六十五話 彼の理由
この右手は一体何発司を殴りつけただろうか?
殴り続けられる司は顔をかばうそぶりこそすれど抵抗らしい抵抗は一切してこない。
そもそも、俺と司では体格差や場数とあらゆる面で差がある。
別にこれは慢心ではなく事実。
けれどそれでもあまりに無抵抗すぎる。
何か考えが?
「お前、何でこんなことしたんだ」
拳を止めまっすぐに司を見据える。
司は顔を苦痛にゆがめながらもゆっくりと口を開く。
「わかっているだろ大志、そんなこと目障りだからに決まってる」
消え入りそうなほどか細い声だったが司ははっきりと微塵の後ろめたさもなくそう言い切った。
「そ、そんなガキみたいなことまだ言ってんのかよ!目障りって、こいつらが一体なにしたんだ」
倒れ伏せる三人はピクリとも動かず出血しているのに声どころか呼吸音すら聞こえなかった。
どう考えても死んでるな。
そう冷静に判断してしまう自分に腹が立つ。
だからだろう司の答えなんてわかっているのにこんな質問をしたのは。
「価値がないんだよこいつらみたいなゴミかすは。見ているだけで不愉快になる。これは社会の掃除なんだよ。ただ生きているだけで消費しかまねかないこんなクズども生きるのに何の価値がある?」
こいつの信念はわかってはいたがここまで歪んだものを見せられると目をそむけたくなる。
「価値のないものっていったいどんな奴がそれに値する、お前にそれを決める権利なんてないだろ」
俺のその言葉に司は『はぁ』と落胆の溜息を吐き冷え切ったまなざしを向けてきた。
「お前の口からそんな正論が出るなんてな大志。ずいぶんひよったもんだ。どんなやつかだってそんなのおまえ自身が一番わかってるだろ。だからお前はアンナごみたいなグループを作った。なんだ、ゴミを自分で管理すれば更生するとでも思ったか?お笑いだよゴミはどこまで行ってもゴミ価値なんてないない!ない!!」
さっきまでの冷え切った感情はどこに行ったのか今は煮えたぎる鉛のような熱く絡みつく増悪の感情を吐露する司、その思いはとどまるところを知らない。
「ゴミの定義それは人に害を与える存在だ。自分の都合で人を気づつけるそんな奴らを許せるか?そんな奴らがいるから僕たちみたいな目に合う人が出るんだ!そんなのはおかしい、なんでただ生きているだけでそんな目に合わなきゃいけないなんでつらい思いをしなきゃいけない何も間違ったことはしてないのに!!」
それはたぶん俺もそして恵子も感じいていた思いだ。
その理不尽を今まで抱いてきたたぶんこれからも。
「けれど、それがお前のしていることを肯定することにはならない」
「また正論。じゃあ聞くがお前のやり方で何かが変わるのか?いや、お前のやり方だけじゃない今の法律、刑事罰?これ意味ある?」
「どうゆうことだ?」
「確かにお前の恐怖支配にも法律にも抑止力はあるだろうさ誰だって自分が損する目にはあいたくないもんな。けれどそれでもゴミは減らない。そしてゴミは捕まえられて刑務所送り、でもこれにいったい何の意味がある?懲役刑でゴミを閉じ込めてもいずれ出てくる中には待っている人がいる奴だっている、人から奪っておいてそれは虫が良すぎやしないか?終身刑にしてもそうだあんなゴミ達にえさを与えて生きながらえさせる意味が分からない、家畜のように役に立つわけでもないのに。ゴミはみんな死ねばいいんだよ。そしてそんなゴミどもをかくまう社会もゴミだ、もちろんあんなチームを作って僕の邪魔をするお前もな大志!」
カッと目を見開きなぜか顔をかばっていなかった左手をこちらに向ける司、その手には何かが握られている。
それが銃だと確認するや反射的に司から飛びのく。
けどだめだ、完全にこのままだと直撃コースだ。
何か盾が・・。
そして俺はとっさに目に入ったそれを自分の前に抱き起した。
直後その盾を通した体に伝わる振動。
ビッシビッシと音がするたびに盾は揺れそのうつろの瞳と目が合う。
それは今まで何度か見てきた人形の瞳、生命が失われ輝きの消えた死人の目だった。
(悪いな法事)
心内でそう謝罪しその体を司へと向かって蹴りだす。
法事の体を盾兼目くらましに使い俺は司との距離を再び詰める。
驚く司が再び発砲するがあんな小さな銃で人の体を貫通させ俺に当てるなんて芸当できるわけもなく俺はスキをついて銃を蹴り飛ばし奴の腕をひねり背中に回すと完全に組み伏せる。
抵抗しようとうごめく司だがこうなれば抜け出すことはそうそうできない。
何より俺と司には体格差もある体術なんて知らない司はただ力任せに抜け出そうとするだけだ。
「あきらめろ、お前じゃ無理だ。無理すると骨が折れるぞ」
そういうと司はあきらめがついたのか体の力を抜いた。
「仲間の死体を盾にするとはね。さすが大志ゴミの使い方がうまいね」
「こいつらは、俺の持ち物だどうしようと・・・俺の勝手だ。そもそもこいつらは俺が使うために用意しただけの奴らだ、最後まで使ってやるのがせめてもの俺にできることだ」
俺はそんな最低でへどの出るような言葉を並べる。
「そう、割り切っているようで顔は今にも泣きそうだな大志。自分への嫌悪感でいっぱいか?なら死ねよ。それで楽になれるお前の罪は死とともに消えるお前というゴミもここで消えて万々歳だ」
消えろ死ね俺のすべてを否定する司のことばそれがただただ悲しい。
だってその言葉は決してもうあのころには戻れないということを教えてくれたから。
けど、戻れないとしてもやっぱり司をこのままにすることはできない。
「司、聞きたいことが一つ聞いておきたかったことがある。お前は何で断罪事件であんな子悪党どもを殺した?お前の考えだとお前はこの事件で世間を変えたかったんだろ?」
「そうさ、事実変わりつつある」
「結果的にはな。だが今回は神がかった偶然によってそうなっただけとても計画的とは言えない。人々を動かすならもっと大罪人を殺すべきだ。なのに最初の通り魔殺人の犯人以外はどれもこれもちんけな連中だなぜあえてそんな奴らを選んだ?」
俺のその問いに司はきょとんとした顔をした後。
「大罪人なんてそんな簡単に見つけれるわけないだろう、馬鹿か。それに比べてあんなゴミクズはどこでもあるからな簡単に見つけられる。ならあとはポイだ」
何がおかしいのかそう笑った。
「つまりお前は計画は関係なく手頃だったからという理由だけであいつらを殺したのか」
そんなのは断罪事件の最初の犠牲者だったあの通り魔と何も変わらない。
それだけはやめてほしい。
たとえ人殺しであってもそんな自らの欲望のまま人を殺すそんな外道ではあってほしくない。
「おい、人をそんな無差別殺人犯みたいに言うなよ。僕にもそれらしい動機はあるんだ。この町の断罪事件で死んだ奴ら、そして今僕が殺したこいつ等、みんなさ、むかつくんだよね。いや、虫唾が走るっていうのかなとにかく見てて不快なんだよ。不快なものは始末するゴミはゴミ箱に当たり前のことだろ」
「そう言い聞かせてるのか?」
「違う、そう確信してるんだ」
それはないだろう。
俺はガクリと肩を落とす。
そんなのもう人として終ってしまっている。
裏切られた今まで信じてきた司が俺の中で崩れていく。
そんな絶望の中、恵子が司に質問をしてきた。
「なんで、なんでそんな風に考えるようになったの一体いつからこんなことをしだしたの?なんでこんなことになる前に私たちに何も言ってくれなかったの?」
泣きじゃくりながらそう聞いてくる恵子に司は一瞬だが顔をしかめる。
「けーこ君までここに来るなんてねびっくりしたよ。大志の性格から考えれば絶対に君をかかわらせようとしないと思っていたから」
それが残念だ言葉にこそ言わなかったが司はそう言いたげだった。
「なぜかか、君たちに何で言わなかったか、それはね意味のないことだからだよ。仮に君たちに相談したとして君たちはどうした?僕に協力してくれた?そんなことはないよね、どうせくだらないことを言って僕を止めようとしただろ?」
それに反論はない俺も恵子もそうしてただろう。
だって俺たちの仲間からそんな俺たちの人生を狂わせた奴らと同じ人間が生まれるなんて嫌だから。
「当たり前だよ。止めるにきまってるじゃん。仲間が間違った道に行くんだよ止めないわけないじゃんか」
「間違った道か・・・」
恵子の言葉に司は笑みを漏らす。
「いったい何が間違った道なんだろうね。少なくとも僕にとってはこのままクズのいる世界で何もせず生きていくなんてことは何よりも耐えれなかった」
「どうしてそんな考え方しかできないの。もっと楽しいこといっぱいいっぱいあるのに。なんでそんな暗いとこしか見ようとしないの!」
「暗いとこしか見ないじゃない気づいたんだよ、俺はあの日そうあの家族を失った日から暗闇にしかいなかったことに」
その言葉に恵子は息をのみ俺は激しい怒りにかられた。
家族を失ったのは俺たちも同じだ、だからって俺や司が同じだなんて傲慢なことは言わない。
だけどあの施設の日々みんなで笑いあっていたあの思い出までも暗闇だったというならそれは俺たちの人生に対する侮辱だ。
怒りのあまり司の拘束にさらに力が入るが司はそれでも淡々と言葉を漏らしていった。
「それに気づいたのはそう院長先生が死んだあの日だった。大志覚えてるか?大口大介に時見泰三を襲うって計画を持ち掛けられた時の事。今は僕たちにあの時見泰三を襲わせるなんて馬鹿な事思いついたもんだなって思うけどあの時の大志は奴に対する怒りのほうが勝っていてとても乗り気だっらよね。だけど、僕は正直不安だったそんなことをしてどうなるかわからないっていう未知からの不安でね。だから、相談したんだ君たちに内緒で院長先生に」
「はっ?」
驚き声が出る。
その事実は確かに司が言うように初耳だった。
「具体的に院長先生に何かしてほしいって考えていたわけじゃない。けれど院長先生ならきっと何かしてくれるそう思った。まさかそれがあんなことになるとは当時は思わなかったけど」
なんていうことだ。
院長先生があんなことをした理由の原因がこんなことだったなんて。
そんなまさか、だとしらあの殺人事件の始まりは俺たちにあるということ。
まさかまさかそんな。
狼狽する俺をしり目に司は話を続ける。
「院長先生が殺人を犯した時いったい何を考えていたかなんて僕にはわからない。けれどあの事件で僕は思ったこれこそがもっとも美しい結末なんだって」
「なに?なんだって?」
「美しい結末だよ。あれこそが最もきれいな終わりだ。この世界に存在する価値のないゴミを始末してそしてそれによって汚れた人間である殺人の実行者も自殺、汚いものが同時にこの世から消えるこんなにもすがすがしいことがあるか?」
にへらっと笑う司の顔には今まで見たことがない狂気が表れていた。
目は白目をむくほど上を向き締りをなくした口からはよだれが垂れ流れる。
その様は一目でわかるほどに異常だった。
「司?」
「何事もやっぱりきれいに終わりたいもんだからね。そういった意味じゃ僕の作ったあの組織なかなか良くないかい一般人を人殺しにするのは気が引けるけど彼らは犯罪者に対する憎しみがある利用しやすかったですし、何よりその憎しみや悲しみのおかげで心が壊れていた、ゴミとまではいかないけどそんな不具合品はいっそゴミに落として始末したほうがいいと思わないかい?これを思いついたヒルには感謝しないとな」
理解できない思考を述べる司に圧倒されてつつも奴の言った最後の単語が大きく俺の耳に引っかかった。
「ヒル?誰だそれは?お前はそいつに言われてこんなことをしたのか?」
「どうだろうな?僕の意思でもあったしすべてヒルの思惑通りでもあったんだろう。たぶんこの状況も、ここで僕が終わるってことさえもヒルの予想通りか。けどアレなら最後までやってくれる。なら、まぁいいか」
また、司の表情が変わった。
今度は目が虚ろとなりまるで自身に言い聞かせるようにぶつぶつと小声でまるでお経のように平坦につぶやいている。
この変わりっぷりはいくらなんでも異常だ。
「司、お前まさかそのヒルってやつに薬でも・・・」
「大志、僕はもう終わりだ殺してくれ」
俺が言葉を言い終わる前に司は無表情にそう言った。
「はっ、えっなに?なにいきなり言ってんの?」
「別にいきなりじゃないさ。元々捕まったら死ぬつもりだった。壊れていてゴミは僕も同じだからな。計画では死ぬのはもう少し後のはずだったけどまぁ誤差の範囲さ、君が僕を殺せそれで事件も一つの節目を迎える終わりへのね」
あとはどうとでもしろ、そう目を閉じる司。
これだけのことをしておいて自分はここで降りるそれはあまりにも無責任じゃないか。
「俺は」
俺も司も互いに動けない中、恵子だけがこちらへと歩み寄り、そして司の顔を思いっきり踏んだ。
それこそ鼻の骨が折れるほどの勢いで。
「ぶっほ!」
「恵子?」
両手を俺にふさがれている司は手で顔を抑えることもできずに首を左右に振りながら何んとか痛みから逃げようとしていた。
「あっいてー。・・・なに?けーこが僕を殺してくれるの?別にそれでもいいけど」
「もう!誰かが死んだりするの嫌だよ!!」
あまりにも当たり前なむき出しの感情、それだけ言って目を伏せて泣き出す恵子、その姿を前にして初めて司が申し訳なさそうに口を噤んだ。
「司、俺もお前を殺したくなんてない。いや、誰であってもだ。だからお前のことも殺さない。このまま警察に引き渡す。お前が嫌う今の法律に裁かれるそれがお前に対する最も重い罰だと思うから。だからお前も逃げるな、人に理不尽に罰を与えたんだ、お前も自分が理不尽と思う罰を受けるべきだと思う」
これは間違いのない本心。
たとえその結果、二度と司が社会に出れないことになったとしても、それが一番だと信じたい。
「そうか。警察にはもう連絡してるんだろ?」
「ああ、恵子が」
「ああ、本当に終わったな」
岸野刑事達が到着したのはそれから数分後のことだった。




