五十五話 事件は物語のように
物語、千晃は確かにそんな言葉を口に出した。
物語というのは誰かが意図的に造りあげた世界のこと。
誰もが自身の人生という物語の主役だなんて言うけどあの比喩は私はあまり好きじゃない。
物語というのはあくまで誰かを楽しませるもの、他人の好奇心を満たすものこれは以前慶介が言っていたことだけど、言われてみればその通りだ。
誰かが見るからそれは物語として成立するのであって、そうでない物は自己の観察ただの記録でしかない。
私の人生は、果たして物語としての価値があるのかと問われればそれは分からない。
私自身はないと思うけど、見る人によれば価値あるものかもしれない。
だけれどそれじゃあまり意味がないだろう。
やっぱり物語というものは大多数に認知してもらって初めて価値があると思うから。
慶介は、誰かが楽しめるならそこに大小は関係ないと言ってたけど。
だとしたらその三丸町の物語も誰かが望んだということなんだろうか?
なら、この三丸町での物語とは一体何を指すのだろう?
そして、それは一体誰が作者なのだろう?
「なに?その物語って?」
私は警戒するように千晃たちから少し距離を置き話を聞く。
「そう構えないで。今からそんなに張りつめてたらこれからの話とても持たないよ」
笑顔でリラックスしろなんて言う千晃だけど、そんなこと言われてリラックスなんてできるはずもなく不安だけが広がっていく。
「さて、本題に入る前に恵子の最初の質問。なぜ僕がここにいるかを答えようか」
それは確かに気になることだった。
そもそも大志と知り合いだなんて聞いていない。
いったいいつの間に。
「実はさ、僕と近衛くんかなり前。初めて会ったあのお葬式のとき以来恵子に隠れてちょくちょく会ってたんだ」
「はぁ?なにそれ初耳なんだけど。ってか何で私に黙ってたの?」
驚き興奮したのか私の口調は少し早くなっていた。
「えっ、だってあの時恵子と近衛君険悪な感じだったし僕が黙って会ってるなんて知ったら怒ってたでしょ」
「それはそうかも知れないけど。黙ってることないでしょ」
「まぁ、そうなんだけどコレは近衛君からのお願いだったしね」
「大志の?」
見ると大志が肩をすくめていた。
「まぁ、それも今回のでご破算になったけどな。そもそも俺は秋瀬ともこんな連絡を取り合う気なんてさらさらなかったんだけどな」
「ん?ならどうして?」
「僕の方から近衛君に接触したんだよ。あの、お葬式の後、恵子と別れてすぐにね」
「あの後に?」
あの日はいろんな感情が渦巻きすぎて記憶が正直あいまいだけど確かに私を送り届けてくれたあと千晃は用事があるとかで直ぐに帰っていった。
つまりあの時に会いに行ったということだろうか?
「でもなんで?大志にいったい何の話が?」
「うん。なんかあの時の彼の恵子に対する態度が気になって。なんか、あからさまっていうか、怒らせようとする気満々ってのが見え見えでさ。コレはおかしいかなと思って。その日のうちに会いに行ったんだ」
「なっ!」
なんという行動力。
千晃は自分が興味を示したことに対してはかなり貪欲なのは知ってたけど、いくら何でもここまでとは思わなかった。
仮にも大志はこの町でも有名な不良グループのリーダー怖くはなかったんだろうか?
同じことを警察の人も思ったのか、
「おいおい、随分思い切ったな。下手したらたこ殴りだっただろうに」
そう横槍を入れてきた。
「まぁ、そうかもしれないですけど。つい衝動的に。それに、もしあれが本気ならそれはそれで言いたいこともあったし」
たぶん大志があれが本気だったならかなり物騒なことになっていたかもしれない。
そうならなくてよかったと今、心底安心してしまう。
「あん時は驚いたさ。いきなり話あるんだけどとか絡んできて。まぁ、絡まれるのは慣れているけど、それがその日初めて会った恵子の彼氏でしかもソイツが満面の笑みでやってくるもんだから驚きを通り越して不気味にすら思ったさ」
「あれは、君の虚を突くことで場の指導権を握りたかったからだよ。したてに行くだけじゃ君の本心は聞けないと思ったからね。まぁ、おかげでいろいろ聞けたけど」
「それだけじゃないだろ、お前は。人のこと色々調べやがって、ったくあの短時間でどう調べたか知らないけどありゃもう脅迫だぞ。言わないとお前の秘密をばらすみたいな」
いったいどんな秘密を知ったのか非常に気になるけれど、たぶん教えてくれないだろう。
大志はもちろん千晃も約束を破るようなことはしないから。
「まぁ、そんなわけで僕は近衛君がわざと恵子を遠ざけるためにあんなことを言ったんだって知ったんだよ」
「だからなんで私を」
のけ者にされた、その孤独感がまた胸に湧き上がってくる。
多分顔も再び沈んできたのだろうそんな私の様子を察するように大志がタイミングよく声を上げた。
「お前だけじゃないさ、俺はみんなに対して平等に距離をとった。そのことは恵子も知ってんだろう」
思い返すとその通りだった。
確かに大志は中学に入ったころから私達と距離を置き、一人でいることが多くなった。
ということはその頃から何かを考えてたってこと?
「まぁ、それでも変わらず俺に接してくるお前のためにあんな一芝居を打ったんだけどな」
「なんでそこまでして?別に私たちが嫌いになったってわけじゃないんでしょ今の口ぶりからすると」
そこでまた和らぎかけた空気にピリッと張りつめた糸のような危うい緊張が走った。
「まぁ、その理由が本題なんだけどね」
千晃が口を開く。
「本題って、千晃の言うこの町での物語ってやつ?」
コクリと頷いてくる。
「まぁ、単刀直入に言う、物語ってのはかの有名な断罪事件。それが今この町で進行している話だよ」
「ん、うん。そうなんだ。けどそれが何?断罪事件は確かに大変な事件だし今の世の中に影響を与えてきているのは知ってるけど私は関係のない話じゃん」
そう、関係のない話だ。
実際、この町で起きている大事件と言っても狙われてるのは悪人ばかりしかも自分とはなんの関わり合いもない人たちだ。
事件のことが気にならないと言えば嘘になるけど、自ら積極的に関わろうとか調べようとかそんな気はさらさらない、私だって自分の身が大事だそんな危険なことに訳もなく関わることは出来ない。
まぁ、確かに大志たちがこの事件について何か知っていると気付いた今なら気になって何か行動するかもだけど。
そもそも、何で大志たちはこの事件について調べているのだろ?
私にはまずそれが分からなかった。
この神妙な面持ちから単なる好奇心ってわけではなさそうだけど。
「ねぇ、なんで私に黙ってそんな危ない事件調べてたの?別に警察に協力したいからってわけじゃないでしょ?」
あたりまえだというように大志が鼻で笑った。
「恵子、俺と司の話を聞いてたなら大体の想像はついてるだろうが、この断罪事件関わっている人間は様々で俺もその全体像は見えていない。けど、この事件の始まり主犯は間違いなく司だ」
大志はその信じられない言葉をゆっくりと私が決して聞き逃さないように言い聞かせた。
「はぁ?」
それでも私にはその言葉に真意が全く理解できないでいた。
私の知る、響司という人物は一言で言うとおとなしいそれに尽きた。
長年幼馴染をしているのにこんな平凡なことしか言えないのは味気ないかもだけど彼に対対する私の印象はそれだけだった。
多分ほかの皆も同じようなものだと思う。
唯一違うのは親友とも言っていい間柄だった大志ぐらいなものだと思う。
それ程までに私はいつもみんなの輪から離れて笑っていた幼馴染の少年のことを知ることがなかった。
それに対して今までどうと思ったことは無かった。
彼との仲がほかのみんなと比べて希薄だったのと彼自身が自分の領域に人を入れようとしないスタンスだったためいつの頃か私も彼から距離を取り始めていた。
今なら思う。
もっと彼のことをちゃんと見るべきだったと。
同じ仲間なんだから、私たちが彼のそばに居なければならなかったのに。
いや、いたのに一人でいた彼より私の周りにいた友達の方に目が行ってしまっていた。
自身の幸福だけに囚われていた。
昔はみんなで今までの不幸を吹き飛ばすくらい幸せになろうと思っていたのに、いつしか自分の幸せしか目に入っていなかった。
そのつけがこのどうしようもない現実だった。




