四十九話 彼の本
夕焼けのなかを走る電車に揺られながら私は三丸町へと向かっていた。
カタンコトンと揺れ動く車体に身を任せながら夕日に照らされ燃えゆく街並みをゆったりと眺める。
窓に頭を押し付ける形で外の風景を眺めているせいで車体が揺れるごとに頭に振動が伝わってきたが、不思議と不快な気持ちにはならなかった。
「こうしてるとさ、思い出さない?」
「なんのこと?」
私の横に座る慶介は小説を読みながら、淡々とした声で聴いてきた。
「ほら、中二の頃みんなで海行ったじゃん。あの日の帰りもこんな夕焼けでさ。まぁ、みんな疲れて寝てたから覚えてないかもだけど」
「夕焼けなんて別にその時だけのものじゃないだろ」
なにを特別視してるんだ?
慶介はそう言いたげに顔をしかめた。
訳が分からないそう言いそうな慶介を前にして私がたじろいていると、
「そこに思い出があるからだよ」
と、吊革にぶら下がりながら遊んでいた成久が遠心力を利用しつつブランコのようにぐっと体を前面に押し出し私たちに詰め寄り答えた。
「思いで?」
「そう、みんなで共通した思いでは記憶に残りやすいものだからな。特にあの時のメンバーはもう集まることが出来ねーから。余計、印象深く残っちまってんだろ。な!林田さん」
まるでこちらを見透かしたような成久の言いように少しむっとイラつきを覚えたが慶介もそれでふーんと興味なさげに納得していたので深く追求しないことにした。
「あの時のメンバーか、そうだね。同じ学校の私らはともかく、百合や凪沙ちゃんとは今じゃ集まる機会も減ったもんね」
それに、浅利。
今じゃもう二度と会えないあの子の名前を思うと今でも胸が苦しくなる。
「こうやってみんな離れていくのかな。いずれ私らも」
「だと思うよ」
私の不安さなんてお構いなしの慶介の返し、さすがの成久も苦笑を隠しきれない。
私たちが呆気にとられる中、慶介は続ける。
「そもそも離れるのが嫌なら自分から会いに行けばいい。別に死なない限り会おうと思えば会えるんだ、不安がるくらいなら行動すればいい」
一見冷たくも感じる慶介のもっともな回答に成久はすぐに同意する。
「だよな。いってもみんな県内にいるわけだし。そりゃ高校卒業したら離れる奴もいるだろうけどそれで永遠にさよならなんて薄情な奴もいないだろ」
「まぁ、少なくとも修は離れないように百合にいつまでもくっ付いていきそうだけど」
慶介の言葉に私は笑う。
「確かに。でもいいじゃん。せっかく念願かなって付き合うことになったんだしあの二人。まったく修のしつこさには呆れるよ」
「まぁなー。けど、うらやましいな。あんな美少女と付き合えるなんて。修の奴絶対ここで運使い果たしてるぜ。あーうらやましい」
そう嘆く成久に私は少し意地悪をしたい気分になる。
「そんな、悲観しなくてもいいじゃん。それに美少女ならここにもいるでしょ」
そう指さす先にいるのは誰を隠そう道長慶介その人である。
「性別が違う」
そうすぐ否定してくる慶介だが私はかまわず続ける。
「いやいやそうは言うけどね。実際アンタの美女度はすごいって。きめ細かい白い肌にみんな憧れのアーモンドアイ、口はアヒル口でほんと美人系だよね。おまけに声も高くて背も低いから服装さえ変えれば誰も男だなんて気づかないって」
「まぁ、実際制服着てても男装した女子に見えるしな」
うんうんと同意してくる成久はほんと女じゃないのが残念だと付け足す。
「ほんとそれ!もし女の子だったら百合を超える美少女になってたかもってもっぱらの噂だよ」
「うれしくないな。別に」
「つーか女の子に見られるの嫌なら髪型変えればいいのにわざわざポニーテイルなんかにしなくて」
「切るの面倒だから」
「ふーん。でもさ、珍しいよね」
「珍しい?」
「うん。だってふつう男の人って子供の頃は可愛くても成長するにつれてどんどん男らしくなるもんじゃん。でも慶介は見た目に限ってはどんどん女らしくなってんだもん。アンタ、実は性別偽ってるんじゃない?」
普段あまりいじる機会のない慶介のそっけないながらもムスリとした態度が珍しくてついつい悪乗りが加速してしまう。
それは成久も同じようで発言こそ控えめだけど、止める気はないようで観客のようにこの状況を楽しんでいるようだ。
けど、調子に乗りすぎるのも良くないことを私はこの後のしっぺ返しで実感させられた。
「へぇ、俺の性別に疑問を抱くと。なるほどね、これだけ長い付き合いなのに今更そんなことを言われるとはおもわな思わなかったよ」
変わらずの平坦な口調だが目つきがやけに冷たい。
もしかして本当に怒らせたのかも。
「あ、いや、じょうだん・・」
「ならしょうがない。俺が男だという証拠今見せてあげるよ」
スッと立ち上がり私の前へ立つ慶介、その手はなぜかベルトへまわっていた。
「ちょ!!!」
反射的に慶介の手を押さえ動きを止めるアタシと成久。
冗談じゃない公共の場でそんな真似されたら全員仲良く変態の汚名をかぶることになってしまう。
「なにやってんの!馬鹿じゃない!」
「慶介、落ち着け頼むから!」
必死の静止が通じたのか慶介は手をベルトから放す。
「二人とも必死すぎ。冗談に決まってるだろ。人前で恥ずかしいな」
「はぁ?」
硬直する私らをよそにしれっと元の席へ座り直す慶介、カバンからごそごそと本を取り出し読みだす。
そのあまりの動から静の動きに呆気にとられ私たちは慶介にからかわれた怒りも湧き上がらず彼に続き席に着いた。
それからは私らも車内で騒いだばつの悪さから自然と口数は少なくなる。
まだ駅の到着までには五分ほどある。
すでに本を読み始めた慶介やスマホゲームを始めている成久をよそに特にやることを思いつかない私は興味本位で慶介の読んでいる本を覗き見る。
どうやらそれは小説のようで絵など全く無く、文字がまるでアリの行列のように綺麗に白紙の上に整列していた。
「なに?」
私の視線に気づいたのだろう慶介が本から目をそらすことなく聞いてきた。
「いや、なに読んでんのかなーって」
「コレ」
すっと見せられる表紙は夕焼けを切り取ったかのようなオレンジ色でそこに海のような青さで断罪への道というタイトルが記されていた。
作者の名は。
「黒絵聖那。知らない。有名な人?」
「いいや。マイナーもいいとこ。話も暗くて面白くない」
「じゃあ、何で読んでるの?」
「この人が一体どんな話を書いていたのかが気になって」
「知り合い?」
「少し・・・だけ」
それだけ答えると慶介は本をカバンの中にしまう。
「あっ、ごめん読書の邪魔しちゃったね」
「いいさ、別に。もう駅に着いたし」
減速していく車体、それに揺られバランスを崩しそうになる私を慶介が腕をつかみ支えてくれた。
「なに倒れてんの?」
「ありがとう。ちょとバランス崩した」
直ぐに離れようとする私を慶介が引き止める。
それは私と同じほどの細腕から発されたとは思えないほどの力で立ち上がることさえままならない。
「ちょ、なに」
「恵子は大志とは会った?」
意外なその言葉に笑みが引くのが自分でもわかった。
「なんでそんなこと聞くの?」
「恵子たちが中学時代から疎遠なのは俺も知ってるけど、いい加減もういいだろ」
「なにがもういいの?」
「意地を張らないで仲直りしろってことだよ。頃合いだよ。高校を卒業も控えてる、今のうちに会いな。会えるうちにね」
「なにそれ、どうゆうこと」
「別に。ただ行動できるうちに動きなよ。できなくなったら遅いんだから。ってか、恵子たちがいつまでも冷戦状態じゃ俺もあまり面白くないだよ」
「あれこれ言って結局は自分の為ってわけ」
「当たり前だろう。誰だって自分の為に動く意識、無意識関係なく。そんなものだろ」
私はその場で答えを出すことは出来ずただ考えとくと濁した。
その後、本を返しに行くと図書館へと向かった慶介、家が逆方向の成久と別れ私は独りぼっちになる。
家に帰るまでの間、頭の中では慶介の言葉がこだましていた。
『行動できるうちに行動しなよ』
その言葉が妙に重い。
慶介の言う行動できる内というのはたぶん生きているうちにっていう意味なんだろう。
これまで多くの死を見てきた私達だから伝わるその警告。
そう人は死ぬ者、死はいつも理不尽に日常を奪っていく、どれだけ願おうと祈ろうとその結末は変わらない。
そして死は何時訪れるか分からない。
誰もが天寿を全うできるわけでもないだろうし。
私の家族や浅利のような死は誰にだってあり得る。
もちろん大志や私自身にも。
「だから、行動しろか・・」
慶介の言うことが正しいのは分かってる、だけど正しいからってそれを行動できるかどうかは・・。
「別なんだよね」
そこらへんの感情を慶介も読み取ってほしいと思うのだけど、そんなのあの慶介には無理かと、すぐにあきらめる。
「大志か、正直あまり気は進まないけど」
だけど、確かに今までのままっていうのも正しくない気がする。
「あーあ、なる様になれだ!」
周りに誰もいないことを確認しつつそう空に向かい叫ぶと少しだけ気持ちが楽になった気がした。
そうさ、ウジウジ悩んでも仕方がない明日のにでも大志に会ってみよう、そしたら何かが変わるはずだから。




