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家牢   作者: 詞奇
飛師家編
11/14

飛師 栞サイド 五話 狂気

 遅くなってすみません。

 十一~十二月はリアルの方が忙しく、中々執筆が進まず苦労しました。

 さて、栞編 五話になります。

「珍しいね。きぃからあたしの方に来るなんて」

『ちょっと肌寒くてね。下着だけの格好だし』

「前にも言ったけど、何か着ればいいのに風邪ひいちゃうよ」

『あれはパジャマとして使いたくないわ。皺になっちゃうし・・・そこまで言うならあんたが作ってよ』

「うん、このままでいいかな」

『こら。あんたが苦手なだけでしょ、裁縫』

「いやいや、あたしはこうやってきぃと一緒に寝たいもん。だからこのまま薄着のままでよろしく」

『・・・まあいいわ。この方が温かいし』

「肌と肌を密着させてるもんね。そりゃあ温かいよ」

『またそういう言う表現を・・・・・・このマセガキ』

「何か言った? 今日は寒くて怖くて眠れないの・・・だから一緒に寝て栞ちゃん、って泣きながらこっちに来たきぃちゃん」

『泣いてないし。そんな風に言ってない。相変わらず下手な物真似だし』

「もっとあたしに甘えてもいいのに」

『安心して。既に色々甘えさせてもらってるわ。タダで住まわせてもらってるし、お風呂にも入れてくれるし、あんたには感謝してるわ』

「そういう意味じゃなくて。もっと子供っぽく・・・栞ちゃん、私をどんどん触って欲しいの。じゃなきゃ私、満たされないの。最近、私を学校に置いて行って寂しいの。お願い栞ちゃん・・・とか」

『そんな子供はいない・・・って髪触んな』

「顔、赤くなってるよ。やっぱりきぃちゃんはいい子だね。あっ、浮気はダメだからね」

『なんでいきなり浮気の話に・・・。浮気云々以前にここから出られないし、誰も助けに来てくれないし』

「ちょっと! その攫われているみたいな言い方はないでしょ! まるであたしが魔王みたいじゃない! あたしはきぃを飼って・・・じゃなくて面倒見てるだけなんだからね」

『私からすると魔王そのものだわ。セクハラされるわ、ペットにされるわ、着せ替え人形にされるわ。ちなみにあんたの姉は大魔王よ。そういえばあれから見ないわね。私としてはそのほうがありがたいけど』

「ククク、大丈夫。もうすぐ会えるからね」

『なにその笑い方。本当に怖いからやめて。それともうすぐって何? あっ、まさかあまりに私が言うこと聞かないからって姉と一緒に私に酷いことをするつもりね。変態姉妹だからあり得るわ』

「それも面白そうだけど、そんなことしないから安心して。あたしはきぃを独占したいの。あと変態姉妹って何? せめて百合姉妹って言って」

『どっちでもいいわよそんなの。じゃあ私、眠いから寝るわ』

「どっちでもって・・・まあいいや、おやすみ・・・本当に浮気は許さないからね」

『何それ、浮気するならあんたの方でしょ』

「あはは、そうかもね。きぃみたいな小さい子、他にいればね」

『この浮気者・・・』

「ぐぅ・・・だ、だってそうしたらきぃの友達になれるじゃん」

『人形の友達何て要らないわ』

「自分も人形の癖に」

『私はこび・・・じゃなくて人間よ』

「はいはい、わかったわかった。きぃちゃんと同じ小人を見つけたら連れてくるから」

『連れて来るじゃなくて、捕まえてくるの間違いでしょ』

「いくらその小人が魅力的だからって浮気しちゃダメだからね」

『またその話かい!? いい加減にしなさい、しつこいわよ。あんたしか頼れる人いないんだから、浮気も糞もないでしょうが。何の理由もなしにあんたから離れたりしないわよ』

「zzz・・・」

『って、寝てるし!? どこまでもムカつくやつだわ。私もさっさと寝てやる』

 施河 雪に無理やり人形を押し付けられた、その日の夜。一人で眠っていると亜来の方からあたしのベッドに入って来た。この日の夜は九月でも少し肌寒く、パンツとシャツだけの亜来は厳しかったんだと思う。

 昼のストレスもあって少し亜来に意地悪したけど、亜来も日頃構ってくれない寂しさをあたしにぶつけている気がした。お互いイーブンだ。

 やっぱり亜来と一緒の方が楽しい。

 でも、それだけじゃああたしの心はもう満たされなくなっていた。

 あたしは亜来の全てが欲しい。

 体も、心も・・・。



 次の日の昼休み。

 今日も小うるさい女、施河 雪が空き教室まで付いてきた。

 ちなみに無理矢理渡された人形は家に置いてきている。

 捨てようかと思ったけど、人形を捨てる行為自体に躊躇って結局できなかった。

「やっぱり好きな人と食べるお弁当は美味しいね」

「あたし、好きな人、別にいるんだけど」

「別に雪は恋愛方面で言ってるわけじゃないんだけど・・・」

「うぅ・・・うるさい。紛らわしい言い方しないで」

「まぁ、飛師さんがどういう恋愛をしようとしているかは興味があるけど・・・あっ、別に興味ないか」

「どっちよ・・・。あたし的には詮索しない方がありがたいんだけど」

「雪は飛師さん、大好きだよ。小さいし、ロリだし、あざといし、ツンデレだし、小さいし」

「ねぇ、理由がなんかムカつくんだけど」

 どれも悪口に聞こえる。

 しかも二回小さいって言った。小さいのはあたしじゃなくてお前。

「きゃっ! 飛師さん、可愛い~」

「ひぃ、抱きつくなっ!」

 脈絡もなしに抱きついてきやがった、この女。やっぱり危ない。

「いいじゃん、飛師さんぷにぷにしてて柔らかいし。かったいお人形好きの雪が珍しく柔らかい飛師さんを褒めてるんだよぉ」

 施河の力は強く、少しでも気を抜けば押し倒されそうだった。しかもコイツは押し倒す気満々だ。

「お前、何様よ・・・」

 男子ならともかく女子に抱きつかれるのはあたしとしても別に嫌ではない。

「えっへん、雪様だぁ~。なんちゃって。やっぱりいいなぁ。男子に一番人気の飛師さんと空き教室で二人きりであんなことやこんなことするのは」

「誤解を招く言い方しないで。あたしは男子と付き合うつもりはない」

 きっぱりと言った。施河はあたしの迫力に一瞬怯んだと思いきや、思いっ切り飛び掛かって来た。

 あたしの頭は施河の両手に挟まれ、お腹は両足で挟まれて完全に動けなくなった。

 あたしが亜来以外の女に押し倒されるなんて。しかも、なんでコイツにドキドキしてんのよ、あたし!!

「じゃあ、好きな人ってのは女の子?」

 耳に生暖かい吐息が・・・。なんでわざわざ耳打ちする?

「そうだよ。あたしは百合なの。だからお前が抱きついてる今の状態はドキドキしてるの」

 思い切って百合宣言。

 流石のコイツも引くはず・・・・・・と思いきや、当人はあたしの胸に耳を傾けて、鼓動を聞いていた。

「あっ、ホントだぁ。飛師さん、心臓がバクバクだよ」

「ちょっ、胸に顔を当てるな! 別にお前が好きなわけじゃあ————」

「・・・じゃあ雪と付き合う?」

「はぁ、何言ってんの。あたしは好きな人が・・・」

「飛師さん、お人形との恋愛はさっさとやめた方が・・・」

 おい、なんでそこで人形が出てくる。

「人形じゃないよ」

「いや、昨日の会話からしてお人形の女の子に恋してるのかと」

「その話は忘れて! あたしも変なこと言ったって反省してるから」

「お人形好きの雪からすれば忘れられないお話だよ。人形に恋する飛師さんって素敵じゃん」

「でもお前、人形との恋愛は成立しないって言ってたじゃん」

「あのね。昨日も言ったけど。それは雪の考えであって、別に押し付けようとしているわけではないからね。恋愛なんて自由じゃない。異性と付き合おうが、同性と付き合おうが、人形と付き合おうが、人以外と付き合おうが。それこそ飛師さんの勝手なんだし。それで他人にとやかく言われるのって腹立つじゃん。雪は普通の人間と付き合いたいかな。今は男の子よりかは飛師さんみたいな可愛い女の子、とだけど」

「じゃあ、今この状況も恋愛だっていうの」

 あたしは当然認めないけど。

「飛師さんがその気になれば・・・。口では否定してるけど、体は否定してないよね。さすがにお人形が相手じゃこういうこと出来ないからでしょ。お人形がバラバラに砕けちゃう」

「だからあたしはお人形なんかに恋してないってば」

 ここまで来るとしつこいレベルだ。

 実はコイツ、さりげなくあたしを自分の世界へ連れ込もうとしてないか。

 確かに昨日、変なことを聞いたあたしが悪いけど、コイツの人形好きも異常だ。

「な~んだ。雪の見当違いかぁ。ごめんね、変な誤解して。でも、飛師さん。まだその人とうまくいっているわけじゃないでしょ」

「うぐっ・・・」

 突然退いたと思ったら、今度は痛いところを・・・。

 妙に鋭いな、この女。

「その人とこういうことをしたくても、何か理由があってできない。それともまだ告白すらできてないのかなぁ?」

「したよ。でも・・・振られた」

 だって亜来はあたしと違ってノーマルだし、小さいし。

「・・・そう。難しいもんね。雪たちが特殊なだけで普通の女子は男子と付き合いたいはずだし。ごめんね、嫌なこと聞いて」

「いや、それはいいから、いい加減離して。あたし、もう耐えられない」

 胸のドキドキが・・・。実は押し倒されるの、これが初めてだし。

「いいんだよ。雪相手に我慢しなくても・・・」

「するよ!! あたしだって節操はあるよ!! あたしは好きな人と以外はこういうことしたくないの!! それにお前も本気じゃないでしょ? 認めたくないけど、あたしはドキドキしてるのにお前全然ドキドキしてない」

「ちぇ~っ、バレたかぁ。じつは雪にも好きな女の子がいて、飛師さんとおんなじ。その人としかそういうことをするつもりはない。雪にもちゃんと節操があるんだよ」

 ようやく両手と両足を離した施河。節操があるならこんなことしないでよ、もう。

「こういうことを軽々しくするお前と一緒にすんな」

「ごめんてぇ・・・雪は告白すらできてないのに、やっぱり飛師さんて凄いなぁ」

「えっ・・・コホン。ならお前も早く告白することね。他の誰かに取られちゃってあたしに泣きついても知らないからね」

 さて、そろそろ教室に帰って次の授業の準備をしないと、と入り口に目を向けた瞬間だった。

 見覚えのある人間と目が合ったのは。

「あっ、お前。どうして?」

「ひぃ!? 見つかっちゃった」

 その人間、菊谷 真規は慌てて逃走した。

「ちょっ、飛師さん? もしかして誰かに見られてた?」

「うん。ちょっと問い詰めてくる」

 なんでアイツがここにいるの?

 ここで逃がすわけにはいかない。

 あたしは全速力で教室を出た。

 



「どうしてお前、大きくなってるの?」

 女子トイレに逃げ込んだ菊谷 真規を追い詰めて言い放った第一声。

 明らかにおかしなことを言っているあたしだけど、コイツに関しては通じる。

 コイツは元々亜来と同じサイズに小さくて、今飯島に飼われている筈だ。なのに、なんで等身大になっているの?

「な、何言ってるの。私は飯島 李可だよ」

 そして、コイツは飼い主の名前を名乗った。

 お前が飯島? ふざけんな! 小学生だってもっとマシな嘘をつくよ。アイツは童顔じゃないし、そんな生き生きした目をしていない。

「ウソおっしゃい!! あんたとアイツでは全然顔が違うじゃないの。それにアイツはそんなにオドオドしてないし・・・」

 ブルブル震えている真規。初対面が初対面なだけあってあたしに対して恐怖しているみたいだった(こっそり持って帰ろうとしたし)。

 そう、アイツ、飯島 李可はあたしに対して怯えない、怖がらない。むしろ見下して、バカにしていてもっとムカつく奴だ。

「えっ、記憶改変が効いてない? 一番効いてほしい子に効いてないなんてぇ。そんなの聞いてないよぉ」

「きいてない、きいてないうるさいよ!! それで、なんでお前、大きくなってるの?」

「それは・・・李可に解いてもらって、代わりに李可が・・・あっ」

「ふ~ん、李可が何?」

 その失言を当然あたしは見逃さない。

「え、え~っと今のなし・・・。というわけでじゃあね・・・」

「逃がさないよ!!」

 逃げようとした真規の袖を思いっきり掴んだ。

「ひぃ!! やっぱり大きくなってもこの子、怖いよぉ~。私を大きくして、代わりに李可がそれを使って小さくなったの・・・もう、これでいい」

「だ~め。それを使ったっていうことはアイツは自ら小さくなったのね」

 まだ袖は離さない。コイツには聞きたいことが沢山ある。

「うん、そう! そうなの!! もういいでしょ・・・」

「じゃあ次。今、その飯島は何処にいるの?」

 アイツがなんの理由もなしに小さくなるなんて考えられない。きっちり問い詰めないと。

「さ、さぁ、適当に外をブラブラしてるんじゃないかなぁ。李可、前から小さくなりたかったみたいだし、その念願も叶ったから嬉しくて・・・」

 あたしの目を見ようとしない真規。明らかに何か隠しているよね。

「嬉しくて・・・で飯島は何処にいるの?」

 今度はニッコリして優しく聞いてみた。袖を破れるくらいに思いっきり引っ張りながら。

「だから知らないってばぁ。もう放してよ」

 泣きそうな表情をする真規。さて、ここからどうしよう・・・。

 

 吐かせればいいんでしょ? なら、あたしに任せて。


 えっ、と呟き終える前に体が勝手に動き出し、真規の胸ぐらを掴んだ。

「ま~た、ちっちゃくされたいの? マ・キ・ちゃん」

 彼女あたしだ。彼女あたしが喋っているんだ。

「ひぃ、なんでぇ、どうしてぇ! なんであなたが・・・」

 彼女あたしを見て、急に激しく取り乱す真規。理由は分からない。

「ちっちゃくされたくないなら正直に答えてよぉ。お人形でもそれくらいできるでしょ?」

「わ、わかったぁ。言う、言うからぁ。李可はあなたの家に行ったのよぉ」

「ふ~ん、よく出来たね、マキちゃん。今日はこれぐらいにしておいてあげる。あたし、もうお前に興味がないんだもん」

 彼女あたしは用件だけ聞くと、あっという間に真規を離した。

「ひぃ~」

 あたしが体の自由を取り戻す前に真規は全速力で走り去っていった。よっぽど怖かったらしい。

 彼女あたしのさっきの口調、そして真規のあの怯えよう・・・彼女あたしの正体ってまさか・・・。

 いや、それよりも早く家に帰らないと取り返しの付かないことになってしまう。

 アイツの目的はほぼ間違いなく亜来。

 どこでアイツは亜来の居場所を突き止めたの。さっき、真規が記憶改変云々言ってたけど、亜来も魔女にそれを使われて覚えている人間なんてあたししかいない筈なのに。どこで嗅ぎつけたのよ。

 まあ、それは今どうでもいい。とにかく早く帰らないと。

 部屋を出て、早退しようと思った矢先、ドアが開いた。

「え~っと、飛師さん。だれか走り去っていったけど、見てたのってあの子・・・?」

 施河だ。ナイスタイミング。これで手間が省ける。

「あたし、早退するから。先生に上手く伝えておいて」

「上手くって・・・えっ、飛師さん帰るの!?」

「うん、後よろしくぅ~」

 施河は何か言ってたようだけど、無視してトイレを出た。

 早くしないと亜来が攫われてしまう。

 きっとアイツは亜来の存在を思い出したから攫って自分のモノにするつもりだ。

 亜来は可愛いもん。そんな可愛い子には害虫が付き物。

 絶対、お前の思い通りになんてさせないんだから。




「どうしたの? 亜来に酷いことをしたのをまだ怒ってるの?」

 紅い瞳をキラリと輝かせ、クスクスと笑いながら彼女あたしは言った。

 当り前だよ!! あそこまでしなくてもいいのにどうして・・・。好きになるどころか、余計に怖がらせちゃったじゃない!!

 コイツのしたことは余計にあたしと亜来の距離を開け、亜来にトラウマを植え付けたことだった。

 協力するって言った癖に。

「そんなこと言ったかなぁ?」

 ワザとらしくとぼけて彼女は笑った。

 下品な笑い声だった。あたしと同じ声と顔とは思いたくないくらい下品に。

「下品ってのは酷い。あたしも飛師 栞の一部なのに」

 コイツがあたしの一部? ふざけないでよ。

 あたしはそんな風に笑わない。

「亜来ちゃんを気絶させてやりたい放題やっているあなたは下品とは言わないの?」

 それは・・・

「あたしはそんなあなたの下衆な部分の一部。誰かさんに魔力を込められたおかげでこうしてあなたの中に存在出来ているんだよね」

 彼女あたしは自分の瞳を触った。

 魔力と聞いて、思い当たる節は魔女。

 そういえば亜来を受け取った時に目を交換されたっけ。

 魔女の目は彼女あたしの目と同じ紅色だった気がする。

 あたしの下衆な部分と魔女の魔力、それが合体してコイツになっているのか。

 それなら昼間の菊谷 真規の件も納得がいく。

 余計なことを・・・。

「折角、邪魔者だったお姉ちゃんを小さくしたのに余計とは酷いわ。話は変わるけどどうしてお姉ちゃんを処分しないの? さっさと猫とかの餌にすればいいのに。そのために亜来ちゃんよりさらに小さくしてあげたのに。変な試験をさせて合格したら飼うだなんて・・・。あれと亜来ちゃんを一緒にさせたらどうなるか、あなたが一番わかってるんじゃないの?」

 わかってるよ。一応お姉ちゃんだから手元に置いておきたいの。亜来に手を出したら処分するけど。

「アレを置いておくと余計にあなたを狂わせて、精神を汚染する。早く処分することを勧めるわ」

 そんなモノみたいに言わなくても。

「人間と小人の関係ってそれが普通の筈だよね。人間は大きいから小人の生殺与奪を握ることが出来る。だから亜来ちゃんに一杯恐怖心を植え付けて大人しくさせればいいんじゃない。あっ、あの子の体質なら二、三日で元に戻るから定期的に恐怖を植え付けないとだね。ホントに魔女はあの子に厄介な身体を与えたものね。力はないくせに体も心もしぶとくなって、治るのも早いし。そりゃあ、身の程知らずになるはずだよね。懐柔させたいならあの浮気者に身の程を教えてあげるのが一番なんだよ」

 別に亜来は浮気者じゃあ————。

「あそこで介入しなかったら間違いなくあの女と逃げていたよ。いい加減、自覚したら? あなたは亜来ちゃんの飼い主であり、主人なの。それをはっきりさせないから今回のことが起こったの。しっかり躾けておけばあんな女の誘惑に掛からなかった筈よ」

 飼い主の言うことは絶対だってあの小さな体に教え込めればいいわ、と言い残して彼女あたしは消えた。

 彼女の言う通りにしてダメだ。

 体格差という暴力を使ってしまったら体は手に入れられても、心は二度と手に入らない。

 亜来の全てが欲しい。だから彼女の言う通りにしてはダメだ。

 そう、何度も何度も自分に無理矢理言い聞かせた。


 いろいろあり過ぎて疲れて、夕食中に寝てしまった。おかげで彼女あたしに嫌なこと言われたし。

 目が覚めてももう何も食べる気になれず。食べかけの野菜炒めを飯島のいるケージの中に放り込んだ。

 このケージは昔飼っていたハムスターに使っていたもの。回転車や給水器はその名残。それでもコイツの身体能力なら簡単に抜け出せる。しかし、彼女あたしもそれをわかっていたようでビー玉くらいの鉄球の付いた鎖付きの錠を彼女の両足首にそれぞれ掛けていた。

 簡単に持ち上げられそうなこの鉄球は見た目のわりにとてつもなく重く、試しにあたしもケージに手を突っ込んで持ち上げようとしたけど無理だった。一体、彼女あたしはこんなもの、どこから用意したんだろう。

 さすがの飯島も鎖が伸びる範囲までしか動けない筈だ。ざまあみろ。

 本当にあれから大変だった。コイツが出した血の後始末が・・・。

 亜来は怯えて気絶してしまったため、処置は簡単だった。彼女あたしのアドバイスで彼女あたしが用意した鳥かごの中に亜来の私物を入れて、亜来自身もその中に閉じ込めた。その目的は亜来の動きを制限するため。今日みたいに来客の誘惑に簡単に引っ掛かるようではこの先も心配。あたしが飼い主だと理解させないと。それでも逃げようとするならば・・・・・・。

 ちなみにこの騒動の元凶、飯島はまだ意識を取り戻していない。野菜炒めをぶっ掛けてもまだ起きない。

 捕まえた時、身に着けていた制服を剥がして、今は下着姿だけにしている。

 これからペットになる癖に制服なんて贅沢な物着させるもんか。

 亜来を攫おうとしたお前にはパンツとシャツだけで十分よ、泥棒ネズミ。

 あれだけ血を出したのにも関わらず、洗ってもいないのに彼女から血とその臭いは完全に消えていて、試しに胸に指を当ててもムカつくくらい心臓が動いていた。

 お前は一体何者なのよ。

 


 お風呂に入る前に小折の部屋に寄った。

 あたしがドアを開けると、ベッドの上に居た小折は泣きながらあたしに向かって走って、ジャンプしてあたしのスカートにしがみついた。

『お願い、栞ちゃん。捨てないでぇ! こんな服しか出来なかったけど捨てないでぇ! お願い。なんでもするからぁ』

 適当に切ったシーツを包んで、出鱈目に糸を縫って留めただけ。

 服とは到底呼べるものではない。

 あたしは虫のように小折を乱暴に掴んだ。

「あたし今、傷ついているの。これからお風呂に入れてあげるからあたしを慰めて」

『わ、わかったわ』

 亜来と気まずい状態。それがなければ間違いなく捨てていた。

 これから亜来と一緒にコイツを鳥かごで飼おうと思う。まあ亜来のカウンセラーくらいになってくれればいいか。

 名前は小折こおりからこぉこにした。

 いつまでも姉を気取られても困るし、あたしとは血の繋がりもない小動物ということにしておこう。

 それと最低限のことはお風呂で釘を刺しておこう。


 亜来に手を出すな、と。




 寝起きから疲れていた。

 昨日の嫌な光景が一夜明けた今も頭にしっかりと残っていた。

 あんな亜来を見たくなかった。

 あたしに怯え、泣いている亜来の姿。

 きっと大丈夫、もうちょっとすれば元の亜来に戻る筈だよ。元気出さなきゃ。

 気分転換に眠ってる亜来の姿を観察しようっと・・・。

「っ・・・」

 その光景を見た瞬間絶句した。

 軽い気持ちで覗いたことを後悔した。 

 亜来と小折が同じベッドで抱き合うように眠っていた。

 どうしてなの!? 亜来は小折に怯えていて、小折は亜来を嫌っていた筈なのに。

 一応、あたしも亜来と小折は仲良くして欲しくて同じ鳥かごに入れた。

 けど、どうして一晩でこんなに仲良くなっているの?

 こんな関係、あたしは許可してない。

 あたしとはもう結構一緒にいるのに全然仲良くなれてないどころか、気まずいのに。

 あたしは亜来のことで一杯一杯悩んでいるのに・・・。

 どうしてそんなあたしを置いて小折と仲良くなっているの?

 昨日あれだけ釘を刺したのに・・・。

 ・・・こんなの認めない、許せない・・・。


 今すぐ小折を引っ張り出して窓から投げ捨ててしまえ。


 悪魔の囁きに従って鳥かごに手を伸ばす――――。

「ダメダメ! 何を考えてんのよ、あたし!!」

 首を思いっきり左右に振って、平静を取り戻す。

 あれでもあたしのお姉ちゃん、捨てるわけにはいかない。

 あたしは邪念を振り払うように乱暴にパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えて部屋を出ていった。



『うん、合格。見た目も頭もガキの癖に料理は上手』

 ケージの中であたしが作った卵焼きを飯島 李可は下品に齧り付きながら呟いた。

 昨日ぶっ掛けた野菜炒めは全部食べていて、未だに汚れと臭いは残っていた。

 本当に意地汚い動物。内心笑った。

 しかし、コイツはそれに対して何の反応もしない。それがあたしを苛立たせる。

 昨日のように流暢な喋り方ではないけれど、やたら口数が多い。

「口の利き方には気を付けろ。あたし今機嫌悪い。あんまり五月蠅いとうっかり潰すかもしれないぞ」

 わざと乱暴な口調で脅すように言ったけど当人は全く怖気ずに卵焼きを齧っている。

 状況的には明らかにコイツの方が不利なのにこの余裕、しかも上から目線。

 中に蛇でも突っ込んでやろうか・・・ってあたし、蛇なんか怖くて触れないし。

 持っている箸を折ってしまいそうなくらい強く握った。

『やれば。私、あなたの握力程度で潰されても死なないし』

 握力十キロちょっとしかない癖に、と更に付け足す飯島。なぜ知っている?

「よく言う。昨日、あたしに握りつぶされて一杯血を出したくせに」

 そのせいで後始末が大変だったし。

『あれはあなたじゃない。あなた程度にあんな芸当出来るわけないし、目の色違ってたし』

 確かにあたしじゃないけれども。なんかバカにされている気がする。小人の癖に。

 苛立ったあたしはテーブルを思いっきり叩いた。

「あたしっだって結構残酷なんだぞ。虫とかも平気で殺すし、お前みたいな奴、潰すのに造作もない。どうやってそういう体になったか知らないけれどちょっと人間より優れているからっていい気になるな」

 小人を脅すには大きな音が一番。

『別にいい気になってない。わたしがこういう体になったのも小さくなったのもちゃんとした目的がある』

 しかし、コイツはあたしを全然恐れていない。機械か何かかコイツは。

「お前の事情なんて知ったことないけど、あたしの亜来に手を出すなら許さないから」

『それは出来ない。目的のために縞さんが必要なの』

「あたしも亜来と二人だけで暮らしたいという目的があるの。それを意地汚いドブネズミみたいな真似をして・・・」

『溝鼠で結構。わたしは縞さんさえ手に入れればいいのだから』

「さっきから亜来を物扱いしてない?」

『あなたもだろう?』

「あたしは物扱いしてない!!」

『いつも縞さんでオママゴトしてる癖に』

 あたしは今まで亜来を大事にして、愛情も注ぎながら飼っていた。

 それをママゴトの一言で片づけられてカチンときた。

「・・・ねえ、今あたしがお前の生殺与奪を握っていること忘れてない? あたしがその気になればお前なんてどうとでもできるんだよ。割りばしに縛り付けてライターで火炙りにしたり、この熱い味噌汁にお前を入れてダシにしたり、冷蔵庫に閉じ込めてアイスにしたり、トイレに流したり・・・どんなに身体能力が高くても、体が小さいというハンディキャップのせいで捕まれば害虫も同然。ほんと哀れだよね」

『・・・縞さんにもそうやって脅して絶対に逆らえないようにしているのか? 本当に哀れ』

「亜来にはしてないよ!!」

 小人相手につい大声で怒鳴ってしまった。

 飛び出した唾が飯島と卵焼きに掛かって、それぞれ濡れていた。

 あんな少量の唾でも小人にこんな被害が出るんだね。

 まあ、それでも飯島は気にせず、卵焼きを齧っていたけど。

『私に何言っても無駄。独り相撲なら他でやって』

 そう言い捨てて飯島は巣箱に入った。

 恐らくトイレだと思う。一応、巣箱の中に数枚トイレットペーパー入れてるし。

 コイツは亜来とは違い、お腹は空くし、喉も乾き、排泄もする。

 実際、これが普通なのだけど亜来にはその普通がない。

 まあ、もし亜来が普通なら飼うのがもっと大変だっただろうけど。

 同じ小人なのにコイツと亜来で何が違うの?

「ねえ、あたし今食事中なんだけど。飼い主の食事中にするなんてどういうつもり?」

 巣箱から出てきた飯島に一言毒を掛ける。

『生理現象は仕方ない。それに私、あなたのペットじゃないし』

 飯島は再び卵焼きを齧り始める。

「それの処理もあたしがしないといけないこと解ってる?」

『嫌なら重りを外してここから出せばいい』

「ふ~ん、自分で取れないの? 情けない」

『あなたも持てないだろう、これ』

「むむっ・・・」

 だからなぜ知っている。

『外せるものならとっくに外している。この鎖、あなたの魔が施されていてね。魔を一切持たない私には絶対に外せない』

「ププッ、お前、悪魔って名乗っているくせにないんだ」

『そう、皮肉。契約の代償が魔力なんて自分でも笑える』

「お前のことでしょ。なんで笑ってるの」

 一体コイツは何とどういう契約をしたの?

 少しながら興味が湧いた。

『それで。縞さんをわたしに渡してくれる気になった?』

「誰が渡すもんか! 亜来はあたしのモノよ」

 はぁ、急に何言ってんの、コイツ。

 なんで今の話の流れで渡す気になると思ったのか。

 せっかく契約のこととか詳しく話させて、軽い気分転換にしようと思っていたのに。その気も失せた。

『まだオママゴトを続ける気なの? ここいらでやめておいた方がいい』

「五月蠅い、黙れ! お前がどう言おうと亜来はあたしのモノ。お前はせいぜいあたしのペットとして生きることだけ考えろ。そういう態度を続けている内は檻から出してあげないから」

 大きくても小さくてもこの女は癪に障る。

 食器を適当に積み重ねて、洗い場に置いてさっさと部屋を出た。

 どうしてあたしのペットはどいつもこいつもあたしを苛立たせるの。

 結局、イライラにイライラを重ねた最悪の朝だった。

 でも、一応昼間は平和だった。

 施河 雪が昼休みに用事があって現れなかったり(久々に充実した昼休みだった)。

 家に帰るとあたしが用意したテディベアを枕代わりにしてぐっすり眠ってる亜来がとっても可愛くて、ついケータイのカメラで撮ってしまったり(待ち受け画面にしている)。

 でも、起きるとやっぱりあたしと顔を合わせずにすぐにベッドに潜った。逆に小折は四六時中五月蠅かったけど。飯島も相変わらずムカつくことばっかり言うし。

 やっぱりペットを飼うって大変だね。今日だって鳥かごの針金を外して門番代わりに施河から預かった人形(それでも二匹にとっては巨人並みの大きさ)を置いたんだけど、学校から帰るとその人形は倒されていて、何故か服も脱がされていて・・・一体、この二匹はどういう遊びをしていたんだろ。

 結論として、何も進展のない一日だった。



「ねえ、飛師さん。明日からシルバーウィークでしょ? 雪の家で遊ばない?」

「なんであたしが?」

「だって前に貸したお人形が恋しくなっちゃってぇ・・・いいかなぁ?」

「うん、いいよ。あたしもあれ、そろそろ処分しようかと思ってたし」

「酷い!? 絶対処分しないで雪に返してね」

「はいはい、わかったよ・・・」

 次の日の昼休み。小うるさい施河 雪といつもの空き教室で談笑(?)を交わしていて突然、その話題になった。

 要は雪のお人形、返してということ。

 まあ、別にアレに愛着何てないし、二匹がそれで遊んでいるくらいだし。

 さっさと返してしまおうか。

「でもあたし、お前の家知らないよ」

「今日の放課後、案内してあげるから。どうせ部活、何も入ってないんでしょ?」

「なんか棘のある言い方ね」

「いやいや、雪も特に入ってないしお互い様。というわけで今日一緒に帰らない?」

「結局、そっちに持っていきたかっただけよね?」

「当り前じゃん。飛師さんと交流できるのってこの時間だけだもん。席が隣でも授業中は全然話してくれないし、雪が話しかけても無視するし。雪はもっと飛師さんと親睦を深めたいんだよ」

「あたしは別にお前と親睦を深めたいなんて・・・」

「酷い! この交流は遊びだったの?」

「遊び以外の何物でもないと思うけど・・・」

「ププッ、そうだよね」

「そうだよ」

 珍しくお互い笑い合った。


 


 夕方。

 施河の家を案内してもらっていて、帰りが少し遅くなった。

『お帰り、栞ちゃん。あのね、栞ちゃん。きぃってば、汗っかきでさぁ。日向ぼっこしてるだけで汗かいちゃったみたいでさぁ。今日だけでもいいからお風呂に入れてあげて。お願い』

 部屋に入るなり、鳥かごの中の小折は猫なで声で話しかけてきた。

 そのあざとい演技はいつまで続けるつもり気だ、この女。それで可愛いくしたつもりなんだろうか。

 亜来は相変わらずあたしと顔を合わせたくないらしく、全身を毛布で被って、ベッドで寝転がっている。実は眠っていたりして。

「別にいいけどぉ~。本当に日向ぼっこしてただけ?」

 小折に合わせてあたしもあざとい猫なで声で鎌をかけてみた。

『へぇ?』

「本当は鳥かごを抜け出して亜来と一緒に遊んでたんじゃないの?」

『ち、違うわよ。鳥かごなんて抜け出してないわぁ』

「正直に言っていいのよ、別に怒らないし。それに鳥かごも簡単に開くようにしていたし」

『・・・ごめんね、栞ちゃん。抜け出して遊んでいたわ。ドアが開けられないからこの部屋だけでね』

「そう。ならいいわ。あたしもそうして欲しかったから」

『そ、そうなのよ。亜・・・いや、きぃったら遊びすぎて疲れちゃって、汗かいたまま眠ってるのよぉ』

「うん。じゃぁ、あたし、夕飯作るからその間にきぃを起こしといてね」

 今一瞬、亜来と呼ぼうとしてたよね、コイツ。

 鞄を机に置くとき、左の漫画で作った階段に目を向ける。

 明らかに朝とは積み重ねている順番が違っていた。

 二匹で協力して運んで・・・ドアの前に。それを繰り返してドアノブに届く踏み台にしてたのね。

 さすがに以前通りに並べる余裕なんてないだろうし、この頭の悪い二匹だから以前の並びなんて覚えられる筈がないか。

 次に部屋のドアノブ。

 わずかながらセロテープの跡があり、試しに触ってみるとテープを剥がした後に残る、ザラザラ感があった。

 あたしが帰宅する時間に大人しく鳥かごに居れば、気付かれないと思ったのか。

 きっと二匹で脱出する練習かつ、飯島の捜索でもしてたのね。

 部屋を出て次にあたしが向かったのは隣の小折の部屋。

 あの二匹はまだこの遊びを始めたばっかり。いきなり階段を下りて遠出するような真似はさすがにしないと思う。仮に遠出をしても、部屋に戻る途中であたしが帰ってきて見つかってお仕置きされる展開が待ってるもんね。

 小折の部屋の入口のドアノブにはあたしの部屋のドアノブ同様、テープの跡。二匹がこの部屋に入ったのは間違いない。

 部屋に入るとそれが確信した。

 小折をあたしの部屋に飼い始めて、特にこの部屋に手を付けていない。けど、ドアを開けて確認はしていた。そして、小折がかつて着ていた衣服の位置が変わっていて、布団の上には二匹がいたと思われる痕跡が残っていた。ここでも遊んでいたと思われる。

 あたしの部屋だけで遊んだ、か。ペットの分際でよく平然と飼い主に嘘をつけるよねぇ。

 ここまで証拠を残していると馬鹿を通り越して呆れるレベルだよね。

 それともあたしが馬鹿にされているだけなの?

 どうせこれぐらい気付かないでしょ、みたいな感じで。

 これだけ大事に飼っているのにこんなイタズラするなんて・・・。

 そっちがその気ならあたしもお前らをもう人間とは思わない、ハムスターと思ってやる。

 そしてあたしはあることに閃いた。

 施河にプレゼントをあげよう、と。

 精々、今の内に二匹で楽しんでることね。

 協力はもう出来なくなるのだから。



 あたしは気付いていなかった。望みが亜来との恋愛から亜来の支配に変わっていることに。

 



「あれだけお仕置きしたのにまた亜来に手を出すなんてホント、バカな女」

 亜来にべったりとくっ付いて眠っている小折を見下ろして吐き捨てた。

 昨日のお風呂でコイツの言動にカチンときてしまい、亜来がいるのにも関わらず、きつめにお仕置きをしてしまった。更に亜来までも小折を庇う始末。しかもやっぱり二匹はいつの間にか名前で呼び合う仲になっていた。亜来は小折と呼び捨てにしていて、小折は亜来と呼び捨てにしていて・・・・・・。ペットとしてあたしがちゃんと二匹に名前を与えたのに、だ。なんでペット同士の仲が深まってペットと飼い主の溝が深まるのよぉ。こんなの認めない、絶対に認めない。

 あれだけお仕置きしたのにも拘らず、まだ亜来を諦めてないのね。

 でも、そのおかげで迷いは完全に消えた。

 そっと鳥かごの扉を開けて、亜来が起きないように慎重に小折を引き離す。

『きゃぁ・・・むぐぐ』

 目を覚ました小折が叫ぶ寸前に指で口を塞ぐ。

 ホント、喧しい女。こうでもしないと亜来が起きてしまう。

 あたしは小折を握ったまま部屋を出た。


「髪がボサボサなんてお人形らしくないでしょ、こぉこ。あたしが洗ってあげるんだから感謝しなさい」

『栞、やめてぇ。せめてお湯で・・・』

「我儘言わないの」

 蛇口を思いっきり捻って大量の水が溢れ出る。

 握っていた小折の衣服を指で器用に剥ぎ取って、その水流の中に小折を入れた。

『いやぁあああ!!!!!!』

 小折の甲高い悲鳴が部屋に響く。

 ここは一階の洗面所。いつも洗顔で使っている場所だ。

 そんな小さな声ではどんなに叫んでも隣近所には聞こえないし、二階で眠っている亜来にも聞こえない。

 昨日、あれだけあたしに逆らっておいてお風呂に入れてもらえると思っているの?

 お前にはこの冷たい水で十分よ。

 ホントは洗うことすら嫌なんだけど、これから人様の家に送るのだから綺麗にしておかないと。

 水流から小折を一旦、解放すると手の平の上の小折は安堵した表情をしていた。

 残念、終わってないよ。

 小折を握った手を少し動かした。

 見上げた小折は何されるかを解ってしまったらしく、安堵の表情から一転、今にも泣き出しそうな表情になった。

『お願い、栞。それだけはやめてぇ』

 大きな妹に向かって必死に嘆願する手のひらサイズの姉。

 その状況が溜まらなくて、快感で満たされる。

「だ~め。ちゃんと洗わないといけないもん」

 もう一つの手でハンドソープの栓を思いっきり押した。

『いやぁあああああああああああああ』

 白い液体が小折の全身に思いっ切りかかった。

 泣き喚く小折を無視して、両手を使って、何度も何度も小折を練って全身泡塗れにした。


「うん、とってもいい匂いだよ、こぉこちゃん。これならお外に出ても大丈夫よね?」

 泡塗れの小折を散々弄び、水流に押し込んで強引に洗い流した。

 さすがに水洗いだけじゃ失礼だもんね。これなら問題ない。

 小折は怯えた表情であたしを見つめ、ぶるぶる震えていた。

『・・・お外ぉ?、それってどういう————』

「もうあたしやきぃちゃんとお別れってこと。こぉこが悪いことばっかりするからだよぉ」

『そ、そんなぁ・・・』

「もう決まったことなの。わかったらこれを着なさい。いつまでもその格好じゃ風邪ひくでしょ」

『これは・・・』

「そう。こぉこが自分で作ったお洋服。あたしちゃんと大事に持ってたんだからね」

 小折はあたしからさっと服を奪い、身に着けた。さすがにその姿でも羞恥はあるらしい。

『・・・お願い。捨てないで。わたし、もう独りは嫌なの』

「何言ってんのよ。あたしがこぉこは一匹だけにするわけがないじゃん」

『えっ、それはどういう・・・』

「悲しい顔しないで。今からこぉこをあるところに連れて行ってあげるんだから。お友達が一杯いるお家にね」

 お人形(お友達)が一杯ある施河 雪の家に。

 さて、あたしも準備しないと。

 小折を洗面所の縁に置いて、身に着けているものを全て脱いだ。

「じゃあ、お風呂に入ってくるからそこで大人しくしててね。あたしが出た時、その場に居なかったら・・・・・・言わずとも解るよね?」

 人差し指で小折を突き刺しながら念を押しておく。小折が思いっきり縦に頷くのを確認してあたしは風呂場のドアを開けた。


 

 さすがに小折は亜来ほど勇敢じゃなかった。

 あたしが風呂を出てもその場を一歩も動いた形跡はなかった。

 ああ、そうか。お人形になる練習をしているんだ。さすが、元お姉ちゃん、あたしが言わずともどういう場所に連れていかれるかわかってるのね。早速、お友達を作ろうとしている態度にあたしは感心した。

 シーツ一枚じゃかわいそうだから、後でリボンも巻いてあげようっと。プレゼントみたいに。

 これで心配なく施河に渡せる。




『な、なによぉ、これぇ~。話が違うじゃないのぉ~!!! お人形ばっかりじゃない!!! しかも、わたしよりみんな大きいじゃな~い!!! ひどいわぁ、栞ちゃ~ん、わたし、帰りた∼い!!』

「・・・なに、このお人形? 飛師さんのバッグから出てきたと同時に泣き始めてちょろちょろ動き始めたんだけど・・・。でも、これ、凄い性能を持ったお人形ね」

 施河は小折の奇行に引き気味だけど、幸い、興味津々だった。

 一応、小折の名誉のために言っておくと、お風呂から出て、朝食を摂って、部屋に戻って服を着替えて、亜来に書き置きを残して家を出て・・・今、バッグから出すまでこの子は大人しくしていた。お人形みたく大人しくしていた。小折の身長の半分ほどの厚さのリボンを体に巻いているときも大人しくしていて、巻き終えるととっても喜んでいた。しかし、人形のふりはしているけど小折も動物。新しく連れてこられた場所に戸惑っているみたいだ。

 実際、あたしも人形だらけの部屋とは思っていたけど、まさか施河の部屋が襖を中央に挟んだ実質二部屋の和室で畳の上に散らばった大量のお人形、ぬいぐるみ、果てはガラスケースの内側に並んだ美少女フィギュア・・・とあたしも驚いてしまった。さっき、あたしが返した人形はその中のほんの一つでしかなかった。なんか騙された感じ。

「きっとお友達(お人形)が一杯いて嬉しいんだよ。こぉこはこんなに一杯、お友達(お人形)に出会ったことがないもん。試しに触ってみてよ」

 倒れたお人形に足を引っかけ転んでいた小折を捕まえて施河に渡す。

『ひ、やめてぇ、酷いことしないで~!!!!』

「ウソっ、柔らかい!? 飛師さん、これ人間じゃないの? いや、でも体は冷たいし、胸もドキドキしてないしやっぱりお人形か」

『わ、わたしは人間よぉ!!』

 まだ自分を人間だと主張するのね。諦めのわっるい子。

「あっ、この子。自分は人間だって教え込んでるから戸惑ってるんだよ。こんな小さな人間いるわけないのにね。あたしが悪いんだよ。こぉこを好きなあまり、こぉこを人間扱いしていたから」

 その言い分に施河はそうなんだぁ、凄いねこのお人形。飛師さんの教えたとおりにしてるなんてぇ、と感心していた。信じてもらえなくて残念ね、小折。

「でも、いいの? 飛師さん、この子、貰っちゃって。大切だったんでしょ、大好きだったんでしょ?」

「いいの。あたし、こぉこに酷いことばっかりしてきたから。こぉこもあたしと距離を置いて自分が人形だということを少しずつ知っていったほうがいいから。あたしの傍にいるとこぉこを人間扱いして余計辛くさせると思うから」

「・・・わかった。この子。大事にするね。こぉこちゃん、だっけ? よろしくね。ところでこの子、だらしない服着てるけどこれ、飛師さんが作ったの?」

「うん。いやぁ、元々こぉこが着ていたお洋服無くしちゃってね。代わりを探そうにもこぉこは普通のお人形よりも小さいから見つからなくて。それであたしが作ったんだけど、裁縫が苦手でさぁ。それを隠すためにリボンを巻いたんだけどバレバレかぁ。これならもうちょっと勉強すればよかった」

「飛師さんらしいね。じゃあ、雪がこぉこちゃんのお洋服作ってあげる」

 施河は小折に夢中。小折も涙を流してまで喜んでいる。これなら大丈夫かなぁ。

「じゃあ、あたし。もう帰るね」

「えっ、今来たばっかりなのにもう帰るの!? もうちょっと遊ぼうよ」

「あたしもそうしたいんだけど。外せない用事を思い出しちゃって。それにあたしもこぉこと暫く距離を置こうと思うの」

「そうかぁ。それなら仕方ないね。じゃあ、また来てよ。その時にはこぉこちゃんに綺麗なお洋服着せているから」

「楽しみしてる」

『ま、まってぇ~、栞ちゃ~ん!! 置いて行かないでぇ~』

「はいはい、泣かないの。今日から雪がお世話してあげるからね」

『いやぁああ』

 うん、楽しそう。これなら安心。

 部屋を出る直前に施河と小折に笑みを浮かべて、あたしは襖を閉めた。


 帰る道中、あたしは下品に笑いながら歩いていた。

 我ながら名演技だったと思う。施河はあたしが小折に恋をしていたと勘違いさせて、人間扱いして小折を傷つけたと思っている。その罪悪感に耐えられないあたしは小折を施河に託す。よく出来たシナリオだ。

 ようやく邪魔者が消えて、思う存分亜来だけで遊べる。

 小折が余計なことを喋るか心配だけど、施河は小折を人形だと完全に思っている。

 どんなことを小折が言おうとあたしがそういう風に思わせたんだろうと思い、施河は信じすらしない。

 後は飯島 李可。コイツは足枷をしている限りは何もできない無力な害虫。

 でも、コイツは狡賢いからあの手この手であたしを騙して枷を外さそうとするに決まっている。

 絶対に外さないようにしないと。

 これから家に帰って亜来を教育しないと。

 あたしと亜来の恋愛は成立しない。

 なら関係を主人とペットに切り替えればいいだけ。

 もう心が欲しいなんて幻想は言わない。

 あたしはどんな手を使ってでも亜来を自分だけのモノにする。

 もう逃げようだなんて思わせないほどお仕置きして。

 もう逆らおうなんて思えないほど調教して。

 あたしがいないと何もできない、無力で哀れで惨めな小動物だと散々思い知らせて。

 精々楽しみにしててね、亜来ちゃん。

 と、せっかく気分が高揚していたのに、水を差すお人形が一体。


「り、李可を返して!! あ、あなたが捕まえてることはし、しし、知ってるのよ!!」


 緑のレインコートを羽織ったお人形、菊谷 真規が行く手を阻んでいた。

 前はあれだけ脅したのにまだ懲りてないのね。学習能力はないの、このお人形?

 そういえばコイツ、雨具着てるけど・・・あっ、雨降ってたんだ・・・全然気付かなかった。

 全身びしょ濡れなのに気付いたのも今だった。


 読んで頂きありがとうございました。

 次の六話はなるべく早く出せるように頑張ります。

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