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かぐやのゆめわたり  作者: 桐島ヒスイ
2章 世界の理

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無我夢中で回廊を走り抜けた。邪魔な着物は一、二枚脱ぎ捨てた。

もう!どこへ行ったら外へ出られるの。建物が複雑過ぎて自分が外へ向かっているのか奥へ向かっているのかもわからない。

けれど、どうにか外へと出ることに成功した。

外へ出た途端、生臭い臭いが鼻を刺し、吐き気がこみ上げた。

なに、これ…。

外は闇に塗り込められたように真っ暗だった。

 不意に闇に白いものが翻った。顔を上げると、遙か上空に白い布が浮かんでいるのが見えた。

 よく目を凝らすと、蠢く巨大な黒い何かの上で白い着物が踊るように跳ねていた。あれは人?どくりと胸が嫌な音を立てる。まさか。

 引き寄せられるように私はそちらへ向かう。いくつか通りを曲がるとすぐに大通りに出た。通りには人っ子一人いない。

 正面には大きな門があった。その先は何もなく、そこがこの都の端のようだった。そういえば瑚白の屋敷は響の北東の端に位置すると言っていたっけ。

 その門の外に巨大な黒い影があり、時折白い着物が舞うように見え隠れする。


…瑚白だった。

 夜着のまま、先ほど別れた瑚白が閃光を迸らせながら何かに刀を振るっているのだった。

ひゅっと音を立てて何かが瑚白を襲う。それを瑚白はすべて避けた。細長い平均台のような幅しかないところを器用に駆け回ったり飛び跳ねたりしながら。しかもその平均台はビルの5階くらいの高さにあるのだ。

 勿論命綱なんてない。くらりと眩暈がした。落ちたら一溜りもない。

 闇に次第に目が慣れてくると、黒い何かは巨大な蜘蛛のような生き物…妖と言うべきか…だった。その足の一本の上で瑚白は一人で戦っていた。あんな巨大な化け物と、たった一人で?

 化け物は門の外にいて、巨大な手足をガツン、ガツンと空にぶつけている。空にぶつけているというのに音が上がるのは異様な気がするけれど、何か見えない壁があるようだった。……結界というものだろうか。

 蜘蛛の化け物が動くたびにずんと、地響きがして揺れる。

 地震の正体はこれか!

 暴れる化け物の足を瑚白は舞いながら切り落としていく。

 十メートルくらいある長い足だ。それが地に落ちる度どすんと衝撃が起こる。でも化け物にはまだ何本も足があって、めげずに見えない壁を叩き門の中へ侵入しようとしている。

 瑚白一人では分が悪い。そう思った時だった。

 ピィーと高く澄んだ音が響いた。笛の音だろうか。抑揚をつけて優雅に奏でられている。

 その音はこの荒ぶる場所に場違いなようでいて、けれど一筋の希望をもたらすようでもあった。

 私が戸惑っていると、ひゅっと音を立てて何かが飛来して化け物に直撃した。

 矢だ。直後、ギィィィィィィィと化け物が啼いた。赤く光っていた六つの丸のうちの一つから光が消えた。目だろうか。急所だったのだろう、痛がって化け物が暴れた。さらに第二、第三の矢が続けざまに放たれ、次々と光が消えていく。

「あっ」

 化け物の足が高く上がって、その上にいた瑚白の身体が跳ねた。瑚白は空中で回転して体勢を立て直しながら刀を構えると、最後の赤い光を鋭く突いた。

 化け物の断末魔の叫びが轟いた。だが最後のあがきなのか、化け物の足が瑚白の背中を抉るように引っ掻いた。暗がりの中、黒っぽい液体――血だろう――が迸るのがはっきりと見えた。

「―――――――!!」

 私の心臓が鼓動を止めた。


―――――あにさま!!


 深いところに眠っていた何かが目を覚ます。

 瑚白が落ちてくる。先ほどのように空中で回転して体勢を立て直す余裕はないようだ。このままじゃ地面に激突する。

 私の頭の中は真っ白だった。

 私の心も身体も時が止まったように動かない。けれど身体の奥で目覚めた別の何かだけは私の心理状態に無関係に勝手に動いた。


「――――」


 私の口から不思議な音が紡がれる。それが意味を成す言葉なのかただの音の羅列なのかもわからない、けれど不思議と心地のいい音。抑揚を付けて高く低く、歌うように。そう、これは歌だ。

 自分の声とも思えないような、けれど紛れもなく私の声。

 不思議な気分だった。

 歌っているのは私のはずなのに、別の誰かが歌っているのを私は少し離れたところから眺めているような感覚だった。

 変化が現れたのは私の歌が終わった、一拍後だった。

 そんなに長い時間ではなかったと思うけれど、数時間経ったようにも感じて、一瞬私は今がどういう状況だったのかを失念していた。

 暗かった空、雲に覆われた部分が僅かに開き、光の梯子が降りてきた。

 梯子が降りてきた雲の切れ目の中に夢の中で私に勾玉のアクセサリーを付けてくれた侍女さんを見た、気がした。

「…!?」

 ま、まさかね。

 梯子はすっと瑚白の側に降りて来て、落下していた瑚白は咄嗟にその梯子に掴まった。

 瑚白、落下の途中だったー!一気に状況を思い出し蒼褪めたが、梯子があるから大丈夫、と気付く。

 よかった、と安堵した直後、梯子は消えた。

 瑚白は地面に落ちた。けれど、勢いが消されて、体勢も立て直していたため、綺麗に着地出来たようだ。

 この時漸く私の金縛りが解け、足が動いた。無意識に瑚白の元へと走り出していた。


「瑚白!!」


 駆け寄った私に瑚白は驚いた様子で目を見開いた。

「香紅夜…!?」

「よかった、無事でー!!」

 私は勢い余って瑚白に抱き付いた。もう、心がいろいろ振り切られて遠慮も何もなかった。彼が無事なことがただ嬉しかった。

 背中に回した手が、着物の切れ目から彼の素肌に直接触れて、私は瑚白が化け物に背中を抉られたことを思い出して蒼褪めた。

「あっ、背中…」

 慌てて飛びのこうとするも、瑚白の腕が強く私の身体を抱き寄せた。

「瑚白」

「…香紅夜」

 その声には逆らえない響きがあった。瑚白の腕には有無を言わせぬ力強さがあった。

どうしてだろう、この腕の中は世界で一番安心できる場所だと思うのは。

 背中は大丈夫なのかとか、私は香紅夜さんじゃないよとか、聞きたいこと、言いたいことは沢山あるのに、私は心の底から安堵していた。

「香紅夜…?」

 瑚白の声が聞こえた気がするけど、その時既に私の意識は半ば夢に飲み込まれていた。





***


「…香紅夜」

 青焔はぽつりと小さく彼女の名を呟いた。

 巨大蜘蛛の妖から幾らか離れた場所から笛を吹いたのも最初の矢を射たのも青焔だ。笛の音は妖の動きを止める。そこへ正確に矢を放つ、遠距離攻撃が青焔の仕事だった。彼の後ろには一列に並んだ数人の弓士がおり、第二、第三の矢は彼らが射た。

彼らは今建物の屋根の上にいた。ここからでもはっきりと見えた。天人の示現があったことが。

香紅夜が力を使ったのだ。ならば瑚白は無事だろう。

ほっと息を吐く。

自分の放った矢で瑚白が死ぬのは寝覚めが悪い。最近の瑚白は香紅夜を閉じ込めて、独り占めして、青焔を邪険に扱い過ぎだったが、だからといって殺したいわけではない。

瑚白が今香紅夜の側から離れたがらないのも仕方のないことだと分かっている。今しばらくは目を瞑るつもりだ。

「…だけど。状況が待ってくれないだろうね…」

 先ほど出現した巨大蜘蛛の妖。

 都の結界が弱まっている。香紅夜の不在が響いているのだ。

「記憶喪失とか言っていたけど…。一度ちゃんと話さないといけないね」

 青焔は目を細めた。先日会った「香紅夜」のことを思い浮かべる。

 姿かたちは間違いなく香紅夜だが、中身は全く別人だった。

「異界から戻ってくるときに入れ替わったのか」

 だが、先ほどの天人の示現は香紅夜の力だ。

 青焔は口の端に笑みを浮かべた。

――面白い。

 あの「香紅夜」が何者なのか。正体を突き止めてやろう。


「主上。そろそろお戻りを」

 屋根の下から近衛司の青年が声をかけてきた。

 青焔は鷹揚に頷いてひらりと屋根から飛び降りた。

「香紅夜に文を。会いたいと伝えてくれ。君の歌に見惚れたと」

「御意に」

 今度は瑚白が邪魔をしてきても、帝という自分の権力で香紅夜を無理矢理にでも呼びつけるつもりだ。

「瑚白はどう出るかなぁ」

 青焔は楽しそうに笑った。



 ――その声――

 雲井を響かして 此世の外まで澄みのぼりて

 天人も驚かしたまひつべければ

 

 神の示現 被る とぞのたまふ









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