四十一話 闇を追う者たち
「さてと、そろそろ僕も準備をしますか」
すくっと立ち上がり自身と恵子の食器の片付けにはいる。
流れる水道水に手を付けるとひび割れるかのような痛みが指先から広がってきた。
それが冬の到来を感じさせる。
これは少し厚着で出かけたほうがいいかも、待ち合わせ場所も確か屋外だったし。
肌着の上にチック柄のコートを羽織り、部屋の戸締りを確認して部屋を出る、それと同時に僕のスマホからLINEの着信音が響いた。
このタイミングでメッセージを送ってくる相手は一人しか思い当たるふしがなくトーク画面を開けば案の定の名前がそこにあった。
「下見ろ。って、わざわざここまで来なくても良かったのに、大志くん」
鉄柵から身を乗り出しアパート下の広場に目をやる。
そこに一本だけそびえたつ銀杏の木、まるであたりの命をすべて吸い上げるかのように高々とそびえたつその木下、金色の絨毯の上に彼、近衛大志は真っ黒なコートを羽織りまるで太陽を覆いつくそうとする黒い影のようにも見えた。
「今日は寒いからな、お前の家で話すことにした」
さも当たり前のように話す大志くん。
そういったことはもっと事前に言ってもらいたいけど、来てしまったものは仕方がないと文句を言うのはやめにする。
「そこ、寒いでしょ。上がりなよ、コーヒーでも用意するから」
「ああ」
僕の誘いに大志くんはそっけなく答えるとスタスタと階段を上り僕の前まで来た。
うん、下にいたときはあまり気にならなかったけどやっぱり目の前に来ると彼の身長の高さが少しうらやましくなる。
その身長の五センチで良いから僕にも分けてほしいものだ。
「ここには何度か来たが、実際入るのは今日が初めてだな」
「はは、いつもは恵子がいて近づけないからね」
「ふん、アイツは俺のことを嫌ってるからな」
そこにどんな感情が込められてたのだろうか大志くんは少し目を伏せた。
「それは君がちゃんと物事を話さないからだよ。理由を言えば恵子は分かってくれる」
「そして、首を突っ込む。あのバカにそんなことさせれるか。それこそ怪我じゃすまなくなる」
「優しいね君は」
僕がそういうと大志くんは辛そうに顔をゆがめるのだった。
「どうぞ、上がってよ。恵子は今日学校だから夕方までは戻ってこないよ」
「ああ、そりゃ良かった」
心底そう思っているかのような安堵に満ちた表情をしながら彼は僕らの家に入った。
「まぁ、そんなに広い部屋でもないし、適当に腰かけてよ」
「ああ」
彼に出すコーヒーを用意しながら話しかける僕に彼は空返事をしながら部屋の中をもの珍しそうに見渡していた。
いつも堂々としている彼からすればそれは少々頼りない年相応の少年に見えた。
「そんなにきょろきょろしててもお宝なんてこの部屋にはないよ。それとも何か探し物かな?」
ほいとコーヒーを手渡す、わたされたマグカップの色がピンク色だったのがお気に召さなかったのか大志くんはあからさまに嫌な顔をしたがその温もりの誘惑に負けたのかすぐにズッとすすり始めた。
「ここに、アイツも住んでんだよな」
アイツというのは恵子のことなんだろう。
「うん、二人仲良くね。恵子も最近は落ち着いててね。こういっちゃなんだけど、君と鉢合わせしなくて良かったよ」
「ふん、会えばまた言い争いだろうからな。美味いな、このコーヒー」
「恵子、直伝のだからね。元々は百合ちゃんって子に教えてもらったらしーけど」
「そうか」
そこで、大志くんは一息つくように首をこきりと回し、どかりと椅子に腰を掛けた。
どうやら、ここから本題に入るようだ。
「秋瀬、ほぼ決まりだ。断罪事件を起こしてるのは人類浄化の会。お前の推測は的を射っていってたわけだ」
それは、僕からすればあまりにも、分かり切った答えの回答だった。
「なんだ、お前の推理が当たってたんだ。喜ばないのか?」
「こんなの、別に僕だけじゃなくて、警察も掴んでいることだよ。世間には公表されてないだけでね。二番乗りじゃ、喜べないよ。それより僕がこの事実を君に話したのは一か月ほど前のことだよ。この短期間で君は一体何をもってこれが事実だと確認したんだい?警察だって証拠が何もないから動けないのに。僕としてはそっちの方が気になるよ」
「手下に明志ってなかなか頭の切れる奴がいてソイツに潜入報告をしてもらった」
それは驚きを通り越して一種の不快感を感じる答えだった、潜入なんていう高度なテクニックがいる作業を素人にやらせるなんて大志くんは一体何を考えているのかと。
「随分思い切ったことをしたね。けど、潜入捜査なんて警察もやっているでしょう、それでもつかめない組織の実態を知らせれるなんて、その明志くん本当に優秀なんだね」
それは会ったこともない勇気ある彼への素直な賞賛だったのだが、大志くんの表情はどんどん曇っていく。
「ああ、そうだな。アレは俺の誤算だった本当はこの計画こうもうまくいく予定はなかったんだ。所詮素人の潜入、アイツには内部の状況だけ見てすぐに帰還してもらう予定だった、こんな真相突き止めるつもりはなかった。だがアイツは報告を入れてきた、組織の中で断罪事件について話している奴がいる、ソイツが事件を起こしていると。警察でも聞くことのできなかった会話を聞いてしまった」
ふーと息を吐く大志くんそれは彼が吐いた息の量だけこの部屋の空気が重くなったかのような深いものだった。
「それで、彼はどうなったの?無事に帰ってきたのかい?」
僕のその問いに大志くんはフルフルと首を振った。
「その報告を最後に連絡が取れない状況にある、たぶん無事ではないだろう」
「どうだろう?それはまだ分からないよ」
「ふん、分からないことはないさ。向こうには明志を無事に返す理由がない、しかも相手は人殺しをするような連中、どうなるかなんて考えるまでもない」
それは、仲間に対する者とは思えないほどあまりにも冷酷な言葉だった。
「けど、何も悪いことばかりじゃないさ。明志のおかげでやっと俺の町で好き勝手なことをしている奴らが誰なのか分かったんだ。人類浄化の会だと?アホどもが、俺の方がヤツラを潰し消し去ってやるよ」
獲物を狙う野獣の瞳に豹変する大志くん、もはや彼の頭の中には人類浄化の会を潰すことしかないようだった、けどそれは。
「それは、やめた方がいいんじゃないかな?」
「はぁ?」
「だっておかしいよ、どう考えたって。今まで警察にすらつかませなかった証拠を、僕が2年かけても調べ上げることが出来なかった組織の実態をこうも簡単につかむことが出来るなんて」
「たまたま運が良かったんだろ」
「そうかな、僕にはこれなんだか罠のように思えてならないんだ。悪いことは言わない変に行動はやめた方がいいよ」
そう、これはきっと魚を釣るためのエサだ。
彼らが一体何のためにこんなことをしているかはわからないけど、このまま行動したらよからぬことになるかもしれない。
「だとしても、ここで止まるわけにはいかない。明志の情報は無駄にできない。そもそも、俺がお前に協力したのだってこの事件の真相をつかむためだ。お前は恵子にこれ以上変な刺激を与えない為、俺たちは手を結んだ。その事件を終りにしてやろうって言ってるんだ文句はないだろう」
もう話すことは無いと立ち上がり玄関へと向かう大志くん、僕はその背中に何も言えない、僕の言葉じゃ、いや誰の言葉でも意志は変えることが出来ないその背中からはそんな拒絶が感じ取られた。
「君に何かあると恵子が悲しむよ」
「悲しまねーさ、アイツは俺を嫌ってる。だから、いいんだよ。じゃあな」
パタリと閉まるドア、その音はやけに悲しさを醸し出していた。




