四十四話 機械仕掛けの心
私達に当たられた部屋はこの屋敷の一階部分、その最奥に位置しています。
おっと、自分達でこの部屋を選んだのですから当てられたというのは間違いですか。
みんなにはあんな景色の悪い場所で良いの?なんて言われましたけど、そもそもこの三丸町で見るべき景色など特にないので気にしなくていいでしょう。
そんなことよりこの部屋の良さはその防音性の高さ、元々は音楽機材を置くとかそんな話だったのが没になり、それをそのまま客室に変更したらしいのですが。
「ここなら外からの音は耳障りになりませんし、窓のないこの部屋。鍵さえ閉めれば完全に遮断された世界。自分だけの世界っていいものだと思いません?」
ガチャリと鍵を閉め部屋の奥に目を向けると、そこには手足を縄で縛られた状態で椅子に座っている人物がいます。
ここ数日、ろくに食べ物を食べていないせいでしょう、その顔はとても憔悴していました。
「よく言いう。ここは自分だけの空間じゃ、ないだろ」
息絶え絶えにながらもそう反抗してくる人物、明志くんには驚かされます。
よくもまぁ、そんな気力があるものだと。
「意外と元気ですね。こんな閉鎖空間に食料も与えられず隔離されてたら気が滅入りそうなものですけど。それとも、私への怒りで正気を保っているのでしょうか?」
それに今は着替えの方が優先ですしね。
お気に入りの服をクローゼットから取り出し血のついた汚れた服はそのままゴミ箱へと投げ入れる。
「ふー。さっぱりしました」
着替えも終わり椅子に腰かけまったりタイムを楽しむ自分ですが、先ほどまでこちらを睨んでいた明志くんがうつむいたまま動きません。
まさか、死んだのでしょうか?
「大丈夫ですか?もしかして死にました?」
つんつんと頬をつついてみると『誰が!』と噛みつかれそうになりました。
知的な顔とは裏腹になかなか凶暴なようです。
「驚きました。良かった生きてて。そうですよねいくら食べ物を食べていないからって二日程で人間が死ぬわけないですもんね。私の常識が狂ってたのかと少し焦りました」
「く・・君は一体何をすするつもりなんだ」
それは、明志くんをということなのだろう。
どうでもいいけど、言葉はもう少しはっきり具体的に言ってもらいたいものです。
「そうですね。まぁ、どう処理するかは未定ですが。近いうちに亡くなってもらうことになると思います。申し訳ありませんが」
こんなことを告げるのはさすがに可哀想だがそれはどうしようもない事実なので素直に言うことにした。
「なく、え?」
「死んでもらうということ」
そういった瞬間、明志くんの顔は凍ったように固まり、その表情は笑みと泣き顔を織り交ぜたような、まさに情けないというのがふさわしい表情でした。
頬の筋肉が痙攣しているのを見るところ何とか元の顔に戻ろうとはしているみたいですが思うようにいかないようです。
それ程にショックだったのでしょうか?
その気持ちは分かりますが、こうして面と向かって話している以上、ただでは帰れないことくらい気付きそうなのに。
それとも、まさか殺しはしないだろなんて甘い考えでも持っていたのでしょうか?
いや、変に考えるのはやめましょう。
私まで明志くんの感情の揺れに同調してしまいそうになりますから。
とりあえず、ショックを受ける明志くんはほっといてこちらは次の仕事の準備をしましょう。
明日は明日で大事な用事があるみたいですし。
私が明志くんにかまっている間にもヒルはその準備を着々と進めていき隅にあるこのカジュアルな部屋には不釣り合いな無骨な黒と金色の少し高級そうな金庫からビニールパックに入った錠剤を持ってきました。
「リリ、これをカバンに詰めといてください。明日の取引分です」
ヒルから渡された薬をポンポンとカバンの中へ入れていきます。
今回はなかなかいい出来ですし、いい値段で取引が出来るでしょう。
その様子を明志くんは、マジマジと見つめていました。
「明志くん。なんなら一回使ってみますか?なれれば体が軽くなっていいものですよ。まぁ、その分体には無理が生じますから長生きは出来ませんけど」
ケースの蚕の繭のような錠剤を一粒取り出し明志くんに差し出します。
けれど、それを見た明志くんは異様に驚いた顔をします。
ああ、良かったですね顔動くようになりまして。
「それ、何で?まさ・・か。君が、製造者だった・・」
「ええ、そうですよ。けど、その反応。明志くんコレのこと前から知ってたんですか。これは確かにそこそこ有名ですけど、見たものはあまりいないはず使用者以外は。もしかして使ったことあります?」
「だれが、そんなもの!今までその薬をこの町から滅ぼすために活動してきた私たちが、馬鹿なことを!!そうか、お前たちが始まりだったのか!!」
さきほどまでのかすれ声はどこへと消えたのでしょうか、それはマイクでも使っているかのような大声です。
どうやら彼は感情によって元気が出るようですね。
本当にこの部屋が防音使用で良かったです。
「ああ、そういえばそんな活動もしていましたね。世間では不良集団とされているのに変な慈善活動ばかりしていますもんね」
少し小ばかにした私の言いぶりに腹を立てたのか明志くんはキッとこちらを睨めつけてきました。
そうすると先ほどまで知的に見えた顔が一気に怖い不良にふさわしいものの変わるので、反射的に後ずさりしてしまいました。
「それを使いましょうか」
そんな私たちのやり取りを見ていたヒルが話に割り込んできました。
「それって、なに?」
「コレと荒身組の人たちとの禍根を使うのです。今彼らは互いにお互いを邪魔のものとして認識しあっています、そこを少し後押ししてあげるのです」
「どうするつもりなの?」
ヒルはすっと明志くんを指さし言う。
「貴方を、荒身組の方々に引き渡しましょう。長いことあのヤクザさんと水面下で争ってきた貴方たちです。荒身組のみなさんに引き渡したらさぞ喜んでまらえるでしょ。ちょうど、明日会う予定もありますしね」
「なんで、そんな・・・」
どうして急にそんな話になるのかわからないという顔をこちらに向けてくる明志くんの顔には困惑とそれ以上に強い恐怖の感情に頬が引きつっていました。
それもそうでしょう、荒身組に引き渡されるということは自分の命はもちろん仲間の命さえ危険にさらしてしまうということ、その二つの耐えられない枷が彼の精神に重くのしかかってきたのだから。
「なんでって、なんとなくですかね。せっかくの材料使わないのはもったいないと思って。まぁ、つまるところただの思い付きですね。だから理由なんてありません。理由なんてつけてしまって目的が出来れば、あとの出来事が想像できてしまいます。それじゃつまりません。何事も予想外でないといけません。変動は大事ですから。それより良かったじゃないですかあのヤクザがいい人たちなら自分みたいに殺すことは無いかもですよ」
良いヤクザなんて、ずいぶん適当なことを言うヒルはたぶん本当に何も考えてない思い付きで行動しているのでしょう。
そこには、自身の利益や損害などは全く入っていないあるのはそれどうなるか見てみたいという好奇心だけ、それはとても子供のように純粋な感情でだからこそとても残酷にみえた。
そして、明志くんは再び黙り動きません。
そこには、もう監禁当時の強気な態度は全く見てとれません。
そこにあるのはしおれた花のような弱々しさだけです。
「まぁ、そう悲観的になっても仕方がありません。どうせもう貴方の運命は決まったのです。自分に捕まった時点でもう終わりなんです。なら、考え方を変えてみませんか?ヤクザの手にかかるなんてめったにない貴重な体験、楽しんだらどうですか?人生楽しんだもの勝ちというじゃないですか。なら、貴方もその人生最後の瞬間まで楽しみましょう。その人生は貴方が主役の物語なんですから。どうか最後まで楽しい物語を自分に見せてください」
心からそう思っているのでしょうヒルは静かな濁りのない綺麗な瞳で明志くんを見ていました。
私は、そんなヒルになんだかとても人間的ではない考えに目をつぶるのでした。
これ以上、ヒルと自分達の違いを見たくはなかったから。
「さてと、あの人たちに貴方を引き渡すとしても少し運びにくいですね。コンパクトにしますか」
グイッとヒルが明志くんの襟首をつかみ床に倒します。
ガタンと椅子が大きな音を立てて崩れましたが防音のこの部屋でそれを気にするのは私たちぐらいでしょう。
「離せ!やめろ!なんなんだよ。、お、まえ。狂っている。」
身の危険を感じた明志くんが暴れますがヒルの歩く速度は全く落ちません。
この時の明志くんの悲痛が私の耳にやけにこだましたのは罪悪感感からではないと信じたいです。
今更、そんな感情私にともっても何もかもが手遅れなのですから。
だからどうかこのままヒルの望むままの機械的な自分でいさせてください。
ヒルに引きずられながら奥の風呂場に消えてゆく明志くんを見送りながら私はそう願ったのです。




