ヒーローの目覚め
「どうか、よろしくお願いします」
口ひげを生やした背の高い男性がシルクハットを片手におじぎした。その隣でうつむきかげんで立っている若い女性も、男性の動きに合わせておじぎする。その夫婦は、一度も視線をこちらにむけようとはしなかった。
タバコのニオイのする初老の男性が、自分の肩に手をおく。
「ええ。ご心配なさらずに」
「それでは、我々(われわれ)はこれで失礼します」
背の高い男性はシルクハットを目深にかぶると、妻の背中に手を回して体を支えた。そして、二人は後方に停車している車のほうへと歩いていった。
「・・・行かないで」
その声に、二人はまったく反応を示さなかった。
「・・・お願い。行かないで・・・行かないで・・・ぼくをおいて行かないで!」
ウィトはベッドの上で勢いよく体をおこした。頬は大粒の涙でぬれていた。
「こわい夢でも見てたのかしら?」
白衣姿の若い女性が言った。見知らぬ女性。
ウィトはハッとした。
「こわがらなくても大丈夫よ。私はセレナ・クルーズ。あなたを担当することになった看護師で、ここはフレーゲ中央病院の集中治療室よ」
ウィトがあたりを見渡す。自分の右腕に白い管のようなものが見えた。とっさにそれに触れようとする。
「あっ、それは外さないで。JNOが触手からあなたに栄養を送っているの。もうしばらくは安静にしていたほうがいいわ」
ウィトが天井を見あげた。以前見た、あのクラゲ型の生物がふわふわと浮かんでいた。
「・・・ぼく、どうしてここにいるんですか?」
「なにも覚えてない?」
「・・・たぶん」
「私も詳しいことはよくわからないけど、一つだけ確かなことがあるわ」
セレナが微笑む。
「いま、この国で、あなたの名前を知らない人はひとりもいない。なんてったって、あなたは国を救ったヒーローなんですから」
「・・・ヒーロー?」
「ええ。わたしも光栄よ。あなたのことを看護させてもらって、しかもこうやって直接お話することができているんですから。きっと、たくさんの人から、やきもち焼かれちゃうわね」
ウィトがいぶかしがるような様子でいた。
「わたしの言葉が信じられない? まあ、心配しなくてもいいわ。そのうち嫌でもわかるようになるから」
「ぼく・・・なにをしたんですか?」
「簡単にいうと、最強の敵を撃退した、ってとこかな」
「そんなの・・・」ウィトがうつむく。「なにかの間違いです。ぼく、ろくに力のコントロールもできないのに・・・」
セレナがじっとウィトを見つめた。そして、その顔を下からのぞく。
ウィトはドキッとして、恥ずかしそうに目をそらした。
「だったら、養成学校に入学するといいわ。あなたならいずれ、この国を支える重要な召喚獣になれると思う。私が保証する・・・って、別に私なんかに保証されてもしかたないか」
そう言って、セレナが笑った。
「あっ、なんかごめんなさい、ひとりで興奮しちゃって。目覚めたばかりの人に、ぺちゃくちゃと」
セレナはウィトの両肩にそっと手を置くと、彼をベッドに寝かせ、掛け布団を引きあげた。
「もう少し眠ったほうがいい。大丈夫。なにかあれば、私がずっとそばにいるから」
ウィトはしばらくすると、布団のなかで体をもじもじさせはじめた。
「・・・あの」
「なに?」
「あの・・・」
「遠慮しなくてもいいわ。なんでも言って」
「・・・オシッコに行きたいんですけど」
「ああ、ごめんなさい、気づかなくて」
セレナはそう言うと、ベッドの下から尿瓶をとりだした。
「はい、どうぞ」
ウィトが戸惑いながら、それを受けとる。
「・・・ここにするんですか?」
「ええ・・・ひとりでできる? 手伝おっか?」
「ひとりで・・・できます」
ウィトが恥ずかしそうに言った。




