三十七話 それぞれの感傷
翌々日、台風が去りようやく人々も町に出られるようになった三丸町は重々しい雰囲気に包まれていた。
せっかく台風が去ったというのに町はいつもの活気を取り戻すことなく道行く人々の顔は明らかに不安に満ちていた。
「なんか、居心地悪いですね。みんな明らかに不安がられてる。大の大人があたりをきょろきょろと情けないですね」
「殺人事件が起きたんだ、仕方がないと言えば仕方がないだろう」
「警察がいるのがうぜーな」
殺人事件、テレビをつければ別段珍しくもなく報道されているその単語はいざ身近に起きてみるとどれだけの異常な物なのか実感できる。
こうして殺人が起きた今でもまるで実感はなくやはりニュースでも見ているかのような他人事にしか思えずにいた。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
こんな異常は自分たちとはどうあっても無関係なんだと。
「ところで、大志さんは?朝からいないけど」
「んだぁ、法寺、大志さんがいないと不安か?」
「むっ!ただ見かけないんで気になっただけです!」
反論する法寺をせせり笑う明志、そんな二人に奈佐が静かに告げた。
「大志さんは葬式に行ってる。何でも殺された子、大志さんと同じ学校の生徒だったんだって」
「へー、大志さんにもそんな律儀なところがあったんだ」
「奈佐さん、考え方がゲスイです」
「んだと!法寺!」
肘鉄を法寺にくらわそうとする明志、そんな彼を奈佐が静止する。
「まぁ、落ち着きな。とりあえず今日くらいは僕たちも大人しくしようよ。殺人犯まだ捕まってないみたいだしね」
「なんだかなー」
そう呟く、法寺は無関係だと思っていた事件が自分たちに近寄ってきているような不穏な足音を聞いた気がした。
七川浅利の葬儀は晴れやかな夏空の下、多くの人々に看取られながら行われた。
参加者は家族に親類、学校関係者に友人、そして報道機関の姿も見てとれた。
この町で葬式にこれだけの人数が集まったのはこれがおそらく初めてことだろう。
そう、それだけの人間がこの若くして悲惨な死を遂げた少女に注目していたのだった。
そう、色々な意味で。
「本日は娘、浅利の為に。皆さまお越しいただいて本当にありがとうございます」
一学生の葬式としては異例の人数の中心に立ちながら挨拶をするのは浅利の父、辰一は感情の抜け落ちた顔でスラスラとあいさつ文をのべていた。
そのあまりにも機械的なさまはとても不気味でありなんだか精巧に作られたロボットが彼の代役を務めているようなそんな違和感がそこにはあった。
「あれじゃ、まるでさらし者だな」
会場の入り口付近に立ちながら様子を見ていた大志は初めて見る浅利の父に対して一種の同情のような気持ちを抱いていた。
娘が死んだことにではなく、この葬式という見世物に対してだが。
「さらし者?」
そんな、様子を大志と一緒に見ていた慶介が聞き返す。
「そうだろ、あんなもんいかにも悲劇を皆に伝染させるための演出だ。葬式が供養になるだって?馬鹿らしい、死んだ人間にはそんなの意味がない」
「なるほどね。まぁ、供養どうこうは別として、俺は葬式は意味あるものだと思うけどな。これはそうだな心の整理をつけるのにちょうどいい場だと思う。死という悲劇を皆で共有することでその現実と折り合いをつけるのにうってつけのね」
「ふん、なるほどな。にしてもやけに淡々としてんのなお前。聞いてるぜ、お前なんだろ第一発見者」
「うん、それで警察にもいろいろ聞かれてね、少し疲れてるんだ」
「疑われなかったのか?警察は第一発見者を第一容疑者にするって聞いたけど」
「まぁ、どうなんだろうね。ただ俺にはアリバイがあったからねそこは助かったよ」
「アリバイ?」
聞き返しながら大志はまるでこのやり取りがドラマのワンシーンのようだなと思い少し笑いそうになる。
「そう、図書館の事務員さんがね。殺害時刻、俺はずっと図書館にいたって証言してくれたんだ」
「ふん、運がいいな」
「神山先生だよ、その事務員。神山京香先生、覚えてるだろ」
思いもかけない名前にズキリと胸が痛む。
「ああ、覚えてる」
「意外だよね。俺もまさかあんなところで再会するなんて思わなかったから」
「そうか」
そうか、そうかとしか言えない。
それ以上の感情なんて持ち合わせるべきじゃないのだから。
無言になる大志、伝えるべきことじゃなかったのだろうか。
そんなことを考えた慶介はすぐさま話題を元に戻す。
「けど、残念には思うよ俺がもっと早く彼女を見つけ出せてたらってね。うん、後悔ばかりだ」
「そういうセリフはその真顔には合わないな、まったく悲しんでいるように見えないぞ」
「ひどいな、大志は。まぁ、俺が悲しんでるかは別にして恵子は七川さんと仲が良かったからねたぶんひどく落ち込んでると思う。まだ式場内にいると思うし会ってあげれば?」
「なんで俺が?」
そう語る大志の目つきは少し鋭く険しいものへと変化する。
しかし慶介はその刃のようなとがった視線をさらりと受け流して見せる。
「なんでって、それがいいと思うからだよ」
「ふん、よく分からねぇ奴だなお前は」
そう吐き捨てながら大志は会場の中へと向かう。
「なんだ、結局会いに行くのか」
そんな大志を見ながら慶介は冷めた目で呟くのだった。
七川浅利は棺の中でうっすらと目を開けたような状態で横たわっていた。
その目は濁りきり一切の光真反射せず肌はまるで白ペンキでも塗りたくったかのような白さを出していた。
まるで、蝋人形だ。
物言わぬ死体となった友人の姿を眺めながら恵子はそんな感想を抱いていた。
すごく悲しいはずなのに不思議と涙は流れてくることは無くただどうしようもないほどの吐き気だけがこみ上げてきた。
「恵子、顔色悪いよ。いったん離れようか」
恵子のことを心配しここまでついてきた千晃がそう促すが恵子は一向にそこから動こうとせずただただ棺桶の中の浅利を真正面から眺めていた。
「こんにちは恵子ちゃん」
やつれた顔でそう傾向に挨拶してきた浅利の母、久江。
そんな彼女を前にして恵子は何も言葉を発せない。
だって自分は知っているから、肉親を失う苦しみを、それは誰かの慰めとか憐れみとかそんなものが全く持って届かないほどの絶望、心がまるで腐っていくような感覚をすでに知っている恵子だからこそ発すべき言葉を思いつくことが出来なかった。
「今日はありがとう。浅利ちゃんの為に」
「そんな、私はなにも・・ここに来ることぐらいしかできなくて」
「それで十分、ありがとうね」
力なく語る久江、その姿を見てると鼻の奥がツーンとした。
「ごめんね私のせいでこんな悲しい目にあわせて」
「なんで、そんな」
「私のせいなのよ、私があの子のことを止めてれば。私が」
そう言いながら泣き出す久江、そんな彼女を前に恵子と千晃が何も言わずに苦虫を噛んだような顔をしていると、
「後悔なんてしても意味ないだろう。まさに、後悔先に立たずというやつだな」
相手を小ばかにしたような、とても不謹慎なものの言い、その声にはひどく聞き覚えがあった。
「なんなんだよ、なんなんだよぉ、アンタは、大志!!」
振り向くなり大志の胸ぐらをつかみ訴える恵子を大志は冷ややかな目で応対する。
「よぉ、恵子。また、いきなりの挨拶だな」
「それは、こっちのセリフだ!」
敵意の塊、まさにそんな形相で大志に食って掛かる恵子を千晃は押しとどめる。
「やめるんだ、恵子。場をわきまえるんだ。こんなところでこんな争い、七川さんにも遺族の皆さんにも失礼だ。君も、そのくらいわかるだろ」
冷静に促す千晃の言葉に従うように恵子はゆっくりと手を離し行き場のない怒りをぶつけるかのように自らの太ももを殴りつけた。
その両目には先ほどまではなかった涙がにじみ出ていた。
「アンタ誰だ?」
恵子をかばう見知らぬ男、その存在に不快感をあらわにするように大志は軽く舌打ちをしてみせる。
「秋瀬千晃。恵子の彼氏だよ。君は?」
「近衛大志、ソイツの幼馴染だ」
互いに、相手を警戒しつつの挨拶、無言のにらみ合いは5秒ほどで終了する。
「君とはまだ話したいこともあるけど今は時間がない、悪いけど今回はここで失礼するよ」
大志の返答など待つことは無く、千晃は恵子の手を引きながら出口へと向かう。
そんな二人に大志はいや、未だ体を怒りでふるわす恵子に言葉を投げかける。
「おい、ただしょげてるだけじゃ現実はなんも変わっちゃくれねーぞ。恵子」
言葉に反応するかのように怒りに震えだす恵子の左手を感じながら千晃は斎場を後にするのだった。
「いやー外の空気は気持ちがいいね。うん、恵子もほら大きく深呼吸しな、気持ちが落ち着くよ」
「・・・・」
返事はなく相変わらず地面とにらめっこ状態の恵子、そんな彼女を千晃は抱きしめる。
「なに?千晃」
どんよりと暗い恵子の声けれどそこには確かに戸惑いの感情が感じられた。
「うーん、恵子はあったかいなーって思ってね」
「そりゃ夏だし、むしろ暑いくらいなんだけど」
「でもさー、こうしてると落ち着かない?互いの体温が体を通して心にまで浸みてくるみたいでさ、僕はとても安らかな気持ちになるんだ。今の恵子には温もりが必要だと思って、やってみました」
「なんで、そんなこというの?」
「そーだね、やっぱり君のことが大切だからかな。君が悲しんでいるときは傍にいてあげたい」
「悲しんでるのかな、私?涙も出ないのに」
「悲しんでる。君は優しいから。知ってる?本当に悲しいとき人は泣いたりしないらしい、ただ空くんだ穴がぽっかりと、どうしようもないほどの絶望の穴が」
「うん、知ってる」
「それは自らの心が壊れてしまわないようにするためのいわば非常スイッチのようなもの、人間には必要な機能だろうね。それが今の恵子の状態だよ。けど、湖の上謡が長く続くのは良くない、体が心の麻痺に慣れてしまったら、人として大切な感情までなくしてしまうから。恵子泣くことは罪じゃないよ、こんな時だ、僕にすがるぐらいしてよ。僕が君を君の心をちゃんと支えるから」
子供をあやすかのように恵子の頭を撫でる千晃、その掌の温かさで氷が解け水に変わったかのように恵子の両目からポロポロと光の粒が流れ出した。
そしてその顔を決して見られまいとするかのように千晃の胸に顔をうずめるのだった。
そしてそのままの状態でくぐもった声のまま伝えてくる。
「千晃、セリフ臭すぎるよ」
「そうかな?僕の正直な気持ちを話しただけなんだけど。そんなこと言われたら僕がまるでキザな奴みたいじゃないか」
「自覚なかったんだ。うん、でもアンタがそんな奴で良かった。ありがと、千晃」
耳にどうにか入るかというほどの小さなお礼、けれどそのお礼は千晃の心を振るわせるには十分すぎる言霊だった。
恵子と千晃が斎場を去った直後、近衛大志もこれ以上この場にいる意味はないと同じように斎場を後にし、今は仲間の元へと戻っていた。
「大志さん、お疲れ様でーす」
「別に疲れてねぇーよ」
奈佐の場を読めないあかるげな挨拶を聞く大志は明らかに不機嫌そうにこちらを睨み付ける。
それには殺気のようなものが混ざりこんでいる気がして三人は息をのむ、そしてそんな三人を見て大志はふん、と鼻を鳴らすのだった。
「そう、身構えるなよ。今更俺にビビることもないだろう?」
「いや、ビビりますって。だってあんたが本気だしゃ、俺らみんなまとめてぼこぼこだ。俺りゃあんな痛い思いするのもう御免なんでね」
顔をひきつらせながら答える奈佐に他の二人も同感だというような顔をした。
「まぁいい。そんなことより今日はお前達、いやアルマゲドン全員に命令がある」
「命令ですか?」
「ああ、命令だ。全員に伝えろ。手段は何でもいい、この町、俺の町で殺人なんてふざけたことをやらかしたヤツをなんとしてでも見つけろ!」
「見つけてどうするんですか?」
明志が確認するように尋ねる。
「もちろん潰す!!」
ことが動いたのはその翌日、大志がその命令を下した次の日の朝のことだった。
その日、三丸警察所宛に、一つの郵便物が届いた。




