飛師 栞サイド 三話 懐柔
少しと言いつつ、かなり遅くなってしまい、本当にすみません!!
「その箱、何? 捨てに来たの?」
赤い小箱を持った飯島 李可に改めて聞く。
「これ・・・ここで拾った。 なんか変だったから・・・」
ゴミ漁りなんて絶対にしなさそうに見えるのに・・・。
まあ、確かになんか・・・その箱は不思議だった。
この世の物とは思えないような・・・そんな感じがする。
ひょっとして、それが魔女が捨てた玩具?
「それ、中身見たの?」
「いいえ、まだだわ・・・。開けようとしたときに百合ガキが突然現れたから・・・」
「百合ガキって呼ぶな。さっさと開けろ! そして見せろ!」
先輩に対して乱暴な口調、そして命令形。
失礼は承知の上。でも、あたしを百合ガキって呼ぶコイツに、なんの罪悪感もない。
飯島 李可はあたしを一瞬だけ睨んで、それから箱の中身を開けた。
中を見た彼女は、特に大きな反応せず、ただ目を大きく見開いていただけだった。
そして、中身を取り出した。
「・・・人形・・・?」
亜来ちゃんと同じぐらいの大きさの黒髪の女の子の人形だった。
その女の子が着ている丈の合っていない白色のエプロンドレスはボロボロに破られていて、白いブラやパンツなどが見えていた。
亜来ちゃんはこれで遊んでいたの?
しかし、飯島 李可を首を横に振った。
「違う・・・。これ、生きてる。まるで人間・・・」
触ってみろと言わんばかりに飯島 李可は手のひらに乗せたそれをあたしに近づける。
そっと、摘まんで手のひらに乗せてみた。
目を閉じているそれは生暖かく、柔らかい。
まるで・・・亜来ちゃんを触っているみたい・・・。
もしかしてっと思い、それの胸の部分を触ってみる。
やっぱり・・・動いてる・・・。
「・・・変態・・・」
「別にいいでしょ!! 女なんだから!!」
あたしの始終を眺めていた飯島 李可がボソッと呟いたので反射的に叫んだ時だった。
『きゃっ!?』
手のひらの少女が声を上げたのは。
「あっ、起きた。やっぱり生きてた」
少女はあたしを化け物でも見るような怯えた顔で見上げていた。
ざっと見て高校生くらいの彼女があたしに泣き顔で怯え、震えている。
やばい、この子も飼いたい・・・。
本命がいることを一瞬忘れてしまうほど、あたしは彼女に見惚れてしまった。
その彼女の震えが手のひらに伝わる度に物欲・・・じゃない、人欲(?)が強くなっていく。
心の歯止めが利かなくなったあたしは鞄のチャックを開けた。
しかし、その動作に一瞬目を放した間に彼女の震えが伝わらなくなった。
視線を戻すと、手のひらの彼女はいなくなっていて、その彼女は飯島 李可の手のひらの上にいた。
「・・・やっぱり変態ね、あなたは・・・。いま、この子を鞄に入れて持って帰ろうとしてたでしょ。下卑た顔をしながら・・・」
「あたしそんな顔してないし・・・。あんたこそ、その子をどうするつもりなの!!」
「・・・それは彼女に聞くのが一番よ・・・。・・・起こしてごめんなさい。あなたはどうしたいの?この箱に戻してほしいならそうするけど・・・」
そんなこと聞いてどうするの?
箱に戻りたいに決まっているじゃない。
こんな巨人の世界にいるよりか、小さな箱の中にいた方が安全なんだから。
だから、否応なしに持って帰って、家で飼うのが一番いいに決まっているじゃない。
そしてじっくりと調教していけば・・・くふふ。
しかし、手のひらの彼女は予想外の行動に出た。
『お願い! 私を飼って!! このまま箱の中にいたらあそこに連れていかれてしまうの。あそこだけには行きたくないの!!』
飯島 李可の手の平の上で土下座をし、自分から飼ってくれと嘆願した(飯島 李可に・・・)。
「あなた・・・名前は?」
『真規・・・。菊谷 真規。お願い! あそこに行くのだけは嫌なの』
さっきから彼女が連呼しているあそこって一体何のこと?
「わかった・・・。・・・私は飯島 李可・・・よろしくね、真規さん・・・」
『ありがとう・・・』
彼女は大袈裟と言えるくらい凄い喜んでいた。
亜来ちゃんも見習ってほしいくらいに。
「・・・って、あたし抜きで何勝手に話を進めてんの! その子を飼うのはあたし」
「・・・と百合ガキが言っているけどどう・・・?」
『この人は・・・嫌・・・。何されるかわからないし・・・』
「・・・だそうよ。諦めなさい、百合ガキ・・・」
さっきの怯えがまるで嘘のように、菊谷 真規はあたしを敵意丸出しで睨んでいた。
「さあ、こんな百合ガキ放っておいて帰りましょ」
『うん、そうね』
さっきの敵意がまるで嘘のように、菊谷 真規は飯島 李可を笑顔で見上げていた。
飯島 李可は彼女を自分の鞄にそっと入れた。
「ゆっくり歩くけど苦しくなったらいつでも言って」
『大丈夫。多少のことなら我慢できるから』
そして、あたしを無視して二人はゆっくりと帰っていった。
なんだろう、この敗北感・・・。
いいもん、あたしには亜来ちゃんがいるもん。
帰ったらたっぷりと遊んであげなくちゃ。
家に帰って自分の部屋に入ったあたしは驚愕した。
亜来ちゃ・・・先輩の行動スペース(机の上)が小さな洋服で一杯だった。
しかも先輩が着るのを嫌がりそうなミニスカートとかデフォルメされた可愛い動物や果物が描かれた服ばかり・・・。
さてはあたしがいない隙にお着替えショーでもやっていたな・・・。
その証拠に机に置いてある鏡の周りに服が集中していた。
「それで肝心の本人はどこにいったんだろう」
意外と音に敏感だから扉の音に反応してどこかに隠れたのかな?
実はあたしとかくれんぼをして遊びたかったりして・・・。
「せ~んぱ~い、出てきてくださ~い。いい子だから・・・」
しかし、机の周り、ベッドを探ってみたけどどこにもいない。
床に目を凝らして探ってみてもやっぱりいない。
もしかしてと思い、窓を確認してみた。
幸いガラスは割れてない。そもそも、割れてたなら真っ先に気付くはず。
一緒に寝たい口実に脅しの道具として使ったその窓は、あたしでも抜け出せないほど狭くて、着替えを覗かれる心配もなかったので特にカーテンも掛けなかった。
でも、先輩のことを考えると掛けたほうがいいのかも。人間が侵入できるほどの大きさはないけど、それ以外の生き物が先輩を見つけて餌と勘違いするかもしれないし。
それで肝心の先輩はどこに行ったの!?
魔女が攫っていった? いや、攫うくらいなら最初からあたしに譲り渡したりはしないか。
逃げるにしても、先輩は一人でこの部屋を出ることが出来ないし、協力者がいるとも考えられない。
ひょっとしてお姉ちゃん?
でも、あたしの部屋には入るなってきつく言ってるし・・・。
正にお姉ちゃんを疑いから外そうとした時だった。
『いやぁあああああああああ!!!!!』
別の部屋から聞き覚えのある甲高い悲鳴が聞こえてきたのは。
魔王から攫われたお姫様を取り返す。
・・・これはそんな綺麗な展開ではなかった。
自分以外に彼女を見られてしまったという焦りがあたしを動かして、彼女が虐められている光景を見て怒りのままに行動しただけ。
「栞ちゃん!? ち、違うのこれは!? このドブネズミが・・・」
「うるさい!! ドブネズミはどっちよ!!」
「ひぃ!?」
言い訳している魔王を一睨みで黙らせ、眠っている姫を鷲掴みにして魔王の部屋を後にする。
髪を切られた姫の目は涙で濡れていた。
結局、あたしは姫を泣かせてしまったのだ。
お姉ちゃんから先輩を取り返したあたしは夕食も摂らず、お風呂にも入らず、片時も先輩から離れなかった。
先輩を机の上に置いて、目を覚ますのをただ、ひたすら待っていた。
外が暗くなってもまだ先輩は目を覚まさない。
まさか、お姉ちゃんがこの部屋に入ってくるなんて考えもしなかった。
絶対に入っちゃダメって固く言っていたのに・・・。
先輩はお姉ちゃんに見つかって、さんざん甚振られ、挙句に髪を切られて失神。
そして、未だに目を覚ましてくれない。
やっぱり意地でも学校に連れていくべきだった。
お姉ちゃんに見つかったことにより、もう先輩はあたしだけのものじゃなくなった。
でも、今はそんなことどうでもよかった。
早く目を覚ましてほしい、それで一杯だった。
スタンドに照らされている先輩を眺めていると、ふと、魔女の言ったことを思い出す。
人間のようで人形のような体にされた先輩の体ってどうなってんだろう・・・。
「先輩、ごめんなさい。でも、どうしても確かめたいの」
気になったあたしは先輩のスカートと制服を剥ぎ取った。
下着姿で無抵抗な姿の先輩に滅茶苦茶にしたい衝動を必死に抑えつつ、体を観察する。
白い肌をした小さい先輩の体は大きな私から見ると、とても綺麗でお人形のようでゾッとした。
でも、よく観察すると、人間特有の産毛やホクロ、染みなどを見つけることが出来て少し安心。
既に何度か先輩を触っているけど、改めて先輩を触ってみる。
お人形では到底考えられないあったかい体をしていて柔らかい。少し膨らみのある胸を触ってみると、ドクンドクンと心臓が動いていたので安心。
これならあたしも断言できる。
「なんだ、先輩も人間じゃないか」
スカートと制服を着せて、先輩を持ってベッドの上に座り、あたしの膝元に先輩を置く。
本当は魔女からもらった可愛い洋服を着させたかったけど、ふざけている場合じゃない。
今はただ待つだけだ。
一度目を覚ました先輩はまたすぐに眠ってしまった。
お姉ちゃんにさんざん酷い目に遭った先輩は、泣いてしまうほど怯えていた。
膝元で眠っている先輩は私の人差し指を抱き枕のように全身で抱きしめている。
ビクビク震えながら・・・。
あたしは指を動かさず、先輩をただ見守る。
先輩って強気な性格だけど、それが挫かれると、堕ちるところまで堕ちてしまうんだねぇ・・・。
そうなった先輩は今までとは真逆だった。
今の先輩はまるで子猫みたいで可愛いかった。
そのきっかけはやっぱり髪を切られたことだとあたしは思う。
背中に当たるほどまであった先輩の長い髪はうなじに届くくらいしかなくなっている。
綺麗に切られているおかげで、その姿に違和感がなく、似合っていると言ってもいいくらいだけど、先輩にとっては胸とかを触られるより、大きな精神的ダメージを受けているんだよね・・・。
あたしは胸とか脇とかを触られる方が嫌なんだけどね・・・(ただし、先輩は大歓迎)。
とにかく今は眠っている先輩を見ているだけであたしは満足だった。
先輩が目を覚ましてくれて本当によかった。
あのまま目を覚まさなかったらと思うと・・・・・・深くは考えたくなかった。
「いくら好きだからって、無抵抗の小動物を弄るのは感心しないね」
いつものように黒ローブを羽織った金髪少女があたしの目前に突然現れた。
「あなたに言われたくないし・・・。何の用なの?」
現れた魔女にそっけなく反応。
不法侵入は二回目らしいので、いきなり出てきてもあまり驚かなかった。
驚きよりも、二人の時間を邪魔されたことの怒りの方が大きかったのかも。
そして何より、あたしが叫ぶと先輩が起きてしまうかもしれないから。
「チビちゃんの観察。あなたの目を通して、チビちゃんがピンチだということを知ったから様子を見に来ただけ」
「そういえば、あたしの見たものはあなたも見ていたっけ? ・・・なんか、常に監視されている気がしていい気分じゃないんだけど・・・」
「人間のあなたじゃなくて、チビちゃんを監視しているだけだよ。あなたも小さくなれば監視してあげるけど、どう?」
「どうって・・・。あたしも小さくするつもり・・・? 謹んでお断りっ! あたしが小さくなったら誰が先輩の面倒を見るのよ。・・・まあ、先輩と同じ大きさになれるという点はいいかもしれないけど・・・」
先輩と等身大のお付き合いができるし・・・。
しかし、魔女は笑いながら首を横に振った。
「いやいや、チビちゃんと同じ大きさにするわけないじゃない。 そうだね・・・。チビちゃんが大体七センチちょっとだから、あなたは七ミリぐらいにしようかなぁ? 立場が逆転するのもまた面白いし・・・」
あたしと先輩の立場が逆転って・・・。
◇ ◇ ◇
『栞ぃ・・・。よくもさんざん苛めてくれたわねぇ』
可愛いくて高い声だった先輩は怪獣のような低くて大きな声であたしに言ってきた。
それに怯んだあたしはその場で腰が抜けて動けなくなった。
そんなあたしを巨大な手は無慈悲に捕まえ、先輩の顔に近づけた。
「せ、先輩!? 痛いですぅ!? もっと緩めてください!!」
痛くて苦しい・・・。けど、なんか新鮮な気分かも・・・。
『嫌よ。これからたっぷり可愛がってあげるんだからぁ~』
えっ、先輩が自らそんなことを言うなんて・・・。
「ぜひお願いします!!」
『はぁ!?』
先輩は呆気にとられたのか、握る力を弱めた。
「あたし、先輩なら何されてもいいの。さあ先輩、あたしを舐めるなり、痛めつけるなり何でもやってください!! それだけあたしたちの仲が深まりますからぁ~」
『そ、そんなことを言われてする奴なんていないわよぉ~!! 大きかろうが小さかろうが全然変わらないじゃない!? この後輩!!』
先輩はあたしの態度に辟易しつつも、頬を赤らめていた。
やっぱり先輩ってばあたしが好きなのね。
◇ ◇ ◇
「・・・そ、それっていいかもしれない・・・」
さて、妄想から帰ってきたあたしはどんな顔をしているだろうか?
それはすぐ目の前にいる金髪少女の表情を見ればすぐにわかった。
「全部口に出てるよ・・・」
「へぇ!? 口に出てた!?」
金髪少女はあたしをまるで腐敗した生ごみを見るような目で見ていた。
迂闊だった・・・。
まさか妄想がただ漏れしてたなんて・・・。
「・・・ま、まぁそこまでチビちゃんが大好きだってことは伝わったよぉ・・・。随分、都合のいい妄想だったけど・・・・・・チビちゃんはあなたをどう思っているのかな? 少なくとも恋人なんてチビちゃんは絶対に思ってはいないはずだよぉ」
「うぅ・・・。確かに・・・」
まだ、飼い始めてちょっとしか経ってないし、懐柔も出来ているとは言えないし・・・(むしろ同棲を始めて、より好感度が下がっている気もするし・・・)。
「媚薬が必要ならあげるけどぉ? 一振りするだけであら不思議! チビちゃんはあなただけに夢中になるよぉ」
やばい! 超欲しい・・・・・・でも・・・。
「あたしは自分の力で先輩を懐柔したいの。そんな先輩を操るようなやり方はしたくないし。それに媚薬なんて嘘でしょ? だってそんなものがあるなら魔女さんが先輩にとっくに使っているはずだもの」
「ちっ、妙なところで鋭いよね」
「そもそも魔女さんも先輩のこと嫌いじゃないんでしょ? 苛めてる割には服とかも用意してくれているし、あたしに譲ったとはいえ、こうやって様子を見に来ているし・・・。まあ、その先輩からは憎まれているけど」
「・・・・・・」
魔女は黙って聞いていたので、あたしは続ける。
「っていうかさ。先輩があたしの言いなりになったらつまんないじゃん。小さいながらも抵抗する先輩だから可愛いわけだし・・・」
弄る度に可愛い悲鳴を上げる先輩が・・・・・・って何想像してんのあたし!?
「・・・まあ、一理あるね・・・」
しかも、なんか魔女に同意されているし・・・。
さんざん先輩と遊んで(虐めて?)きた魔女が・・・。
「ひょっとして・・・好きな子ほど苛めたくなるっていう小学生男子みたいな理由で先輩をからかっていたの?」
しかし、魔女は首を横に振る。
「別に好きなわけではないよ・・・。ただ最近、こんな生きのいい小動物っていなかったからね。思わずドンドン虐めたくなっちゃっただけの話。美少女ってわけでもない、どこにでもいそうなこんな普通の女の子をワタシが好きになると思う? まあ、結局懐柔させることは出来なかったけどね。髪という単純な弱点に気付けなかったワタシの落ち度。それで後輩であるあなたに渡したら案の定、ワタシ以上に可愛がってくれて大成功だった。そして今、チビちゃんがあなたのお膝元でぐっすり眠っていられるほど心を許す関係に進展しているし」
ワタシには敵意しか向けなかったけどね・・・と魔女は付け足した。
まあ、これは成り行きなんだけどね。
お姉ちゃんに苛められた先輩をあたしが慰めたって感じだし、普段の先輩ならすぐに逃げるに決まっている。
そして逃げる先輩をあたしが捕まえてそれからは・・・じゅるり。
「またゲスイ想像をして・・・。人間は小人を見るとどうして虐めたくなっちゃうんだろうねぇ? ワタシもそうだけど・・・。ねえ、あなたにはわかる?」
どうでもいい質問に何故か詰まってしまい、少し考えた。
そんなこと考えたことないし、あたしは先輩を苛めてなんていない(自覚無し)。
「さあ・・・それって一部の人間だけじゃないの? まあ、強いて挙げるなら・・・・・・人間って基本、弱い者苛めが好きだから・・・とか? それとも支配欲ってやつとか?」
結局、結論が出なかったあたしは適当に答えた。
実際、理由なんてどうでもよかったから。
まあ、あたしは先輩が好きで、遊びたくてちょっかいを出しているだけだけど。
「そう・・・」
どこか残念そうに魔女は呟いた。
「・・・・・・あなたはチビちゃんの子守でもしてれば? ワタシは帰る」
「あっ、ちょ・・・」
あたしが喋る間もなく、魔女はあっという間に消えた。
あたしのあまりに適当な回答に呆れたのか。
結局魔女は何しに来たんだろう・・・。
まあ、帰ってくれたならいいや。これでまた再び先輩と二人きりなんだから(魔女には監視されているけど・・・)。
魔女の得体はあたしには解らない。
きっと今のあたしには魔女は理解できない。
なぜ先輩をこんなに小さくしたのかもまだわからないし・・・。
ただ単に人間を小人にして愛でたい(虐めたい?)とかではないはず・・・。
監視はされていてもあたしの内面までは監視できないはずだから、これを機会にちょっと考えてみてもいいかも・・・。
ひょっとしたらだけどそれが先輩を元に戻す手掛かりになるかもしれない・・・・・・けど、今はやめておこう。
あまり深く入りすぎるとあたしまで小さくされるかもしれないから。
あたしは先輩みたいに強くないから、小さくされたらきっと耐えられないと思う。
『ぐぅ・・・。ぐぅ・・・』
「クスッ・・・先輩ったら」
先輩のイビキに少し笑ってしまった。
不安になってた自分が馬鹿みたい。
あっ、そういえば、菊谷 真規のことを魔女に聞くのを忘れてた!?
・・・・・・まあ、いいか。
あたしは先輩の方が大事だし。
お風呂場でもないのに、あたしの部屋はバシャバシャと水の音で一杯だった。
その原因はあたしの勉強机に置いている、水の入った底の深いガラス製の透明なお皿。
その中で学校でもないのに水泳をしている一匹のペッ・・・コホン、一人の女の子。
まだ九月とはいえ、少し肌寒くなってきているのに水浴びなんて、観察しているあたしにとっては理解できなかった。
なんでも体が熱くて熱くて仕方ないとのこと。
夫婦になったお昼休みのデート後。彼女はそればっかり訴えていた。
試しに彼女を触ってみると、お湯でも被ったんじゃないかと言えるほど全身が汗だくで、体はカイロのように温かかった。
そこであたしは帰りのホームルームが終わると同時に急いで帰宅し(勿論鞄を激しく揺らさない程度に)、帰宅と同時に彼女は水浴びがしたいと言い出して今に至る。
幸か不幸か、魔女は彼女用の水着を一着、ミニ洋服箪笥の中に入れてくれていた。
ちなみに幸なのはあたし。不幸なのは彼女。
その水着はよくある紺色のスクール水着。ここまではいいものの、その胸元に名前を書く白いスペースがあってそこに『チビちゃん』とあたしでも見えるくらい大きく書かれていた。
今日も魔女の嫌がらせは彼女のプライドに的確なダメージを与えていた。
もちろん、彼女は嫌がっていたけど、やっぱり暑さに我慢できなくなったのと、あたしの説得もあって渋々身に着けた。
ちなみにあたしが彼女を着替えさせてあげようとしたけど即時に断られて、しかも何故か同性なのに着替え中は部屋から追い出された(出ていかなきゃ着ないと、我儘を言い出したので仕方なく)。同性で、夫婦で、更には一度全てを見せ合った仲なのに・・・。
まあ、小さな彼女の水着姿を拝めるだけでもあたしは十分だけど。
ちなみに彼女はただ水でぴちゃぴちゃと子供のようにはしゃいでるだけなので、水泳とは言えないかも。
こんな手のひらサイズの彼女でも、あたしの一つ年上の先輩。
「どうですか、先輩。少しは涼しくなりましたかぁ?」
『ええ。さっきの熱さがまるで嘘みたいだわ。しばらくこうしていたい気分』
さすがに機嫌は良好で、笑っていた。
しかし、次の質問で彼女はいつものしかめっ面に戻ってしまった。
「・・・・・・ところでさっきから水遊びしかしてませんけど、クロールとか平泳ぎとかで泳いだりしないんですかぁ?」
『どうして学校でもないのにそんなことしなきゃいけないのよ。水泳の授業は嫌いなの』
水泳どころか学校が嫌いって言ってるようにしか見えない。
やっぱり学校が嫌で行きたくないから魔女に小さくしてもらったんじゃ・・・。
まあ、触れないでおこう。
透明な深皿プールだから上からでも、横からでも先輩を観察することもできる。
楽しそうに水遊びをしている先輩はどこの誰よりも可愛らしく、どこの誰よりも輝いていた。
ぜひともその姿を写真に一枚・・・。
『もし、写真にでも撮ったら一生口利かないから』
「ひぃ!? 怖いです先輩・・・」
先輩のそれは人を殺せる視線だった。
怯えたあたしは仕方なく携帯を懐に収める。
大丈夫ですよぉ、先輩。昨日の寝顔はばっちり撮っちゃってますから。
・・・それにしても楽しそうで羨ましい。
見ているあたしまで楽しくなってくる。
金魚を飼ってたことはあるけど、それもこんなにじっくり見たことなんてなかったなぁ。
まあ、金魚なんて屋台に行けば手に入るし、珍しいものでもない。
けど、先輩は一ぴ・・・一人しかいないから。
それにあたしは一人の女として先輩を見て、好意を抱いているつもり。
出来れば等身大の先輩とずっと一緒に居たいけれど・・・。
「はぁ・・・、あたしも一緒に水浴びしたいなぁ・・・」
先輩と水の掛け合いをやってみたいし・・・。
『あんたも小さくしてもらえばいいじゃない。そして私の立場を経験してみたら?』
「それじゃあ、先輩を飼う人がいなくなるのでお断りで~す」
それとこれとは話が別。
遠回しに先輩が元の大きさに戻ってくれればと思ったのに、解ってくれてないみたい。
もうちょっと懐柔の余地があるかな、これは・・・。
『別に私は一人で生きていけるわよ』
何故か大して大きいわけでもない胸を張る先輩。
・・・いや、無理でしょ。
一人じゃこの部屋すらも出ることのできない癖に。
「昨日、お姉ちゃんにさんざん甚振られたのに分かってないんですかぁ? 外にはそういう人間が沢山いるんですよぉ」
それに昨夜はあんなに泣き言言っていたのに。
しかし、このペットはとぼけていた。
『さあ、そんなのあったかしら? 私、小さくなってから物忘れが激しいのよね。外が危険でも毎日セクハラしてくるあんたと一緒にいるよりかはマシだと思うけど』
「むむむぅ・・・」
ひどい!! 聞き捨てならない!! あたしの所ほど安全な場所なんてないじゃない!
先輩の発言に少しイラッと来たあたしは嫌味で返す。
「ああ、そうか。餌もお水も必要ないから、お外で生きていけると思ってんですね。あたし、納得」
『そんなんじゃないわよ!! ペット扱いするな!! 動物扱いするな!!』
予想通りに先輩は、小さいくせにあたしが一瞬怯むほど凄い剣幕で睨みつけて怒鳴ってきた。
「まあまあ先輩、人間も一種の動物ですよ」
先輩も人間だ、と遠回しに言っている。
けれど、この短気なペットはそれも解ってくれず、怒りが頂点に達してしまったらしく・・・。
『うるさい!! 知ってるわよそれくらい!!!』
「きゃっ!? 何するんですかぁ!?」
と、水面から手を思いっきり振り上げて水を掛けるという子供、というか動物的なやり方であたしに攻撃してきた。
その水飛沫はあたしの顔面に思いっきり命中。
魔女に小動物と呼ばれてからかわれているから動物という単語に腹が立ったようだ。
『水浴びがしたかったんでしょ? よかったじゃない? そのおめでたい頭も少しは冷えたかしら?』
「せんぱいぃ~~~」
どうやら躾・・・じゃなかったお仕置きが必要みたいね・・・。
っていけないいけない、子猫が噛みついたくらいで怒るようでは飼い主失格だ。
それにせっかく数時間前に愛を誓い合った仲なのに・・・ここは我慢よ。
・・・でも先輩ってこんなに簡単に怒る子だったっけ?
ああ、さては・・・・・・(ニヤリ)。
「先輩、女の子の日だから・・・ってきゃあ!?」
さっきより大きな水しぶきがあたしの顔面に命中。
『それ以上口に出したら許さないからね!』
許さないのはあたしの方だ。
女の子の日だからイライラしているのはわかる。でも、飼い主のあたしに何度も水を掛けるなんて・・・。
「せんぱ~い。そろそろ水泳の授業は終わりですよ・・・」
わざとらしく猫なで声で先輩に語り掛け、手をお皿の中へ。
『ちょっ、いきなり何を!? ひゃ!? 触らないで!?』
お魚と違って先輩は簡単に捕まえることが出来た。
お皿から出したあたしは掴んだ親指で先輩の体をゆっくりなぞる。
ひぃ、と悲鳴を上げ、怯んだ先輩を用意していたタオルの上に置く。
水滴が出なくなる程度までじっくり拭いてあげて、また掴んだ(拭いてあげている間、先輩は気持ち良さのあまり可愛い声を出していた)。
「先輩、冷たい体ですねぇ・・・。これじゃ風邪引きますよぉ? 今からあたしと一緒にもっと大きくて温かいプールに入りましょうねぇ」
『それ、お風呂じゃ・・・むぐぐ』
可愛くて小さな先輩のお口を親指で押さえ、濡れたままの先輩を軽く握りしめ、あたしは部屋を出る。
口を封じられた先輩は、握りしめた手の中で暴れていた。
先輩、そんなにあたしとのお風呂が楽しみなんだ・・・。
内心ニヤリとしながらあたしはお風呂場へ向かった。
・・・・・・やっぱり先輩はまだ小さいくて、可愛いままでいてもらわなくちゃダメだ。
そして、先輩が元の大きさに戻る前に両想いにしてやる。
だからこの同棲生活で先輩を懐柔しようとあたしは手段を考える。
やっていることが所詮、ごっこ遊びだと気付きもせずに・・・。
まだ表現不足な部分とかがありますが読んでくれれば幸いです。
次回も気長に待っててください。