イントルーダー
「ここならジャマなものがない」
一面、天然の芝がはえたフィールドの中央にウィトとサンはやってきた。先ほどここで訓練をしていた者たちはみな校舎に引きあげたため、あたりには誰もおらず、フィールドは二人だけだった。
「それでは続きをいたしましょう。スプーンを手のひらにつけてください」
ウィトが言われたとおりスプーンをつけると、手のひらを地面にむけた。
「さあ、それが地面に落ちれば、とりあえず力の制御は成功です。もう一度、瞳を閉じ、心を落ちつかせ、エネルギーの流れを意識してください」
ウィトは瞳を閉じると、大きく息をはいた。
「”落ちろ”と念じるのではなく、むしろ無を意識するのです。そうすれば、自然とエネルギーの流れの方向がわかるようになると思います」
しばらくすると、ウィトの手のひらにくっついていたスプーンの柄が徐々(じょじょ)に離れはじめ、スプーンの先端だけがくっついて、宙ぶらりんのような状態になった。
「いいですよ。その調子です。だいぶエネルギーの流れがゆっくりになってきました。今度は、その流れを完全にとめます。そのために、その流れの方向とは逆向きの方向に、あえてエネルギーをぶつけるのです」
その途端、ふたたびスプーンが手のひらに完全にくっついた。
「違います。そちらは正のエネルギーの方向です。真逆のエネルギーを意識するのです」
するとふたたび、スプーンが宙ぶらりんの状態になった。
「そう。その方向です。いいですよ。もう一息です」
ウィトの眉間にシワが寄る。と、スプーンがまた手のひらに戻りはじめた。
「力んではダメです。気を落ちつかせてください」
スプーンが完全に地面と垂直の状態になり、先端が手のひらから離れた瞬間、スプーンは重力によって地面に落下した。
「できた!」
ウィトが瞳を開け、笑みを浮かべた。
「第一関門はクリアです。ですが喜ぶのはまだはやいですよ。その地点を常に意識し、どんな状態でもそのエネルギーの拮抗状態を保たねばなりません。もう一度、スプーンを拾って、今度は左の手のひらで同じ事をくりかえしてください」
ウィトは言われた通りスプーンを拾い、左手につけた。
そのとき、地面全体がとつぜん揺れはじめた。
サンが驚きとともにあたり見渡した。
「・・・地震?」
ウィトがスプーンを握りしめながら言った。
と、ウィトとサンのいるちょうど真下の地面に、巨大な漆黒のサークルがあらわれた。
「まずい!」
サンはそう叫ぶと、ウィトにむかって手のひらをかざした。その途端、ウィトの体は滑るにように吹き飛ばされ、フィールドの隅の壁に激突した。
サークルから出てきたのは、全長20メートル以上もある大きな翼をもったドラゴンだった。ドラゴンが翼を羽ばたかせて飛ぶと、ウィトのところまで塵が舞いあがった。
ウィトはなにが起こったのかわからず、ただ上空を見あげていた。
「イントルーダーです。職員の者はただちに所定の位置についてください。これは訓練ではありません。繰り返します。イントルーダーですーー」
その館内放送とともに、サイレンの音があたりに鳴り響いた。
ドラゴンが闇雲に炎を噴きだした。その炎によって、ドーム状の天井に大きな穴があいた。