飛師 栞サイド 一話 先輩
前回は亜来視点(語り)で、今回は栞視点(語り)です。
亜来の話では描かれなかった部分をこちらで描いている、みたいな内容です。
魔女さんの出番が少ないせいか、今回は残酷な描写はないと思います(多分・・・)。
あたし、飛師 栞は身長にコンプレックスを抱いている。
中学二年になっても、未だに小学生と間違われることもしばしば。
それでも、昔よりかはマシ。
小学生の時は、小ささ故に男子に馬鹿にされ、女子には子ども扱いされて・・・と苦痛だった。
今でも、あたしはその時の夢を見て魘されることがある。
中学は違う地方を選んだおかげで、この学校に小学生時代のあたしを知っている人間はいない。
それでも、いつそうなるか分からない不安が消えなくて、誰にも心を許していなかった。
別に一人が嫌なわけじゃないけど、話し相手は欲しいなぁ・・・。
ただ最近、そんな願望が別の意味で叶った。
男子に告白されることが多くなった。
あたし、男子は嫌いなんだけど・・・。
当然、告白も全部断った。
そいつらは皆、あたしを馬鹿にした奴らと同じ目をしていたから。
こんな奴らに絶対心なんて許すもんか!
中学二年の二学期初めの昼休み。
昼休みになると同時に教室を抜けて、いつもの場所に向かう。
五階建ての校舎のうち、四階はほとんどが空き教室で昼休みに人がいるのを見たことがない。
その一番奥の空き部屋であたしはいつも昼休みを過ごしている。
ここで弁当を食べたり、窓から外を眺めたり、置いてある古本に目を通したりと好き勝手にやるのがあたしの日常。
しかし、今日はその空き部屋に人影が見えた。
誰かな、とドアの窓をそっと覗くと、見たことのない女子がいた。
ポニーテールの、綺麗で鮮やかな黒髪で背は間違いなくあたしより高くて、顔は怖く見えるけど、どこか凛々しさを感じる。
その女子はいつもあたしが座っている、窓際のボロ机の上に乗って、ただ、外を眺めていた。
特に何かをするわけでもなく。
不思議と場所を奪われた怒りがあたしには湧かなかった。
あの女子はあたしにないものを持っていたから。
それに、こんな絵画みたいな光景をずっと見ていたいとも思った。
結局、あたしは昼食を摂らないどこらか、その部屋に入ることなく、ずっとその女子を眺めていた。
チャイムの音で我を取り戻したあたしは、気づかれる前にその場を立ち去った。
あの人と話したい・・・いや、付き合いたい!
調べたところによると、彼女は縞 亜来という中学三年生の女子で、部に所属もしていなければ、目立ったこともしていない普通の女子だった。
けど、あたしはそんな普通の女子に惹かれてしまった。
次の日の放課後、縞先輩を呼び出して告白したけど、見事に玉砕した。
間近でみる先輩はあたしの背丈より、頭一つ分以上高くて、綺麗で凛々しかった。
そして、あたしお得意の上目遣い攻撃が初めて通じなかった相手だった。
初めて会話して、玉砕した結果、余計に先輩のことが好きになった。
しかし、その次の日に由々しき自体が起こった。
縞先輩が学校を欠席していた。
玉砕しても諦めなかったあたしは縞先輩の教室に行き、入り口から一番近い席に座っている女子に聞いて、欠席していると答えた。
風邪らしいけど、そうなのかな? 昨日はそんな感じしなかったのに。
それからその週はずっと同じことをしたけど、縞先輩はずっと欠席。
さすがに噂になっているかもしれないけど、知ったことじゃない。
やっぱりあたしが原因なの?
それが頭から離れず、その日の夜も眠れなかった。
時刻は深夜零時を過ぎ、既に日付は変わっている。
眠れないあたしは特にすることがなく、ただ勉強。
同居しているお姉ちゃんは今、仕事で家を出ている。
勉強なんて珍しい。明日槍でも降るんじゃない、と失礼なことを言って、さっき家を出たばかり。
静かな夜でも勉強が全然頭に入らなくて、縞先輩のことばかり考えていた。
『ごめん・・・。私、そっちの趣味はないから』
拒絶した縞先輩のセリフが今もあたしに突き刺さっていた。
でも、あたしは今でも縞先輩が好きだ。諦められない!
「それで諦める程度じゃ、好きって言わないもん!!」
誰かに言ったわけでもなく、自然と口から出していた。
さすがに日付が変わると眠くなってきちゃったなぁ・・・。
その眠気はインターフォンの音で吹き飛んでしまった。
突然にビクッと驚いたあたしは反射的にベッドに潜った。
なんなのよぉ。こんな時間に・・・。
しばらくすると諦めると思ったけど、未だに鳴り続ける。
これじゃあ、近所迷惑じゃない!!
観念したあたしは、恐る恐る玄関に近づく。
扉越しから外を覗いてみると・・・。
「早く出てきてよ! 居るのは分かっているんだからね!」
黒いロープを着た、変な赤い目をした女がボタンを連打していた。
怖がったのが、馬鹿みたい。
溜息を吐きながら、あたしは扉を開けた。
「遅いよ! インターフォンが鳴ったらすぐに出ろってお母さまに習わなかった?」
なんであたしは説教をされているの・・・? しかも同じぐらいの身長の女に。
「そっちこそ、こんな時間に押しかけるのは失礼だとママに教わらなかったの?」
「習わなかったよ。会う必要があるのら、どんな手を使ってでも会え、とは教わったけどね」
「・・・・・・」
この女の親の顔が見てみたい。
「それで・・・何の用? それ以前に誰? あんた」
女は胸をポンと叩き、誇らしげに名乗った。
「ワタシは魔女だよ。あなたの望みを叶えに来たよ」
なんか胡散臭い、凄く胡散臭い・・・。さっさと帰らせよう。
「・・・別に望みはないから。それじゃあさようなら」
扉を閉めようとしたけど、なぜか扉が動かない。
「ちょっと待て!! コホン・・・。望みはなくても気になってることはあるよね?」
一瞬、素が見えたような。怖い顔してたし・・・触れないでおこう。
「気になっていることもないけど」
縞先輩のことが気になっているけど、この女に話すことではない。
「例えば・・・大好きな先輩の行方、とか?」
「!?」
この女、知ってるの・・・?
「縞先輩に何をしたの?」
「いえいえ、お母さまから娘を好きにしていいと言われたからずっと遊んでいただけだよ。ちゃんと生きてもいるし・・・」
生きている、て言われてちょっと安心したけど・・・。遊んでいたてどういうこと?
「そこであなたに取引にきたんだ」
取引って何を・・・?
「彼女を飼育してほしいの」
彼女って縞先輩!? それに飼育って・・・。
「住まわせるの間違いじゃないの?」
「う~ん、間違いじゃないんだけど・・・。今の彼女には飼育の方がしっくりくるかな?」
「どうでもいいから! それで、先輩はどこにいるの? 早く会わせて!」
「もう、せっかちなんだから~」
女は一つの小箱を懐から出して、あたしに渡してきた。
「何これ?」
「えっ? あなたが要求したものだけど?」
まさかと思い、恐る恐る中身を開ける。
その中には見覚えのある制服を着た小さな黒髪の女の子が一人いた。
『いやぁ!?』
少女は泣きそうな顔でびくびく震えて、箱の隅に避難しながらあたしを見上げていた。
「縞・・・先輩?」
間違いなかった。
ポニーテールは解いていて、声も可愛いくなっているけど縞先輩だった。
怖がっている先輩を魔女は虫のように摘み上げ、あたしの顔まで近づけた。
「どぉ? 欲しいでしょ?」
間近で見る先輩はとっても綺麗で、可愛かった。そして、潤んだ瞳であたしを見ていた。
「先輩はモノじゃない!!」
『きゃぁああああ!?』
えっ、なんで先輩。
魔女はクスリと笑った。
「ダメだよぉ。そんな大声出したら・・・」
そうか! 先輩は小さいから。
魔女の手のひらには倒れている先輩の姿があった。
「あ~あ、チビちゃんが気絶しちゃった。まぁ、ある程度体を丈夫にしているからこれぐらいでは死なないけどね」
魔女は先輩を小箱に戻し、あたしに視線を戻す。
「それで、あなたは彼女を飼うのかな?」
先輩と一緒に暮らせるチャンス。
でも、あたしは迷っていた。
あたしは先輩をちゃんと飼育できるのかなぁ? さっきみたいにしてしまうかもしれない。
いや、飼育なんて言っちゃダメ! それは先輩をこの女みたいに人と扱っていないのと同じだ。
ただ、ちょっと気になることがあった。
「先輩は元の大きさに戻るの?」
「こんな虐めがいのある玩具をワタシが元の大きさに戻るようにすると思う?」
逆に質問された。つまり、戻らないということかな?
先輩を玩具扱いするのは腹立つけど・・・ちっちゃい先輩も可愛いから戻らなくても・・・いいかな?
「もし、あたしが受け取らなかったら先輩はどうなるの?」
「う~ん、そうだね・・・。他に受け取ってくれる、チビちゃんの知り合いなんていないから・・・。そこらの童貞や玩具を欲しがっている子供に適当に渡そうかな?」
その発言であたしの迷いは完全に消えた。
「いくら出せばいいの?」
あたしの先輩が見知らぬ誰かに汚されるのは絶対に嫌!!
そんなあたしに魔女は呆れたように溜息。
「はぁ~あ・・・。これだから人間は。すぐにお金の話になるんだよねぇ。ワタシはお金は取らないよ。ワタシが欲しいのはそれだよ」
魔女が指さしたのはあたしの左目。
「若い子には魔力が一杯詰まっているんだよ。特にあなたは強力だし・・・」
別に説明は求めていないんだけど・・・。
あたしには意味が分かんないし。
「とにかく!! さっさとワタシの左目と交換してよ! あなたには過ぎた玩具だよ」
つまりはあたしの目が欲しいわけだねぇ。やっぱりよく分からないけど・・・。
まあ、先輩を手に入れるならそれくらい安い。しかも、交換で片目だけになることはない。
「わかった・・・払うよ。だから、先輩を頂戴!!」
あたしが承諾すると、魔女は右手をあたしの左目に、左手を自分の左目に当てた。
目玉が引っ張られる感触がしたと思ったら、すぐに何かが入った感触。
「取引成立だね」
クスリと笑った魔女の左目を黒に変わっていた。
魔女のは小箱をあっさりあたしに渡した。
「じゃあ、煮るなり、焼くなりご自由に~」
すぐに魔女は去っていった。
あたしは扉を閉め、鍵を厳重に掛けて、自分の部屋に戻った。
自室に戻ると、安心して大きく溜息をした。
電灯を弱めに点け、小箱の中を確認する。
先輩はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
「可愛い・・・」
その一言しか出てこなかった。
あたしの知っているポニーテールで、孤高で、強気な先輩じゃないけれど・・・。
「こんな小さくて、弱々しい先輩もいいよねぇ~」
ポニーテールじゃないけれど・・・。あっ、そうだ。
眠っている先輩の体をそっと掴む。
あったかくて柔らかい・・・。本当に生きているんだぁ。
そして、先輩を自分のベッドに寝かした。
あたしは押入れを開け、ツインテールの女の子の人形を取り出して、髪を縛っているリボンを取る。
あとは起こさないように、そのリボンで先輩の髪を二つに結べば・・・。
「うん、ツインテールの先輩も幼く見えて可愛いや」
まるであたしの方が年上みたい。
『煮るなり、焼くなりご自由に~』
先輩をじっと見ていたら、あの女の言葉が頭に過ぎった。
そうだよね・・・。先輩はもう、あたしのモノなんだから・・・。もう何をしてもいいんだよね・・・って、いけない、いけない! あたしってば何を考えてるの!?
首をぶんぶんと横に振り、我に返るあたし。
ドールハウスから持ち出したベッドを机の上に置いて、そこに先輩を寝かせた。
布団で一緒に寝たかったけど、先輩を潰してしまいそうで出来なかった。
ちょっと大きいけど問題ないよね?
「じゃあ、先輩。おやすみなさい~」
電灯を消し、あたしもベッドに入った。
今日はぐっすり眠れそう・・・。
翌朝、学校をサボった。
理由は目が覚めたら、時計の短い針が十を指していたから。それに先輩が心配で学校に行く気にもなれなかった。
そもそも、無断欠勤なんて学校に馴染めないあたしにとっては何の罪悪感もない。
いままでもやってたし。
『学校をサボったわね。あんた?』
机の上にはツインテールの小さな先輩が立っていた。
「あっ、先輩。起きてたんですか?」
『ええ、さっき。こんな埃だらけのベッドでも結構寝心地は良かったわ』
嫌味を込めて先輩は言った。
「うぅ~、ごめんなさい。埃は落としておきます・・・」
『あんまり大きな声を出さないでよね。鼓膜が破裂するから』
「わ、わかり・・・ましたぁ」
大きな声を出しかけて、慌てて小さく喋る。
どうも先輩は機嫌が良くないらしい。
どうしてかなぁ?
「先輩。お腹が空いているんですかぁ?」
『生憎、この大きさになってからお腹が空かないの。そんなことより、顔洗って来たら? 目糞とか,
はしたないよ』
「あっ、うん」
空腹から来る機嫌の悪さではなかった。
仕方なく指示に従い、部屋を出た。
左目が赤く染まっていることに気付いたのは洗面所で鏡を見たときだった。
充血しているわけでもなく、ただ魔女の目と同じ色しているだけ。
交換したんだから当然かぁ。
今のところ、痛みとか視力が悪くなったりとかはしていないから問題ないとは思うけど・・・。
「今はどうでもいいや。それより、洗わなくちゃ!」
洗顔中にあたしは気付いてしまった。
そもそも、先輩はもうあたしのモノでペッ——じゃなかった、世話をしているんだし・・・。それに上下関係は今、あたしの方が上なんだから、先輩の言うことをいちいち聞かなくていいじゃん。
でも、先輩はプライドが高そうだし、強気だからなぁ。
そのうえ、小さくなっても先輩面しているし・・・。
等身大なら別に気にしないけど、今の先輩がそうするのは生意気でちょっとムカつくなぁ。まぁ、それも可愛いんだけど・・・。
あっ、そうだ!! いいこと思いついちゃった!
あたしが先輩を躾けて、飼い主であることをはっきり解らせてあげればいいんだぁ!
蛇口を捻り、水を止める。
そうと決まれば、さっそく実行しなきゃ。
お腹も空いたし、朝は・・・あっ、あれがあったねぇ? フフフ・・・先輩、楽しみに待っててくださいねぇ。
タオルで顔を拭き、眠気が完全に消えたあたしは洗面所を後にした。
朝食が入ったお皿と飲み物の入ったマグカップを持って、自室に入った。
「先輩も一緒にどうですかぁ? お腹は空かなくても食べられないわけじゃないんですよねぇ?」
静かに皿とマグカップを机の上に置いて、先輩を誘ってみた。
『えっ、まあ、食べられないわけじゃないけど。あんたが良ければいいよ』
「決まりですね」
心の底でにやりと微笑んだ。
どうせ、断っても強制的にするつもりだったんだけど。
ちなみに朝食はイチゴジャムをたっぷり塗り付けた焼いた食パン二枚とホットミルクという単純なもの。
一枚目の食パンを手作業で半分に割った。
「半分は先輩の分ですよ」
『私、こんなに食べられないんだけど・・・』
「食べられるだけでいいですよぉ」
そんなことはあたしも承知の上だった。半分にした食パンでも先輩が横になって寝られるほどの面積がある。それはソファ並みの大きさの食パンを食べろというのに等しい。
「じゃあ、いただきます」
『いただくわ』
お互い手を合わせて言って、食事を始める。
先輩はスプーンもフォークも箸も使えないので、食パンを両手で千切って、それをハムスターのように齧っていた。
その姿がとても可愛らしく、食パンを齧りながらも、視線はずっと先輩に向けていた。
「先輩はなんでさっき不機嫌だったんですかぁ?」
『えっ、別にそういうつもりはなかったけど? ただ、こんなあんたと同じような髪型にされていてちょっとピリッとしていたぐらいかな? あたし、胸とかよりも髪を触られるのが嫌なの』
ツインテールはお気に召してくれなかったらしい。可愛いのにぃ・・・。
髪を触られたからご機嫌斜めだったのかぁ。我儘なペッ——いや、先輩だなぁ。
つまり、その言い分だと髪さえ触らなければいいんだよねぇ?
『それで、あんたはどういう気分? 先輩を、しかも告白した相手の全てを握っている気分は?』
痛い質問をされた。先輩はまだご機嫌斜めらしい。
「そんなぁ、大袈裟ですよぉ。全てなんてぇ・・・」
今まで生きてきた中で一番最高の気分なんだけど・・・それは言わないでおこう。
『目が泳いでるよ? 小さいからよくわかるんだからね。凄い下衆っぽい顔してるし』
チッ、鋭いなぁ。
それに下衆なんて失礼だよぉ。飼い主に向かってぇ。
あたしも今のでピリッとした。
もうちょっと後にしようと思っていたけど、今から始めちゃおっと。
「先輩、飲み物どうですかぁ?」
ミルクを勧めてみる。
『あっ、じゃあいただこうかな』
「じゃあ、用意しますねぇ」
ちなみに先輩サイズのカップなんてない。
口移しで飲ませてあげてもいいけど、絶対に先輩は嫌がるはず。
結果、あたしが用意したのは小さじ。
小さじにミルクを少量次いで、先輩の頭上へ。
『きゃあ!? なんで上からかける!? 火傷したらどうすんのよ!!』
ミルクの香りを放ちながら、ぎゃあぎゃあ騒ぐ先輩。
「大丈夫ですよ。火傷しない程度に冷ましてますから。どうですか? 美味しいですか?」
『ふざけるな!! なんで飲みたいって言ったのにかけてんのよ!! あんたは馬鹿か!!』
馬鹿ぁ? 飼い主に向かって馬鹿とは何よ!!
もう罪悪感なんてない! 一杯遊んでやるぅ~。
「せんぱ~い。もう朝ご飯はいいですよねぇ? これからあたしと遊びましょうよぉ?」
先輩を人差し指と親指で摘まんで、イチゴジャムがたっぷり塗られた二枚目の食パンの上へ落とした。
『いやぁ!? ヌルヌルして気持ち悪い~。なんてことしてくれるのよぉ~』
ジャムがついた両手を見ながら、震える先輩。
そんな先輩を人差し指で突き、仰向けに倒す。
「ひぃ!? 髪にも付いちゃった!?」
これで先輩の大事な髪の毛もジャム塗れ。
本当はこれで終えるつもりだったけど、思った以上に快感で、更に仰向けに倒れた先輩を指を駆使して転がした。
『やめてぇ!? お願い~!? きゃあ!? もうやめてぇ!?』
転がす度に先輩は可愛い声を出してくれるので楽しい。
けれど、さすがにやりすぎと思い、全身にジャムがかかった先輩を鷲掴みにして顔に近づけた。
「先輩、楽しかったですかぁ? 先輩の飼い主はあたしということを忘れないでくださいねぇ?」
『はぁ、はぁ・・・』
喋らず、息を整えている先輩。
先輩の生暖かい息があたしの指にかかって、気持ちいい。
『私はぁ・・・はぁ・・・あんたの先輩なのよぉ! あんたも・・・忘れ・・・ないで・・・欲しいわね!』
「イタッ!?」
先輩を握っている手に痛みを感じ、手を緩めてしまった。
手には噛まれた跡が・・・先輩が噛みついたんだ。
机の上に落ちた先輩はあたしから離れるように机の端まで走っていった。
逃げられるわけがないのに・・・。
机の端で足を止め、下を見ている先輩の表情は絶望一色に染まっていた。
この程度の高さでも、今の先輩にとってビルの屋上に立っているのと同じなんだから・・・。
「あれぇ~? 飛び下りないんですかぁ? 先輩ってある程度体が丈夫になっている筈ですから、その程度の高さなら余裕だよねぇ? 魔女さんがそう言ってましたよぉ?」
『・・・・・・』
でも、先輩は飛び下りず、とうとうその場に座り込んでしまった。
あたしはそんな先輩をまた捕まえ、顔に近づける。
「悪い子ですねぇ~せんぱ~い。そんな先輩はお仕置きしなきゃねぇ?」
先輩の背筋が震えたのをあたしの感覚が見逃さなかった。
あの先輩があたしに怯えている。
立場が逆転していることを理解したのかな?
じゃあ、これで最後にしてあげる。
掴んだ先輩をミルクが入ったマグカップの中にそっと入れた。
「さっきよりかは冷めている筈ですから、気持ちいいでしょ?」
手足をバタつかせながら、辛うじて顔だけ出している先輩。
先輩は疲れ切った顔していた。。
あっ、いけない!? やりすぎちゃった!!
慌てたあたしは先輩をすぐに捕まえた。
捕まった先輩は、悪魔でも見るような顔であたしを見ていた。
そんな怯えた表情であたしを見る先輩に、魔が差したあたしはつい、口づけをしてしまった。
「先輩の唇、ごちそうさまでしたぁ~」
その唇はイチゴミルクの味がした。
先輩も頬を赤らめ、表情が一瞬だけ緩和した。
満足したあたしは先輩を食パンの上に乗せた。
『はぁ、はぁ、はぁ・・・覚えておきなさい! 絶対に忘れないからねぇ』
先輩はさっきの表情とは程遠い、涙目であたしを殺してしまいそうな程の眼力で睨んでいた。
その先輩もまた、可愛らしい・・・。
ジャムとミルクで汚れた先輩の身に着けているものは洗って、今はドライヤーを当てて、乾かしていた。
着るものがない、風呂上がりの先輩はあたしが小さく切ったタオルを体に巻き付けて、乾くのを待っていた。
先輩はあたしがさっきおねだり(脅迫)したツインテール・・・というよりはお下げの髪型をしていて、予定とは違うものの、これはこれで似合っていた。
「クンクン・・・。もう、ジャムの匂いもミルクの匂いもしませんね? よかったぁ!」
『何してんの!? そのまま私の服を食べる気?』
「そんなことするわけないじゃないですかぁ」
あんなことをしたから信用されないのも当然かな。
まあ、まだ飼い始めたばっかりなんだし、これからじっくりと躾けて、あたしがいないと駄目だということをしっかりと教えなければね。
「あっ、そうだぁ! 忘れてましたぁ! 先輩、これから大事にそだ——じゃなかった扱うのでよろしくですぅ~」
『今、育てるって・・・まあ、いいわ。あんたが飼い主なんて癪だけど、私の世話をしてくれるのは感謝してあげるわ。よろしくね、後輩』
「あたしのことは名前で呼んでいいですよぉ? あたしも先輩のことを亜来ちゃん、て呼びますから」
『うん、それはムカつくから先輩と呼んでね? 栞』
「チッ・・・。先輩がいいと言うまで我慢しますよ」
珍しく笑顔で否定された。まあ、栞って呼んでくれて嬉しいからいいけど・・・。
先輩の服もだいぶ乾いたかな?
ドライヤーを止めて、先輩に制服と下着を渡す。
「今更ですけどぉ・・・白無地の下着ってぇ・・・。先輩は下着にこだわってないんですか?」
『うるさい!! 着替えるからあっち向いてて!!』
顔を真っ赤にして怒る先輩が可愛いので、覗きたい衝動を抑えて指示に従った。
こんな先輩だから、あたしは好きになったんだよ。
残念ながら、その気持ちはまだ伝わっていないけれど・・・。
次は亜来編の二話の投稿になると思います。
表現不足、誤字脱字、矛盾等があるかもしれません。
それでも、楽しんでもらえたら嬉しいです。