四十三話 導かれる意識
皆の歓声の中、壇上を後にする僕。
正直、こういった演説は苦手だ。
思ってもいないことをそれらしく話すのはなかなか疲れるからだ。
皆のあのバカ騒ぎもうっとうしい限りだ。
不快感が極まり頭痛でもしてきそうだ。
「ずいぶん、疲れた様子ですね」
壇上を降りたところで部屋の隅にいたヒルに話しかけられる、壇上の明るさとはうって変わってこの壇上横の小部屋は暗いのでその顔は確認できないが、先ほどの皆とは違いその声は穏やかなものだ。
ヒル、僕と共にこの人類浄化の会を立ち上げた同胞にして許容できない悪の一人であるコイツはそんな僕の敵意など気にもしないように気さくに話しかけてくる。
「まぁ、それも仕方がありませんか。今回の演説はやけに熱のこもったものでしたからね」
「演説なんてものはえてしてそんなものだろう」
「そんなものですかね?」
首をかしげるヒル、ヒルは賢いのだがどうにもこういった感情論に関しては若干疎いところがある。
「そんなものさ。どんな馬鹿らしい戯言もそれなりの演技を持っていえばそれっぽく思えてくるし、何人かはあんなふうに信じ込んでしまう。演説なんて大げさくらいがちょうどいいものさ」
「なるほど。参考になります。何事も大げさにですね。分かりました。次の機会の参考にします」
パチンと手をたたき納得の表情を見せるヒル、その様子は昔とは違う愛らしさがあった。
「ところで、部屋を出ていったヤツラはどうしてる?」
「皆ん別室に待機してますよ。まだ不安がってはいますが内心は自身の安全が確保できて安心っていうのが本音でしょうね。どうするんですかアレ?」
そんな分かり切ったことを聞くヒルに僕は少し苛立ちを覚えた。
「消せ、一人残らず」
「ふん。そうは言うと思っていたのですが、一応理由を聞いてもいいですか?」
それは別に僕を試しているえわけでも咎めているわけでもない純粋な問いだった、けど不思議だそんなこと言うまでもないだろうに。
「なぜって、彼らにはもう価値がないから。彼らは僕の為に動くからこそ、もはや破滅した人生しか歩むことのできなかった彼らは僕に従ってたからその価値を保つことが出来た、けれどそれを放棄した彼らはもはや無価値のごみ。ゴミはごみ箱に捨てるものでしょ?だから捨てて。アレはもういらない」
「そうですか。ならそうしましょう」
僕の答えにあっさり納得し立ち去ろうとするヒル、そんなヒルに今度は僕が疑問を抱き問いかけた。
「なぁ、お前は今の僕の発言で納得したのか?僕は今の持論を曲げるつもりなんてないけど、お前はその持論で納得できたのか?お前はいつも僕の言いなりになるけど、何思って僕に従ってる?納得できてアイツらをあれだけのゴミを処分するのか?」
そんな僕の問いにヒルはけだるそうにこちらを見る。
「なにをいまさら。貴方の答えなんて予想できましたし別に理由なんてどうでもいいんです。今聞いたのはただの気まぐれ、別に深く考えないでください。自分のやることなんて全部きまぐれです、結果的にいい方向に全てがいくならそれで良しです。そうならなくてもそれはそれで面白いかもしれませんね。自分はただ貴方の行動でこの物語がどう変わるかが見てみたいだけですから」
どうでもいい、そう言いながらも人を殺すヒル、僕の長年の計画を娯楽としかとらえていないコイツは僕の中では許すわけにはいかない悪なのだが、今コイツを失うのは大きすぎる痛手になる。
それに、なぜかコイツからは他の悪人に感じる不快感の一切を感じないそれどころか僕はコイツと話すごとに体が綿雲に包まれていくかのような心地の良さまで覚えている。
自分でも不思議なその感覚、それが僕がヒルを殺す気になれない理由だった。
「まさか、あれだけの人数を殺すのに十分かからないなんて、驚きでした」
「当たり前です。人数は関係ありません、時間なんてどう殺すかでずれるだけですよ自分の場合は」
「それにしても、もう少し抵抗してくれても良かったのですけど。余りにもあっさりして見てて拍子抜けだったな。あっ、返り血が少しついてる。何で私に着くんだろう?」
白いシャツを着ていたのが災いした、見れば袖の部分にわずかな血痕が付着していた。
これは結構気に入ってただけに残念な気分でいっぱいだ。
「ふー着替えないな」
死体の処理も済んだことですし部屋で一休みでもしますか。
気分もあまりよくないですし。
あれだけのことをして涼しい顔をしているヒルを見るとやっぱり自分との違いを実感させられた。
これだけ努力しても届かないという現実がいつかヒルが私を見限るという未来を見せつけ私を焦らせるのだった。
部屋にたどり着くまでの間、コレは話をしながらだんだんと目が泳ぎ出したりと少し挙動に不信が見られるようになってきました。
まぁ、その理由は分かっているのですが、その不安は正直無意味なものといしか言いようがありませんね。
コレがどれだけ自分に近づこうとしてもそれは無駄ですし、自分が彼女を見限るとすればそれはやはりただの気まぐれでしかありません。
そう、あのとき彼女を助けたのと同じようになんとなくそうしようと思ったというだけです。
いつものことですが、自分の行動には大した理由はありません大概が思い付きの暇つぶしですから。
だから、コレを見限る日は何時なのかなんてことは誰にもわからないこと、考えるだけ意味のないどうでもいいことなんですから。
長い付き合いなのですから、それくらい分かっているでしょうに。
ただ、こんなことを考えるようになったとは、以前のコレでは考えられなかったこと、人格の方にだいぶんズレが生じているようですね。
自分といるときはまだ小さいようですが、これも成長の一つなんでしょう。
分かっていたこととはいえ実際見ると興味深いですね。
以前は、それこそ機械のように言われたことしかしなかったのにいつの間にか自意識が確立されています、あの申し出もそれと関係しているのでしょう。
「さてと、早く着替えなきゃ」
そういう割にコレは部屋に入る前に周囲を確認しだし中々中に入ろうとはしません。
「リリ、着替えたいなら早く入ればいいじゃないですか。なにを気にしてるんです?」
「いや、やっぱり着替えるとなると。周りに誰かいないか気になっちゃって」
少し恥ずかしそうにはにかむリリ、これも以前には見られなかった反応です。
けれど、そんな当たり前すぎる羞恥心今更もたれても困ります。
悪いですが、その部分は修正させてもらいます。
「リリ」
こちらを見るリリ、その目を見ながら自分は言ってあげます。
瞬きなど決してせず、その瞳の奥底をのぞき込むと驚きで瞳孔が縮小したのが見えました。
かけるならこの動揺が走ってる瞬間が効果的でしょう。
「今更、何を言ってるんですか?貴方は今まで自分の前で着替えたりしていたじゃないですか」
「それは、ヒルとは昔っから知り合ってるから。そんな羞恥心なんてないよ」
身を引き反射的に否定、防御的な行動に出たようですが、こちらは間髪入れずに攻めます。
「ですが、自分以外の男に肌を見せるのが初めてというわけでもないでしょう?あんな計画を立ててるあなたですから」
「それは、そうだけど。でも、あれは目的があるからで・・・」
「ならその目的のためにもここでそんな羞恥心は捨ててください。いざというときに変な恥が出たらおかしいですよ。そもそも、この部屋の中にいるのは自分たちだけじゃないですか。なのに、見られてるかもわからない人目を気にするなんておかしな話ですよ」
「それは、そうだね・・・」
否定から一転、少しの肯定を見せたその表情にはまだ戸惑いが見てとられました。
そんなことでは、これから先のことについていけません。
「大丈夫です、なにも恥ずかしくはありません。恥ずかしがる必要もありません。貴方はそんなことは感じません。そうですよね?」
自分がそう行くとソレはコクリと頷いてくれました。
「そうですね。今更私は何を言ってたんだろう?さぁ、早く部屋に入りましょう」
水に流されたように表情の消えたソレは今度はためらいなく部屋へと入っていきました。
このように、自分が簡単な暗示をかければ以前の人格に戻る、けれどほっておけば数日で確立された人格によってしまいます。
さて、この不具合どうしたものでしょうか。
不安要素、であるはずの事実に少しうれしさを感じる心を自覚しつつ自分もリリと並ぶように部屋に入るのでした。




