五十四話 少女×少年×青年×小父さん
恵子がここに現れたことは完全な予想外だった。
司との会話に気を裂きすぎたせいで完全に気づくのに遅れた。
本来ならコイツには事件のことなんて一切知らせずにおくつもりだった、それが俺とヤツの方針。
けれど、今の話を聞かれたとなるともう選べる選択肢は二つ。
一つは、今まで通りコイツを遠ざける。
今の問いもすべて無視ししらを切り続ける方法。
おそらく、今の話のほとんどを理解できていないコイツなら口際閉ざせば真実にたどり着くことは無い。
もう一つは望みはしないが全部を話すこと。
今までの思いと努力を無駄にして真実のすべてを聞かせる。
俺がコイツに取れるのはその二択。
だが、無駄に行動力のあるコイツのことだ俺が口を閉ざせば間違いなく自分で調べようとする。
それどころか司本人に話の真意を問いただそうとするかもしれない、いやむしろその可能性が高い。
今の司はかつての仲間に対して情を持つなんてことは無い、恵子だろうとおそらく・・・。
頭をよぎるのは明志の死を伝えるニュース。
あれは、駄目だな。
そうなると、選べる選択肢は一つだけか。
ギッリリと耳の奥で音がした、それが自身が奥歯をかみしめたために発生したものだと気付き、自分がとても怒っていることを自覚した。
恵子にではないうかつな俺自身に対してだ。
けど、今は悔やむよりも先にすることがある。
目をつむり大きく息を吸う。
冷たい空気が肺を満たし、清涼感が体にいきわたる。
次に大きく息を吐いた、胸の内にたぎる熱い怒りの感情をこの極寒の大気に全てさらけ出し心を冷却する。
良し、これで気持ちは切り替わった。
自己満足、自己暗示の類の行動だがこんなことでも習慣付けることでそれなりの効果を発揮する。
怒りと動揺を抑えた俺は携帯をとりだしヤツに連絡をかける。
恵子を巻き込むことになったんだ気はあまり進まないが連絡しないわけにはいかないだろう。
「もしもし俺だ。しくじった」
主語など全くないとても不親切な連絡だったが、それでもヤツは全てを把握したのだろう直ぐに向かうとだけ言った。
電話を切り恵子に向き直る、未だ困惑した表情のコイツにいったい何から話せばいいのかと考えると頭が痛くなってきた。
携帯を切りながらこちらに向き直る大志は、一度大きくため息をついたかと思うときみが悪いほど明るい笑顔を見せた。
「よー。どうした恵子こんな時間に。散歩か?」
それは本当に偶然街中で友人を見つけたときにでる気さくな笑顔で、それ自体はなんの不自然さはないのだけど、それをあの大志が私に向けていることが何よりも不自然だった。
「大志。アンタなんで」
「なんだよ呆けた面して。偶然見つけた友人挨拶してるだけだろ。そう身構えるなって。せっかく俺もこうして気楽にお前と向き合えるのに」
やれやれと言いたげに首を振りながらよっこらせっと道路わきにある大きめの石に腰を下ろした。
ごつごつしててあまり座り心地は良くなさそうだけど大志はそんなもの気にするそぶりもなくふんぞり返りながら座っていて、なんだかその偉そうな様は王様のようにも見えた。
「ねぇ、大志。今の司との話なんだけど・・・」
そこまで言ったところで大志は人差し指を自身の口元に当て『しっ』っと黙れとジェスチャーをしてくる。
「まぁ、そう焦んなよ。いろいろ聞きたい気持ちは分かるが、まだ人数がそろっていねぇ。話はそれからだ。まぁ、安心しろってちゃんと全部言うからよ。まぁ、ヤツが来るまではのんびりさせてくれよ。気を張り詰めたせいか少し疲れてんだ」
「ヤツ?」
「そう、お前もよく知るな。先に言っとくがこれからのことで怒るのは無しだ。変にヒステリックなられて話の腰を折られたらこっちもな萎えるからな」
ぼやきながら大志は懐に手を忍ばすと、タバコとライターを取り出しそれに火をつける。
銘柄は知らない、タバコなんて吸わないし、そもそもまだ未成年なのに美味しそうに煙草を吹かす大志はいかがなものかと思う。
紫煙のねっとりと喉に絡みつきむせそうになる
本当によく好き好んでこんなの吸えると思う。
「ヒステリーって何?また私を怒らせるようなことする気アンタ?」
あの日、浅利のお葬式でのあの態度それが再び脳裏をよぎり私の声は自覚できるほどに怒気を孕んでいた。
今更あの日のことを蒸し返したくはないけど、やっぱり思い出すたびに大志への怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「だからそう喧嘩腰になるなよ。俺だって今まで好きでお前を邪険に扱ってたわけじゃないんだ。・・・ああ、そうかお前あんときの葬式のことで俺を恨んでるんだったな」
酷く落ち込んだような大志の声、そこにはいつもの威厳など全くなくなんだかこっちが悪いことをしたような感覚になる。
そもそも、そう面と恨んでるなんて言われるとうんなんて言えない。
言いにくい。
「別に恨んでなんかないよ。あんな前のこと」
そう、今更恨んでなんかいない。
そもそも私が恨むのは筋違い、幻滅こそしたけど今ではその思いも薄れてきている。
本当に時間とともにあらゆることが解決していく、大きな流れに従いながら私の中の負の感情もどこかに行ってしまった。
人は忘れていく生き物だと聞いたことがある、それを初めて聞いたときなんだか悲しい響きに聞こえたけど今はそうであることに感謝すべきなんだろう。
「そうか、それはありがたいが、一応謝らせてくれ。あの時は悪かった。こんな言葉だけじゃあの時のお前に報いることが出来るか分からねえがとりあえず言わせてくれ」
深々と頭を下げる大志、その姿があまりに違和感があってあまりにもらしくなくて私はそんな彼を否定した。
「やめてよ。別に謝られる筋合いはないよ。それに謝るなら私なんかより浅利の家族にでしょ」
「ああ、あの家族にはその日のうちに頭を下げたよ。すぐに許してもらった、良い人たちだったな」
「謝りに行ったんだ。でも、そんなんなんら最初っからあんなこと言わなければ良かったのに」
「それは、しょうがねぇーよ。アレは、未だに俺にかまうおせっかいなお前を遠ざけるための一芝居だったんだから」
『なっ!仕方ない事情だろ?』と同意を求めてくる大志だったけどそれは私にとっては浅利の死に匹敵するほどショックな出来事だった。
「なにそれ?なんでそんなこと?一芝居うって私を遠ざけるってアンタそんなことしてまで私の友達の死を利用してまでアタシと距離を取りたかったの?そんなにあたしのことが嫌いなんだ」
鼻がツーンとして涙が出る予兆が迫る。
ここで泣いたら惨めだと思いながらも崩壊しかけた感情のダムは自分では止められなかった。
私の両目から流れ出る雫を見て大志はめんどくさそうにため息をついた。
「恵子、誤解だ落ち着けって。ったく、本当にお前は思いこんだら一直線だな。まぁ、そこがお前のいいとこでもあるけど」
「なにを・・・」
「あと、秋瀬!テメーいるのは分かってんだよ隠れてないで出てこい。趣味悪いぞ」
「えっ?」
予期せぬ名前に驚きの声をあげると先ほど私が出てきた路地裏から見知らぬおじさんと良く知る人物が苦笑いを浮かべながら現れた。
「千晃?」
「ありゃ、ばれてたのね。さすが感がいいな」
「たりめーだ。こんな静かな夜にごそごそ動きすぎなんだよ。寒さのせいで息も乱れてたしな。その点、隣のオッサンは見事なもんだったぜ。体にしみこんだタバコの臭いがなきゃ気づかなかった。風上だったのは運がなかったな」
「ほう。大したガキだ。まったく末恐ろしいね」
見知らぬおじさんは感心したように笑うとタバコを取り出しおいしそうに煙を吐いた。
「すかしやがって。秋瀬、誰だコイツ?」
「三丸所の刑事さん。あっ、いや警部さんか。僕の知り合いでね。君も昔あったことがあるはずだけど」
「覚えてないだろ。あの頃はまだほんのガキだ。アホそうな子供だったしな」
「そうだな確かに記憶にない。そんな昔にあったんならアンタも当時と比べて随分と老いただろうからな」
ピリピリというよりちりちりと言った方がいいほどの空気が焦げるかのような怒気にまみれた険悪な雰囲気。
いったいどうしてあってそうそうこうも仲が悪くなるのだろうと思うところもあるけれど、今はそれよりも一人だけ話から置いてけぼりにされている方が問題だ。
「ちょ、ちょっと待って意味わかんない。まったくついていけないんだけど。どうゆうこと?何でここに千晃が現れるわけ?」
「ああ、恵子。ごめんごめん、別に無視してたわけじゃないよ。ただこの二人が急にいがみ合うもんだからさ僕もあっけにとられちゃって。ホラ二人ともやめなって。話が進まないでしょ」
場違いにもほどがある千晃のほんわかした口調それがガス抜きになったのかそれとも横やりを入れられて興が覚めた、いや目が覚めたのか二人の間にあった険悪さは波が引くように去っていく。
「やれやれ、子供の君に注意されるとはね」
「二人が、変に険悪になるからです。まぁでもこれでやっと恵子に話ができる」
言いながら私へと向き直る千晃はいつもの優しいまなざしなのに何かを決意したかのように口は一文字にきつく結ばれていた。
「あのさ、恵子、これからの話君にとっては驚いたり信じられなかったりと様々な感情が出てくるだろうけどとりあえずその気持ちは抑えて話を聞いてほしい。これまでの物語の」
そうして私は聞く、この町を動かしてきたその物語を。




