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ンザンビの召喚士  作者: 鰯 寛之
プロローグ1
2/113

元召喚士リーディア・クローシス

 裸電球はだかでんきゅうだけの薄暗うすぐらい部屋のなか、ウィトは木製のうつわにはいったスープを木製のスプーンですくって飲んでいた。破れた黒いTシャツにサンダルをいている。水風呂には入ったが、ショーでかぶった砂鉄は落としきれず、いまだ全身にまばらに残っていた。


 ヒールで石畳いしだたみを歩く音が廊下ろうかから聞こえ、ウィトは手を止めた。


「さっきの磁石じしゃく人間はあなたかしら?」


 その女性の声にひるんだウィトは、簡易かんいベッドの上にあがって、布団を頭からかぶった。


「おびえる必要はないわ」


 女性が鉄格子てつごうしごしに優しく声をかけたが、ウィトは布団をかぶったままだった。


「わたしはリーディア・・・リーディア・クローシス。一昨年おととしまで召喚士をしていたの。さきほどのショーを見させてもらった。すごい力ね。見た目は普通の人間と変わりないのに、あそこまで強力な力を持っている陰獣いんじゅうを見たのは初めてよ。どこで手に入れた力なのかしら?」


 ウィトはじっとだまったままだった。


「わたしがこわい? わたしにはあなたの力のほうがよっぽど恐いわ。その力、悪用されるとやっかいなことになる。今までに、わたしのようにあなたに接近してきた人はいなかった? ・・・それとも、わたしの言葉がわからないのかしら?」


「・・・どちら様・・・ですか?」


 ウィトが布団をかぶったまま言った。


「やっとしゃべってくれたわね・・・わたしはリーディア・クローシス。召喚士を引退したあとは、あなたのような特殊とくしゅな能力を持った者をスカウトしているの」


「スカウト?」


「ええ。召喚獣として将来しょうらい活躍かつやくできる才能を見つけ、成長のお手伝いをしている。あなたの力はとても魅力的みりょくてきよ。将来化ける可能性大ありだと思うわ」


「それで・・・ぼくを?」


「ええ。あなた、今の生活に満足?」


 ウィトはただ黙ったままだった。


「よかったら顔をだしてくれない?」


 布団からそっと顔をのぞかせる。


「あなたいくつ? ずいぶんおさないように見えるけど・・・」


 首をふる。


「自分のとし、わからないの?」


 うなずく。


「名前は? 名前ぐらいはあるんでしょ?」


「・・・ウィトン・シュタール。でも、みんなからはバケモノとか、マグネットとか、ユーマとかって呼ばれてる。だから、もうその名前、忘れそう・・・」


「ご両親は?」


 首をふる。


「どこにいるかわからない?」


 うなずく。


「お金はもらってるの?」


 首をふる。


「1クーツも?」


「・・・お金もらっても、手にくっついちゃうからつかえないんだ」


 そう言って、ウィトが苦笑いをうかべた。


「力の制御せいぎょの仕方がわからないの?」


 ウィトはその言葉の意味がわからなかった。


「まあいいわ。あなたがもし良ければの話だけど、わたしと一緒にその能力を最大限引きだしてみない? あなたなら、きっとすばらしい召喚獣になれると思うわ」


 ウィトが首をふる。


「一生、あんなくだらないショーだけをして生きていくつもり?」


 ウィトはベッドの上からおりると、飲み残しのスープに再び手をつけた。


「あんな屈辱くつじょくをうけて平気なの?」


「・・・ここはぼくを必要としてくれてる。だれも必要としてくれなかったころにくらべたら、とてもありがたい」


「それは本心?」


 うなずく。


「あなたをもっと必要としてくれる人がたくさんいるわ。わたしもそのひとりよ」


「あなたもぼくを道具として必要としているだけでしょ? みんなぼくを必要としてるわけじゃない。ぼくの能力を必要としてるだけだ。どこに行っても同じ。だからここにいる」


「そうね。たしかに、あなたの言うとおりかもしれない。でも、それは特殊とくしゅ能力を持っていようが、いまいが同じだと思う。道具として使い、道具として使われる。それが社会というもの。だからみんな、他の人とは違うものを持ちたいと思うし、違いをアピールしたがるの」


「ぼくはみんなと同じがよかった。みんなと同じなら、こんなに孤独こどくになることもなかったのに・・・」


「ここではあなたは特殊かもしれないけど、わたしたちの世界ではあなたは特殊じゃないわ。あなたは生きる世界を間違えたのよ。さっき、あなたの能力をすごい力って言ったけど、今のあなたぐらいの能力なら、わたしたちの世界にはくさるほどいる。文字通り腐ってるやつもいるけど。あなたのめている力はすごいと思うけど、それは今の力ではない。才能という意味。伸ばそうと思わなければ、あなたも腐っていくだけよ」


「どうしてそんなことがわかるの?」


「あなたを初めて見たとき、衝撃しょうげきを受けた。あなたは間違いなく雷の属性よ。それも、潜在的せんざいてきには莫大ばくだいな量のエネルギーをもってる。ひょっとしたら、あなた”ゼウスの子”かもしれない」


「ゼウスの子?」


「いえ、ただの比喩ひゆよ。気にしないで。今の話をきいても、やっぱりここにいたい?」


「・・・団長がゆるしてくれないと思う」


「団長っていうのは、あのヒゲ面の、小太りの、ムチ持ってたオッサンのこと?」


「うん・・・そういえば、どうやってここまで入ってきたの? 部外者は入れないはずなのに」


「いえ、すんなり通してくれたわ」


「団長が?」


「ええ」


「そう・・・」


「それで、あなたのことを話したら、ウィトが良ければ連れていってくれてかまわないって」


「団長がそう言ったの?」


「そうよ」


 ウィトはしばらく考えをめぐらせた。


「・・・ねえ、リーディアさん、チョコレートって知ってる?」


「ええ」


「食べたことある?」


「ええ、もちろん」


「ぼく、チョコレートっていうものを一度食べてみたいんだ。甘くて、とろけて、すっごくおいしいんだって」


「じゃあ、今から買いにいきましょう。おいしいチョコレート」


「ほんとに?」


「ええ。山ほど買ってあげるわ。あきるほどね」


「じゃあ、みんなを呼んできてくれる?」


「みんな?」


「ここから出るには、みんなの力が必要なんだ」


「どうして? ここの扉、カギはかかってないみたいだけど・・・」


 リーディアがふれると、あっさりと扉が開いた。蝶番ちょうばんびついた音があたりにひびいた。


「カギはかかってないんだけど、扉のふちが強力な磁石じしゃくになってるんだ。だから、そこから出るには大人の男性4、5人が必要なんだ。ぼくが逃げ出さないようにするためと、ぼくがさらわれないようにするためみたい」


「ずいぶん手の込んだことを・・・」


「だから、みんなを呼んできてよ。それとも・・・やっぱりできない?」


「その必要はないわ。もうみんな寝ちゃってると思うし」


「寝てる? まだ夜の8時ぐらいだよ」


 リーディアは両手のひらを地面につけた。


「!!! ファイア・スターター 召喚 !!!」


 石畳いしだたみの地面に漆黒しっこくのサークルがあらわれ、そこから尻尾しっぽが二つあるイタチのような動物が飛びだした。イタチのような動物はリーディアのうでけあがり、右肩にとまった。


 ウィトがおどろいた様子でそれを見つめた。


あぶないから離れてて」


 リーディアはファイア・スターターを右手のひらに乗せると、その口を鉄柵てっさくに近づけた。ファイア・スターターが口を開けると、青い炎が吹きだした。炎はみるみるうちに鉄柵をかし、ものの1分とかからぬうちに、そこに大きな穴をあけた。仕事を終えたファイア・スターターが漆黒しっこくのサークルに飛び込むと、サークルとともに姿を消した。


「さあ、これなら出られるでしょ?」


 だが、ウィトは完全におびえきっていた。


「どうしたの? さあ、ほら」


「い、今の何? どうやったの?」


「言ったでしょ、元召喚士だって。元って言っても、召喚がつかえなくなったわけじゃないの。まあ、つかう機会きかいはずいぶんったけど」


 リーディアが穴をくぐって、鉄柵のなかに入った。


「ぼ、ぼくをどうする気?」


「なにを言ってるの? また初めから説明させる気?」


「ぼく、嫌だよ・・・嫌だ! 嫌だ! 助けて! 誰か助けて!」


 リーディアがため息をついた。


「しょうがないわね・・・」


 ふたたび両手のひらを地面につけた。


「!!! クール・トランス 召喚 !!!」


 今度は先ほどよりも大きなサークルがあらわれ、巨大なお腹をした二足歩行のタヌキのような生き物がニョキッと出てきた。クール・トランスが自分の腹をたたき出すと、キャンディーボールがかべにはね返るときのような音があたりにひびきわたった。


 ウィトのまぶたが次第しだいに下がりはじめ、床の上に倒れると、まもなくして寝息ねいきをたてはじめた。


 リーディアがウィトの体をかかえあげると、リーディアの首にぶら下がっていたロケットペンダントがウィトのひたいに張りついた。


「まずはその力の制御せいぎょの仕方を覚えましょうね・・・」


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