五十九話 それぞれの葛藤
ひとりになると、いつも誰かが僕に話しかけてくる。
相手は決まってはいない、その都度今まで僕の出会った人たちが心の中に現れる。
最初に現れたのは誰だったか?
母さんそれとも父さんだったかな杏子だったかも。
久しぶりに僕の中に現れた家族たちはそろって僕を否定した。
僕の考えを僕の行動を僕の行いそのすべてをまるで氷柱を突き刺すように冷たく深く。
僕の中に現れる人たちそれは幽霊だとかみんなの思いが僕に語りかけているだとかそんな素敵なものじゃない。
これは単純この人たちはひとえに僕の罪悪感と願望が生み出した存在だ。
そう、そんな陳腐な存在でしかない。
自分の行いに後悔なんて抱いたことは無い。
けれどそれが悪だという認識がある以上、心に残るシミのような罪悪感が一つ。
それはやがて大きくなり形を変え誰かの姿をとり僕を断罪しようとする。
そのたびにその幻に言ってやる『消えろ。下らない戯言で僕の道を阻むな』大きく前を見据えて啖呵を切ってやる自分自身に。
けれど、その幻が消えることは無かった。
いつまでも。
そうして今日も誰かがやってくる。
コツコツと頭の中に響き渡る靴音。
罪悪感はまた形をとり脊髄という螺旋階段をのぼりながら僕の脳内に侵入してきたようだ。
目の前には誰もいない、みなれた殺風景な自分らしい何の特徴のない無駄のない部屋に一人でいるだけ。
だけども目を閉じるとほら、暗いくらいまるでトンネルのような不気味な暗闇の中のだれかが立っている。
さて今日は誰かな?
暗闇に目を凝らそうとすると相手の姿が見える前に気の早いソイツは向こうから声をかけてきた。
『暗闇の中できょろきょろと情けない面してるなお前』
その声を聴いてつい愚痴ってしまう。
-まだ別れて一時間もたっていないのにこんなに早く顔を出してくるなんてどんだけでしゃばりなんだよお前。-
『呼び出したのはお前だ。俺に文句を言うな。・・・まったく心の中に呼び出すくらいならあった時に思っていること全部ぶちまけりゃいいものを』
-できないよ、そんなこと。-
そんなことしたら今の僕が壊れてしまう。
昔の自分に戻ってしまう。
そんなことになったら何のために今の僕がいるのかわからなくなる。
『いいじゃねーかわかんなくても。少なくてもこんなネチネチと自問自答を繰り返すなんてしてるよりはよっぽど健全だ』
-出来ないよ、そんなこと-
僕はその思いを真っ向から否定する。
『今までの行いをなかったことにしたくないからか?』
-うん。ここまで来たんだ今更、他の道はあり得ない-
『良いことなんかねーぞ。逃げちまえよ。どうせお前はもう悪党なんだ今更どう責められようと関係ないだろ』
-関係はあるよ目的があるからね一応。そのためだけにここまでのことをしたんだ、どんな邪魔が入ろうと僕はこれをやめない-
『救いなんてねーぞ』
-求めてないよー
『みんながお前を恨む』
-かまわないさ。興味ない-
『クソ野郎だなお前』
-そうだよ。だからもうかまうな。ここでさよならだ大志-
一方的な別れを告げ僕はまぶたを開き心の海から顔を出す。
目を開けるとやはりそこには誰も居らず、ただ一人僕だけがいた。
「水のもう」
部屋を出るとその温度差に体が少しびっくりしてしまった。
最近は色々あって月日のことなんてまるで頭になかったがもうすぐ年末なんだなということが思い起こされた。
そうか、もうすぐ終わるのか。
もうすぐ全て終わる、そんなことを考えながら一人この寒い廊下を歩いているとなんだか少し切ない気分になるのはなぜだろう?
それはたぶんこのこの静けさのせいだ。
そう自分に言い聞かせてると、まるで僕が話し相手を探しているタイミングを見計らっていたかのように彼女は窓から空を眺めながら僕を待つかのように佇んでいた。
「やぁ」
そう挨拶すると彼女は振り返り少し寂しそうな笑顔をみせた。
「やぁ、どうしたのこんな所で?」
声のトーンは明るくふるまっているがその顔から影は消えない、こう見ると彼女はだいぶん表情豊かになってきたと思う。
初めて会ったころから笑顔を絶やさない彼女だったが、僕はその実彼女のその優しい微笑みしか記憶になく、彼女の怒った顔も泣いた顔も見たことがなかった。
唯一その仮面がはがれたのは彼女がまだ小学生の頃、その仮面の内側は魂のない虚のようだった。
そんな彼女が最近人間らしい顔を見せるようにになった。
顔はいつもの笑顔のままでもその隙間から隠しきれない悲しみや苦しみが滲みだしている。
それはおそらく葛藤っという実に人間らしい感情行動。
でも、分からない。
なんで、今ここにいる君がやり遂げた君がいまだにそんな顔をしているのかが。
「それはこっちのセリフだよ。君こそ何してるんだ。ここにいるってことは終わったんだろ?」
僕のその言葉に彼女は一瞬だけ目を見開くとまたくしゃりと笑った。
「うん。終わっちゃった全部」
「そりゃおめでとう。約二年越しの悲願だ、うれしいだろう?」
「やけに強気な口調。なんだか私にうれしいって言ってほしいみたい」
図星だった。
「そうだと、いいんだけどね。なんでかな今の私の内にあるのは苦しいまでの悲しみ
。この飲み込まれそうな空が私の悲しみもどこかに連れ去ってくれるんじゃないかと思って眺めていたけど、やめとくんだったな。思い出すのは数時間前までの優しいひと時、彼の笑顔ばかりが頭に浮かぶ」
そこで彼女は僕の前で初めて涙を流した。
「僕には分からないな。全部自分で決めてやったことだろ。今までヒルの操り人形だった君が初めて自分で決めたことだ。それは十分に価値あるものだと僕は思う。それがどんなものでも」
コレは僕なりの励ましの言葉だったのだったが、彼女には伝わらず彼女はまるで窓に映る自身の虚像に憎しみをこめるかのように爪を立てる。
「人形か。そうだね。人形は人形らしくあるべきだった。これは人間になろうとした私への罰だったのかな?」
「君は、復讐をしたくなかったの?」
彼女の言葉の節々から覗く後悔からそう推測できた。
本当に理解不能だ後悔するなら始めっからしなければよかったのに。
「復讐はしなくちゃいけなかったんだよ。じゃなきゃ私が凪沙の友達だった意味がわからない・・・」
顔を覆いながら言い聞かせるように呟く彼女の姿を見て僕は理解した。
つまるところ彼女は自身の心に従い復讐をしたのではなく義務感で行動を起こしたのだ、そんなの後悔が生まれて当然。
「馬鹿だ君は。それでどうする?君の願いはかなったここから出ていくか?」
出ていく、そう答えたら殺すつもりで聞いた。
ここで逃げ出す奴はそれは価値のない悪だそんな不要なゴミには消えてもらう。
「出ていかない。私は最後までヒルについていく。ヒルが響君に協力するなら私も最後までいるよ」
それまでとうって変わっての決意に満ちた固い目。
微動だにしないその顔は仮面のようだが心の入ったたしかな人間らしさがそこにはあった。
「君は一体なんでそこまでヒルに尽くすんだい?」
その懇親は異常だと僕が告げると彼女は目を伏せこういった。
「今の私があるのは、ヒルのおかげだから。この命はヒルによって与えられたの。私はね一度死んでるんだよ」




