二十一話 少年少女と海 その四
その後は、まるで全てがドラマのようにスラスラと流れていった。
ぞくぞくと集まる人々に消防車救急車たち、救護班がすぐに百合のもとへ来ていたが、幸いのことに軽い火傷程度で済んだそうだ。
俺たちもすぐに病院へと向かい、百合のもとへといったが、そこで百合が俺たちに見せたのは絶対的な拒絶だった。
声を上げることはなく、ただただこちらを怯えた目で見つめ少しでも近づけばベッドの中へと潜り込み震えてしまう始末、その有様は肉食獣に追われ自らの巣穴へと逃げ込む小動物のように哀れで、あのいつもみんなの中心で笑っていた姿はどこにもなく、その姿はとても見れたものじゃなかった。
結局その日は、そのまま帰ることとなり、俺たちはその後、静希先生と藤尾先生そして大口大介の死を知ることとなった。
次の日、女子だけは百合との面会が許され、納得のいかなかった俺は京香先生に問い詰めた『なんで、男子はダメなんですか!』と。
そして、そこで帰ってきた言葉は到底信じられないものだった。
『百合ちゃんは、静希先生に乱暴をされそうになって男子を怖がっている、だから今は持ってて。お願い。ごめん、ごめんね、ごめんなさい修くん』
言葉の意味がわからなかった。
その日から俺の日常はガラリと変わってしまった。
施設は火災のため全焼、行き場を失った俺たちは町からの保護を受けながら一人暮らしを始めることとなった。
はじめは戸惑ったが、一日の大半を町の役員が補助してくれたので生活をする分には何一つ困ることはなかった。
変わってしまったのはむしろ人間関係の方で。
あの事件以降、俺たちに変な負い目を感じたのか京香先生はみんなの前から姿を消した。
以前一度、町で偶然姿を見かけたがその時は、今更なんて話したらいいのかが分からず俺は逃げるようにその場を去った。
そして、それ以降京香先生をはじめとする施設の先生たちとは会ってはいない。
そして変化は俺たち子供にも訪れる。
百合はあの事件から一ヶ月ほどで退院となったが未だ事件のショックは強く、恵子たち女子となら問題なく話せるようになったが俺たち男子には距離を置いたままの日々を送り、太志、司は事件以来なぜか俺たちと距離を置くようになった。
恵子がそのことで抗議をしたようだが結局相手にされなかったらしい。
小学校を卒業し中学に入ってもその関係は変わらないまま、今じゃ話すことなんてまるでない。
太志にいたってはガラの悪い連中とつるむようになりいつの間にかそいつらのリーダー的存在になっている始末で、会っても挨拶すらしない。
かろうじて関わりがあるとすれば物怖じしない恵子くらいのものだろう。
百合の方は小学校卒業後は俺たちとは違う隣町の胡桃宮女子中学に入学してしまうし、施設の上級生下級生連中とはまるでかかわり合いがない。
そして残ったのは俺と恵子と慶介の三人だけ、今の日常はそれで回っている。
あの頃にはもどることはできない。
それが何よりも悲しかった。
けれど全てが悪い方向に行ったままということもないらしい、その証拠の一つが百合だ。
あれだけ男子を怖がってた百合も、俺たちのような近い中、あるいは近くに近しい女子がいる中でなら男子とも会話ができるまでに回復した。
あの頃の時は戻らない、あの事件であの時間は壊れてしまい新たに新しい時が動き始めた。
それでも、みんなあの頃に戻れるように努力している、それが無駄にならないよう、俺も頑張らないと。
そう、心に修は誓う。
けど、この状態をまだ続けるというなら俺は一体いつまで百合に対するこの想いを隠しておかなければいかないんだろう?
半年?
一年?
それともまだ先?
ずっとこんな思いを抱えたまま俺はいつもどおり笑ってないといけないのか?
百合を思うたびに広がっていくイタミを刻んだまま。
そう思うと、とたんに切なくなり泣きそうになった。
「わぉ!絶景だね!!」
水平線へと落ちる太陽を眺めながら恵子がそう呟いた。
陽の光に照らされ海は赤くオレンジよりもさらに深いルビー色にきらめき、空は昼と夜の狭間となり、オレンジにかすかに紺色のレールが混ざりあう。
その風景はとても神秘的でみんながこの世界の美しさに心奪われていた。
「日が暮れる、もうすぐ夜だな」
そんな中、空気の読めない慶介の一言がみんなを幻想の世界から現実へと引き戻す。
「もう、そんな時間か」
「時間経つの早すぎ!」
「だよね~、一日が今の倍ぐらいあればもっと楽しいことだらけなのにな」
「その分、授業とかの時間も倍になりそうだけど」
「うへ!それは勘弁」
少年少女は海岸でおちゃらけながら笑い合う。
その姿はやけに風景に溶け込んでおりまるでひとつの絵画が動き出したそんな錯覚さえ覚えるほど。
「んじゃ、そろそろ帰りますか」
ん~と背伸びをする恵子、流石に疲れがあるようだ。
「ねぇ、帰る前にみんなのアド教えてよ、私百合のは知ってるけどみんなのは知らないからさ」
そう言いだしたのは凪紗だった。
あまりに馴染みすぎていて誰もがその言葉に一瞬疑問を感じたが、言われてみればここに居る大半の人物が彼女とは初対面の間柄であった。
いや、ほんとに馴染みすぎだろそんな突っ込みを入れたくなる。
「はい、送信っと。届いた?」
「うん、きたきた」
最後の恵子のアドレスを受信しきゃあきゃあと喜ぶ凪紗、少しその喜び度合いに皆があっけにとられる中百合だけが『よかったねー』と、彼女の頭をよしよしとなでていた。
そんな二人の親子のような微笑ましいやりとりを最後に海水浴はお開きとなった。
ガタンゴトンと心地よい音を立てながら揺れ動く電車。
この音を聞いていると心安らかになるのは自分だけなんだろうか?
リズムよく揺れる電車がまるでゆりかごのようで眠気を誘われついつい大きなあくびがでて恥ずかしさのあまり辺りを見渡す浅利。
幸いにして、あたりに響くのは安らかな寝息だけ、起きているものも何名かいるが外の景色を眺めに夢中になってるようでこちらを気に求めていなかった。
『次は二咲、二咲』
機械的な声が次の停車駅を告げる。
こういった、アナウンスの声はどこも同じように感じ、浅利はあまりこの声が好きではなかった。
しばらくの走行のうち電車は二咲駅へと停車する。
二咲駅は私たちの住む三丸町より二駅ずれたところにあるこれといって目につくものもない寂れた駅、そんな場所で恵子は一人電車から降りようとしていた。
「恵子ちゃん?駅ここじゃないよ」
ふらりと出口へと向かう恵子を慌てて呼び止める浅利、そんな浅利に恵子は、
「ごめん、私ここで降りるわ」
「えっ!?なんで?」
「う~ん、ちょっちね」
そうはにかんで恵子は電車を降りていってしまった。
「何なんだろう?」
恵子にして歯切りの悪い言いよう、それにこんな地元じゃない場所に用事とは何なんだろうか?
その不審な態度に浅利が疑問を抱いてると、いつの間に横に来たのか百合が笑顔でたっていた。
「か、金城さん」
「あれは、男に会いに行ったみたいだね」
そうにこやかに話す百合に浅利は『え~!』と大声を上げてしまった。
その声に反応してか周囲の乗客が白い目でこちらを見てくる。
しまったと慌てる浅利をよそに百合は済みませんと軽い会釈をし場をなごます。
それは、まるで一種の魔法のようでこちらを見ていた者みなが逆に自身を恥じ入るように目をそらすのであった。
「あっはは、随分大きな声が出たね。驚いた?」
「そりゃ、驚くよ」
のんきな顔で聞いてくる百合に浅利はそう言い返した。
「そうかな?彼氏くらい珍しくもないと思うけど」
「彼氏って、恵子ちゃんに?まさか」
口ではそう言う浅利だったが、ありえない話ではないと思う自分もいる。
恵子はもともと一般的に見れば美人に分類する顔立ちをしている、それに誰に対してもサバサバしたあの気持ちのいい性格、奥手な浅利とは違い男子ともすぐ仲良くなれるだろう。
事実恵子は学校でも男友達が多かったりする。
「でも、どうして金城さんはそんなことわかるの?」
「えっ?ただの感だよ」
そうあっさり白状する百合に浅利は唖然とする。
「あっはは。そんな顔しないで、私のカンは結構当たるんだよ」
そう、あっけらかんとする百合に浅利はこの人意外と適当な人かも、と思うのだった。




