二十九話 動く思い
「七川さん。今日は騒がしかったけど、どう?勉強は進んだ?」
二人だけの帰り道、慶介は浅利に問いかける。
「ふぇ!?う、うん。道長くん教えるのうまいし、とてもわかりやすかったよ。ほんと魔法みたい」
「そうか。それは良かった」
聞きたかったことはそれだけ本当にそれだけだったんだろう、それ以降慶介は一言も発さず淡々と歩いていく。
沈黙が重い、とはこういう事なんだろうか?
まるで、声を出さなきゃ窒息してしまう慶介と仲のいい成久はもう家路についてしまいいない、この沈黙を破るには浅利自身が動くしかないようだ。
「ねぇ、道長くん。今日はどうもありがとう。勉強手伝ってくれて」
「いいよ、別に。暇だったから」
「そっか。・・・・・えっと、道長くんは恵子ちゃん達についていかなくてよかったの?」
「とくに、興味ないから」
「そうなんだ」
そっけない態度で淡々としか答えない慶介との会話は長くは続かず、再び沈黙が続く。
結局そのあとも会話は再開することなく浅利の家の前までついてしまった。
「それじゃあ。俺、帰るから」
何も未練など内容に振り返る慶介、そのあまりの素っ気無さが悲しくなりつい、
「あの!」
呼び止めてしまった。
「なに?」
呼び止めたものの浅利には何も考えがない、何を言えばいいかもわからない、あったのはまだ離れたくないという勢いだけ。
互いに口は開かず、その瞳だけを凝視し合う。
慶介の女の子のような大きく綺麗な瞳と浅利の不安に満ちた瞳が交差し、このままテレパシーで一体どれだけ自分があなたのことが好きなのかを直接伝えることができれば・・・そんな夢を見てしまう。
もちろん浅利の願いのようなそんな考えが現実になることはなく、慶介は再び踵を返そうとする。
そう、思うだけじゃ何も伝わらない。
思いを伝えるには・・・『せっかくのチャンスじゃん。頑張ろうよ』いつかの恵子の言葉が頭をよぎる。
そうだ、頑張らないと。
思うだけじゃなくて、思われたいなら怖くても、自分の口から胸の内をさらさないと。
「あ、あの!道長くん!!」
「なに?」
顔が熱い胸が苦しい、足が震える、答えを聞くのが怖い。
それでも頑張らないと。
怖い気持ちは、勇気でねじ伏せろ。
震える体は勢いで消しさればいい。
たった一言、そうひとこと言えばいいだけなんだから。
私も変わらないと。
いつまでも片思いの少女のままでいたくない。
「わ、私、道長くんが好きです!大好きなんです!あの、私と付き合ってください」
頭を下げての告白、恥ずかしくて頭を上げることのできない浅利は傍から見ると、まるで許しを乞おとする咎人のようで、その前に立つ慶介はさながら裁きを下す執行官だろうか?
ならば、その執行官が告げる判決は・・・。
「七川さん。もう勉強は終わった?それともまだ、残ってる?」
そんな、告白の返答とは無関係の予想外すぎるものだった。
「ふぇ、えっと。まだ、終わってない」
「だったら、また勉強しない?今度は二人だけで。その方がはかどると思うし、どうかな?」
まるで、挨拶をするような気軽、あまりの不意打ちと想定外のお誘いに頭の混乱した浅利は小さく「はい」とだけ答える。
「良かった。なら、日取りは明後日でどう?」
「それでいいです」
「わかった。・・・さっきの言葉、あれは嬉しかった」
そっぽを向きながら呟く慶介、浅利もその言葉に反応しカッーと耳まで赤くなる。
「それじゃあ」
今度こそ、帰ろうとする慶介、あさりはその腕をつかみ三度彼を止める。
「あ、あの。ちょ、ちょっと待ってて」
急ぎ足で玄関に入り戻ってくる浅利、その右手には群青色の傘が握られていた。
「これ、途中で雨ふったら困ると思って。よかったら使って」
「ありがとう。それじゃ、明後日」
「うん、明後日」
受け取る傘、それが二人の約束の形だった。
ゴロゴロと鳴り響く雷鳴、それを皮切りにしたように空からは大粒の雫が落ち始めた。
「降ってきた」
木陰か空を見上げながら秋保勝生はつぶやく。
数日前ここで殺した子犬は綺麗さっぱりなくなっていた。
どうやら、雄一郎の奴はちゃんと片付けたみたいだなと少し胸を撫で下ろす。
「そこ濡れない?傘もありませんし、こちらへ来たらどうです?」
小屋中から手招きするリリ、勝生も走り小屋へと駆け込む。
雨に濡れた泥がはねズボンの裾を汚したが気にしないことにする、どうせ雨が止んでもこのぬかるみ、帰るときに同じことになる。
小屋の中のリリは当たり前だけど全く濡れておらず、この蒸し暑さだというのにとても涼しい顔をしていた。
「雨が降る直前に小屋に入ってたよね。雨が降るとわかってたの?」
「まさか、私にそんな予言めいた力はないです。ただ知り合いに教えてもらったの。ああ、もしかしたら彼こそ預言者なのかも」
ふふっ、と笑うリリ。
一体何が楽しいのかこっちにはさっぱりだ。
「今日はヒルは来てないんだ」
「そう、用事があってね。それで私が来ました。私はヒルの代打みたいなものだから」
「・・まぁ、いいや。それで、一体いつになったら僕は人を殺せるの?もう、ずいぶん待ったよね?いい加減もう限界だ。そっちが見つけてくれないなら、こっちで」
そう迫るとリリは落ち着いてというように手を前にだし静止した。
「三丸町三丁目、三丸中学校前通り。今三丸中学校は休みですが、少数の生徒は数日おきに学校に通ってきています。部活動もありますしね。それに、明後日は少し特殊ですしね」
「明後日?ああ、確か・・・。でも本当に人なんか来るの?」
「ええ、大丈夫、そこは安心してください。相手は君と無関係の学生。完全な無差別殺人、しかも犯人はまだ、11歳の少年。警察もさぞかし犯人特定に手こずるでしょう。これ、標的ね」
リリがポケットから取り出した写真は見知らぬ人物が写っていた。
「女の人?」
「そう、二歳の年齢差がありますが女性なら君にも殺害することは可能でしょう」
「わざわざそんな、難しい相手じゃなくても」
「いえ、この予想外さが世間の目を背けることにつながるんです。それに彼女は私の見立てではこの三丸中学の誰よりも狩りやすい、絶好の獲物です」
「知り合い?」
あれだけ知り合いは避けろと言っていたヒルが自身の言葉を曲げるとは思えないが今日いるのはリリ、念のため聞いてみることに勝生はした。
「知り合いですか、そうですね、どちらかといえば顔見知り程度でしょう。私と彼女は特に交友関係もありませんし。心配しなくても彼女から私にたどり着くなんてことはありませんよ。もちろんヒルにもです。それにこの獲物を選んだのはヒルですしね」
一切の不安なんてものは見せずそう言い切るリリ、その言葉に自信がつく。
リリが大丈夫と断言してるんだ、なら絶対大丈夫だと。
「でも、いいの俺が殺っても。リリも殺りたいんじゃないの?」
「私は殺人に興味はありませんから。あっ、雨止みましたね、行きましょう」
ずぶ濡れの勝生の横を通り過ぎ小屋の外へと出るリリ、その時勝生に胸が沸騰するほどの熱い衝動が湧き上がってきた。
今この場で、リリを殺したい。
なんで急にそんなことを思ったのかなんてわからないけど気づけばその手には小屋にあったカマが握られており、それを振り上げようとしたところで・・・。
「それは、やめたほうがいいと思いますが」
そうリリがこちらに振り向かずに語ってきた。
「今になって計画を変えるのはとても危険だと思います。それに本当に私を殺したら、来ますよ、たぶん殺しに?」
ゾクリとする、まるでこの世界から熱が奪われ氷河期に戻ったかのような冷たさ、リリの言葉で熱は一気に冷めた。
一体何を考えてたんだろう?
リリを殺そうだなんてそんなことしたらヒルに殺されてしまうかもしれない。
からりと地面に落ちる鎌、それは勝生の心が完全に蛇に飲み込まれた瞬間でもあった。
勝生は悟る。
あのヒルをどうこうするなんてことはたとえ神様でも無理だと、そう思うのだった。




