スーパーボール
ふしぎなスーパーボール。
ビヨ~ン、ビヨヨ~~~ン。
拙著『ぽわんかん:ショートショート』所収の一編です。
高校物理担当の教師、三上は、教室に入ってくるなり、黒板にむかい、
「きょうの授業はこれだあ」
と言いながら、
『エネルギー保存の法則』
と書きなぐった。
「たとえば、このゴム製の小さな玉、スーパーボールだが、これを胸の位置で静かに放す。いいか、よーく見てろよ」
三上は、生徒たちからよく見える場所に移動し、胸の高さからスーパーボールを、勢いをつけずに静かに落とした。
「空気抵抗を無視した場合、スーパーボールが最初に持っていた位置エネルギーは、床に衝突したとき、摩擦熱や振動のエネルギーに──、あれ?」
床にぶつかったスーパーボールが、三上の頭の位置まで跳ね上がった。そしてバウンドするごとに高さを増し、六回目に天井にぶつかり、その後、徐々にスピードを上げていった。
「お、おかしいなあ」
三上も生徒たちも、あっけにとられたまま、スーパーボールを目で追いつづけていた。
やがて教室内がざわつき始めたころ、
「きょうの授業はここまで!」
と言って、三上はタイミングを見計らい、落下時のスーパーボールを、右手で受けるようにつかんだ。
「あ痛っ!」
スーパーボールを左手に持ちかえ、しびれた右手を振りながら、
「あとは自習」
急いで教室を出た。
三上から不思議なスーパーボールを渡された、慶応大学・物理学科の西村教授は、研究室に研究生たちを集めた。
「教え子からへんなスーパーボールをもらった。エネルギー保存の法則に反する動きをするそうだ。これから実験をおこなう。わたしがこれを研究棟の屋上から落とすから、君たちは下で見ていてくれたまえ」
風もなく、おだやかなお昼どきだった。
「いいかあ~、落とすぞ~」
西村教授は、スーパーボールをつまんでいる指を開き、そっと落とした。
五階建て研究棟の屋上から落とされたスーパーボールは、一回目のバウンドで五階の窓まで、二回目で四階の窓まで到達した。
西村教授は三メートルほど横に移動し、屋上ネットから顔を突き出して、スーパーボールの動きを見ていた。
「なあんだ、ごく普通のスーパーボールじゃないか」
西村教授は落胆した。
しかし、下にいる研究生たちは、腰を抜かさんばかりに驚いていた。
スーパーボールは、エネルギー保存の法則に反して、跳ね上がるごとに高さを増していた。だが、それを上回るペースで研究棟が、ズン、ズズズンと、天にむかって伸びていた。