前編:あるいは、これは彼女のターン
岩月クロは「屋敷」「テレビ」「燃えるメガネ」を使って創作するんだ!ジャンルは「大衆小説」だよ!頑張ってね! #sandaibanashi http://shindanmaker.com/58531
作者コメント(という名の言い訳):
大衆小説と言われてピンとこず、困った時のWikipediaさんに頼ったら、娯楽色の強い作品とあったので、なるほどねふむふむ、と納得。
私の思う“娯楽”の範囲で書きましたが、果たしてクリアできているのかどうか。娯楽ってなんだ、と思い悩む日々(怯)
九十九コヨミにその依頼が来たのは、ただの偶然だったのだろうと思う。 たまたま前の仕事の契約が切れ、『とりわけ掃除が得意』という先方の希望に合ったのが、その時は彼女だったというわけだ。
何故そうまでして、掃除を特別視するのか。
その答えは、まさしく目の前にあった。
九十九は、自分の顔からずり落ちかけた眼鏡を修正しながら、おおよそ自分の家と同じくらいあるのではないかという無駄に広い部屋と、その無駄に広い部屋に所狭しと置かれている山のようなテレビを見て、口元を引き攣らせた。
「きみには、主にこの部屋の掃除をお願いしたい。他の部屋もお願いしたいところですが、なにぶんこの部屋が一番の難関でしてね」
自分をここまで連れてきた白ヒゲを蓄えた執事長は、ふわりとしたヒゲを摘みながら、細い目を更に細めた。
「主人は、この部屋の全てのテレビが常に綺麗でないと気が済まないようなのですよ」
「それは……画面はもちろん、側面も裏面も全て含めてということでしょうか」
九十九も普段ならば、こんな馬鹿げた質問はしたりしなかったが、いかんせんこの光景は異様過ぎた。そして、この全てを隅々まで掃除をすることは、実際に取り組んでみるまでもなく、根気がいるということが分かっていた。分かりきっていた。
新人の、捉えようによっては失礼な確認に、執事長は寛容だった。
「もちろん」
答えは鬼畜そのものだったが。
よくもまあ、そう簡単に口にしてくれるものだ、と思う。顔色ひとつ変えないとは、なんとも。
ただ、納得したこともある。
(だからここ、時給がやけに良かったのか)
旨い話には裏がある。まさしく、その通りだ。
一日中テレビと向き合っていたら、気でも狂いそうである。その思考を読んだかのように、執事長は「気狂いにはご注意ください。これまでも何度かあったので」と言った。注意したらどうにかなるようなものなのか。どうにもなっていないからこその、今回の募集では無いのか。いまいち他人事な執事長の言葉に、はあ、と九十九は気の無い返事をした。
「前までは、二、三人で担当をしていたのですが、今は景気も悪いですからな」
ことこの件に関して言うならば、景気はなんの関係も無い気がするが。
無理に紐付けるなら、景気が悪くて人を雇えない、というところか。しかし人をたくさん雇えたところで、一日中テレビを吹き続ける仕事を、いったいどれだけの人が耐えられるのだろうか。
──やはり、景気はなんの関係も無い気がした。
故に九十九は、はあ、とまた気の無い返事をする。やる気がない、と思われても仕方がない態度だったが、このテレビの山を前に、実際やる気を削がれているのも事実であった。
「主人は、いつも夜の十時にこの部屋に来られます。その前に、掃除を済ませてください。昼食・休憩は自由にどうぞ。掃除道具は、中に準備があります。水はひとつ隣の部屋にあります。終わったら、道具を持って管理室に来てください」
それだけ言うと、白ヒゲ執事長は、九十九を部屋に押し込んで、パタリと扉を閉じた。
九十九がこの屋敷にやってきて、ものの十五分。
説明を受けたのは、管理室の場所とテレビ部屋の場所と、先程の掃除に関する情報のみだった。
すぐにいなくなるであろう人間に、余分な説明は不要ということだろうか。
「…………」
おもしろくない、と思うのは、人間としての性か。
──要するに、“綺麗になっていればいいのだろう”。
かくして、戦いのコングは鳴り響いた。
九十九は、内心で燻る怒りをひた隠しにして、目の前に鎮座するテレビたちに微笑みかけた。
なにしろ、九十九には“秘密兵器”があるのだ。
数時間後、九十九は管理室の扉を叩いた。「不明点でもありましたか?」と好々爺然として言う執事長に、キッパリと告げる。
「終わりました」
「はい?」
「テレビの掃除、終わりました」
やりきった、と言わんばかりの自慢げな新人に疑心暗鬼に陥った執事長は、「本当に?」と訊ねる。「ええ、本当です」と九十九は答える。
自分の目で確かめる為か、執事長は立ち上がった。テレビ部屋に入ると、適当にテレビを手に持ち、確認する。当然、手袋を付けているので、自らの手で汚すことはない。
無作為に選んだいくつかのテレビに汚れがなかったことで、執事長は目を見張った。
「これを全て、一人で?」
「ええ、一人で」
ふふん、と九十九は胸を張った。胸を張ったところで、特別な膨らみがあまり目立たない事実には、目を瞑りながら。
執事長は、この期に及んで疑いを捨て切れないようだった。無理も無い。しかし、自分よりも余程テレビの汚れに敏感な主人が見た方が良いと思ったのだろう。もし適当な嘘なのであれば、そのままクビにしてしまってもいい、と思ったのかもしれない。表向きには、「よろしい」と言った。
しかし執事長の思惑に反し、その日の夜、テレビの汚れに煩い主人からの叱責は無かった。
それは、その日から一日も欠くことなく続いた。執事長の驚いた顔は見ものだった。
九十九は、おやつの時間になる頃には掃除を終えていた。執事長は事あるごとにその秘密を知りたがったが、九十九の仕事に張り付こうにも、他に仕事があるのでそうもいかない。仕掛けられたカメラは、何かを映す前に、丁寧に電源を落とし、掃除道具と共に落し物として返却した。執事長には憎々しげに見られたが、九十九の知ったことではない。
自分の目で暴いてやろうという魂胆なのか、その後執事長は不意打ちでテレビの部屋を訪れたが、ブツブツと独り言を言う九十九を眺めて、すぐに帰る。九十九は独り言を言う以外は、特に変わった様子も無く掃除をしているからだ。他に人がいるわけでもない。
──それでも、九十九は主人の審査から落ちない。
九十九の謎は解けないまま、実績だけは確実に増えていく。
ざまあみろ、と九十九は思った。
この勝負もらった、とも九十九は思った。
隠すまでもなく、彼女はひどく負けず嫌いだった。眼鏡をキラーンと光らせながら、彼女は上機嫌だった。
彼女にとって不測の事態が起きた“あの日”までは、確かにこの通り、順風満帆の敵無しだったのである。
誰も彼も、性格が……あまり、よろしくない。