六十一話 計画準備
この世で一番の力はやはり金だ。
つまらない答えかも知れないが残念ながらそれが真実だということはこの人生の中で学んできた。
そして俺はそのためにあらゆる手を使い警察官という人々の上に立つ職につきそれなりの地位も手に入れた。
けれど、それだけじゃまだ足りない。
荒身組の馬鹿どもと手を組んだのもそれが理由の一つだ。
ヤツラは馬鹿だが力と金はある、それにあの組によく出入りしているヒルと名乗るあの子。
飲ませた人物を自由に操るというあの魔法の薬を創りだしたあの子を利用すればもっと金と権力が私のものになる。
そして今日はめずらしくそのヒルからの呼び出しがあった。
いつもなら決まった日にちに薬を届ける以外ではここには立ち寄らないあの子からの呼び出しなんてよっぽどのことなんでしょう。
少し不安になるも周りには組長である佐々木典久をはじめとした組員が十数名いるいくら手を組んでいるとはいえそもそもは相いれることのない連中だこちらの弱さを悟らせるわけにはいかない。
そんな警戒をしているうちにヒルはやって来た、いつものように一切の感情をにおわせない美しい顔で。
「今日は急に呼び出して申し訳ありませんでした」
ヒルが最初にきてしたことは私たちに対する謝罪だった。
皆の前で深々と頭を下げる。
そんなヒルに佐々木典久はいいと手で制する。
「そう謝るなヒル。これくらいのことお前相手だ気にはせん。それで一体、何の用だ。お前からの呼び出しとは珍しいが」
「今日はここにある武器をいただき。貴方たちに死んでもらうためにここにやって来たんです」
それが、私の最後の記憶。
次の瞬間にはなにか強い衝撃が体を襲った感覚がありそしてすべてが暗転した。
「えー、今日は12月22日。五十四回目の録画で、私がここにきてから一年が経過した。・・・計画の実行はもうすぐだと聞いている。正直やらなければならない使命感と同じくらいに恐怖心もある。だけどもう逃げられない逃げることは出来ない。怖い、星斗父ちゃんももうすぐお前に会いに行けそうだ」
そこで、人の気配を感じ慌ててビデオの電源を切った。
「住瀬さんこんな所でビデオ回してなにしてるんですぅ?」
「天咲さん。いえ、ここでこんな暮らしをするのももうすぐ終わりですから記念にと思って録画を」
とっさの嘘に口ごまらないよう十分注意しながら何でもない様にふるまった。
「そんなの意味ないのにぃ。私らみんな死ぬんですよ。この世界から消えるのにそんな記録何の意味があるのぉ」
「気晴らしですよ」
それは完全な失言だった。
しまったと思う間もなく私は髪をつかまれものすごい力で壁へと押し付けられた。
「あっ!」
「気晴らし?何気晴らしって?今私たちは計画の最終段階という大事な時期、なのに気晴らし?なにそれなにそれ?随分と随分と余裕な態度だねぇ。うん?それともそんな余裕が出るくらいどうでもいいことなのかなぁ?そうなのかな?ねぇ、ねぇ、ねぇ!!」
カッと見開いたその目はまさに狂気。
理性などはなき家族とともに過去においてきたのだろう、怖い。
なにがかって?
もちろん、こんな状態の天咲さんもだけど、私自身も復讐に取りつかれてこんな顔をしているのかと思うとみていられなかった。
「言い方が悪かったです。ただこんな風に今の光景を撮ってると今の自分を忘れないでいられる気がしたんで。復讐を」
それはもちろん口から出たでまかせだったけれど、復讐その単語が彼女の耳に入った瞬間私の拘束は解かれた。
「ふぬけな男ぉ。そんなことをしないと自分を保てないのぉ。しょせんアナタの信念はそんなものだったってことね。家族への愛情も」
胃が切り裂かれたかのように痛んだ。
否定したかったけど、自分がこんなことを考えているのはそれこそ彼女の言う通り私の思いの無さゆえなのかと自信がなくなり結局は何も言えなかった。
天咲さんはそんな私の情けに姿をもはや見たくないと言わんばかりに私を押しのけ出て行ってしまった。
本当に情けない、覚悟を決めてここにいたはずなのに信念をもってこの道を選んだはずなのに夢が現実に近づけば近づくほど迷いは大きくなる。
私はこんなにも脆かったのか?
ああ、会いたい星斗お前に。
それだけが私の願いだったのになぜ私はこんな所まで来てしまったのだろう?
なぜ今になって私だけこんな思いに駆られる。
逃げ出したい、けれどここにいる仲間たちを置き去りには・・・。
「私はどうすれば」
それは一体何度目の言葉だろうか?
私は今日も情けなくその言葉をつぶやいた。
全てを語り終わった後の気分は少しだが落ち着いた。
最初は全てを話すべきかも迷ったがヒルが道長慶介の姿であのビデオを撮ったということは本当に終わりが近いということなんだろう。
なら、今更隠す必要はないそう思っての判断だった。
別に話す相手は響君じゃなくてもよかったけど、彼はヒルの次に私のことを知っている人だったから。
「ふーん。なんともリアルティーのない話だね」
「信じられないのは当然ね。だけどこれは事実なの」
「別に信じてないとは言ってない。確かに現実的な話ではないけど、残念ながら今僕も君と同じように非現実的な中にいる。子供の絵空事に過ぎなかったことが今、リアルになりかけてるんだからね。ヒルのおかげで」
私の話を信じるという響君、その回答に私は驚いた。
「信じるの?こんな話」
「君はこんな嘘を吐く人じゃないからね。それにヒルが絡んでいることなら僕はそれを信じるよ。たとえヒルが世界を滅ぼすなんて言っても僕は彼ならできると思うさ」
「信用、してるってこと」
その問いに響君は首を振った。
「違うよ。ただヒルならできるなんだって。それが現実だって認識しているだけだよ。それに、君がこんなことに向かない性格の君が何でヒルに従うかその理由もまぁ分かったから。これも話を信じる訳の一つだね。君はヒルに恩返しがしたいのかい?」
その問いに私の思考は少し停止した。
恩返し?
そうなんだろうか?
自分に問いかけてみる。
答えはNO、だって私は別にヒルに感謝されたいわけじゃないから。
なら答えは?
「それは違うかな。そんな感情抱いたことなかった。ただ、今の私を造ったのはヒルだから、ヒルの言う通りにするのがただあたりまえだと思っただけ。いえ、そうする道しか知らなかっただと思う」
「ずいぶんと逃げの答えだね」
「そうだね、私には響君みたいな思想はないから」
そこは素直に肯定する、私の人生は人形のようなものだ。
自分の意志などなくただただ誰かの思いのままに動く最後までそういられたらどんなに良かっただろう。
「響君はどうなの?響君がヒルと一緒に居るのは何で?」
「うん?そんなの簡単さ。アイツが僕の望みをかなえてくれるから、ただそれだけだよ」
「感謝してるの?」
「感謝?まさか。ヒルと僕の関係にそんなものは存在しないよ。そもそも僕は犯罪者は例外なくすべてゴミクソだと思っている。ここにいる連中もすべて、そんなのに感謝なんてできないだろう」
ゴミクソ、それは私にも向けられているのだろう。
少なくとも響君のことを仲間だと思っていた私からすればそれなりにショックを受けるものだった。
「その人がゴミかなんてことはそれこそそれぞれの価値観によるものです。誰もが自身の価値観で生きています。それが千差万別なのは当たり前のことです。響司に何を言われようと別に貴方が傷つく必要はないのです金城百合」
それは慰めの言葉なんだろうか?
あたりさわりのない言葉を感情無く言う人物、そんな人は私の知る限り一人だけ。
「用事はすんだの?ヒル」
「はい。目的のものは手に入れました」
担いでいたカバンを廊下に置くヒル。
カバンからはガチャという金属の重々しい音がした。
響君はすぐに駆け寄りカバンの中を確認する、ジーというファスナーを開く音。
差し込む月明かりがその中身を照らし出した。
そこには偽物なら誰もが見たことがあるだろう黒い物体が無造作に放り込まれていた。
「この銃。本物なの」
疑ってたわけじゃないけど反射的についそう尋ねてしまった。
「はい。本物ですよ。手入れもきちんとされています。撃とうと思えばいつでも使えます」
「そうか」
そう響君が呟いた。
彼は銃を手に持ちまじまじと見つめている。
けど、引き金に辺りには手をかけないあたり彼もこの物体にそれなりの恐れを抱いているように見えた。
「ヒル。お前、荒身組の奴らはどうした?これ奴らから奪ったんだろ?そのためにお前があいつらに近づいたことくらい僕も知っている」
「死んでもらいました。だいぶん稼がせてもらいましたし、必要なものも手に入れました。生きててもらう理由がもうなくなりましたので。貴方もアレ等には死んでもらいたかったでしょう」
「計画ではあくまで銃をいくつか譲ってもらうだけのはずだけど?」
「武器は多いい方がいいですから。それに悪であるアレ等は死ななければならない、自分なら殺すことが出来ましただから殺しました問題がありますか?貴方の望み通りだと思いますが」
ヒル本人からすればそんな気はないのだろうけれど挑発するようなその態度に響君は顔をしかめた。
「荒身組の奴らのことはもういいよ。終わったことだし、お前の言うように死んで当然のゴミクソだからな。けれどこういった大きなことは連絡をしろ、どういった影響があるかわからない」
「なるほど。では、さっそく報告があります」
「なんだ、もうなにかやったのかい?」
うんざりしたよな、響君はこの大事な時期に派手な行動はやめてくれと言いたげだった。
「はい。実は自分が最後に荒身組に渡したヒプノシス・ブレインですが、アレ錠剤の中身を入れ替えまして毒を入れておきました」
「そんなことしたら何人犠牲が・・・」
「そんなことはどうでもいいです」
「どうでも、いいってクスリ漬けになってる人たちはむしろ被害者なんだよ」
クスリのことを聞くとどうしても凪沙のことが頭をよぎり感情的になってしまう。
このことでヒルを恨んではいないけれど、それでもクスリのことについて話されると心が落ち着かない。
「なんでそんなことを?」
そんな私をよそに隣にいた響君は冷静な口調で聞いてきた。
「はい。それは、彼らが死ぬことによって町に混乱を起こし計画をより遂行しやすくするためです。あともう一つは、彼らにはもう薬の提供はないのでその後始末です」
たぶん九割方が後者の理由だろうと思った。
「響君はいいの悪人でもない人たちが死ぬんだよ」
これはもう遅いかもしれないけど彼にこの計画を止めてもらいたかったという卑怯な言い方だったがその望みも非情な彼の決断に打ち消される。
「・・・よくはない。が、それで計画がよりうまく進むのなら仕方がないね」
「そんな」
「僕の目的は、別に犯罪被害者を救うことでも市民を守ることでもないからね。悪いけど」
「でも、被害者の中には知り合いだっているんだよ」
「その、知り合いというのは浅見雄一郎のことですね」
ヒルのその言葉に私は驚いた。
「知ってたの」
「浅見雄一郎が青渕栄絵にクスリで籠絡されていることについては最初から知っています」
「雄一郎が」
呟く響君、全てを知っていたというヒルとは違いこちらは何も知らなかったようだった。
「このままじゃ浅見くんが死んじゃうんだよ」
「関係ないですね」
ヒルはそう言い切る。
最初から雄一郎君の命なんて眼中にないんだろう。
「ですが、そうですね。このままだと青渕栄絵は生き残ることになります」
ヒルはふむと少し考え込んだ後一丁の拳銃を響君へと差し出した。
「響司、貴方が青渕栄絵を殺してください。それを最後の事件の狼煙にしましょう」
唐突の申し出に響君は目を見開き、私はあっけにとられた。
ヒルだけがいつもと変わらない。
何で突然そんなことを言うの?
それを聞こうかとも思ったけどやめた、聞いても無駄だから。
ヒルの言うことのは大体意味がない。
なぜなら毎度ヒルの言うことは思い付きでしかないから。
その時の気分、思い付きで物事を運ぶそれがどんなに恐ろしいことでも平然と行いどんな難しいことでも当たり前のように成し遂げるそれがヒルなのだから。
「僕が、青渕を殺す?」
「できないとは言わないでしょう。貴方はこれまでにその口で多くの命を奪いました。実際殺したのは自分や何人かの人類浄化の会の人たちですが。次は貴方の番です。貴方が真にこの計画を実行するという意思があるのなら行動に移し自分に見せてください、そうすれば貴方の計画の成功は自分が保証しましょう」
「それは、本当に」
「はい。この計画の成功は自分の目的でもありますから」
響君はなんだか考えているようだった瞬きせず険しい目つきのまま差し出された銃をただにらみつける。
けれど、いちどすっと息を吸い込むと。
「わかった。青渕は僕がやる」
銃を受け取ったのだった。




