縞 亜来サイド 三話 家主
とある部分で詰まってしまい、少しペースが遅れてしまいました。すみません・・・。
ちなみに今回、魔女さんは登場しません。
その代わりに・・・。
『郷に入っては郷に従え』という諺がある。
意味を解説すると、国に入ったら、その国の作った掟に従え、ということ。
つまり、栞の家で家主(栞の姉)に隠れて暮らしている私も栞、もしくは家主が決めた掟に従うのが普通。
でも、小さくて人権がはく奪された私がそれを守る必要なんてない。
勝手に家に忍び込んだドブネズミやゴキブリが人の決めた掟を守ると思う? 守らないよね?
それらと私にとってこの世界はルール無用の無法地帯。
さて、ここで問題です。
そんな私が家主に見つかったらどうなるでしょう?
ヒントを教えろって? じゃあ、あなたは家でゴキブリを見たら何をしますか?
間違いなく、丸めた新聞紙で叩くなり、殺虫剤をかけるなりして殺すでしょう。
そのまま放置する人はあまりいないはずだよね?
それも、大好きな妹の部屋に忍び込んだ小さな人間とくれば余計に・・・。
ルール無用の無法地帯・・・・・・それは例え殺されても文句は言えない世界ってことだ。
それが今、私が生きている世界だった。
『こんな妖精が迷い込んで来るなんて、やっぱり栞ちゃんは天使だわ!!』
「・・・・・・」
プラスティック製の透明な壁の向こうで巨人が訳の分からないことを言いながらはしゃいでいた。
巨人に対しての恐怖とその行動に唖然とした私は何にも言えなかった。
『でも、妖精だろうがお前はお仕置きしなきゃいけないわ。神聖な場所を散らかしてぇ・・・。この罰当たり!』
更に意味不明なことを言って、巨大な顔がこちらを睨んできた。
明らかにそれは憎しみとか殺意を感じさせる眼差しだった。
今にも殺されてしまいそうなほどの怖さに壁越しとはいえ、怯んでしまった。
そして、巨人はテーブルをドンと思いっきり叩いた。
「ひゃあ!!」
凄い轟音に咄嗟に耳を塞いだ。
なんで私、こうなっているんだろう・・・?
事の起こりは数時間前に遡る。
魔女が去ったあと、私は洋服箪笥とにらめっこしていた。
子供っぽい服を着るのは・・・・・・だって・・・私にこんな可愛いのなんて似合うわけがないじゃない!!!
でも、私だってまだ中学生だし・・・女の子だし・・・アイドルとかだって私と同年代でもフリルとかヒラヒラしたもの着ているし・・・別に私が着ても・・・・・・変じゃないよね?
「じゃあ・・・・・・ちょっとだけ・・・着てみようかな・・・?」
栞には見られたくない。だから栞が帰ってくる前までに着替えればいいんだ。
そんなわけで小さくされた時からずっと着ていた制服を脱いで、洋服箪笥を漁ってみた。
栞の机の上は私の試着場と化していた。
散らかった彩みどりの洋服の中で机に置いてあった手鏡で自分の姿を眺める私。
膝よりも短い丈のスカートを穿くなんて何年ぶりだろうか・・・。
こんな姿、栞に見られたら絶対にからかわれるよね?
もう、十分に楽しんだし、着替えようかなぁ?
栞が帰ってくるかもしれないので、急いで洋服に埋もれた制服を掘り出して、着替えた。
でも、これどうしよう・・・?
机の上に散らかっている沢山の洋服。
こんなになるまで私は夢中になってたのか?
面倒くさいけど、片付けるしかないよね?
と、片づけを始めたようとしたときだった。
『な~に、してんのぉ~』
「ひぃ!?」
反射的に声の方を向いた。
巨人が私を見下ろしていた。
一瞬、栞かと思ったけど、顔つきは栞より大人びていて、胸もあって、髪型はロングのストレート。
栞じゃない。ってことは・・・姉?
ちょっ!? 巨人に気付かないなんてどんだけ夢中になってたのよ、私~!
『な~にか騒がしいと思ったら栞ちゃんの家にこんな妖精が忍び込んでいるなんてねぇ。お仕置きしなくちゃ!』
お仕置きという単語に恐怖を感じた私は一目散にそこから逃げ出した。
栞よりも大きな手が明らかな敵意を持って私に迫る。
机の端まで逃げた私は、下を見ずにそこから飛び降りた。
栞の時は怖くて飛び降りれなかった机の上も、それを上回る恐怖のおかげで難なく飛び降りた。
絨毯にうまく尻餅を着き、立ち上がった私は急いでベッドの下へ駆け出した。
そこまで逃げきれれば・・・。
『逃げられると思うのぉ~?』
突如、ズド~ン、ズド~ンとまるで爆発のような轟音と揺れで私は転んでしまった。
上を見上げると、ビルよりも大きな巨人が私を見下ろしていた。
そういえば私はこの姿になってからは机の上とかベッドの上など、ある程度高い場所にいて、そこで巨人と関わっていた。魔女に床に叩きつけられて踏みつぶされたこともあるけど、叩きつけられた痛みのせいで見上げる余裕もなかった。
つまり、私が床から巨人を見上げるのはこれが初めてなのだ。
何が言いたいのかというと・・・・・・人間から逃げる、虫や小動物の気持ちが解ってしまった。
でも、それらより優秀ではない私は恐怖で体を動かすことすら出来なかった。
そして、そんな大きな足が今私に迫っていた。
「や、やめてぇ~!!!! 逃げたりしないから殺さないで~!!!!」
私に残された選択は命乞い。
その醜態を見た巨人はクスリと笑って足を思いっきり踏み下ろした。
「きゃあ!?」
私の数センチ先に踏み下ろされた大足。
それ以降の記憶がない。
どうやら恐怖のあまり私は失神していたみたいだった。
回想終了。
気が付いたら姉の部屋にいて、虫かごに閉じ込められていた。
「・・・私をどうするつもりなの・・・?」
『さあ、どうしようかしらねぇ? その可愛い体をハサミでぐちゃぐちゃに引き裂いてもいいんだけどぉ?』
「ひぃ!?」
姉は大きなハサミを私に見せつけて、目の前でチョキチョキさせた。
こんな身近な文房具でも今の私にとっては十分な凶器だった。
私の怯えた顔を見て、姉は大笑い。
『冗談よぉ。お前には聞きたいことがた~っくさんあるんだからぁ!』
姉が凶器を仕舞ったので、少し安心した。
『そもそもお前はどうやって栞ちゃんの部屋に侵入したの?』
「し、栞が私を拾ってあの部屋に連れてきたの!!」
一応嘘は言っていないと思う。
しかし、姉は突然、私を睨み、虫かごを持った。
「ひぃ!? なにを・・・きゃぁあ~~~~~~!!!!」
そして、虫かごをワザとらしく大きく揺らした。
それだけで私は虫かごの中をピンボールのように何度も跳ねて壁にぶつかった。
『私の栞ちゃんを呼び捨てにしてぇ・・・そんなに死にたいのぉ?』
理不尽な理由だった。
「はぁ・・・、はぁ・・・」
普通の人間の体だったらいろんな骨が折れて動けなくなるどころか、立ち上がることも困難になっていると思う。
多少丈夫になっている私ですら、色々なところが痛くて意識を失いそうなのだから。
「・・・・・・その栞ちゃんは私をペットとして大事に扱っているのよ・・・。もし、傷つけたら大好きな栞ちゃんが怒るわよ!!」
自分でペットだと言うのは癪だけど、私が唯一使える武器だから仕方ない。
しかし、姉は私を見下ろしてフッと笑った。
『どうせ、お前がたぶらかしたんでしょ? そうじゃなきゃお前みたいなドブネズミを栞ちゃんが拾って飼うわけがないじゃない!』
妖精からドブネズミに格下げられた(どうでもいいけど・・・)。
たぶらかしたなんて人聞きの悪い。彼女が勝手に私を好きになって、勝手に私を飼い始めたんだから。
「姉なのに知らないの? 栞ちゃんはレズなのよ。私みたいな女を好きになってもおかしくないわ」
内心怖いんだけど、ここは強気に出てみた。
弱気になったら姉の思う壺だから。
『知ってるわよそれぐらい。だって、私が栞ちゃんに教育したんだから。男なんて汚らわしいものを好きになるより、私のような女を好きになるようにしっかり刷り込んだわ。それだのに、こんなドブネズミを好きになるなんてどこかで教育を間違えたかしら?』
誇らしく姉は語った。
そして私は、ドブネズミと言われたことが気にならないくらい引いていた。
こんな姉にして、あんな妹あり。
どっちかがちゃらんぽらんならもう一方はしっかりしているというけれど、この姉妹はどっちもちゃらんぽらん。
そもそも妹になんて教育をしているの!?
ただ単にあんたが栞を独占するために刷り込んだんでしょうが!!
姉妹揃って独占欲が強すぎるのよ!!
・・・そうだ! 今はその独占欲を利用させてもらおう。
「間違ってないわよ。だって、そのおかげで私は立派な飼い主に出会えたのだから。本当にいい飼い主よ、栞ちゃんは。私が汚れた時だって自分も裸になって一緒にお風呂に入ってくれたり、夜、怖がっていた私を抱いて、一緒に寝てくれたんだから!!」
裸、お風呂、一緒、の部分を思いっきり強調して言った。
どれもロクな目に遭っていないけど、このシスコンが嫉妬するぐらいの自慢話に捻じ曲げた。
『くぅ・・・、栞ちゃんと一緒にお風呂・・・? 最近は私とだって一緒に入ってくれないのにぃ・・・。このドブネズミとはいとも簡単にぃ・・・。おまけに一緒に寝たなんてぇ・・・。小学校に上がる前までしか一緒に寝ていない私を差し置いて、このドブネズミとぉ・・・。なんて羨ましい!!』
効果は抜群で姉は悔しがるようにテーブルを叩き始めた。
「ドンドン叩かないでよ!! もし鼓膜が破裂でもしたら愛しの栞ちゃんが怒るんだからねぇ!!」
『ちぃ・・・』
姉は叩くのをやめる。
まさか、栞の名を出すだけでこうも言いなりになるなんて思いもしなかった。
痛みもだいぶ引いてきたし。
さっさと交渉して栞の部屋に戻してもらおう。
「今、解放してくれたら栞ちゃんには言わないから、さっさと栞ちゃんの部屋に戻して!」
『・・・・・・』
悔しがる表情を見せながら、姉は私を軽く掴み、虫かごから出した。
後はそのまま、栞の部屋に戻してもらうだけ。
しかし、長い髪が姉の手に少し触れて、反射的に私はビクッとなってしまった。
その震えを見逃さなかった姉は、確認するかのように髪に触れた。
私はまたしてもビクッてなってしまった。
その瞬間、姉は勝ち誇った笑みを私に向けてきた。
『ふ~ん、髪を触られるのが嫌なんだぁ? たまにいるのよねぇ。胸とかよりも、髪を触られるのが嫌な子。長いくせに綺麗に手入れされていると思ったらこれかぁ』
「は、早く、栞の部屋に戻しなさい!!」
言った途端、やばいと思った。
姉は大きく笑った。
『さっきの余裕はどうしたのぉ? それに栞ちゃんをまた呼び捨てにしたぁ。お仕置き決定だわぁ』
姉はテーブルの上に私を乱暴に置いて、あるものを見せつけた。
『見つけたときから、その髪はドブネズミのくせに生意気だと思ってたのよねぇ。ペットにはペットらしい髪型にしなきゃねぇ。そんな偉そうな髪、ペットらしくないわ』
至近距離まで大きなハサミを近づけられた私は怯んだ。
「ひぃいい!! ごめんなさい!! 髪だけは・・・、髪だけは切らないでぇ!!」
その嘆願も通じず、姉に鷲掴みにされ、巨大な顔に近づけられた。
『大丈夫よぉ・・・。すぐに終わるんだからぁ。本当は徹底的に痛めつけたいんだけど、今日の所はこれで許してやるわぁ。感謝しなさい』
「・・・・・・いやぁ、触らないでぇ・・・」
姉は大きな指で私の髪をゆっくりと何度もなぞった。
ざらざらした指が触れるたびに全身に鳥肌が立ち、泣きそうになるくらいの寒気と怖気が私を襲った。
そして、ゆっくりとハサミが私に迫る。
「お願い! それだけはやめて!! お願いだからぁ!!」
無駄と分かりつつも必死に嘆願。
『だ~め』
小悪魔っぽく姉は言って、ハサミをパチン。
羽のように舞いながら落ちてゆく黒髪を私は口を開けたまま、呆然と眺めていた。
「いやぁあ~~~~~~!!!!!」
大きな悲鳴が部屋中に響いた。
私のような人形よりも小さな人間が出しているとは到底思えないほどの大きな悲鳴だった。
その悲鳴を最後に私は全身から力が抜けて、見えている視界は潤んでいた。
『喧しいドブネズミ。ペットみたいに可愛らしくなったんだからいいじゃない。今のお前にはそれがお似合いだわ』
姉は私を捨てるようにテーブルに置き、嫌がらせのつもりか、鏡を私の前に置いた。
背中に届くぐらいまであった後ろ髪が、今はうなじに届くぐらいの長さしかなく、涙で目が潤んだ私の姿が映っていた。
なんで・・・、なんでこんなことに・・・・・・こんなの・・・私じゃない!
全身から力が抜けて、治まっていた筈の痛みが再び襲い、私はその場に倒れこんだ。
『あれぇ~、死んじゃったぁ? どうしよぉ~、栞ちゃんに怒られちゃうわぁ。まあいいかぁ、こんなのが居たら栞ちゃんの教育に悪いわ』
意識が途切れるまで姉の嘲笑を私はただ、聞いていた。
『よかったぁ。本当に死んだのかと思っちゃいましたよぉ!』
目を覚まして最初に見たのは、泣いている飼い主の大きな顔だった。
その飼い主は私を両手で持って自分の胸に抱きしめてきた。
「痛い!? 潰れちゃう!? 放しなさい!!」
飼い主の抱擁に耐えられない私は必死に叫んだ。
『ご、ごめんなさい!! あたしったら嬉しくてつい・・・』
飼い主は抱擁をやめ、私を自分の膝の上に置いた。
『もう、大丈夫ですから。バカ姉にはあたしがきつく言っておきましたからぁ』
膝の上で寝転がっている私を飼い主は大きな手で何度も優しく撫でていた。
そうか・・・あの後、栞が私を助けてくれたんだ・・・。 私、殺されてもなく、捨てられてもいないんだ。
栞が撫でている手も膝の上も温かくて気持ちが良かった。
小さくなって今まで、こんなに安心を感じたのは初めてだった。
だからだろうか・・・私は緊張の糸が切れて泣いていた。
『ちょっ、どうしたんですか、先輩!! あたしの前で泣くなんてらしくないですよ!?』
「だって、しょうがないじゃない!! 本当に怖かったんだからぁ! さんざん痛めつけられたし、大事な髪も切られて、もう殺されると思っていたんだからぁ!!」
後輩の前でみっともなく泣いて、後輩の膝をバンバン叩きながら訴える私。
巨人にあんなに殺気を向けられたのは初めてで本当に怖かった。
いくら魔女でも、私に殺気を放ったことはなかったから。
栞はただただ、よしよしと私を撫でてくれた。
『もう先輩に怖い思いを絶対にさせませんから安心してください。ロングの先輩はカッコよくて素敵でしたけど、ショートの先輩は可愛くてもっと素敵ですからぁ。あたし・・・もっと大好きになりましたぁ』
「可愛い・・・? 私が・・・」
嫌味も悪意もない、からかっているわけでもない、そんな可愛いを言われたのはこれが初めてですごく嬉しかった。
『そうですよぉ。先輩もまだ中学生の女の子なんですから、無理にカッコつけなくてもいいんですよ。だから魔女さんのくれた洋服を着るのも変だとは思いません。むしろ、先輩によく似合うんじゃないですかぁ? 恥ずかしがる必要なんてないんですよぉ』
あっ、そういえば洋服散らかしたままだったっけ?
「・・・ありがとう・・・。そう言われると・・・嬉しい・・・。あんなに着るのを躊躇っていた私が馬鹿みたい・・・」
『・・・そうだぁ!! 先輩、明日、あたしと出かけませんかぁ? 可愛い服を着て、あたしとデートですぅ』
そういえば、最近外の空気を吸っていなかったっけ・・・?
「・・・ってちょっと!? 明日は学校でしょ。サボるのは許さないわ」
『だ~か~ら~、校内デートしましょうってことですぅ。あたし、先輩を残して学校に行くのが不安で・・・』
私を心配してくれての提案だった。
確かに栞と離れるのは怖い。できることならそうしたい。
でも、外ってことは私より大きな人間とか動物がうじゃうじゃいるのよねぇ・・・。
「・・・その誘いは嬉しいけど・・・。私、外の世界が怖いの。何もかもが大きくて、もし栞以外の人間に見つかったら・・・」
姉にされた行為と同じことをされるかもしれない。もしくはそれ以上のことを・・・。
『大丈夫です。先輩はあたしが守ります。何があっても絶対に離しませんから』
普段の栞だったら、薄っぺらいと疑って、絶対に信じなかったけど、今の栞は何故か信じることが出来た。
「わかったわよ。明日ね・・・」
『はい。先輩、嫌なことは眠ってさっさと忘れましょうよぉ? このまま眠っていいですからぁ』
「・・・そのお言葉に甘えさせてもらうわ・・・」
よっぽど姉のことを忘れたかったのか、それとも、安心したと同時に眠気が一気に襲ってきたせいか・・・。私は数分後には熟睡していた。
次の日。
『先輩、着きましたよぉ』
袋が開いて、そこから大きな目玉がこちらを覗く。
そして大きな目玉が離れて、次は大きな手が迫って来た。
大きな手は私を捕まえて袋の外に出して、机の上にそっと置いた。
出た先は見覚えのある教室だった。
栞以外誰もいないこの空き教室は、二学期が始まった日に私が昼食を食べていた場所だった。
一緒に食べる人がいない、かといって、教室で一人惨めに食べるのが嫌だった私は適当な場所を探して、たまたまここが目に付き、ここで昼食を摂った。
『ここ、あたしが縄張りにしていた場所だったんですけど、あの日は先輩がいて・・・。あたしは入らずにずっと先輩を眺めていたんですぅ』
「えっ!? 誰もいないと思っていたのに・・・。ってか、ここ、あんたの縄張りだったの!?」
『はい・・・。その先輩の姿が綺麗でカッコよくて・・・。一目惚れだったんですぅ・・・』
それで私に告白したということか・・・。
そりゃ心当たりがないはずだわ。
当時、私は栞に気付かなかったほど物思いに更けていたんだから。
「誰もいないかちゃんと確認した?」
もし、見られたら大変だ。
『大丈夫ですってぇ・・・。最近学校を休みがちで影の薄い先輩なんて見られても分かりませんてぇ』
何気に酷い一言だった。
確かに私のことで騒いでる様子もないし(このときは、私の存在が忘れられていることを知らなかった)、影が薄いのも間違っていないし。
「でも、この服装を見られるのは嫌!!」
頭に大きな赤いリボンを着けて、普段の私なら絶対に着ないであろう、膝よりも短い赤と黒のチェックのスカートにデフォルメされた可愛いクマが中央に大きく描かれたTシャツ。
傍から見ればお人形だと思うかもしれない、それでも私はこの格好を他の人間に見られるのは嫌だ。
『可愛くて似合っているじゃないですかぁ。こんなお人形が売ってたら絶対買いますよ、あたし』
別にフォローになってないよね? それ。
『女の子は誰でも可愛いものが大好きなんですから、別に恥ずかしがる必要はないですってぇ・・・』
誰でもではないとは思うけど・・・。まあ、私も可愛いものは・・・・・・嫌いではないかな?
『そして、あたしはそんな先輩にこれをやってみたかったんですぅ』
「ひゃあ!? 何すんのよ、エッチ!」
栞の人差し指が私のスカートを捲ってきた。
小学生男子か! あんたは。
そして、何故か私の下着を見て残念そうな顔をする飼い主。
『パンツはいつもと同じつまんないやつですかぁ・・・。期待してたのに・・・。せっかく魔女さんが可愛い下着を一杯くれたのに・・・』
「あのシリーズは絶対に穿きたくないの!!」
服は妥協するにしても下着は嫌だ。
『じゃあ、それを洗濯するときどうするんですかぁ? 穿いてない状態で過ごすんですかぁ?』
「うぅ・・・・・・」
それはさすがに・・・。
『そもそも先輩って下着にこだわらないって言ってたじゃないですかぁ・・・。なんでそんなに嫌がっているんですかぁ?』
「そ、それとこれとは話が別よ・・・」
そういえばそんなことを私は言っていたっけ。
確かに柄とか、そんなに興味はなかったけれども。けれども・・・なんか穿きたくない・・・。
『そんなに穿きたくないならあたしが穿かせてあげますよ。着せ替え人形のように・・・』
それは嫌だ。
「じ、自分で・・・は、穿くから・・・そんなことしなくていいわよ!!」
『あっ、穿いてくれるんですねぇ、あの下着シリーズ。やったぁ! 期待して待ってますよぉ』
「ち、違うわよ・・・。あれは売り言葉に買い言葉で・・・」
『またまたぁ、そんなこと言ってぇ。本当は穿きたいんでしょぉ。顔が真っ赤っかですよ。飼い主の前では素直になっていいんですからぁ』
栞は人差し指でからかうように私の胸を小突きながら言った。
地味に痛いんだけど・・・。
ペットと思われても仕方ないけど、言われるとなんか腹立つ。
だからペット扱いするな、と聞こえないような小声で言って軽く反抗した。
『じゃあ、先輩。お昼休みもそんなにありませんし、そろそろ昼食にしません?』
「え、ええ、そうねぇ」
袋から弁当を出して、私の傍に置く。
そもそも、私は弁当の袋に入れてもらって学校に来た。
栞の制服には胸ポケットが付いてなくて、スカートのポケットに入るのも嫌だった私は、最初、鞄の中に入っていた。
しかし、教科書に潰されそうになった私はすぐに悲鳴を上げて出してもらい、考えた挙句、弁当の袋に至った。
昼食はサンドイッチだった。
袋の中にいた私は匂いで予想はついていたけど・・・。
『ご飯でもよかったんですけど、それじゃあ先輩が食べにくいだろうと思ってパンにしました。これなら千切って食べられますよね?』
まあ、箸なんて扱えない私にとってはありがたい。
それでも手づかみだから間違いなく汚れるだろうけど・・・。
とりあえず、ハムときゅうりが挟んだモノを両手で大胆に千切って齧ってみた。
「うん、美味しいわ。あんたが作ったの?」
両手と顔にマヨネーズが付いた状態で私は聞いた。
栞はニコッと嬉しそうな顔をして、嬉しそうに話し始めた。
『はい! あたし、こうみえて料理はできるんですぅ。裁縫以外なら洗濯も何もかもできますよ。何にもできないなんて思われたくないですから』
へぇ~、意外・・・。
偏見で申し訳ないけど、栞って家事は全然出来なくて、姉に一任していると思っていた。
よく考えたら、仕事の影響で姉は朝は寝ているのよね。
つまり、朝食と昼食の弁当は自分で作っているということか・・・。
『べ、別に先輩をパンに挟んで食べたいなんて思っていないんですからね!!』
「・・・・・・」
そう思われたくないなら、一々口に出さなくてもよかったのでは?
それのせいで一昨日のトラウマが蘇ってしまった。
「変態・・・。今度は何を考えているの?」
反射的に身構えた。
せっかく、褒めていたのに台無しだ。
次はマヨネーズ塗れにするつもり!?
『カ、カンガエテナイデスヨ!! 先輩にア~ンってしたいなんてこれっぽっちも・・・』
更に思惑を暴露した後輩・・・。
・・・まあ、それならサンドされるよりかはましか・・・。
「いいよ、食べさせてよ。私が食べると手を汚しちゃうから。あんたが食べさせて」
目を閉じて口を大きく開ける私。
『はい、喜んでぇ!! 喉詰まらせないでくださいよ。じゃあ・・・はい、先輩、ア~ン』
口の中にパンが入れられたのを確認すると、目を開いた。
嬉しそうに笑っている後輩が私を見つめていた。
『おいしいですか・・・?』
「うん、とっても・・・」
口に入っているものをすぐに噛んで飲み込んで、私は答えた。
『ありがとうですぅ。はい、先輩、喉を詰まらせちゃうと悪いですからどうぞ・・・』
渡された(置かれた)のはペットボトルの蓋に入れた飲み物。
『スポーツドリンクです。飲めますか?』
「ええ、大丈夫よ。ありがとう・・・」
蓋を両手で掴んで、中身を吸うように飲んだ。
「これ・・・飲むの久しぶり・・・」
『先輩が喜んでくれてよかったですぅ』
頬を赤らめて、私を眺める栞。
お腹も空かない、喉も乾かない、そんな体の筈なのに、この昼食で私は何故か満たされた。
『先輩はあたしの家を牢獄か何かだと、思っているかもしれません。それも仕方ないかもなんですが、あたしは先輩にそう思って欲しくはないんです』
「どうしたの? いきなり・・・」
昼食を片付けて、談笑していると、栞は珍しく真剣な顔で話してきた。
『あたしは先輩を・・・その・・・・・・時々・・・ペットのように扱ってはいますが、絶対、檻とか虫かごとか鳥かごには入れたりなんてしませんから・・・。だから! ・・・先輩もあそこを自分の家みたいに思って欲しいんです』
ペットのようには扱うけど、檻には入れない。だから、自分の家みたいに思って欲しい・・・・・・か。
「・・・あんたがそう言ってくれるの嬉しい。・・・けど、こんな大きさのせいかな? あんたをまだ全面的には信じられないの。昨日のようにあんたがいない間に姉に捕まってしまうかもしれないし・・・。私だって、まだこの体・・・いや、母親に捨てられて一ヶ月も経っていないのよ。すぐに自分の家みたいに思えって言われても・・・ちょっと難しいかな?」
栞の家に来てからはまだ一週間も経っていない。
それに人の心なんて簡単に変わるモノ・・・。
あれだけ、大事に育ててくれた母親が簡単に私を捨てたように。
栞だっていつ心変わりして私を檻に閉じ込め始めるかもしれないし、私だって、この生活に嫌気がして、逃走を計るかもしれない。
『・・・・・・分かりました。そりゃあ、そうですよね。ただ、先輩があたしの家に来たことを後悔させたくなかったんです』
ず~っと後悔はしてるんだけど・・・。
ひょっとして、さっきのことも彼女なりに私を安心させようとして言ったことなのかな?
さすがに警戒心を解くことはできないけど、栞がいるならこの生活も・・・悪くはないか・・・。
「どうせ、今の私の居場所はあんたのとこしかないんだから、別に逃げたりなんてしないわよ。だから、そんな暗い顔しないで」
もともと、友達なんていないし、唯一の保護者の母親にも捨てられたし・・・。
『先輩・・・』
嬉しそうにこちらを見つめてくる後輩。
『その言葉!! プロポーズと受け取っていいですかぁ!!』
「はぁ!? 何言ってんの、あんた!?」
急な展開に私は驚愕。
なんでそんな話になるの?
『私の居場所はあんたのとこしかないのぉ。だから、逃げたりしないからずっと私の面倒をみてぇ・・・って上目遣いで今、言ったじゃないですかぁ?』
言っていない、最後の方のは絶対に言っていない、上目遣いなんてしていない。
それに、またしても下手くそな物真似で余計に腹立つ・・・。
「あんたの耳って腐ってるんじゃないの!! そんなこと言った覚えないわよ!!」
『いいんですぅ。あたしは先輩のセリフをそうやって解釈したんですから。というわけで先輩はあたしと婚姻したということでいいよねぇ?』
変な解釈するな!!
「いいわけないでしょ!!!! 女の子同士で・・・しかも、まだお互い結婚できる年齢じゃないでしょ!!!!」
この後輩はいったい、姉にどんなことを刷り込まれたんだろうか・・・。
あの姉のことだから・・・・・・深くは考えないでおこう・・・。
まさか、自分の家だと思えってのはそういうこと!?
とりあえず一言・・・・・・ふざけんな!!!!
『先輩には人権がないんですから法律なんて口にしても無駄ですよぉ。だから女の子同士だろうと、年齢が満たされていなくても関係ないんですぅ。一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝た仲じゃないですかぁ?』
「誤解を招く言い方をしないで!! どれもあんたが嫌がる私を強制的に連れ込んだんでしょうが!!」
『あれぇ? お風呂のときはノリノリだったようなぁ・・・。 服が汚れたからお風呂入りた~い・・・でも私は小さくて入れないから栞ちゃんと一緒に入りた~いって・・・。そして、寝るときは確か・・・私、夜が怖いのぉ・・・だから、栞ちゃん、一緒に寝てほしいのぉ・・・ってどっちも先輩から言ってきたんじゃないですかぁ?』
「・・・・・・」
なんか逆ギレされてしまった。
そんなことは言ってない、断じて(お風呂に関しては私が要求したことは認めるけど・・・)。
私のセリフに対してのコイツの変換作用と無駄に凄い妄想力に私は完全に引き、絶句していた。
・・・もう好きにすればいいじゃないかしら?
ペットだろうと、夫婦だろうとどうせ私の扱いは変わらないんだから・・・。
それにしても人権がない私を逆手に取って、こういうことを提案してくるとは・・・。
賢しいというか・・・なんていうか・・・。
そんなことをしてまで私を自分だけのモノにしたいのか、この後輩。
ここまでくるとある意味尊敬の領域だ。
こういう私が引くぐらいの妄想力と独占欲は私じゃなくて、将来あんたが好きになる男にでもやってなさい(今のあんたじゃ有り得ないだろうけど・・・)。
絶対喜ばれて、その男はあんたに夢中になるから・・・。
ところで・・・このまま私と栞が夫婦になった場合、どっちが夫でどっちが妻なんだろう?
そんな激しくどうでもいいことを思案したいほど、未だ妄想を垂れ流して暴走している後輩のことを頭から外したかった。
想像力が貧困そうに見えるのに、その歪んだ発想は一体どこから来るのだろうか・・・?
けど・・・こんな飼い主なら悪くないなと少しは・・・・・・思ってもいいのかなぁ?
ご覧いただきありがとうございました。
次回で一応、一区切りは付ける予定です。
でも、現時点で構想ははっきりしているものの、執筆が進んでいない関係で、また投稿が少し遅れるかもしれません。