五十三話 そして、闇夜は真実を告げる。
そこを通りかかったのは本当にただの気まぐれだった。
今日は千晃の十九回目の誕生日ということでいつもとは違い私が夕食作りを担当した。
せっかくの誕生日なんだから会社くらい休めばといった私に千晃は誕生日はあくまで僕、個人の問題。でも、会社はそうじゃない、誕生日くらいじゃ休めないよ。
そう笑う真面目な彼に喜んでもらおうと、張り切って手作りケーキまで用意したくらいだ。
ちなみに、クリーム嫌いの彼を考慮してチーズケーキを用意した。
それなのに、私のスマホにかかってきた電話は今日は用事があるから帰れそうにないだった。
そこからの怒りにまかしてのやけ食いは今は反省してる。
二人分の夕食を流し込むように平らげてしまったため自身の胃の許容量を超えた食事は私のお腹を大きく苦しめた。
まるで、胃に空気を流し込み胃そのものを風船に変えたかのような感覚だった。
もし、私が妊娠した時もこんな感じなのかな?
そんな妄想が一瞬浮かんだが、そもそも膨れる個所が違う。
今私が膨れてるのは胃であって子宮じゃない、これじゃなんの参考にもならないだろう。
とりあえずは胃薬でも飲んで大人しくしておこう、そう思い台所の食器棚の上にある木箱で出来た薬箱を取り出すが肝心の胃薬は見つからず、そこで諦めても良かったのだけど、なんだか自分の行動が中途半端になるのが嫌で散歩がてらコンビニまで行くことにした。
私たちの家から一番近いコンビニまでは大通りを歩いて行ったら大体二十分ほど、市街地の方にある。
けれど、裏道を使えばその限りではない。
迷路のように入り組む住宅街の細道を活用すればその時間を五分ほど短縮できるのだ。
長年この町で暮らしている私は初見なら迷うであろうその入り組んだ道も難なく進むことが出来る。
けれど、私自身はこの道をあまり活用したことがない。
理由は二つ。
一つは単純に人通りが少ないこの道は危ないからというもの。
特に最近は物騒な事件が多いから。
けれどこの点は正直あまり深く考えていなかった。
別に夜道を歩くのはこれが初めてというわけでもないし、たかだか十分から二十分程度の外出それほど気にすることでもない。
普段は千晃がやめてほしいと頼んでいたので控えていたのだけど、今回はその千晃が原因なのだから気に留めないことにする。
だから実質理由は一つだけ。
それは、その通り道を使い市街地を目指すとどうしても迷路の終着点が時実養護施設跡にでることにあった。
もちろん、あの事件以降もその場所を通ることは何度かあった。
けれど、できれば通りたくないという思いは常にあった。
ここを通ればいおうなくあの頃の思いでが蘇ってしまうから。
ここにあった楽しい思い出は今はもう戻れない関係を思い出させて心を軋ませる。
ここにある悲しい思い出はもう会えない人たちを思い出させて心を震わせた。
どちらの思い出も今の私には痛すぎるものだった。
だから、今日もこの道を使うかどうかは迷った。
だけど、今日は腹痛の方に意識が傾いていることと早く薬を手に入れたいという思いから足は自然と家を裂いたように開く裏道へと向かっていた。
ここには街灯の類はなく、光源は空を照らす星々と道の左右に陳列する家々の窓から洩れる家庭の温もり。
それらの光を遮るようにそびえたつ塀に囲われた道を私は歩いていく。
道は、滑り込む光により青く照らし出され灰色の壁だけが見てとれた。
鉛筆で描いたような細いひび割れが広がる壁に囲まれたこの道は、猫や犬などの小動物が通るならうってつけだろうけど、人間一人が通るとなると少し窮屈に感じる。
狭いといっても体制を変えなければあ通れないという狭さではない、少なくとも女としては平均的な体系をしている私はすんなり通ることが出来る。
男の人は少しきついのかもしれない。
まぁ、でも一番の問題は風景だろう。
この閉鎖的な細道がより圧迫感を強くして見た目以上にこの道を縮小して見せているのだと思う。
そういえば以前千晃が言ってた。
人は未知のもの自身の知りえない事柄に恐怖を覚えるって。
人の判断基準は情報と経験、それが千晃の理論らしい。
情報により物事を判断し経験によって最善の行動を学、それを繰り返して成長していく、それが人生だと言った。
だから人は経験のしようがない死を恐れ未知の存在であるものに恐怖する。
夜道を不気味に思ったりするのはこれに起因するものがあるかもしれないと千晃は言う。
視覚という日常生活で最も情報を得られる器官を大きく制限された上、暗闇は危ないという情報が恐怖心を増長させるとか。
それが真実かなんてことは私にはわからないけど、この心もとない淡い光じゃ周囲が見づらくて仕方がない。
確かにライトくらい持ってくるべきだったと今更ながらに後悔をする。
壁際に右手を置き道のりに進んで行くが、冷気に浸食された壁を触るのはもはや痛いレベルで足も物陰に隠れた何かよく分からない物にぶつかったりした。
なんだか今日は本当についていない、そう心から思える。
誕生日会はすっぽかせるし、お腹は痛めるし、今も足をぶつけた。
本当に踏んだり蹴ったりだ。
はーとため息をつくと目の前に白い靄が広がった。
ゆっくりと空中に溶け消えていく自身の吐息を見ているとより一層、ここの景色が寂しく見えた。
こうして目に見えないところから何もかも廃れていくのかな?
そんな思いを抱き歩を進めていくとどこからか人の声が聞こえてきた。
どうやら一人ではなく二人以上、何かの話をしているようだった。
そしてその声はこの迷路の出口、時実養護施設跡に近づけば近づくほど大きくなってきた。
しかもこの声、とても聞き覚えのある懐かしい二人組のものだ。
大通りに近づいたところで電柱の陰に隠れ息をひそめながら様子をうかがう。
そこには予想した通りの二人組、大志と司がいた。
同じ町に住んでいるとはいえ二人を見るのは久しぶりだった。
大志とはあの葬式以来、司も中学卒業後、彼は進学しなかったためそれ以来会う機会がなかった。
もちろん会おうと思えば会えたのだけど、なんだか司の方から私たちを避けているみたいに姿を現さなくなった。
元々、一人が好きな風に見えた司。
私が話しかけると少し困ったようにはにかんだ笑みを見せた幼いころの司、彼のそんな困った顔が面白くて私はついつい必要以上に絡んでそのたびに大志に注意されていた。
私がからかい司がいじられ大志が注意する、そんなおなじみとなった日常があの頃の私の楽しみの一つでもあった。
そんな関係が終わりを告げたのはあの火災の後。
私が彼らと疎遠になったのは中学からだったけど、あの二人が一緒に居るのを見なくなったのは確かそのころだったと思う。
親友だったはずの彼らがなんで仲違いしたのか私は知らない。
何度か聞きはしたけど大志には関係ないとつけ離され、司には何でもないとはぐらかされた。
結局そのまま、もうあの頃みたいに三人がそろうなんてないと思っていた。
だからこそ、ここで二人がこんな風にあっているのが驚きだった。
しかもこんな所で。
一体何の話をしているのだろう?
耳だけを乗り出すように二人へと向ける。
人通りが少ないのが幸いし、少し離れたところにいる二人の会話はスピーカーを通すように良く聴きとれた。
「本当に変わったな互いに。・・・なぁ、司。断罪事件はもう終わりか?」
初めに耳に入ったのは大志の挑発じみた追及だった。
それが何を意味しているのか私にはわからなかった。
ただ胸がざわつく、コレは聞いてはいけない話だと頭が理解しているのに私の好奇心はその場に張り付き動こうとはしなかった。
この、言い知れない恐怖感、まるでゆっくりと首筋に鎌をかけられるかのような感覚には覚えがある。
そう、あれは九年前。
同じように彼らが話しているのを私が立ち聞きしていた時のことだ。
あの、人目を避けるために用意された階段下の部屋。
あそこで話されていた大志たちの会話。
あれが何を意味していたのかはいまだに分からないけど、あの場所の不気味さもあってその日は胸がざわつきなかなか寝つけなかったのを覚えている。
そしてそのすぐあと、あの院長先生の事件がおきた。
それはただの偶然だと今でも信じているけど。
この胸騒ぎはどうしても不吉な予感を覚えさせる。
「なんだって?」
振り返り答えた司の顔は私が知る彼のものではなかった。
まるで死人のような光のない目。
それは完全な拒絶の瞳だった。
他者のどんな意見も聞かず、自身のどんな考えも決して見せないようにするそんな姿勢。
それは明確な敵意だった。
言葉にしなくても彼の目が雰囲気が目の前の存在を殺すと告げていた。
コレが殺意?
周囲の大気すら押しのけるかのような司のその強大な感情に後ずさりしてしまう私とは対照的に大志はそよ風のようにそれを受け流す。
もしかしてこんな風に他人に殺意を向けられるのは彼は初めてじゃないのかもしれない。
だとしたら、そんな人生を歩く彼はやっぱり悲しい。
「いや、お前がやけに余裕がないように見えたからな。警察もさすがにあの事件がお前たちの犯行だと気付いてる。もう、後がないんだろ?だから最後に何か起こそうしてる、時間がないのはそのためだろ」
確信めいたことを話す、大志だけど私の頭はいまだ話についていけずただ二人を見ているだけしかできない。
そもそもこんな今にもひび割れそうなほど張りつめた空気、今はこの二人を見守るのが私の精一杯だった。
「ふん、下らない憶測でものを言うなよ。僕らが断罪事件を起こしてるだって?馬鹿らしい、何か根拠でもあるのかい?」
冷淡な、笑みは完全に大志を見下しけなしている。
この姿を見ていったい誰がこの二人がかつて友人同士だった多想像できるだろうか?
「どうした?何もないんだろ?」
「あるさ、ずっと一緒に暮らしてきたんだ。お前を見てきた俺だから分かる。それが根拠だ」
それはあまりにも根拠のない、聞いているこっちが呆れるような答えだったけど彼、大志の目は真剣そのものでふざけて言っているわけじゃないのが目に見えた。
なんというか、こんな大志をみるのは久しぶりだった。
あの火災以降常にまるで全身に有刺鉄線を巻いたように周囲に刺々しさと見ているこっちが嫌になるほどの自傷めいた孤独、それを身にまとっていた彼が今は刺々しさを残しながらも司のことを真剣に見ている。
それは、懐かしいあの幼いころの、本当に仲間のことをいつも真剣に思っていた頃の大志の瞳だった。
「はっははは。なにを馬鹿なことを。タイシーお前は一緒に居るだけで人の気持ちが理解できるのか?それはすごい能力だな!ぜひ、僕もその恩恵を受けたいよ。はは!」
それでも大志を馬鹿にしたままの司はそんな冗談を口にした。
「あるか、そんな能力」
次は大志が司に馬鹿言うなとため息を吐くようにそう言った。
それが、気に障ったのか司は今までの冷静な仮面を殴り棄てて感情むき出しの鬼のような表情を見せた。
「だったらそれはお前の妄想だ!なにも知らないくせに知ったようなことを言うな吐き気がする。なれ合いは終わったんだよ!いつまで家族でいる気だ?そもそも僕たちはたまたまあの施設で一緒だった他人同士だ!なのに僕のことを知ったように家族みたいに言いやがって気持ち悪いんだよお前!!」
それは、私にとってとても痛い言葉だった。
だってそれは私が宝物だと思っていたあの時のあの日々のすべてを否定していたものだったから。
結局、あの頃のことを今も思っているのは私だけだったってことかな?
そう、思い知らされた気がした。
気分が落ち始めるのにこおするように私の頭もうなだれていく。
体が重い、心が痛い。
この現状から逃げたいと、思考が逃避を始める。
そんな中大志はまだ司を目をそらすことなく見ていた。
「知らないことは無いさ。そして家族だなんておこがましいことも思っていない。俺はただ、同じ境遇の仲間としてお前のことがわかるって言ってるんだ。同じ傷があるから分かる。お前は悪人が許せないんじゃない、ただたんに自身の中にあるかつてのやり場のない怒りを事件を起こすことで発散しているだけだ」
大志の発したその言葉、それに目を見開き驚く。
仲間、今確かに大志はそういった。
あれだけ私たちを拒絶していた大志が司のことを仲間だと。
「大志」
仲間、その言葉が私の体にのしかかる重圧を拭い去ってくれる。
仲間、別に私がそういわれたわけじゃないのにその言葉が頭の中で反響しベルのように響く。
それは私にとっては祝福の鐘。
しらず、口元に笑みが浮かぶ。
そう、ただ純粋にうれしかったのだ大志が仲間という言葉を使ってくれたことが。
そう、後に続いた話など耳に入らないほどに。
「ふん、本当に分かったようなことを言う。なら、お前はどうなんだタイシー?その理屈で言うとお前はかつての事件が忘れられてないんだろ?そして、未だに同じような経験をするとその怒りに体が震える。そんなお前がなぜみんなのもとから離れてあのゴミクソどもとつるんでるんだ?」
先ほどの感情を前面に押し出した表情とは変わって今度は静かな口調で問いただす司。
その疑問は私自身が以前から感じていたものだった。
かつての大志は、私達から見れば正義の味方、そう言っていい存在だった。
多少、短気なところはあったけど仲間思いで悪事を働くものはたとえ大人でも許さないという正義感溢れる人だった。
不良なんて周りの人に迷惑をかけるようなことは大志が最も嫌うことの一つ。
そんな彼がどうしてアポカリプスなんていう悪名高いグル―プのリーダをやっているのか私が何度聞いても答えてくれなかった、でも司が相手ならもしかして話してくれるかも。
そんな一抹の希望を抱くが大志が口を開くことは無かった。
「黙るか。お前はいつもそうだいざとなると黙り何もせず傍観、そんなんじゃ結局何も変えられないんだ。この半端が。思えは何時までもそこでお山の大将をしてろ。僕はまだ先に行く」
今度こそ、もう話すことは無いと立ち去る司。
その、暗闇の中に消えていく姿を見た時私は一抹の不安を抱いてしまった。
このまま司があの暗闇に溶けて消える、そうしたらもう二度と彼は私たちの前には現れないそんな直感めいたものが湧き上がる。
しらず身を乗り出そうとする私、けどそれより早く大志が再び声をかけた。
「アクセル、そういうらしいな人類浄化の会のトップは。そういえば以前、似たような名前の番組があったなジャッジアクセル。正義の味方が悪人を倒すっていうありきたりな正義のヒーロものだ。正直俺にはあれの面白さがあまりわからなかった。だって正義と言いながら結局アイツは悪人を殺してたから。そんなの俺からすれば単なる偽善だ。もっとも本当の正義も俺には分かんねぇが。けど、お前はそんなヒーローが大好きだったよな。覚えてるか司」
結局司はそれには何一つ答えずその場を去ってしまった。
それはなんだか私には逃げているようにも見えた。
大志もそれ以上の追及はせず一人寂しそうに暗闇を見つめている。
本当はこのまま立ち去ろうと思っていた。
その方が私にとっても大志にとっても良いような気がしたから。
だけど、五秒たっても微動だにせず変わらず暗闇を見つめている大志その姿がなんだか泣いているように見えただから魔が差したんだろう、気付けば私は彼に声をかけていた。
「大志、今の」
そこで言葉は止まる。
今の話が一体何を意味するか分からない私にはこれ以上のきき方が分からなかった。
「恵子」
振り返った大志は涙なんて流していない。
ただその瞳は私が見たこともないほど大きく見開かれていた、それこそビー玉みたいにまん丸な瞳がこちらを向く。
驚いているというのは分かったけどそれは驚愕と言えるほど異常なものだった。
そしてそれが私が数年ぶりに見た大志の人間らしい表情だった。




