表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家牢   作者: 詞奇
飛師家編
3/14

縞 亜来サイド 二話 絵本

 亜来サイドの二話目になります。

 すでに投稿されている亜来サイドど栞サイドの間に割り込んだ方が・・・と考えましたが、投稿した順番に読んでほしいと思い、やめました。

 さて、今回は『絵本』という題ですが、ファンタジー要素はないと思います(絵本に触れる部分も意外と少なめ)。

 ※一部、不条理な点があったので訂正しました。

 飛師 栞は子供だ。

 見た目的な意味ではなく(それもあるけど・・・)、精神的な意味での話。

 しかし、その子供の中でも彼女は狡猾な部類。

 その可憐な見た目を武器にして、今の彼女があるといっても過言ではない。

 私がこれまでの経緯を話す代わりに彼女の経歴を聞いた。

 彼女は本来、この地方の人間ではない。

 小学校の卒業と同時に、彼女はこの地方に来たみたい。

 彼女は母親、父親、姉の四人家族で、この家には七歳年上のフリーターの姉を保護者として二人だけで暮らしているそうだ(毎月、親から仕送り有りとの報告)。

 本来、ここは母方の祖父の家で、その祖父は数年前に亡くなっていて、現在は姉がここで暮らしているとのこと。

 『別の地方の中学校に通いた~い』という娘(栞)のあざといおねだりと、姉の強い希望(何故?)もあって、現在に至っているそうだ。

 姉は夜仕事をしているらしく、基本、昼時は家にいる。

 私のことを姉に話したのか、と栞に聞いてみると、『するわけないじゃないですか? 先輩はあたしだけのモノなんですから!』と私を完全に物扱い。

 栞は私を自分の所有物として独占して、私を完全に支配するつもりかもしれない。

 幸い、今のところ彼女は、大好きな先輩の私を自分の物にできたことへの快感に浸っている程度。

 私に対してやっていることも所詮はママゴト遊び(それと過剰なセクハラ)。

 結局彼女は独占欲が強くて甘えん坊で、そして狡賢い子供だった。

 でも、人形の半分ほどの背丈しかない私にとって、子供でも十分な脅威だった。

 栞がその気になれば、私なんてどうにだってできるし、魔女が言ってた強度の強い体、だっけ? そんなのになっていても死なないわけではないと思う。

 たとえ頑丈な体でも、猫とか蛇に食べられれば(飲み込まれれば)命はない。

 もし、栞がそんな動物をこの部屋で飼い始めれば、私は完全に栞には逆らえなくなる。

 小さな私を殺したところで証拠隠滅は簡単だろうし・・・。

 飼い犬や飼い猫が飼い主に生殺与奪を握られているのと同様に、私も栞にそれを握られていた。

 つまり、どんなに否定しようとも、私はそれらと同類なのだ。

 納得はしていないけど・・・。



 怖い顔で後輩を脅して、お風呂を出た私は現在、彼女の部屋の机の上。

「ねぇ? 人形用の櫛はないの?」

『ないですよぉ。髪にはなるべく触れないようにするから我慢してください』

「しょうがないわね・・・。軽~くやりなさい。力入れたらダメよ」

『わかってますって』

 後輩に大きな櫛で髪を手入れをさせていた。

 洗った制服も下着もまだ乾いていなくて、タオル一枚羽織っているだけの私を、後輩は左手で持ち、右手で櫛を使っている状態。

 タオル越しとはいえ、思いっきり胸を触られているけど、女同士だし気にしてはいない。

 けど、握っている後輩は顔を真っ赤にして、下卑た表情をしていた。

 気持ち悪いけど、逸る気持ちを頑張って抑えようとしていることは評価する。

 私はむしろ、髪を触られる方が嫌だった。

 ずっと髪を大事にしてきたし、頑張ってここまで伸ばしたのだから。

 そういうわけか、髪を触られると寒気を感じ、不快な気分になる。

 魔女は私の体を痛めつけることしかせずに、髪はちょっと触れた程度。

 だから、心が折れずに済んだかもしれない。

 眠っている私にリボンで髪を二つに結んだ栞に対しても、腹が立っていてきつく当たっていた。

『先輩って綺麗な髪をしてますねぇ。手入れは毎日しているんですかぁ?』

「小さくなる前はしてたわ。なってからはこれが最初になるわ。それに誰かに手入れされるのも初めてだし」

『先輩の初めて・・・をあたしが・・・』

 変な言い方して・・・と言おうとしたけど、綺麗な髪だと言われて、少し上機嫌になっていて、そのまま流した。

『じゃあ、髪型交換しましょうよぉ?』

「どうゆうこと?」

 意味が解らない。

『先輩がツインテールにしてあたしがポニーテールになるということです。子供っぽくて嫌だったからそろそろ変えたかったんだよねぇ、あたし』

「十分子供じゃ——イタッ!? 力入れすぎ!!」

 子供扱いしたら、櫛の力が一瞬強まった。

『先輩はそのサイズですから、子供っぽくしたほうが似合いますよねぇ? あたし、裁縫は苦手だから先輩用のお洋服や下着とかは作れないんですよねぇ。かといって、お人形の服は先輩にとっては大きいですしぃ・・・』 

「・・・・・・」

 まあ、人形の半分ぐらいしか背丈がないんだし、似合うわけないよね。

 そして、この後輩の欠点が裁縫で本当によかった。もし、それが得意分野だったらどんな服の着用を強要されるか? 想像しただけで鳥肌が立つ。

『あっ、そういえばお姉ちゃんがこういうの得意だったから今度頼んでみよう。ククク・・・』

 後輩は下卑た表情をしていた。

「!? わ、私、今の服装で満足してるから、そ、そこまでしなくても・・・。それにお姉さんも忙しいでしょ? 迷惑かけちゃダメ!!」

 嫌な予感がした私は慌てて止める。

 きっとまた変なことを考えている。

『どうしたんですか? そんなに子供っぽい服を着るのは嫌ですかぁ? ちなみにお姉ちゃんは今は寝てるんですよねぇ。だから先輩がどんなに悲鳴を上げても大丈夫だったでしょ? もうちょっとで起きるはずですから待っててください。この時間は暇で何かしたい、ってお姉ちゃんが言ってましたから。・・・本当は先輩も憧れているんじゃないんですか? だってぇ~、子供っぽい服ってぇ~私には似合わないしぃ~もし着れるなら着てみた~い! で~もぉ、栞ちゃんにおねだりするなんてぇ~私のプライドが許さな~い、って思っているんじゃないですか?』

「だ~か~ら!! 下手な物真似するな!! 一度も思ったことがないわよ、そんなこと!!」

 さっきより、更に下手くそになっていて、余計にムカついた。

 姉が今現在、この家に居るということを初めて知ったんだけど・・・よく起きなかったわね・・・あれだけ騒いでいたのに・・・。

『それとお姉ちゃんはあたしを溺愛していて、上目遣いで甘えたらどんなことでも聞いてくれるのぉ!!』

 いつもより可愛い声でそう言い放つ栞。きっと誰かに甘えるときはいつもこうしているのだろう。

 そのムカつく言い方は私の前ではしないでほしい。

 それにしても両親だけでなく、姉までも懐柔しているのか? この後輩。

 まあ、それなら姉がコイツをここに連れてくることを強く希望したのも納得がいく。

 子供っぽい言動な上に我儘な物言い・・・。どこまで甘やかされて育ったんだろうか、コイツは。

 親の顔を見てみたい気がする。

『・・・てなわけで、飼い主命令で先輩にはツインテールをしてもらいます!! いいですね? もし断るならその綺麗な髪の毛にキスをして、あたしの唾液を付けますからね!!』

「どういうわけ!? なぜそこまで・・・・・・わかったわよ・・・自分で結ぶからリボン貸しなさい」

 後輩の手から解放された私は、胸や腹、背中とかに彼女の手の感触が未だに残っていて、気持ち悪く思いながらも渡された二本の赤いリボンを受け取る。

 この我儘娘めぇ・・・と心の中で何度も何度も叫びながら、髪を二つに結った。

 コイツと同じ高さに結うのは嫌という理由で、お下げみたいな感じにした。

『せんぱ~い、弄りたいほど可愛いですぅ!! 似合ってますぅ~! これから一緒のベッドでお昼寝しましょうよぉ?』

「調子に乗るな! まだ服が渇いていないんだからだめ。さっさと乾かしなさい」

 今の恰好私と今の状態の栞で一緒に寝るのは危険すぎる。

『・・・わかりましたよ~だ・・・』

 しぶしぶ承諾して制服にドライヤーを当てる後輩。

 私はその場に座って乾くのを今か今かと待っていた。



 その日の夜。

『えっ、それじゃあ、その間は誰が先輩の面倒を見るんですかぁ?』

「いや、別にあんたに面倒みられなくても大丈夫だから」

 机のスタンドだけが点いた暗い部屋の中で明日のことの相談をしていた。

 私は栞に学校へ行くように説得していた(勿論、私は行かない)。

 栞は私が学校に行かないなら、自分も行かないと駄々を捏ねている。

「私はお腹も空かないし、喉も乾かないの。だから、安心していってらっしゃい」

 つまりは餌を与える必要のないペット。認めたくないけど、今の私はそんなところだった。

『え~、でもですねぇ~・・・』

「あんたが学校に行かなければ、親が心配するでしょ。もし、あんたがこの部屋にずっと引きこもって、親とかが無理やりこじ開けて、私が見つかったら、あんただけの私じゃなくなるわよ。それでもいいの?」

『さ~て、明日は学校だから寝坊しないようにしなくちゃ』

 栞は椅子から立ち上がり、スタンドを消した。

 この説得方法は効果抜群だった。

 どんだけ私を自分だけの物だけにしたいんだ、この後輩は・・・。

 その独占欲の強さに私も辟易していた。

『じゃあ、あたしは寝ますけどぉ、先輩はどこで寝ますかぁ? あたしのベッドで一緒に寝てくれるなら大歓迎ですが・・・』

「潰されるから嫌!! この机の上の汚いベッドで寝させてもらうわ」

 大きさを考えなさい、大きさを・・・。

『先輩は知ってますぅ?』

 ベッドに向かう私は栞の一言で足を止める。 

「何を?」

『眠っている小さな女の子をカエルが攫っていくお話がありましたよねぇ?』

「知っているけど、ここは二階だから、カエルが入ってくることはないと思うけど?」

 そんな童話みたいな展開が起こるわけがない。

『いえいえ、カエルに限った話ではなくて、猫とかカラスだったらここに侵入しようと思えばできちゃうんです。今は窓ガラスを閉め切っているから大丈夫とは思いますが・・・』

「なら心配ないじゃない。さっさと寝たら? 遅刻するわよ」

 怖がらせて、一緒に寝ようという魂胆?

 生憎その手には乗らないわ。

『それが、この前、窓ガラスが割れていまして、猫か何かがこの部屋を荒らしたことがあったんです。まあ、その原因としては朝食のパンを残して、置いたまま学校に行っちゃったことなんですけどね。そのパンは全部食べられていましたし・・・』

「何が言いたいのよ」

 なんか寒気がしてきて、恐る恐る聞いてみた。

『つまりですねぇ。お腹を空かせた動物はそれぐらい危険なんです。ガラスなんていとも簡単に割っちゃうくらい。そんな動物にとって先輩はちょうどいい獲物なんです。もし、先輩が外側から丸見えの机の上で寝ていたら簡単に気付かれますよねぇ?』

 脅しだ! 脅しに決まっている・・・・・・はずなのに・・・。

 私は震えて、動けなくなっていた。

「きゃあ!? きゅ、急にライトを点けないで!? びっくりしたじゃない!」

 突然、スタンドの明かりが点き、びっくりした私はその場に座り込んでしまった。

『これぐらいで怖がっているんだから、決まりですねぇ? もう嫌とは言わせませんよ』

 栞は私を掴んで、スタンドをまた消した。

『震えてるじゃないですかぁ? まさかオシッコちびってませんよねぇ?』

「子供じゃあるまいし、ちびってなんかないわよ!!」

 認めたくないけど、栞に掴まれて、寒気が消えた。

 栞は私を掴んだまま、ベッドに入って、毛布を被る。

 真っ暗な毛布の中で栞は私を解放した。

 そして、巨大な顔を私に近づけて、囁いてきた。

『先輩、今夜は寝かせませんからね』

 生暖かい息とともにやってきた言葉のせいで、再び悪寒が襲った。

「そんな台詞、どこで覚えたのよ! さっさと寝なさい、寝坊しても知らないわよぉ!」

 きっと私と一緒に寝られることに興奮しているんだ、この後輩は・・・。

 今日の夜は本当に長くなりそう(絶対、眠れそうにないから)。

 私はびくびくしながら、横になり、目を閉じた。 



 やっぱり眠れなかった。

 あの後輩、寝相が悪すぎる。

 寝返りで潰されそうになるし、捕まって服を脱がされる始末。

 眠っている筈なのに、小さな私を捕まえて、花びらを毟るように、私の身に着けているものを器用に剥ぎ取っていった。

 いったい、何の夢を見ていたの・・・?

 栞が目を覚ます前になんとか全てを身に着けれてよかったものの、もし間に合わなかったら心身共々危険な目に遭っていたかもしれない。

 後輩の変態さが身に染みて解ってしまった。

 どんな理由であれ、栞と一緒に寝てはいけないという教訓を得た。

 でも、まだ机の上で寝るのも、行くのも怖かったのでベッドの上に留まっている。

 そんな訳で、飼い主をさっさと学校に行かせて、この大きなベッドを独占していた。

 弾力があって、巨人さえいなければ寝心地が最高のベッドを。

 栞がいなくなったと同時に、髪を結っていたリボンを外し、ベッドの下に落とした。

 だいたい、寝るときもどうしてこの髪型でいなきゃならないのよ。

 まあ、私が外し忘れていただけだけど・・・。

 何はともあれ、これで枕を高くして(枕なんてないけれど)眠れるというわけだ。

 そう、ようやく眠れるというのに・・・。

「なんであんたがここにいるのよ!! もう、私に飽きたんでしょ!」

 私をまるで虫のように観察する、黒ローブを羽織った巨大な金髪少女。

 忘れはしない。私を小さくした張本人、魔女だった。

『チビちゃんが虐待されてないか、確認しに来たんだよぉ』

「虐待していたのはあんたでしょうが!!」

『それは心外だねぇ? ワタシはチビちゃんを可愛がっていただけなのにぃ?』

 あれのどこが可愛がっているのよ!! 踏みつぶしたり、床に思いっきり叩きつけたりして・・・と抗議しようとしたけど止めた。コイツに何を言っても無駄な気がする。

「・・・・・・栞はあんたと違って私を大事にしてくれているわ。その分、セクハラもされているけど・・・」

『ふ~ん、セクハラねぇ? あれって人間じゃない雌に対しても使える言葉だったっけぇ?』

「雌って言うなぁ!! 私は人間よ!!」

 何を言われても我慢するつもりだったけど、すぐに限界が来てしまった。

 どこまで犬や猫と私を同列にするつもりなの? コイツは・・・。

 そして、怒った私を馬鹿にしたように大笑い。

『いえいえ、犬や猫というよりも、ネズミとかモルモットのような、小動物としてワタシはチビちゃんを見ているけどぉ?』

「勝手に心を読むなぁ!! ・・・・・・私は眠たいの! さっさと帰らないと不法侵入で栞に言いつけるからね?」

 以前は犬猫扱いだったのに!? ふざけんじゃないわよ!

 人の眠りを邪魔しないで!

『飼い主のお姉さんから見たら、チビちゃんも立派な不法侵入なんだけど・・・。あっ。そうかぁ! チビちゃんには人権がないから関係ないんだったぁ』

「くぅ・・・もう許さない!!」

 その笑っている顔を引っ掻いて噛みついて泣き顔に変えてやる!

 完全に激怒した私は力任せに巨大な魔女の顔に飛び込んだ。

 しかし、魔女は顔を後ろに下げて簡単に躱した。

「いやぁああああああ!! イタッ!! なんで避けるのよぉ!!」

 当然、私は高速で下に落下し、絨毯に顔を思いっきりぶつけた。

『まさか、飛び込んでくるなんてぇ・・・。クススッ、勝てるとでも思ったのかなぁ?』

 そんな私に唖然として、魔女は笑っていた。

「うるさい! 黙れ!」

 無様だってことはわかってるんだから!

 分厚い灰色の絨毯に埋もれながら、叫んだ。

 さっき、落とした赤いリボンが私を嘲笑っているようで腹が立ってきた。

『・・・それにしてもお客様に攻撃しようとしたり、暴言を吐くなんて、ちゃんと躾けられていないのかなぁ? この生き物は。そうだぁ。ワタシが飼い主の代わりに少しだけ躾けてあげようかなぁ?』

「!?」

 その発言に私は戦慄した。

 魔女は私を鷲掴みにして、ベッドの上に戻した。

 何をする気なの?

『やっぱり小さい動物を躾けるのは絵本が一番だよねぇ』

 そういって、黒ローブの懐から大きな本を出し、ベッドに置いた。

 小さい動物を躾けるのが絵本って全然意味が解らない。

 あまりにも意外で恐怖が抜けた。

「絵本なんかで私をどうするの? 睡眠用に読んでくれるならありがたいけど」

『睡眠? この絵本の主人公はチビちゃんなのに、眠らせるわけがないじゃない?』

 魔女の言っていることが理解できなかった。

「はぁ? 何を言って——ってなんで私を掴むのよ!!」

 魔女は何も描かれていない赤色の本の表紙を開いて、何も書かれていない真っ白のページに掴んだ私を置いた。

『いってらっしゃ~い』

 巨大な表紙が私のところに迫ってきた

「ちょ!? 潰す気じゃ——きゃぁあああ!!」

 魔女は容赦なく本を閉じた。 




 目を開けると、そこは栞の部屋ではなかった。

 眠っていたところは本の上ではなく、凸凹した地べたの上。

 そして、周りには自分の背丈より遥かに大きな草花が私を囲んでいて、頭上には雲一つない青空。

 ここって、外なの?

 その時、疑問に答えるかのように聞き覚えのある声が空から降ってくる。

『絵本の中だよぉ』

「うわっ!? びっくりしたぁ! いきなり話しかけてこないでよ!」

 本当に急だったので、飛び上がるほど驚いてしまった。

 魔女はどこかで私を見ているの?

『これはワタシが描いた世界なんだよぉ。つまり、ここではワタシが神様』

「馬鹿だとは思わない? 自分で神様って言って・・・」

 思わず笑ってしまった。

『おバカなのはどっちだろうねぇ? もしかして、まだ気付いてないのぉ?』

「はぁ!? 何を?」

 その時、獣の唸り声が聞こえた。

 恐る恐る、声の聞こえた方へ振り向くと・・・。

『グゥゥ・・・』

 喉を鳴らして、大きくて真っ赤な瞳でこちらを獲物のように見つめる、尖った二つの耳をした白くて巨大な怪物がそこにいた。

『この中のモノを全て、ワタシの思い通りに出来るってことだよぉ。さ~て、頭の悪い小さなチビちゃんはこの状況をどうするのかなぁ?』

「逃げるに決まっているじゃない!!」

 馬鹿にしていることに腹が立つけど、今はそんな場合じゃない。

 逃げなきゃ食べられる!?

 反射的に体を起こし、怪物とは反対の方向へ一目散に走り出す。

 逃げる私を怪物は後ろ脚でピョンピョンと跳ねながら、追ってくる。

『あ~れぇ~? どうして逃げるのぉ? ワタシと対しているときと全然違うじゃな~い』

「あんたと違って話が通じないじゃない!! あのウサギ!!」

 花の茎と茎の間をすり抜けたり、寝転がっている草を踏み台にしながら逃げる私に対して、跳ねてからの着地で花を次々とへし折って、素早く追ってくるウサギ。

 このままじゃ捕まるのも時間の問題。

 私が知っているウサギとは全然違う。

 何? あの獰猛な怪物!

『ふ~ん。じゃあ、そんな怪物にさっそく捕まっても~らおっとぉ!』

 不吉な予感がしたと同時に私は転倒。

 大きな落ち葉を踏んでしまい、滑ってしまったのだ。 

 すぐに追いついた怪物は前足で私を地べたに押し付けて拘束。

『さ~て、ウサちゃ~ん。餌の時間だよぉ~。今日のメニューはそのドブネズミ。じっくりと味わいなさいなぁ~』

「いやぁあああ!! 放してぇ!!」

『言葉が通じないから無理だよぉ。さっきチビちゃんが言ってたじゃない? ワタシの命じた通りに動くんだけどねぇ・・・』

 必死に叫ぶ私を魔女は滑稽だと言わんばかりに笑っていた。

 大きな赤い瞳が私を捉え、凝視している。

 喧しく叫ぶ私を黙らせるためか、怪物は私の喉元に思いっきり引っ掻いてきた。

 怪物の爪は私の声帯を破壊し、私の悲鳴は喉から飛び出る鮮血と共に掻き消される。

『小動物の悲鳴って好きなんだけど・・・でも、チビちゃんの悲鳴は嫌というほど聞いちゃったからもう充分なんだよぉ』

「――――っ、―――――っ」

 どこまで私を虐める気なの? こいつは。

 そして、前足に拘束されて身動きもできない上に、声帯を壊されて声も出せない私に怪物は、制服ごと胸を尖った前歯で喰らい、止め。

 あれ? そもそもウサギって草食じゃなかったっけ・・・? なんで私は食べられているの・・・?

 怪物は絶命して動かなくなった私を貪った。

 私は何故か残っている意識で、自分の体が食い尽くされる光景をただ見ていた。



 えっ、あれ・・・? 私、生きてる・・・?

 目が覚めて、最初に見たのは割と低い位置にある天井。

 頭に柔らかい感触がすると思ったら、枕が敷かれていて、体には毛布がかぶさっていた。

 更に怪物にバラバラに千切られ、食べられてしまった筈の私の体は傷一つない綺麗な状態で四肢が繋がっていた。

 体を起こして、辺りを見る。

 丸いテーブル、洋服箪笥、本棚、そして、私が眠っていたベッド。

 何もかもが私のサイズにぴったりで巨人の世界ではなかった。

 ベッドを降りて、この部屋に設置されている等身大の大きな鏡で自分の姿を確認する。

 服装は制服から、大きな赤いリボンが腰の部分に巻かれた、フリル付きの白いドレスで、髪型は外したはずの赤いリボンが両サイドに結ばれていてツインテールの状態。

 まるで、栞のような姿に一瞬戸惑いながらも、これはこれで違和感がなかった。

 別の部屋が気になり、ドアを開けて、見た先には見覚えのある少女がいた。

 今の私と同じ髪型に、この風景には合っていない制服姿の少女。

「栞・・・?」

 少女の名前を呼ぶ。

 白い布が被さったテーブルの席に栞が座っていた。

 私は近づいて、肩を叩いてみるけど、栞は返事をしない。

「ねぇ、栞! 何か言いなさいよ!!」

 何も言わない栞に、カッとなって強く肩を叩いた。

 栞は無抵抗に席から床にポトンと落ちて倒れた。

「・・・どういうこと・・・?」

 栞は死んだように動かない。

 目もぱちりと開いたまま。

「まさか・・・人形・・・?」

 でも、栞の匂いがするし、体も温かいし、柔らかいし、顔もそっくりだし、人形の筈がない。

 怖くなって、さっきの部屋に戻ろうとしたけど、さっきのドアは何故か消えていて、ここはドアも窓も一つもない部屋になっていた。

 一体、どうなってるの・・・?

 栞の体を何度も揺さぶるけど、依然彼女は全然動かない。

 


『あっ、餌を用意しないと!? きっとお腹が空いてるはずだから!』

「餌って・・・あんたねぇ!! 私をペット扱いするな!!」

『そうだねぇ。一階の冷蔵庫にチーズがあったはずだよ。栞ちゃん、持ってきてぇ~』

「あんたはいつまでこんな茶番をやっているのよ!! 早く今の状況を説明しなさい!!」

『は~い、あと、給水器とトイレ用の入れ物も準備しないとぉ』

「ちょっ、栞!? あんたは私をなんだと思っているのよ!!」

『頼んだわよぉ』

「あっ、こら! 待ちなさい、栞!!」

 私の言うことなんてまるで聞こえていないかのように二人の会話が進んでいた。

 栞が扉を開けて、バタンと閉まる音で鼓膜が破れそうになった。


 あの部屋でずっと栞を揺さぶっていると、突然天井が開けて見た光景に私は戦慄。

 なぜなら、巨大な栞が私を見ていたからだ。

 部屋にいた栞と全く同じ格好をしている巨人の栞に掴まれて、私は部屋から出された。

 部屋の外は更に大きな部屋の中で、さっきまで居たのはドールハウスだったことに私は絶望。

 更には、もう一人の巨人が居た。

 ラフなTシャツにショートパンツの恰好をした栞と同じぐらいの背丈の金髪少女。

 黒ローブは羽織ってないけれど、その口調と声といい、間違いなく魔女だった。

 なんで、栞と魔女が一緒にいるの?

 そもそもここはどこなの?

 今見ている光景が私には全然理解できなかった。


「こら! 遊んでいないで説明しなさいよ!!」

 ドールハウスに戻された私は空いた天井に向かって叫んでいた。

 しかし、顔を覗いた魔女は困った表情をしていた。

『さっきからネズミがなんか五月蠅いのだけどぉ・・・。どうしちゃったのかなぁ? お腹が空いたのかなぁ? それとも、トイレ? 我慢しなさい、今栞ちゃんが用意してくるから。・・・ってネズミに言ったところで通じるわけがないけかぁ・・・』

 私がネズミ?

 またいつものようにからかっているのか?

「ふざけてないで説明しなさい!! 私をネズミ扱いするなぁ!!」

 その発言に魔女は首を傾げた。

『チュ~チュ~喧しくてワタシは嫌なのに・・・。栞ちゃんはこれのどこが気に入ったのかなぁ? ワタシには全然わからないなぁ~』

「まさか・・・本当に通じてないの・・・?」

 いや、まだだ。魔女はからかっているだけなんだ。

 栞に話しかければ解ってくれる筈だ。

 そして、再びドンと大きな音と共に栞の甲高い声がした。

『魔女さん、あったよぉ!! チビちゃんはちゃんと食べるのかなぁ?』

『ネズミだしぃ大丈夫だよぉ、きっと』

『そうだねぇ。チビちゃん、餌だよぉ』

 私の目の前に小さく切ったチーズがボトッと置かれた。

「栞!! 私が言っていること解るよね? ちゃんと先輩って呼びなさいよ!!」

 あんたには私が人間だってわかる筈。

 なんか言って!!

『あっ、チビちゃんがチュ~チュ~って鳴いてるぅ!! 喜んでいるのかなぁ?』

「・・・・・・」

 その一言で私の思考は完全に停止し、その場で固まってしまった。

 栞にも、私の言葉が解っていなかった。

『あれ? チビちゃんが動かなくなったよぉ。お腹空いてないのかなぁ? 魔女さん、やっぱりネズミってドールハウスじゃなくて飼育かごの中で飼うものじゃないかなぁ? いくら魔法で人の姿にして、寂しくないようにとあたしそっくりのお人形を置いたといっても、やっぱりチビちゃんはネズミなんだしぃ』

『そうねぇ・・・。いくら見た目を栞ちゃん好みの人間の姿にしたって、中身はネズミだしねぇ。言葉も発することはできないし。やっぱり人間様と同じ暮しはネズミには無理だったのかもねぇ?』 

 動かない私を栞は軽く掴んだ。

『あっ、チビちゃんが泣いてるぅ~。やっぱりここは合ってなかったみたいだぁ~』

 えっ、私、泣いているの!? どうして?

 言われるまで涙を出していることにすら気付かなかった。

 栞はティッシュで私の涙を拭き取る。

『大丈夫だよぉ。あたしがずぅ~っと面倒見てあげるからねぇ』

 栞はそう言って私の顔にキスをした。

 普段、栞が私に向けている求愛行動や独占欲からするキスではないことは、顔を見てわかってしまった。

 今の栞が私に向けているのは、純粋にペットを可愛がっているような汚れのない笑顔だった。

『栞ちゃん、だめだよぉ。キスなんかしちゃあ。バイ菌が付いたらどうするのぉ?』

『チビちゃんにバイ菌なんか付いてないもん! 清潔だもん。それに可愛いし』

 栞は私の頭を指でなでなでしながら飼育かごの中に入れた。

 床には藁やウッドチップで一杯になっていて、トイレと思われる藁の入った入れ物と木材のボックスに穴の開いた巣箱。そして、隅にはそれぞれ回し車や給水器が置いてあった。

 ここに住むことになる私はネズミそのものだった。

『大好きだよぉ、チビちゃん』

 透明な飼育かごの向こうで栞の巨大な顔はそう言った。

 何故か涙がまた出始める。

 この涙の理由が私にはわからなかった。

 栞に人間扱いされないことに対しての絶望か、単に惨めすぎる自分に対する悔しさか、それとも、純粋な気持ちでペットに愛情を注いでくれる栞に嬉しいのか。それとも全く別の理由からか・・・。

『あっ、チビちゃんが嬉し泣きしてるぅ。やっぱりここで正解なんだよぉ。あたしって天才』

『やれやれ、栞ちゃんは本当に変わっているんだから』

 栞は優しく、魔女は怪しく笑っていた。

 結局、涙の理由がわからないままだった。



 ふと気づいたら、栞の部屋に戻っていて、私は本の上で眠っていた。

『楽しかったぁ? 随分、大人しくなったねぇ。ネズミさん』

「・・・・・・」

 私は魔女と目を合わせず、沈黙。

『あれぇ? 黙っていると本当にお人形みたいで可愛い。ひょっとしてチビちゃんじゃない?』

 小馬鹿にする魔女にとうとう堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなぁ!!」

 今立っているページを私は、怒りに任せて思いっきり何度も何度も踏みつけた。

「こんな展開、私は絶対に認めない!!」

 地団駄しているそのページには、飼育かごの中でチーズを齧りながら、笑っている私と、それを楽しそうに観察する大きな栞が描かれていた。

 コイツだけは許さない!! 私の何もかもを馬鹿にしてぇ!!

『あれれぇ、反抗期かなぁ? そういうのは飼い主にやってよぉ』

「きゃあ!?」

 魔女は手の甲で虫を払うように私を押しのけた。

 ページの上から私が落とされたのを確認して、魔女は本を閉じた。

『そうそう、チビちゃんにプレゼントがあるのぉ』

 本を懐に仕舞った魔女は私の胸を指で軽く突きながら言った。

「・・・・・・」

 何も言わず、ただ魔女を睨む。

『次は何するの、て目をしてるねぇ? 安心してよぉ。本来はこれを渡しに来ただけなんだからぁ』

 魔女は栞の机の上に四角い何かを置いた。

「なんでそこに置くの?」

『ベッドの上にこれを置いたら危ないでしょ? そういうことも分からないのぉ?』

 魔女が置いたものをよく見ると、箪笥だった。

 確かにここに置いたら危なかった。

『さあ、次はチビちゃんの番ねぇ』

「ちょっと待って!? 私、そこに行きたくない!?」

『我儘はダ~メ。我慢するのぉ』

 必死に抵抗するけど、魔女は簡単に捕まえ、私を机の上に置いた。

 近くで見た箪笥は私が扱えるようなサイズに合わせていた。

『この中にはチビちゃん用の下着やお洋服が入っているよぉ。さすがに一着だけだとチビちゃんがわんわん泣きそうだし』

「別に泣かないし・・・」

 実際、机の上がまだ怖くて泣きそうなのは秘密。

 震える手で箪笥の上の段から中身を確認していく。

 一番下の段を確認し、引っ込めたと同時に私は落胆した。

 確かに洋服も下着も靴下も入っていた。

「全部、子供用って・・・どんだけ馬鹿にするつもりだぁ!!」

 今日一番の大声で私は叫んだ。

 洋服は妥協するにしても、パンツや靴下とかシャツは幼稚園児や小学校低学年の女の子が身に着けていそうな動物や果物、果てには子供向けアニメのキャラクターがどれにも描かれていた(ちなみにブラは入っていなかった)。

『チビちゃんにはきっと似合うから大丈夫だよぉ。それとも、ずっと同じ服と同じ下着で過ごすつもり?』

「くぅ・・・・・・」

 つまりそれは、こういう下着シリーズしか渡さないと言っているようなものだった。

 意地でも着させたいの?

『これも履いてみるぅ?』

 魔女が出したのはよく子供向けアニメで女の子が履いている、リボンの飾りが付いた赤い靴。

 正直言って履きたくはないけど、小さくなって今まで靴下か裸足で過ごしてきた私にとっては靴は欲しかった。いずれ外へ逃げ出すために必要なものだから。

 サイズはぴったりで簡単に履くことが出来た。

 でも、ピッタリなのがどこか腹が立つ! 魔女がまるでチビちゃん専用って言っているみたいで。

『きゃあ~、可愛くて似合ってるぅ~。その可愛さに免じて今日はこれで帰るねぇ~。まったねぇ~』

 魔女はあっという間に去っていった。

 一人机の上に取り残された私は力の限り叫んだ。

「二度と来るなぁああああああ!!!!!」

 いつの間にか恐怖と眠気が嘘みたいに消えていた。 

 

 ご覧いただきありがとうございました。

 次は栞サイドの二話目になると思います。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ