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人生の本当の意味。それはあなただけが知っている。(私の人生考察ノートより)

作者: 舜風人
掲載日:2014/10/12

人生とは、いったいなんだったのでしょうか?


生まれて生きて働いて食って寝て老いて病気になっていつかは死ぬ。


人生とはそれだけなのでしょうか?


それだけともいえるし、そうではないともいえる。


私も何の縁があってかこうして今まで死にもせずに


生かされている。


死にそうになったことは何度もあるが


それでも何とか切り抜けてこうして今まで生きている


否、生かされている。



世の中に100人いれば100通りの人生がある。



ひとつとして同じものはない。



振り返ればわが人生でも実に様々なことが起こり、そして消えていった。


人生とはその繰り返しでもある。


しかし考えてみればこんな何のとりえもない私が


こうしてのうのうと生かされ、続けているということは、


運というか、何かによって守られているというか、


大きな力で生かされているというか。


そういうことではないだろうか?


世の中を見回してみても、


じつに、あっけなくいとも簡単に人が毎日なくなっているではないか?


私の友人知人でも、30代、40代でがんや事故であっという間に無くなってしまっている。


私がそうなっても何の不思議もなかったはずだろう?


現に、私も事故や病気で何度も危うい目に合っている。


間一髪数秒の差で?死なずに済んだことさえある。


あるいは病気で何度も入院し、手術も何度も受けた。


おかげさまで、その都度、なおってこうして今も生かされている。


世の中には治らない病気だってたくさんあるというのに、


私は治ったのである、というか不治の病ではなかったわけだ。


事故もそうだ。


故なくして、突然事故に巻き込まれて即死、あるいは町を歩いていたら突然通り魔にさしころされるという、


運の悪い?人だっている。


私も何度か事故や病気にあってはいるが、そんな死ぬほどの事故や病気にあったことはなかった。



では、


彼らが事故や病気でまことにあっけなく亡くなり、


私がしぶとく?こうして露命をつないでいられるのはなぜなんだろうか?


どこに違いがあるのだろうか?



私の親友のR君は35歳で、スキルス胃がんになり3か月入院しただけであっという間に無くなってしまったのである。


それまではあんなに元気で、活動的で、いい男だったのに、それがたった3か月で


やせ衰え、骨と皮に変わり果てて、ぽっくり死んでしまったのである。



その時私は運命というものについて深く考えたものだった。



あんないい男が、好男子が理不尽にもまことにあっけなく亡くなるという事実。



そしてこんなぼんくらの私がのうのうと生かされているという事実。



運命とはわからないものだ。



私が死んでもよかった?のに、死なずに生かされている。


なぜ?


わからない。


ただ『私は守られている』とでもいうしかなかったのである。



そのころから私は運命というもの、


生かされているということ、


人生の不思議について思いを致すようになったのである。


人生って、自分の力だけで生きているのではない、


いくら生きたいと100万回神仏に祈っても、死ぬべき時が来ればその人は死ぬしかないのである。


その死期は、例えば、R君は35歳だったのだろう。


定めというかカルマというか、それが彼の神から授かった、というか命じられた今生での、寿命だったのだろう。


私はいつだろうか?


その時が来るまでは人は生きる。生きられる。


その時が来るまではいくら病気になっても事故にあっても死なない。


だがその時が来れば人はまことにあっという間に簡単にあっけなく死んでいく。


人の死というものはそういうものであると、今では私は理解している。


寿命があればいくら大けがしても決して死なない。


だがそれが寿命なら、ちょっとしたことでも簡単にあっけなく死んでいく。


人の生死はそういうものだと私は今では悟って?いるのである。


だから私は何の心配もしない?


神はちょうどいい時にこの人生を終わらせてくれるだろうから。


そしてその死がたとえどんなに残酷で惨くっても、それが神の意志なら


仕方あるまい?


なぜなら人は自分で生も(誕生)も、死もどうすることもできないのだから。


まあ、人間だけは自殺ということもあるが実は私の悟ったところによると、


神の定めた寿命?であるらしいのだ。



つまりこの人は何歳で自殺によって今生を終わると、インプットされて転生してきたらしい?のだ。



100歳まで生きた人が努力して長寿だとお思いだろうか?


とんでもない。


それが神の定めてその人の寿命だったったからこそそうなったにすぎないのである。


いくら健康に気を付けて、節制して、運動して、禁煙禁酒してみようが


その人の神が定めた寿命が


25歳だったら、その人は25歳であっけなく亡くなっていくのである。


寿命が定まっている以上努力は無駄である。


自然体で結構だ。


タバコも吸いたければ吸えばいい。


私の母は愛煙家だったが、89歳まで元気に生きていたよ。


反対にタバコ一本吸わなくったって、23歳で肺がんで死ぬ人だっている。


こればっかりはどうしようもないのである。


なにしたって生きるべき人は生きる、


なにしたって死ぬべき時には死ぬ。



それが私の悟った人生の真理?奥義である。


あわてることはない。


人間いつかは必ず一回は死ぬのである。



それが多少早かろうが遅かろうが大差はない。



宇宙時間から見れば20歳で死のうが120歳で死のうが


同じように瞬時の春の夢にすぎないのだから。


体中ずたずたにされて惨い死に方をしようが


自宅でひっそり孤独死しようが、


死んでしまえばもう何の関係もないことだ。



それが神の定めた寿命なら、人間は黙ってそうされるしかあるまい。



いずれにしても人生とは魂の見ている夢にすぎない。



せいぜい明るく、深刻になりすぎずに与えられた人生時間を生きようではないか。


あなたが死ぬのは明日かもしれない。


それは神?だけが知っている。


それまでは、与えられた生を全うすることだ。


できることをして、悔いなきように生きる。


地の塩として、隅の首石として


そう生きることを、われらに生を与えてくれた神?はお望みだ。


それ以外に人生の意味はないのだから。

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