飛師 栞サイド 四話 距離
遅くなってすみません。
今回は少しだけ長めです。
今にして思うと本当は友達以上恋人未満って呼ばれる関係をあたしは望んでいたかもしれない。
今更望んでも後の祭り。
なぜなら告白したあの時のあたしは勢いに乗りすぎて『付き合って下さい』・・・。
ただ後輩として、先輩に甘えたかっただけなのに・・・可愛がって欲しかっただけなのに・・・。
ホント・・・どうしてそれ以上を求めたんだろう・・・。
そして、今は恋人同士って言うより、ペットと飼い主の方がしっくりきてしまう・・・。
でも、小さくなったって先輩が好きなことには変わらない。
孤高でプライドが高い縞 亜来だろうと、小さくて弱くて可愛い縞 亜来だろうと。
小さな先輩を見ているとほんの少しだけ思うことがある。
立場が逆ならいいのに、と。
あたしが小さくなって、巨人の先輩に可愛がられる方が断然いいのに・・・。
小さくなるのは嫌だ・・・でも、先輩があたしを飼ってくれるなら話は別。
今の状況で願っても、無駄なことくらい分かってはいるけど。
右手にあったかい感触がして、目が覚めると驚くべき光景になっていた。
あれほど一緒に寝るのを嫌がっていた先輩が、今、あたしの右手にくっ付いていた。
机の上で眠っていた筈なのにどうやってベッドの上まで?
シャツとパンツだけの寝間着の半目の先輩が頬を赤らめて・・・。
あの先輩があたしを誘惑している!?
「やっぱり先輩ってあたしのことが大好きだったんですね! だったらそんな寒いところにいないでもっとあったかいところに行きましょうよ」
これはチャンスと思い、先輩を捕まえ、パジャマの胸元のボタンを外して、その隙間に先輩を入れた。
「これでよし!」
ボタンを閉じて、先輩をパジャマとシャツの間に閉じ込めた。
先輩の体温を思いっきり感じる・・・すごくドキドキする・・・。
昼間は触られることに酷い抵抗を示した先輩が、全然動じない。
むしろ喜んでいる気がする・・・。
やばい、全然眠れる気がしない。
体も熱くなってきちゃった。
今日は毛布なしでいいや。
今、先輩があたしの胸元にいる。
そして、あたしのパジャマとシャツとブラをその人が出した生暖かい液体によって汚れてしまった。
最初は涙か何かと思ったけど、濡れた部分を見るとそれじゃないということが一目でわかってしまった。
おかげで完全に眠気を奪われてしまった。
あれ、先輩って排泄しない体になってなかったっけ?
それはいいとして・・・これ、朝起きたら先輩、絶対落ち込むよね・・・。
後輩の前でオネ・・・いや、待てよ。これはまたしてもチャンスかも!?
夫婦と言ってもまだ形だけ。未だにあたしは先輩と呼んでいるし、先輩もまだあたしを後輩(もしくは変態)としか見ていない。
その距離を作っているのがそれだとしたら先輩のプライドを徹底的に崩してその認識を改めさせる他ない。
プライドが崩れた先輩は調きょ・・・じゃなくて懐柔しやすい。
そこを狙って色々と仕込めば先輩と距離をもっと縮めれる筈!
本当は今の内に洗って、なかったことにしてあげようとしたけど、それじゃあ一向に距離が縮まない。
先輩、いや亜来ちゃんには申し訳ないけれど現実を受け止めてもらおう。
これも愛のためなんだよ。
あっ、そうだ!! 朝、亜来ちゃんにキツく当たろう。それで亜来ちゃんも自分のしたことをもっと思い知るに違いない。
さて、計画を立てたところで・・・あたし、このまま寝返りも出来ずに朝までこの状態で過ごさないといけないんだよね。
あたしは亜来ちゃんと違って寝る前にトイレを済ませているので心配ないんだけど、でも濡れたパジャマのまま過ごすのは・・・苦痛だった。
どうやら先に現実を受け止めなければならないのはあたしみたい・・・。
・・・現実と言えば・・・。
「お姉ちゃんに見られちゃったな・・・」
誰にも見せずにこっそり亜来ちゃんを飼うつもりがお姉ちゃんに見つかったことで早くも野望が崩れてしまった。
勿論、お姉ちゃんの行った所業を許すつもりはない。
「言いふらしたりはしないと思うけど・・・。やっぱり今後のあたしと亜来ちゃんの弊害であることは間違いないよね・・・」
恋人と家族なら、迷わず恋人を選択する、それがあたし。
これもお姉ちゃんの教育の賜物。
「・・・さて、どうしようかな・・・」
そして翌朝。
『こ、ここ、これはわ、わ、わ、私じゃないわ!? な、ななっ、何かの間違いよ!? そ、そう、思い出したわ! 昨日飲んだスポーツドリンクに魔女が媚薬を仕込んだのよ!! これはその副作用なのよ!? 決して私じゃないわ』
先輩は起きるなり、支離滅裂な言い訳をしていた。
「見苦しい言い訳は返って自分を貶めますよ?」
証拠のパンツを近づけると、『いやぁ、見せないでぇ』と目を逸らした。これはこれで可愛い。
ちなみに先輩は今、お風呂の時に使用する、小さく切ったタオルを体に巻いて、ベッドの上にいる。
なんか・・・お風呂の時から見ているけど・・・小さいくせに若干大人っぽい体をしているんだよね先輩は。
ないと思っていた胸も掴んでみたら意外と凹凸があったり、かと言って太っているわけでもないし、鎖骨もくっきり見えて・・・。足も細くて綺麗だし・・・。
『うっ・・・私じゃないもん・・・魔女の仕業だもん・・・』
そんな大人っぽい体も、半泣き状態の上目遣いと稚拙な言い訳で台無しだった。
ズルすぎる。こんな可愛いものを見せられたら許してしまうじゃない!?
「何でもかんでも魔女さんのせいにしたらダメです!! あ~あ、いいですよね? 先輩は。小さいことを理由に自分がしたことの後始末をしなくて済むんですから。まあ、ペットの不始末は飼い主がするのは当たり前ですし、別にいいですけど・・・」
しかし、許したい衝動を必死に抑え、可愛い言い訳を容赦なく切り捨てた。
『そ、そんなこと言わなくてもいいじゃない! ひどいよ、栞・・・。私達、夫婦じゃないの!!』
「それとこれとは話が別です。いい加減、自分のしたことを受け止めてください!!」
とうとう自分の口で言ったね・・・先輩。
責めるのはここまでにしておこう。
ちょうど後始末も終わったことだし。
「じゃあ先輩、一緒にお風呂入りましょう? そんな汚れた体でいつまでも我儘言うわけにはいかないでしょ?」
続きはお風呂場で・・・。
『・・・うん・・・』
手のひらを広げて先輩に近づけると、珍しく従順に乗ってくれた。
やっぱり先輩もお風呂に入りたかったみたい。
手に乗るとき、小声で『我儘なんて言ってないもん・・・』と言っていたことも、もちろんあたしの耳は見逃さなかった。
やっぱりプライドが崩れた先輩はちょろ過ぎた。
今朝のことを引き合いに出すと何でも言うことを聞いてくれる。
そんな訳で先輩にペットらしく『きぃ』という可愛い名前を与えた。
由来は『亜来』の来という字からなんだけど、先輩の名前って『アキ』ではなく、『アク』って読むんだよね。
『くぅ』でもよかったけど・・・『きぃ』にした(理由はなんとなく)。
もうこれ以降は先輩とは呼ばない。『きぃ』と呼ぶことにして、心の中では『亜来』(呼び捨て)と呼ぶことにする。
亜来はあまりの惨めな自分を受け入れたくなくて自分の名前を捨てたけど、やっぱりあたしは亜来の恋人。きちんと名前を覚えておいてあげなきゃ。亜来の『悪』の部分も『灰汁』の強さも受け入れる、なんてダジャレを言うつもりはないけど、好きな人の綺麗な部分も汚れた部分も受け入れられるのが恋人でしょ?
今は形だけでも、時間が亜来との距離を縮めてくれる筈。
その亜来は、自分のお気に入りの下着をあたしの不注意(故意)で使用不能にされ、あれからさらに落ち込んでいた。
『私・・・自分からあんな可愛いもの穿くの・・・恥ずかしいの。栞ちゃん、お願い!? 私を着せ替え人形にして!?』
そんな上目遣いで頼まれたらあたしも断れない。
実際は別のことを言ってたんだけど、覚えてないや。
着替えさせているとき、結構暴れていたから最終的には亜来を気絶させて、その間に着替えさせるという強引な手段を取ったけど。
『私はきぃ、私はきぃ、私はきぃ・・・・・・』
目が覚めるなり壊れたロボットのように同じ単語を延々と呟く亜来。
その後、自分のスカートを捲って、下着を確認しては落ち込んで、更には机の手鏡とにらめっこをして短くなった自分の髪を弄っては溜息を吐いていた。
不謹慎ではあるけれどその姿は、小さいながらもやっぱり亜来は女の子なんだなぁと思えた。
しばらくそれを観察している内に眠気に襲われ、あたしはベッドに潜り込み、そのまま眠ってしまった。
「今のあなたが何をしても亜来ちゃんは振り向かないよ」
目を開けると何もない真っ白な空間にいて、何かがあたしに語り掛けてきた。
でも・・・この声、聞き覚えが・・・。
「あなたは自分の声も忘れたの?」
嘘!? あたし? どうして・・・。
「あなたがやっているのはオママゴト。形だけで中身がないの」
その疑問を無視して彼女は語り続ける。
知っているよ、そんなこと。
・・・でも時間が経てばいずれ・・・。
「逆。時間が経てば経つほど、亜来ちゃんはあなたを嫌いになる」
どうして・・・? お前にあたしと亜来の何がわかるの?
「だって、人間と鼠じゃない?」
亜来は人間だよ!!
「そう言うあなたもそう思ってないんでしょ。あなたと亜来ちゃんじゃ価値観も、見ている世界も全然違うんだよ」
それは亜来が小さいからでしょ? それぐらい愛でなんとかすればいいだけじゃない!!
「亜来ちゃんが小さかろうと、大きかろうとそれは変わらない。それにあなたが言う愛だって片思いでしょ?」
・・・亜来だってあたしを愛してるもん。
「口でなら何とでも言えるよ。亜来ちゃんは今、行くところがないからあなたに甘えているだけ。捨てられないために」
だったらあの手この手で懐柔すればいいだけじゃない!!
「・・・ならやってみて・・・成功を祈ってあたしも少し手を貸してあげるよ」
手を貸すって何をする気?
「あなたの悩みの種の一つを排除してあげるね。大丈夫、あたしはあなたの味方。今夜あなたが眠っている間に済ませておいてあげる。どこかの童話に出てくる小人みたいに。明日を楽しみにしていて」
笑っている彼女の声はだんだん小さくなり、やがて聞こえなくなった。
一体何をする気なの?
次の日の朝。
目が覚めた場所はお姉ちゃんの部屋のベッドだった。
そして、重なった大きな青いパジャマの上に立っているお姉ちゃんを見て、彼女が何をしたのかすぐに解ってしまった。
『栞ちゃ~ん!! どうして!? どうしてよ~』
必死で泣きながら訴えるお姉ちゃん。
その姿はもう、あたしの知っているお姉ちゃんではなかった。
手のひらサイズの大きさで甲高い可愛らしい声に、黒くて大きな下着で小さな裸体を必死に隠していて、髪はボサボサで目は赤く腫れていた。
その光景に内心、笑ってしまった。
その下着ごと持ち上げ、あたしの顔に近づけた。
『痛いっ!? 苦しい! もっと緩めてぇ~息が出来ないわ~』
お姉ちゃんは小さな手で必死にあたしの指を押している。
あれ!? 亜来を掴むときと同じ力加減なんだけど。ああ、そうか。亜来より小さいからか。
『ハァ、ハァ、ハァ・・・。どうしてわたしをこんな姿に・・・』
彼女はあたしの目の上のたん瘤を完全に理解していた。
近いうち、魔女にでも頼んでお姉ちゃんを小さくするつもりだったけど、その手間を彼女は省いてくれた。
「・・・決まってるじゃない? お姉ちゃん・・・いや、小折はあたしと亜来の邪魔だもん」
もうこんな小さな人間はあたしのお姉ちゃんじゃない、飛師 小折という亜来よりも小さな動物だ。
『酷いよ、栞ちゃん!? 騙したのね!! あの鼠はもう捨てたって言ったじゃない!?』
そんなこと言ってない。多分、彼女が言った。
「・・・そんな嘘に簡単に騙されちゃって小折は本当におめでたいなぁ~。まるであたしの亜来みたいで可愛いよ」
『あの鼠みたいなんて嫌よ! 今すぐ元に戻してぇ!』
「嫌に決まってるじゃん。あたしの恋人をネズミ扱いするような悪い子を元に戻すわけないじゃん」
その一言で屈辱からか、小折は大声で泣き始めた。
まあ大声で泣いたところで誰にも聞こえはしないんだけど。
当然、あたしは元に戻す方法を知らない。
実際のところ、小さくしたのもあたしじゃないし・・・。
「さて、どうする? 小折。握り潰してほしい? それとも踏みつぶしてほしい? それかあたしに食べられてみる? 小折、とっても美味しそうだしぃ」
下着に隠れた小さな胸をゆっくりかつ、軽く人差し指で突きながら小折を脅す。
『ひぃ~~!? 痛いっ!? やめてぇ!? 何でもするから殺さないで!? お願い、栞ちゃん!!』
それだけで小折は必死に命乞い。
立場的にずっと上だと思っていて、亜来を苦しめた小折の全てをあたしは今握っている。
最高の気分だった。
もちろん、殺すつもりはない。一応姉だし、何より可愛いし。
「・・・じゃあ、殺さない。・・・でも、あたしのペットに適正かどうかテストするよぉ」
『て、適正? テスト? そんなのしなくてもわたしは栞ちゃんのことは何でも・・・』
何か言いかけた小折の口を指でチャック。全く・・・何を言う気だったのよ。
「いいからするの! 小折に拒否権はないの。それで無事合格したらめでたくあたしのペットとして飼ってあげる。もちろん、亜来同様に可愛がってあげるからね。もし、不合格だったら・・・・・・言わずとも解るよね?」
『わ、わかったわ。そ、それでわたしは何をすればいいの? 栞ちゃん』
「う~んとねぇ・・・」
思い付きで言ったので特に考えてなかった。
何がいいかなぁ?
一週間、あたしの玩具として耐えられたら・・・って、小折ってあたしのすることなんでも喜びそうだしだめか・・・あっ、じゃあその逆にしてみようか・・・。
掴んだ小折を部屋の中央のテーブルの上に置いた。
「一週間、この大きなお部屋で生活できたら飼ってあげる。自分がネズミ扱いした子と同じ気分を存分に味わいなさい。それとその間に少しでもマシなお洋服を着ていること。あっ、裁縫道具は後で用意してあげるからちゃんとしてよね。一週間経ってもその恰好だったら不合格で捨てるからね」
『ちょっと待ってよ~、栞ちゃ~ん。せめてこの部屋で一緒に暮らしてよ!! わたしは何をされてもいいから!! お願い! 一人にはしないでぇ~!!!』
あたしが部屋から出ようとすると小折は小人とは思えない大声でそんなことを叫んでいた。
はぁ~、そんな魅力的なセリフ、亜来が言ってくれたらいいのになぁ~。
「ダ~メ!! それじゃあテストにならないの!! 小折はまだあたしのペットじゃないもん。大丈夫、合格してペットになったらちゃんと我儘も聞いてあげるから・・・・・・ある程度は」
それを言い捨てて部屋を出た。第一、小折は『一人』ではなく『一匹』だ。
さてと、裁縫道具を用意しないと。
布は・・・・・・要らないか、パジャマとか下着とかシーツとかあったし、現地調達で大丈夫でしょ。
でも糸と針はちゃんと用意してあげないとね。
あたしのサポートはそれだけで十分だ。
精々頑張ってね、元お姉ちゃん。
学校生活において『席替え』とは人によってはイベントらしい。
気になるあの子と隣になるか、それとも嫌な奴とか、またはどっちでもないやつと・・っていうみたいなもの。
亜来にしか興味がないあたしにとってはどうでもいいイベントだけど、あたしが隣に来るのを心待ちにしている奴もいるわけで・・・。
「わーい! 飛師さんと隣だ。小さい者同士仲よくしようよ!」
この五月蠅い女もその一人。
「・・・小さい言うな! あたしの方が大きいし」
「誤差の範囲だと思うけど・・・」
亜来はあたしがこの学校で一番背が低いと思っているかもしれないけど、それは大きな間違い。
あたしは二番目で、一番小さいのはこの女、施河 雪だ。
黒、というよりは茶色に近いおかっぱ頭で、顔はあたし以上の童顔、その上ガキ。
憎き女、飯島 李可並みに白い肌で、簡単に折れそうな細い手足。何より気に入らないのはあたしより若干胸があるということ。
さすがにロリ顔巨乳・・・ってまではいかないけれど・・・。
「何? 飛師さん、雪のどこを見て嫉妬してるの?」
こいつの胸を見ていたせいか、勘違いされたみたいだ。
しかもなんか勝気な顔しているし、おまけに一人称が雪・・・やっぱり腹立つ。
「違うし、嫉妬されるほど大きくない癖に何言ってんの?」
「一と零じゃ、全然違うと思うけど・・・」
「・・・・・・」
こいつ、ムカつく・・・敵確定。
「と~に~か~く!! あたしはお前と同類扱いされるは嫌だからあんまり関わらないで!!」
「怒った顔も可愛い~。お人形さんみたいで・・・」
「・・・」
お人形、という単語に背筋が凍った。
一瞬、施河の顔が魔女の顔に見えてしまい、本当にお人形みたく小さくされるかと思った。
「どうしたの? 急に鳥肌立って」
「な、何でもない、何でもないから話しかけてくんな」
「え~、仲良くしようよ~」
「ふん」
絶対に嫌だ。
『いいじゃない、仲良くしなさいよ』
「え~、あたしはきぃがいれば充分なのに~」
その日の夜、亜来に学校のことを話した。
普段は学校のことを親や姉に話す習慣はないけど、亜来になら割と自然にできた。
言いふらす心配がないという安心からか、亜来にあたしのことをもっと知って欲しいという願望からなのか・・・。きっとどっちもだと思う。
あたしのことを知ってくれれば、亜来も自分のことを話してくれるかもしれない、という小さな願望も抱いている。
『私は恋人、って設定でしょ。せめて友達の一人くらいは作りなさいよ。・・・・・・その分、私に構う時間も減るし・・・』
「設定じゃないから!? ちゃんとあたし達、愛を誓ったよね!?」
『私は誓った覚えはないんだけど・・・』
相変わらずの否定・・・。今もこうして同じ布団で寝転がっている間柄なのに・・・。
こうなればいつもの手で・・・。
「お風呂の時も夕飯の時も寝るときもこの家に居るうちはずっと一緒じゃない~」
『あんたが私を携帯電話みたく、持ち歩いているからでしょ』
うぅ・・・そう言われたら否定できない・・・。
『しかも、なんでトイレにまで私を持っていくのよ!! 私にとってはまるで拷問だわ』
・・・それで喜ぶのは一部の人間くらいか・・・。
「あたしがトイレに入っている間に害虫や小動物に襲われたらどうすんのよ。安心してトイレにも入ることが出来ないじゃん」
勿論、後付け。
ただ、あたしは常に亜来を手元に届くところに居て欲しいだけ。
でも流石にトイレは不味かったか・・・。
仲のいい同性の友達同士でも、一緒に個室のトイレに入ったりはしないもんね。
『最初からあんたの部屋に私を置いておけば済む話でしょ』
まあ、正論。一応、あそこは亜来にとって一番安全な場所だから。
でも、それだけだ。
「だ~め、学校の時はずっときぃを触れなくて我慢してるもん。朝学校行く前にきぃを一杯触っても昼休みごろにはやっぱり触りたくなるし・・・もう、あたしはきぃがいないと生きていけないの。せめて家に居るときはずっと触らせて」
『それ、もう依存症じゃ・・・』
亜来は震えながら、あたしと距離を開ける。
しかし、あたしはそれにお構いなし。
「うん、そう、それ! やっぱり恋は相手に依存するものだよね。きぃもあたしがいないと寂しいから触られても文句言わないんでしょ」
大体、一人でお着替えをしない亜来が悪いんだし。
『いや、別にあんたに依存してないし、あんたの強引に逆らうことが出来ないだけだし・・・』
「嫌なら、最初の時みたく噛みつくなりして逆らえばいいじゃん・・・・・・そうしたらもっと可愛がってあげるけど・・・」
『小声でも十分聞こえるし、それが嫌だから我慢しているんだけど・・・。まあ、あんたは私にセクハラをしても虐めるようなことは絶対にしないってし、し・・・信じているからよ!!』
「はい、よく言えました。いい子だねぇ、きぃちゃん」
指で亜来の頭を撫でる。
信じてる、か・・・。亜来に言われるとホント嬉しい。
『や、やめなさい!?』
「あっ、ごめん。やり過ぎちゃった」
慌てて、撫でるのをやめた。
亜来は未だ頬を赤らめている。
照れている証拠だ。
『と、とにかくその子と仲良くしなさい。これは命令よ。そうすれば私に依存しなくなるでしょ! ・・・・・・むしろその子に依存してくれた方が私はありがたいんだけど・・・』
何時から命令できる立場になったの!? っていうか、小声で変なこと言わなかった!?
少しムカついたから、反論しよっと。
「・・・友達一人もいなかった寂しがり屋の子が何を偉そうに・・・」
『あんたもでしょ!!』
うん、そうやってあたしの言ったことに一々反応してくるから可愛い。
『大体あんたは私を下に見ているようだけどだけど、年上なのよ、先輩なのよ! 少しくらい命令したっていいじゃない! 私だってこんな屈辱な生活でいっぱい、い~っぱいストレスが溜まってるのよ。そもそもどうして私があんたなんかのペットにならないといけないのよ~! 私はレズじゃないのに。本当なら今頃は自分の家のベッドでぐっすり眠っている筈なのに~。すべてあの魔女のせいよ、あいつが私の前に現れたりしなければこんな屈辱な思いを味合わずに済んだのに・・・。元の大きさに戻ったら覚えておきなさい! あの綺麗な顔グシャグシャにして二度と表に出られないよにしてやるんだから』
あたしなんかまるで見えてないように愚痴り始める亜来。
これ以上からかうと、あたしの亜来が本当にグレてしまう。
よっぽど今の生活でストレスを溜めているみたいだ(恐らく大方はあたしが原因)。
「はいはい、わかったよ~だ。仲良くすればいいんでしょ? あんまり構ってくれなくなったからってこの前みたいに大泣きしないでね」
『しないわよ!! 大体大泣きなんて一度も・・・』
「あっ、お漏らしの間違いだったっけ?」
『し、してない!? してないわよ!? 私はきぃ、私はきぃ・・・もう昔のことは忘れたのよ・・・』
ついからかってしまった。
だって、亜来って面白いように反応してくれるから楽しいもん。
きっとこれがストレスになっているんだろうけど・・・。
「明日はきぃにどんなお洋服を着せようかなぁ・・・」
脈絡のない一言。
『・・・私って生きた着せ替え人形になってない?』
そんな一言だけで亜来は表情を引きつった。
「それ、心外。きぃはあたしが着せ替えだけをしていると思ってるの?」
着信が来た携帯のように大きく震え始める亜来。
『あんたぁ! 私が気絶している間に何してんのよ!! 道理で目が覚めた後、すごい寒気に襲われるわけだわ・・・。この変態!! セクハラ女!!』
「・・・それは秘密。お子様のきぃちゃんはまだ知らない方がいいの」
手のひらに乗せた亜来を指で突いたり、匂いを嗅いだりしているなんてまず言えない・・・。
『あんたの方が十分子供でしょうが!?』
子供扱いに怒ったのか、それとも眠くなったのか、亜来は小さな毛布で顔を隠した。
むぅ~っ、あたしを置いて先に寝る気だなぁ~。そうはさせない。
『こら!! 毛布返せ!! 眠れないじゃない!!』
「こんな時間に寝ようとするなんて、きぃは本当にお子様だね」
『子供扱いしないで!! 今、夜九時過ぎよ。普通に寝る時間じゃない!』
「ププッ・・・」
思わず笑ってしまった。
すると亜来は笑ったな、と言わんばかりにあたしを睨んだ。
だって今時、夜九時に寝る中学三年生って・・・あれ? 亜来って受験生だったはずだよね? そんな時間に寝てて大丈夫だったの?
「やっぱりきぃはお子様だね」
奪った毛布を亜来に被せる。
『私は子供じゃないの!!』
亜来は子供扱いされたくないのか、被せた毛布を払いのけた。
本当に単純。これでもっと話ができる。
あたしが言うのもあれだけど、中学生ってまだまだ子供。
どうして亜来はそこまで意固地になるの?
もしかしてあたしと同類にされるが、嫌とか?
・・・・・・理由はともかく、そこまで否定するなら、こういう話も大丈夫だよね?
「じゃあ、彼氏はいたの?」
『はぁ? 何を言って・・・』
戸惑う亜来を無視してあたしは更に続ける。
「お子様じゃないんでしょ? だったら一人や二人くらい付き合ってたんでしょ? まあ、今のきぃの彼氏枠はあたしだけど」
『ちょっ、いつの間に恋バナに・・・』
「あっ、また赤くなってる。やっぱり居たんだ。それでどこまでしたの?」
『なななっ、何を聞いてんのよ!! ど、どどど、どこまでって、ど、どういう意味よ!!』
その慌てぶり、予想通り。これは面白くなりそう・・・。
「そりゃあ・・・・あっ、あたし子供だからよく解んないや」
知ってはいるけど、面白そうだから知らないふりを通そう。
『嘘だぁ!! 絶対知ってるでしょあんた!!』
「知るわけないじゃない。だってあたしは異性が乳繰り合って何が楽しいのか、さっぱり解らないもん」
『・・・この百合め・・・』
「きぃも人のこと言えないじゃん。あたしが触ると赤くなったり、その小さなお胸がドキドキしているし・・・」
『それはあんたがいろんなところ触るからでしょ、このセクハラ女!! 実はあんた、男なんじゃないの?』
「失礼な!! あたしはちょっぴり百合で健全な十三歳の可憐な乙女だよ!! あと、もうすぐ十四歳」
『どこか健全・・・? ・・・ごめん、さすがに男ってのは言い過ぎたわ。小さい私から見ても、あんまり大きいとは感じないその胸が原因なのよね。うん、悪かった、ごめんね』
憐みの視線で亜来はあたしを見た。
こんな小さい子に同情されるあたしって・・・。
「こら、そこ! 同情しない! 惨めな思いをするのはきぃだけで十分よ!」
あっ、思わず本音が出てしまった。
当然・・・。
『今聞き捨てならないことを言ったわね!! 誰が惨めよ!!』
亜来は見事に激怒して、あたしの手を思いっきり蹴ってきました。
驚くほど痛くないけど。
「はいはい、悪かったですよ~だ。だいだいあたしはきぃと違ってちゃんとブラもしてるんだからね」
『文句はブラを用意しなかった魔女に言いなさい!!』
そう言って亜来はまた、あたしの手を蹴る。
別に文句ってわけじゃ・・・。
「そんな子供用Tシャツとパンツだけしか着ていないお子様が何を言って・・・」
『文句はパジャマを用意しなかった魔女に言いなさい!!』
再び手を蹴ってきた。
文句じゃないんだけど・・・。むしろ亜来があたしに文句を言ってるよね。
蹴りに関しては痛くないから別に気にしてないけど。
「服ならいっぱいあるでしょ。一つくらいパジャマ代わりにすればいいじゃん!」
『できるわけないでしょ! 何気に気に入ってるヤツばっかりなの! 寝間着にすると皺が出来るし・・・』
うわ~、面倒臭い子・・・。じゃあ、なんで着るのに抵抗するし!?
お気に入りは皺にしたくないのは同感だけど・・・。
「あっ、ドレスとか、メイド服とか普段のきぃなら絶対に着なさそうな奴ばっかりだったもんね。似合ってるかどうかは別として」
『・・・別にいいでしょ、誰かに見られるわけでもないし』
「あたしが見てるんだけど・・・」
『別にあんたに見られてもどうも思わないし』
言ってることが無茶苦茶。
見られてもいいなら、なぜ着るのに抵抗する。
『そもそもどうしてクローゼットじゃなくて箪笥なの? 一々畳むのが面倒なんだけど・・・ってか畳み方知らない服までもあるし、これじゃあ着替えにくいったらありゃしないわ』
うちのペットがこのままだとクレーマーになりそうです。飼い主としては悲しいです。
それこそ『魔女に文句を言いなさい』だよ。亜来自身の口で。まあ、言ったら言ったでまた虐められそうな予感はするけど・・・。
『小動物のチビちゃんにも扱えるようにしてあげたのに、クローゼット? 鼠ごときが何をほざいてるの、チビちゃん? どうやらまだまだお仕置きが必要みたいだね・・・』ってみたいな感じで。
あたしの前では恥ずかしいからって着替えないくせに・・・あたしがいない間に自分で着替えて楽しんでるんだよね・・・この子は。ああ、そうか。多分、着替えを見られるのが嫌だからか。
確かに巨人がガン見している状態だったら、あたしも抵抗すると思うし。
「あたしはよくわからないけど魔女さんもこの家の空気に合わせたんじゃない? 亜来は忘れがちだけどここって元はあたしの祖父母の家だったんだよ。結構古いし、この部屋も絨毯敷いているだけで、下は畳だし、あたしも古い箪笥を使ってるし・・・」
割と適当な理由を言っているけど、あたしが思う一番の可能性はただの嫌がらせ、なんだよね。
あれ? なんか話題が反れてない?
「それで・・・・・・彼氏はいたの? うまくはぐらかしたようにしたみたいだけど、あたしには無駄だよ」
『うぅ・・・』
亜来はあたしから目を逸らした。やっぱりそういう計算だったか。本当に悪い子。
「さあ、さあ、だ~れもいないんだし、あたしに話しちゃいなよ! 別に減るもんじゃないし」
『・・・・・・去年、少し・・・』
「・・・それで?」
わざとらしく、亜来に耳を向ける。
『ほら、私も思春期だし、そういう気持ちになることもあってね。たまたま告白されたから・・・』
「ふ~~~~ん、それで?」
更に亜来に耳を近づける。
『・・・・・・とりあえず、付き合ってみただけよ。結局、一、二回デートしただけで別れちゃったけどね』
「・・・で、どこまでしたの?」
『健全で、ちゃんとした、普通のデートよ』
「ちゃんとした?」
『そこ! 変な解釈すんな!! 私は手すら繋がなかったわよ!!』
「なんだ・・・つまらない」
子供じゃないって言い張るくらいだからもっと色んな男と色んなことをしてると思ったのに。
『ええ、つまらない人間でしょ、私って。だからあんたもこんな奴に構ってないでさっさと友達の一人や二人作りなさい』
自虐したと思ったら、それを武器に反撃。なかなか侮れない。
そこまでしてあたしを遠ざけたいのか?
構わなかったら、構わなかったで大泣きしそうな気配がするんだけど。
それとあたしとしてはもう少し自分の魅力に気付いてほしい。
苛めがいがあるということに・・・・・・さすがにそれは言えないけれども。
「あたしとしてはその男とすぐに別れてくれて助かったけど」
『どうせ、そのおかげで私を独占できているから、とかそんな理由でしょ?』
と知ったような口で亜来は言う。大体合ってるけれども。
「それもあるけど・・・。こんな可愛いくて飽きない子とすぐに別れるなんてその男、見る目ないね。本当に別れてよかったんじゃない?」
『・・・へ、へぇ・・・そうなの・・・・・・ちょっと嬉しい』
亜来は顔を赤くして照れている。
同性に言われてそう言う反応するから、百合だと誤解されることにこの子はまだ気付いていない。
「じゃあ、仲良くしてみようかなぁ?」
『もういい加減気付け!! 私とは恋人同士になれないって』
なぜかいきなり亜来が怒鳴ってきた。
何か勘違いしているみたい。
「ちょっ、言い出しっぺが何忘れてんの!? あいつ、施河 雪とだよ。それにもう充分あたし達仲良しじゃん!!」
デレたり、キレたりとホント忙しい子。
それが苛めがいがある理由だってことをきっと本人は知らない。
好きな子ほど苛めたくなる理由が若干解った気がする。
『あっ、そ、そういえばそうね・・・。ごめん、あんたが変な方向へ話を持っていくから完全に忘れてたわ』
何気にあたしのせいにしているし、あたしの後半の言い分を完全にすスルーしているし・・・。
「はいはい、あたしが悪かったよ~だ。認めるから良い子は早く寝なさい」
『はいはい、私はあんたのペット。ペットは飼い主の言うことを素直に聞きますよ~だ』
亜来は更にあたしに向かって舌を出し、『べ~~だ』と捨て台詞を吐いて頭ごと毛布を被った。
そんな亜来にあたしは指でその毛布を突いた。
お返しだ。
亜来の小さな悲鳴を確認すると、あたしもそのまま毛布を被り、そのまま眠った。
あたしが亜来を学校へ連れて行かないのは亜来が学校を拒んでいるのともう一つ理由があった。
一言で言うと・・・悩み。
今の生活は一人になる機会がない。
勿論、今の生活が嫌ってわけじゃない。
ただ、たまには一人の時間が欲しい・・・ってだけ。
悩みというのは彼女が言っていたこと。
今のままでは亜来はあたしに振り向かない。むしろ、もっと嫌いになる。
じゃあ、あたしはどうすれば・・・。
こういうことは亜来がいないときに考えた方がいい。
例の騒動も亜来が少しだけ大人しくなっただけで、距離は未だに縮まらない。
服の着せ替えも半ば強制。
餌付け、というのもあるけど飲まず食わずの体でも生きていける亜来にはあまり効果がない。
それ以前に好きな食べ物とかを聞いても全然教えてくれなかったし。
どんなにあたしから亜来に近づいても、亜来が拒絶したら意味がないんだ。
この片思いを、早くどうにかしたい。
亜来からあたしに擦り寄って欲しい、亜来からあたしに大好きだって言って欲しい。
でもその方法を考えたい。
だから学校の昼休みのこの空き部屋にいる時間は貴重だった。
「へぇ~、飛師さんって昼休みいつもここに来てるんだ。道理でいつもいないわけだ」
あたしは一人、あたしは一人・・・この女なんて知らない。幽霊だ、幽霊に違いない。
「ちょっと!? なに拝んでるの!? 雪はまだ生きてるからね」
「あっ、まだ生きてたんだ」
「何それ、どう意味!?」
正直に言います。施河 雪に尾行されていました。ストーキングされていました。
「あたしは今忙しいの。さっさと出てってくれない?」
「そうは見えないけど・・・? はっ!? まさかここで誰かと逢引きする予定とか?」
「違う!」
「えっ、違う? それじゃあ・・・あっ、ここでこっそりお人形遊びとか? 飛師さん子供っぽいし」
「それも違う!!」
まあ亜来をここに連れてきて遊んだことはあるけれども。
「そんなに大人ぶらなくても・・・。雪だって今もお人形遊び好きだし。フィギュアとかも集めてるし」
「へぇ~そうなの」
適当に相槌。
お人形遊びは見た目通りだけど、フィギュアも集めているのか、コイツ。
「じゃあ、いい歳して着せ替え遊びとかやってるの?」
見事なブーメラン。でも、亜来は人形じゃないし、生きてるし。
「別に好きなことにいい歳も何もないでしょ! そう言う飛師さんも実は好きなんでしょ?」
コイツ・・・、何気にあたしを同類だと思っている・・・(若干、正解と思うのはなんでだろう)。
「あたしをお前と一緒にするな。お人形なんて無機質な物の着せ替えをして何が楽しいの?」
「可愛いからに決まってるじゃない」
「・・・・・・じゃあ、例えばの話。お前の好きな人間が人形くらいの大きさになっても同じことが言える?」
我ながら凄い極端な例え話だった。
「言えない」
施河はきっぱりとそう言った。
そして更に続ける。
「だってそれはもう人形じゃないもん。例えば飛師さんがそれぐらいの大きさになったらもっと可愛いと思うよ。でも、それは人形としての可愛いでも、人間としての可愛いでもなく、子猫とかハムスターとかに使う可愛いの方になるもん」
「・・・じゃあ、お前はそうなったヤツを恋愛対象として好きになれる?」
思い切って聞いてみた。
参考云々は別として、ただ、聞いてみたかった。
その質問に施河は大きく首を横に振る。
「人間と小動物の恋愛が成立すると思う?」
またしてもきっぱりと言い切った。
その瞳は何言ってるんだコイツ・・・と言ってるような瞳。
「・・・・・・やっぱりそうなの・・・?」
やっぱりあたし、変なのかな・・・?
「いやいや、どうして飛師さんがそこまで落ち込むの? これはあくまで雪個人の考えであって、みんながみんなそうじゃないって。 趣味、嗜好なんて人それぞれなんだし。あっ、でも飛師さんだったら恋愛対象までいかなくても、ペットとしてなら大切にするかも」
「それ、同じじゃん」
あたしとしては恋愛対象までいかないなら、どんな扱いでも嬉しくない(まあ、コイツの恋愛対象にされるのは嫌だけど)。
「同じじゃないよ。だって好きでもないヤツだったら問答無用で踏み潰すし」
日常会話のように平然と言った。
施河は意外と残酷だった。
「えっ、それは酷くない? 小さくたって相手は人間なんだよ」
しかし、その言い分に施河は首を傾げた。
「どうして? お人形ぐらいの大きさの時点でもうそれは人間じゃないよね? もし害虫さんが飛師さんの部屋に忍び込んだら、飛師さんだっておんなじことするでしょ?」
「しないよ」
お前と一緒にするな。
「じゃあ例えば、それが飛師さんの大切にしているモノを盗みに来るヤツだったら?」
「・・・・・・」
その質問に何も言うことができなかった。
亜来を攫う害虫だったらあたしだって何をするか、わからない。
「潰す、まではいかなくても何かしらの手段で痛めつけるでしょ?」
「・・・しないよ。そいつが可愛かったらそのまま飼って、そうじゃないヤツは窓から投げ捨てるだけだよ」
だって、潰したら床とあたしの足が汚れちゃうし。
「それも十分酷くない?」
問答無用で踏み潰すと言ったヤツに言われたくない。
更に施河は続ける。
「だって、飼われるってその人に生殺与奪を握られることになるんだよね。それに怯えながら過ごすなんて雪には耐えられない」
その生活に耐えているどころか楽しんでる(?)子がいるんだけど・・・。
わ~い、これで嫌いだった学校に行かなくて済むわ~~、ってこれ、誰?
「あたしは好きな人ならそうされてもいいけどね」
当然、あたしは握る方が好きだけど。
「それは飛師さんが特別なだけ!! 普通は逃げ出したくなるよ・・・って、何空想話で本気になってるんだろう、バカみたい。はい、この話はお終い」
「あっ、その・・・ごめん、変なこと聞いて」
流れで謝ったけど、そもそもコイツがストーキングして、こんな話を振っただけだし、別にあたしに非はないよね。なんで謝ったんだろう、あたし・・・。
「いいよ。雪、気にしてないし」
いや、そこは気にしろ。なんであたしがお前を傷つけた空気になってんの?
「というわけでお近づきの証に貸してあげる」
雪はそう言って、どこからか人形を取り出して、渡して来た。
亜来ばっかり見ているせいか一瞬人間に見えたけど、普通の赤いドレスを着た金髪の少女の人形だった。
「いるか!! だからあたしにお人形趣味はないの!! しかも貸すだけ!?」
それとこんなモノ、学校に持ってこないでよ(またブーメラン)。
「当り前よ。これは雪の宝物だもん。あげるわけないじゃない!!」
なんか、逆ギレされた。
「大事な宝物を知り合ったばかりの人間に貸そうとしないでよ」
人形を返そうとするも施河に拒まれた。
「そこは・・・ほら、そのお人形を雪だと思って・・・」
聞いた途端、寒気が・・・。
「次の日にはゴミ捨て場にあると思うけど、それでもいいなら借りてあげる」
「酷い!! そこまで雪が嫌い!?」
施河は涙目で言った。さすがに言い過ぎたか。
「嫌いじゃないよ、目障りなだけだよ」
あれ、なんか、更に追撃加えたような・・・。
「うん、黄色い声でとんでもないこと言ってるよね、飛師さん。まあ、相手してくれるだけでもマシって捉えよう、うん、そうしよう・・・」
なんか必死でプラス思考になろうとしてる・・・。これはマズイ。
亜来に仲良くする、と言った手前、ちゃんとしなきゃいけないのに、その反対に向かってるよね、これ。
「・・・冗談だよ、普通嫌いな相手にここまで話さないよ。早く一緒に食べよ、昼休み終わっちゃうよ」
「うん、わかった」
さっきの涙目はどこへ行ったのか、と思うくらいの笑顔で施河は答えた。
切り替え早いな。
これもあくまで亜来のためなんだからね。亜来とあたしの距離を縮めるための試練だと思おう。
決して、たまには誰かと一緒に食事したい、なんて抱いたわけじゃないんだから。
その後、結局、人形は押し付けられた。
読んでくださり、ありがとうございました。
次はなるべく早く投稿出来るよう、努力します。




