ琥珀色の瞳が間近にあった。瑚白の両掌が私の頬を包む。

「瑚白。……私、あの時…」

 心が不安に揺れる。自分のことなのに何もわからない。

 私はぎゅっと目を瞑った。――ダメだ。今は自分のことを不安がっている場合じゃない。

「あげはさんは唯一私を夢月と知っている人だよ。とても親切にしてくれて、私すごく彼女を頼りにしてる。だからお願い。彼女を戻して」

 再度の懇願に瑚白は溜息を吐きながらも折れてくれた。




 瑚白立会いの下、あげはさんと対面することになった。

 瑚白はまだ不機嫌そうだけれど、何も言わず側に居てくれる。

 侍女さんに案内されてあげはさんが入室した。すぐに人払いがされて御簾が下ろされる。

「夢月さま!…よかった、目を覚まされたのですね……」

 あげはさんが泣き崩れるのを見て私は少し驚いた。凛とした彼女が泣くのを見たのは初めてだった。

「…ごめんなさい…心配かけて」

「いいえ、いいえ!……私が悪いのです。あの時、夢月さまをけしかけるようなことを言ってしまって」

 私はなんと声をかければいいのか迷った。

「……私は」

「――お赦しください夢月さま。夢月さまを危険に晒した私にはお側に居る資格が御座いません」

 あげはさんは深々と頭を下げた。

 私は鈍く痛む胸に気付かない振りをして口早に言葉を紡ぐ。

「……あの時、私が行かなければ瑚白は無事ではいられなかった。だからあげはさんは間違っていないよ」

 それがどういうことなのか今は深く考えてはいけない気がする。けれど事実は事実なので私はそれを淡々と言う。あげはさんを追放になんかしたくない。

 初めてこの屋敷に来た時から側にいてくれて、瑚白以外で唯一私の正体を知っている人だ。気さくで優しくて頼りになるお姉さん。気を抜いてもいい同性の相手が一人でもいることは救いだった。

それに彼女は香紅夜さんのことを知っている。私は香紅夜さんのことをもっと知らなければならない。それには彼女が必要だった。瑚白に聞くのはなんとなく躊躇われるから。

「私はあの時外へ出てよかったと思ってる。危険に晒したといっても、実際には私は無傷だったわけだし。だからあげはさんに戻って欲しい」

 あげはさんは頭を下げたままだ。

「…顔を上げて、あげはさん」

 ぴくりと肩が揺れて、恐る恐るという風にあげはさんが顔を上げる。ありゃ、顔が涙でぐしょぐしょだ。何か布はないかと探したけれど生憎手元には何もなく、仕方ないから自分の袖で拭ったら怒られた。

「夢月さま、いけません!そのような…」

「だってハンカチがなくて」

「はんかち?……そうではなくてですね」

 その時すっと手を上げて瑚白が尚も言い募ろうとするあげはさんを制した。

「…もういい、あげは。夢月に免じておまえの復職を許可する」

「……え?」

 あげはさんがポカンとした顔をした。わぁ、こんな隙だらけのあげはさんを見るのも初めてだ。

「ただし二度目はない」

 瑚白が強めに言うとあげはさんははっとしたように顔を強張らせ、静かに頭を下げた。

「寛大なご沙汰、感謝いたします」

 随分と事が大きくなってしまい、どうなるかと思ったけれどともかく元の鞘に収まったことにほっと息を吐いた。


 暢気な私は全く気付いていなかったのだ。事態は私の与り知らぬところで着々と進んでいたことを。









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