見世物小屋
調教師の男がほうったフライパンは、一瞬空中に止まると、ものすごい勢いでウィトのお腹に張りついた。
茶色く汚れた腰巻きひとつ身につけて立っているウィトの全身には、スプーンやフォーク、銀食器、自転車のハンドルがくっついており、背中には車のホイールカバーがくっついていた。
「では、次にこれはどうでしょう?」
調教師の男が10キロの鉄アレイを持ちあげながら、鉄柵のむこう側の観衆にむかって言った。観衆たちはざわめき、周囲の友人や知りあいに対して自分の予想を口にした。
調教師の投げた鉄アレイは一直線にウィトの体に吸いよせられると、右肩にちかい場所に勢いよく張りついた。その衝撃でウィトは、弾丸をくらったかのように後方に吹っ飛んで、地面を3メートルほど転がった。
「ちゃんと立っとけ、バケモノ!」
調教師の男がムチをふるう。その先端が車のホイールカバーにあたり、かん高い金属音があたりに響いた。
「はやく立て、バケモノ!」
再びふるったムチの先端がウィトの左の太ももを叩いた。ウィトがうめき声をあげる。彼の両脚はすでにミミズ腫れで赤く腫れあがっていた。
ウィトはゆっくりと立ちあがると、薄笑いを観衆たちにむかって浮かべた。鉄アレイは胸にしっかりとくっついていた。観衆たちから拍手と歓声がわく。
「それでは皆様にもっと面白いものをお見せいたしましょう」
調教師が語っているあいだ、アシスタントの男たちがウィトの体にくっついている物をはぎ取っていく。あまりにも強力にくっついているため、たくましい男たちが数人がかりでようやくはぎ取れるほどだった。
同時に、フタのない2メートルの立方体の箱が用意された。
「ーーお待たせ致しました。それでは今からユーマを召喚したいと思います」
アシスタントの男たちがウィトの体をかつぐと、その箱のなかにウィトをほうり投げた。そして、箱の四方にアシスタントが散り、全員で箱をゆすった。
「いざ、いでよ、原始からタイムスリップし現世に舞いおりた怪物、ユーマよ!」
留め具がはずされ、箱の四面の壁が地面にパタリと倒れる。中から大量の砂とともに、全身に砂鉄をまとったウィトが登場した。その姿は毛むくじゃらの怪物のようだった。ウィトが箱の外に出ると、まるでウエディングドレスのすそのように、砂鉄が足もとに長く連なった。
「まさしくユーマです!」
観衆から笑いと拍手がおこる。
「いかがですか? 人間の体はまったくもって摩訶不思議。宇宙よりも謎に満ちているようです」
アシスタントの男たちが急いでウィトの体から砂鉄をそぎ落とすのだが、大半はいまだへばりついたままだった。
「本日はまことにありがとうございました。これで、超磁石人間ショーはおひらきとさせていただきます。最後に観客の皆様も参加していただける、チップ投げを行います。ご婦人方、もちろん満足いただけなかったのならチップは結構ですよ。帰りにスーパーに寄って、そのチップで今晩の夕飯のおかずを一品増やしたらいい。さぞかしご主人も喜ばれるでしょう。ですが、あなた方のご主人はスプーンがくっつきますか? せいぜい愛人とくっつくぐらいのもんでしょう」
観衆たちから笑いがおこる。
「それでは最後です。もしこのショーがお気に召していただけたのなら、このバケモノにむかってお手もとの硬貨をお投げください。準備はよろしいですか?」
観衆たちがいっせいに財布を取りだした。
「それではどうぞ!」
観衆の投げた硬貨が雨のようにウィトに降りそそいだ。そのすべてが、ウィトの体に吸いよせられてくっついた。たった一枚、的を外した10クーンツ硬貨が調教師の足もとに転がった。調教師がそれをブーツの外側でかるく蹴ると、わずかに移動した10クーンツ硬貨は、地面でカタカタとゆれだし、猛スピードでウィトの右ふくらはぎにくっついた。
「それではまたの機会に。我がヨークデール・メタイリュージョン劇団をよろしくお願いします」
調教師が一礼すると、アシスタントとウィトがおじぎした。
観衆にむかって手をふりながら退場する調教師とアシスタント。最後にウィトが退場しようとするのだが、出口の鉄柵部分に体が張りつき、外に出られなくなる。その大げさな動きに、観衆から笑いがおこった。あわてて再登場した調教師がウィトの体を鉄柵から引きはがすと、ウィトの頭を平手でたたき、観衆にむかって苦笑いでおじぎした。そして一緒に退場する。
観衆から笑いがおこった。