サン・ダン・ポール
〈 私は、生死に関わる如何なる状況におちいっても、当学校および職員ならびに国に対して責任を問うことは一切しない旨同意致します 〉
教室の机のイスに座っているウィトは、その一文のみが書いてある契約書を、声を出して読みあげた。
「はい、結構です」
〈 サン・ダン・ポール 〉と書いてあるホワイトボードの前に、白衣を着た白髪の男性が立っている。
「契約書はこれだけですか?」
ウィトがきいた。ライトニング・ウルフはその隣の床で寝そべり、介助犬がそうするように瞳を閉じてじっとしていた。
「はい、これだけです。同意いただければ、その下の欄に自分の名前を記入してください。それで、晴れてきみはここの新入学生です」
ウィトはペンを片手にためらった。
「ねえ、ライトニング・ウルフ・・・」
「これに関しては相談は一切できません。あなたにこの先何があろうが、彼も私も一切責任を負いかねます。もちろん安全には十分配慮して学校は運営されていますが、すべての危険からあなたを守るという保証があるわけではありません。最後にあなたの身を守るのはあなた自身です。もし、それを理解していただけないのであれば、当学校に入学することはできません」
ウィトは今までの人生をふり返った。ただ見世物小屋で好奇の目にさらされるだけの毎日。仲間や友達と呼べる相手もおらず、物として存在していた自分。生きているのか死んでいるのかわからない自分。変化のない毎日。
ウィトはそこにサインした。
「結構」
サンが人差し指を上にむけると、サインした契約書とペンが空中に浮かび、サンの手元に飛んでいった。
「なにか質問はありますか?」
サンが契約書を確認しながらきいた。
「サン・ダン・ポールさんも元召喚士なんですか?」
「サンでいいよ」
「サンさんも元召喚士なんですか?」
「サンでいい」
「サン・・・も元召喚士なんですか?」
「いや、私は元魔法使いです。ただ、時代が変わって、今は魔法使いは陰獣とみなされるから、元召喚獣といったほうが正確かな」
サンがライトニング・ウルフを見やった。
「ライトニング・ウルフ」
「ん?」
ライトニング・ウルフが床に伏せたまま、上目遣いでサンを見た。
「もう帰っていいよ」
「おう、そうか。そりゃありがたい」
ライトニング・ウルフが起きあがりながら言った。
「え? ライトニング・ウルフさん、帰っちゃうの?」
「おれは施設の紹介役として雇われただけだからな。それに、もう1時間以上もオーバーワークだし」
「もう会えない?」
ウィトが悲しそうに言った。
「そんなしけた面すんじゃねぇ。おめぇが頑張って、おれと同じクラスに上がってくりゃ、嫌でも顔合わせるようになる。じゃあな。そんときを楽しみにしてっぜ、おめぇの成長をよ」
「いろいろありがとう」
ライトニング・ウルフは一度振りかえると、漆黒のサークルのなかに消えた。
「ではさっそく、最初のステップと参りましょう」
サンはポケットからスプーンを取りだすと、それをかかげた。
「これが今のきみの状態だ」
サンが手のひらを開くのだが、スプーンは重力に逆らって、手のひらにくっついたままだった。
「力をコントロールできないと、電磁力の磁場の影響で鉄はくっついてしまう。この力のコントロールができないと、なにも始まらないと言っていい」
サンは瞳を閉じた。と、手のひらからスプーンが落下し、机の上に転がった。
「まあ、こんな感じだ。言葉よりも実践してもらったほうがわかりやすい」
サンが人差し指を動かすと、スプーンがゆっくりとウィトの手元に飛んでいった。
ウィトがそれを受けとる。スプーンは手のひらにしっかりくっついて離れなかった。
「まずは平常心になることを意識するんだ。瞳を閉じて、鼻からゆっくり呼吸し、まるで寝ているときのような状態を意識的につくりだす」
ウィトは言われたとおり瞳を閉じ、鼻からゆっくりと呼吸した。
「そして、体のなかのエネルギーの流れを意識し、それとは逆向きのエネルギーを増幅させる。まるで、流れている川をせき止めるようなイメージだ」
ウィトが言われたとおりエネルギーを意識する。と、教室の机がカタカタといっせいに揺れだした。
サンが驚きの表情でそれ見やる。
「きみが今意識してるその方向のエネルギーは、正のエネルギーだ。それとは逆、負のエネルギーを意識的に増幅させる」
ウィトの眉間にシワが寄る。
そのとき、教室中の机が浮かびあがり、猛スピードでウィトにむかって飛んでいった。
サンがあわてて両手をかかげると、ウィトのまわりに透明な膜がはり、机はそれにはね返された。
「いったんストップ! ストップ!」
ウィトが瞳をあげると、空中をただよっていた机がいっせいに床に落下した。ウィトがそれに驚き、あたりを見まわす。
サンが右のほほを人差し指でかいた。
「・・・場所を変えましょう」